５４：よくやった！！
肉玉から生える生える二本の触手のような腕を鞭のようにサンティは俺に向かって振るう。
俺は少女の胸倉をつかむと地べたに這いつくばらせる。
急激な変化のせいかきゃあとかぎゃあとか騒いでいるが、まぁ死ぬよりましだろ。
「ミーア！」
両腕が頭上を通過するのを見計らって今度は少女を立ち上がらせると、ミーアに向かって放り投げた。
ミーアが掴むよりも先にソークラが抱きかかえるように受け止める。
「お前たちは行け！！」
俺の言葉にミーアは少女の手を掴むと入口に向かって走っていく。
「ソークラ！ お前もだ！」
「行かん！ 私はサンティと行く！！」
サンティ？
俺は、目の前の肉塊に目をやる。
顔らしき場所には目らしきくぼみと口らしき穴が開いており、全く感情が読めない。
魔族、人間のどちらでもなく、魔物とすらいえない。
「お前の嫁はもういない。これはただの肉人形だ」
サンティの口らしき穴からコォォォォと雄叫びに似た声が上がる。
それが再開の合図となった。
刀を構え直すとサンティに襲い掛かる。
刀を振り下ろし斬り上げ、つま先を叩き込み、足裏を叩き付ける。
が、その脂肪の壁は恐ろしく分厚い。
打撃は脂肪が衝撃を吸収してしまい、斬撃は斬ったその場から回復してしまう。
しかし、恐ろしいのは決して鈍いわけではないことだ。
むしろ早い。
俺の一撃を受けると、その隙をつくように攻撃を撃ち込んでくる。
邪魔なハエでも払うかのように振るわれる一撃は、必殺の威力をはらんでいた。
俺は即座に立て直すと、身体を必死にひねる。
かすっただけで、その部分の肉がそぎ取られること請け合いだ。
回復を上回る連撃を叩き込む必要があるが、それはタイミングが非常にシビアである。
俺の逡巡を見抜いたのか、サンティは地面の砂をひっつかむ。
そして、それを振りかぶった。
点の攻撃を面の攻撃に切り替えたのだ。
即座に反転。
目を見開いたソークラをひっつかんだまま地面に飛び伏せる。
「コォォォォロォォォォォォォォ！！！」
サンティが吠える。
そして、次の瞬間暴風が頭上を通り抜ける音がした。
背中に石片がいくつも打ち付けられるが、その態勢のままいるわけにもいかない。
隣では、ソークラがどこかを打ったのか痛みに叫んでいた。
生きてるだけ丸儲けだとあきらめろ。
身体を起き上がらせると二発目を撃ち込もうとサンティが準備している。
「その邪魔なでっぱりから削ってやる！！」
的を絞らせないように弧を描くように近づくと刀を振り上げた。
サンティは、それを認識すると空いた左腕を俺に叩き付けてくる。
てっきり見えてないと思っていた目だが、どうやら視覚をフルに活用しているらしい。
俺はその左腕を回転するようにいなして、背後に回り込む。
俺は無造作に振られた左腕を斬り飛ばした。
噴水のごとく吹き出す血液が、霧のように辺りを舞う。
その血煙を浴びながら俺は、右腕を狙おうと一歩踏み出した。
その瞬間、全身を怖気が走った。
前進を止めると、ほぼ勘だけで横っ飛びに避ける。
すると、頭上から拳が降ってきて俺のいた場所に叩き付けられ、地面が爆ぜとんだ。
上からだと？ 俺は目を疑った。
肉人形の頭部から腕が生えているのだ。さらに、目が首の後ろに移動している。
俺の驚きをよそに、生えた３本目の腕を再度叩き付けられたので、バク転の要領で距離を開けた。
「勝ったと思ったのか？ ガキが！！ それは私の最高傑作だ。腕の一本や二本、無くなったうちに入りはしなぁぁぁぁぁぁい！！」
「貴様ぁ！！ サンティをなんだと思ってるんだぁぁぁぁぁ！！」
天に向かい哄笑するメトレスと、激怒するソークラ。
俺の心の中を駆け巡る感情は、それに同調する。
まったくだ。まったく、その通りだ。
俺は、心の底からメトレスに賛同する。
「よくやった！！ よくやったぞ、メトレス！ 半端者の分際でよくここまでのモノを作り上げた！！」
ソークラがはぁ？ と、声を上げ、メトレスが不愉快そうに俺を見ている。
なんだ、せっかくほめてやったのに。
「いいか？ 今からこの最高傑作とかいう人形を細切れの千切りにしてやる。感謝の代わりにお前も同じようにしてやるからな」
疾駆。
俺は、低い姿勢で距離を詰める。
叩き付けられる腕を寸でで躱し、背後に回り込む。
眼球がゾルリと移動するが、肩のあたりで非常に高い位置だ。
もっと近くに来い。
「ロォォォシエェェェェェェェェ！！！」
サンティが叫んだ。
俺は、生えてきたばかりの腕を斬り飛ばし時計回りに、移動し始める。
その移動にしびれを切らしたのか腕の生える位置が肩からだんだんと低くなっていく。
斬り飛ばし、斬り飛ばし、斬り飛ばし、斬り飛ばす。
腕の生える位置と同様に眼球もだんだんと低くなってきた。
俺をじっくりと観察でもしようというのだろうか。
もっと、もっと近くに来い。
「サンティぃぃぃぃぃ！ とっとと叩き潰せ！ 握りつぶせ！ 殺せぇぇぇぇぇ！！！」
「コォォォォロシチェェェェェェェェ」
サンティの雄たけび。
次の瞬間、俺の胸のあたりで腕がゾロリと１０本ほど生えた。
それぞれが、十分に育った樹木程度の太さがある。
そして、眼球がちょうど俺の目の高さに移動してきた。
「よう、見えてるか？」
暴風のごとく、十個の拳が叩き付けられる。
それはギリギリで弾き躱し捌きながら、サンティの肉体に近づいた。
「これは右目か左目か？ どっちなんだ？ ん？」
そういうと、俺は左手をその眼球をえぐるように突っ込んだ。
グチッという感触が指に伝わるが、お構いなしに眼球を握りこむと引っ張り出した。
ゾルルルッという音と共に眼球が引き出される。
神経が引っ付いた眼球は、大人の拳よりも幾分大きい。
それを俺が握りつぶしたのと同時に腹部に拳が叩き付けられた。
岩石か何かを叩き付けられたような一撃。
勢いを殺すなどという世界ではない。
意識が一瞬完全に持っていかれた。
気が付いたときには、先ほどいた部屋の壁を突き破って、途中にあった研究室まで吹き飛ばされていた。
口腔内に生臭い液体があふれている。
吐き出すとそれは、赤く染まっていた。
視線を戻すとサンティがのたうち回っていた。
意味不明な叫び声をいまだにあげている。
人形に痛いも糞もあるか。
と立ち上がろうとして手をついた瞬間にバチリと痛みが走った。
研究室内の謎のロープがちぎれそこがバチバチと音を立てている。
触った瞬間に神経全体がしびれたような感覚に陥ったが……
なんにせよだ。これは使える。
俺はその謎のロープを無遠慮に引っ張った。
ブチブチと接続された板部分をはぎ取っていく。
火打石でも売ったかのように、至る所で火花が上がり、わずかに焦げ臭い。
俺はそれを持つと飛び込んできたであろう穴から飛び出た。
「待たせたな！ 再開だ！！」
