52:大好きなダンスパーティのお誘い
潜入するには都合よく月が陰りだしていた。
「どっから進入するつもりだったんだ? 目星くらいつけてたんだろ?」
「ああ、そうだ。最初の案が女装して売り子として潜り込もうと思ったんだがすぐに看破されてしまったよ。あそこの門番はなかなかに鋭いようだ」
「すぐですか? どこでばれたんでしょうね?」
「うむ。まったく見当がつかない。いや、確かに女性にしては背が高すぎたのかもしれんな」
ミーアは首をかしげて、ソークラもまた立派に蓄えた髭をなでる。
「もういい、壁際の目線が切れる所で壁を越えるぞ」
◆◆◆
塀の中は静かな場所であった。人はほとんどいないらしい。
徒歩の音が聞こえたので俺は二人に止まるように合図を出す。
そして、その人間の後ろから風のように近づいた。
「動くな」
「誰だ、きs――」
俺は、開いた口にナイフを差し込む。刺しはしない。
「聞きたいことがあるだけだ。それ以外のことは聞いてやらん」
男は軽くうなずいたのでナイフを引き出して、もう一度喉元に焦点を合わせる。
「この辺で最近事件が起きてるらしいな。誘拐事件だ。何か知ってるか?」
男は首を横に振る。
俺は、ナイフで軽く皮膚をひっかいた。
赤い血が流れ出る。
「ち、違う。あれは勇者様のご遺志だ。誘拐などという無粋なものではない。崇高な意思のもとで――」
「お前たちがどう考えてるかなんて言葉遊びしてる場合じゃねえんだよ。どこにいる?」
「ほ、ほとんど天に還られた」
「天に還る?」
「実験やらなんやらに使われたのだろう……」
ソークラの言葉に俺は舌打ちをした。
ちらっとミーアを見ると、怒りからか震えている。
別にアンジュに仕えているわけではないが、それでも任務失敗というものは後味が悪いものだからな。
俺も魔王様に与えられた任務を初めて失敗したときは、八つ当たりに通りすがりの人間を斬ってまわったものだ。
「そうか、ならお前も天に還れ」
俺が力を込めた腕をミーアが掴んだ。
「ほとんどということはまだ残ってる人はいるんですよね。どこですか?」
「何を? そんなこというわけ――」
ミーアの顔が笑い、それに合わせて気温が下がったように感じた。
いや、男の足元が凍り付いている。
そして、その氷は這いまわる毒虫のように男の身体を登り始めた。
「答えてください」
「まて、わかった。この先に下層に降りる階段がある。最下層の公勇堂のマークが右上にある扉だ。そこに魔物がいるが、それの餌にする奴らがまだいるはずだ。どこかその近くにいるはずだ。わかったろ? 頼む! 頼むからこれを止めてくれ!!」
男が悲痛に口を歪める。
氷の浸食がそこで止まった。
男がほっと胸をなでおろす。
と、ミーアは男の胸倉をつかんだ。
「ありがとうございました。これはお礼です!!」
お辞儀、というにはそれは鋭すぎた。
ミーアはゴチンと男の頭に頭突きを叩き込む。
「うぅ、痛い……」
頭をさする涙目のミーアの足元で男は気持ちよさそうに伸びている。
「君たち、ホントに学園の生徒かい? あそこの生徒ってのはもっとスマートに仕事こなすのかと思ってたけど……」
ソークラはひきつったように笑っている。
「余計なことするな。ったく……」
「別に殺してほしくなくて止めたわけじゃないです。この人は死ななくていい人だと思ったんです」
よくわからんが、ミーアの意思を尊重して厳重に縛り上げると誰も見つからない場所に転がすと歩き出した。
男が言っていたように階段を下りる。
かなり長い階段だが、誰かいる気配はない。
「さてと、階段を降りるとか言ってたが、これだな」
降りた先にはいくつか扉があった。
そして、男の言っていた扉は頑丈な石造りの扉であった。
「ここみたいだね。さてと、どうしたものか……」
ソークラはあたりを見渡した。
扉には取っ手などない。
押してみるが鍵がかかっているようだ。
俺が刀を抜いたところで突如として扉が音を立てて開いた。
「どこでばれたんだ? てめぇ、敵か?」
俺はソークラに視線を送る。
「待ってくれ。俺だってわからないよ」
嘘をついている気配はない。
ミーアも同じ感想らしく首を横に振った。
「まぁ、お誘いには乗ってやるか」
「そうですね。ジャックの大好きなダンスパーティのお誘いですよ。きっと……」
ミーアはなぜか疲れたような顔でこちらを見ている。
もしそうだとして何か困ることでもあるのだろうか。
俺は、油断なく視線をめぐらせながら堂々と入場してやった。




