表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/73

53:色っぽい話

 扉を開けるとその中は見た感じ研究室の様であった。

 が、その側面にはいくつもの檻が備えつけられていて、ただ実験をしていたわけではないことがわかる。


 そしてその部屋は、糞尿の匂いで満たされていた。

 ミーアが、うっと口を押さえる。


「なんですか? この悪臭……」


 俺はその匂いの中に血のにおいが混じっていることに気が付いた。


「先に行こう」


 部屋を抜けた先は、地下とは思えない以上に広い空間であった。

 学園の闘技場をさらに広くさせたような空間だ。

 壁に巨大な金属の格子状の扉が付いていてそれが異様な空気感を生んでいる。


「よくおいでになりました」


 どこからか、一人の男が現れる。

 年齢はソークラと同じくらいなのだろうか。

 見た目からは何とも判断しづらい。

 なにせ、左半身が青いのだ。


「え? あれ……人ですか?」


 ミーアが目を丸くする。

 そうか、いぜん青い人間を見た時にはいなかったか。

 とはいえ、俺も半分だけ魔族色の人族、もしくは半分人族色の魔族など見たことがない。

 なんか気分がもしゃもしゃとするのであいつは必ず縦に真っ二つにしてやろう。


 俺が何か気の利いた言葉でもかけてやろうと口を開いたが、それより先にソークラが叫んだ。


「メトレェェェェス!!!」


 ソークラが男に向かって走り出す。

 ミーアがそれを掴もうとしたが一瞬遅かった。

 いつの間にか握りしめた短剣を振り上げ飛びかかる。


「うるさいな。相変わらずですね」


 メトレスは右手を掲げる。


吹き飛べ(ショック)


 ソークラの身体がきりもみをしながら吹き飛ばされた。

 ミーアがその衝撃を和らげようとなにか魔法を使用している。

 俺はそれを確認することもなくメトレスに視線を送る。


「ソークラと知り合いか?」


「えぇ、まぁ、いわゆる恋敵というやつですよ。彼の妻、サンティを私が奪いました」


「おいおい、色っぽい話じゃねぇか」


 会った時にソークラがいったこの場所へ忍び込む理由に対して俺は違和感を覚えていたが、嘘をついていたからか。

 その理由に合点がいった。

 ソークラにちらと視線を送ると歯を食いしばってメトレスをにらみつけている。


「よっぽどいい女だったんだな。それで話はしまいか?」


「いい女? どちらかと言えば、いや端的に言って醜女(しこめ)ですよ。なんでその男はそこまで入れ込んでいたのかわかりません。見てみますか?」


 そういうとメトレスは皮肉気に青い頬を引き上げる。

 そして、指をパチンとならす。

 壁の巨大な扉が音を立てて開いた。


「サンティさんです。めっきり成長しちゃいましたけどね」


 巨大な肉塊。それが、最初の感想であった。

 縦にも横にも奥方向にも五メートルほどある球をイメージさせる肉の球。

 しかしよく見ると、人間の体をなしていることがわかった。

 頭や、両手両足が存在しているのだ。

 そして、それが赤ん坊のように腹を引きずりながら這いずり出てきた。


「これは……?」


 ミーアは口を押さえ目を見開いた。

 少ししてから嗚咽を漏らして座り込む。


「この女、サンティは生まれつき心臓が弱かった。それでも子を成した時、彼らは本当に喜んだようです。しかし、それが原因でね、この女は死ぬことが決まった。そして、その事実が受け入れられなかったその男、ソークラは妻のために、その妻が宿していた胎児を魔術の溶媒としてね、サンティを生かすことにしたのです」


「ほう? そんな魔術があるなら聞いてみたいものだ」


「簡単ですよ。私も彼らも超人党の研究員でしてね。彼が使ったのは、腫を利用して肉体を再生させる魔術です。とはいえ、その研究は“不可能”ということで片が付いていたんですが、そこの男はそれを完璧に行ってみせた。腕がよかったのか、それとも材料がよかったんですかね?」


 メトレスはそういって腹をさする動きをしてみせる。


「黙れ!! 俺達はああするしかなかったんだ!!」


「ほう、そうなんですか。まぁ私にはどうでもいい話です。彼女が超人党で初めての成功体となった。それが問題ですから」


 メトレスはクスクスと笑う。


「で? それと俺達をここまで誘い込んだのはなんか理由があんのか?」


「あら? 気が付いてました? まぁ、いいでしょう。サンティは成功体とは言え一点、どうしても困ったところがありましてね」


 メトレスが指をパチンと弾くと今度は壁の小さな扉が開いた。


「栄養を人間からしか取れなくなったんですよ。豚や牛でしたらいくらでも調達しますが、人間というのはなかなか……ね」


「あの子! ジャック、あの子が探してた子ですよ!」


 少女はきょろきょろと辺りを確認している。

 そして、口をパクパクと開け両手を前に突き出してうろうろと始めた。

 どうやら、喉や目を――一時的に、もしくは不可逆的に――潰されているようだ。

 外見的に変化はないので薬か魔術によるものだろう。


「貴様!! 非道なことを!!!」


「非道? 自分の子を、生まれてもいない子を殺しておいて、その言葉をあなたが言いますか?」


 ソークラが走り出そうとしたのをメトレスが魔術を打ち出しけん制した。


「安心してください。食べないんですよ。あんな(なり)になって、ほとんど記憶も知恵も残ってないはずなんですが。あ、記憶と知恵の方は私が脳みそをいじくりまわしてせいなんですけどね」


 ふふふ、とメトレスは笑う。

 食べない、そして、ならばなぜ生きてる。

 俺の思考が答えを出す前に、身体が動き出していた。


「ミーア!!」


 俺の言葉にミーアが反応する。

 走り出した俺に対しメトレスが魔法を撃ち込むが、それらをすべてミーアが相殺する。


 俺が少女に飛び込んだのと同時に、少女のいた場所に機械が降ってきた。


「よくわかりましたね。その機械は人間を血から骨から肉からすべてを粉砕して液状にするものです。人間ジュース(それ)を流し込んで今の今までサンティさんは生きながらえてきました。健気ですねぇ」


 クツクツと笑っている。


「でもね、最近少しずつですがサンティさんが興味を持つものがわかってきましてね。殺意に反応するんですよ、彼女」


 殺意、俺は背後から迫る気配に気がついた。対応するには少女が邪魔だ。

 視線だけでその何かを確認。

 それはサンティの手のひらであった。

 防御もできずに張り手を撃ち込まれる。


「っ!!!!」


 胸の中で叫ぶ少女を俺は抱きしめると、地面を数十メートル転がった。


「ジャック!!」


「やかましい! 生きてる!!」


 身体を確認する。

 左肩の擦過傷、脇腹の打撲、左足首に痛みが軽くある。


 が、どれも戦闘において何の問題にもならない。

 即座に立ち上がり、少女を背に隠す。

 目の前には巨大な肉人が、そして、その背に半人半魔がニヤリと立っている。


 俺は、いつの間にかひん上がった口角を親指でなぞると刀を突き出した。


「こいよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ