51:話くらいなら、そこの店で聞いてやる
俺達は、月が天空に上ったころに宿を出た。
目的地はアンジュの知り合いが務めていたとかいう屋敷である。
手紙を送ってあるのですんなりとは入れるはず、であったのだが。
目的地である屋敷は崖の上にあった。
その門は巨大であり首を思いっきり上に向けなければならないほどである。
門の端には丸に放射線が描かれた公勇堂教会の紋章が描かれている。
丸の中には逆三角形が描かれていて微妙に違うが……
俺達は門の前でその警備員と押し問答をしていた。
「お引き取りください」
「えっと、お手紙届いていませんか? あんじゅ……ホンハイム家からのお手紙が……」
「確認しておりますが、本日そのような用件は聞いておりません。このお屋敷には入れませんので、後日もう一度おいでください」
「手紙が届いてるかも確認できてないのに帰ってまた来て、俺達に何度手間食わす気だ?」
「届いていない、もしそうであればその落ち度は当家にはございません」
「でも、人探しなんです。もしも命にかかわるようなことがあったら遅いんです! 話だけでも聞いてください。この人なんです。キラリさんといって――」
ミーアが差し出した写真を、門番はちらりと見たが顔色一つ変えることはない。
「お引き取りください」
「でも……」
「ミーア、行くぞ」
ミーアが抗弁を垂れるが無視する。
屋敷から街へ戻る道すがら、ミーアが俺に小さく話しかけた。
「後ろ……」
「振り向くな。気が付かないふりをしろ」
尾けられているのだ。
視線を感じたのは押し問答の最中である。
何者かにずっと見張られていたので、その場を離れたがどうやら目的は俺達の様だ。
街中に入ってもいまだについてきている。
俺は足を止めると靴ひもを結び直す。
と、その相手の気が一瞬緩んだ。
俺はその気を見逃さない。
ミーアの手をつかんで道のわきにそれる。
「ちょっと、急にどうしたんですか? え? そういう? それなら宿で……もご」
俺は、ミーアの口をふさぎ黙らせる。
そして、その謎の人物は俺達が突然消えたことに慌てたのか、俺達のそばを走って通り過ぎる。
俺はその首根っこをひっつかむと引きずり倒した。
「てめぇ、目的はなんだ?」
極めた腕がギシリとうなる。
もう少し力を入れればパキンと折れる。
「ま、まって。君たちもあれだろ? 超人党に興味があるんだろ?」
白の混じった七三に分けた男は痛みに耐えるように俺達に訴えかける。
「何言ってるんだ?」
「と、とりあえず放してくれ。君たちに害意はない」
「そうですよ。この人、尾行も下手だし、放してあげてください」
ミーアの理由はよくわからんが、確かに問題なさそうだ。
俺は、男の懐に手を突っ込み財布を取り出す。
中身をチェックしてから男を放してやった。
そして、男の鼻元に財布を突き返す。
「話くらいなら、そこの店で聞いてやる。財布はお前持ちだ」
◆◆◆
俺とミーアは満腹になった腹をさする。
「お腹いっぱいです」
「うむ、最後にデザートでも貰うかな。お前も気にせず食え」
男に促してやるが、男は財布を見つめた後であいまいにうなずくだけだった。
「で、超人党。だとか言ったな。俺の聞いた話だともう無いはずだが」
「異端取り締まり……だね? 確かに取り締まりはあった。けどかかわった人間をすべて洗い出し、すべて処分する、なんてできると思うかい?」
「生き残りがいたってことですか?」
「そうだよ。そして、あの屋敷はその残党の一つさ」
「なんでわかるんですか?」
男はコップの水分を器用に使いテーブルに逆三角形の入った丸を書く。
「この丸は公勇堂教会の神を表している。そしてその中の三角形は、勇者だ。それを逆に描くことで地に落とした。つまり、自分たちが手にしたことを表している。これは典型的な超人党が自らを表すときのマークでね。あったのに気が付いたかい?」
「門柱に公勇堂教会の文様があったな」
「正解! つまり、あそこは超人党のアジトで間違いない」
ミーアが首をかしげる。
「で?」
「で?」
「超人党だとして、あなたは何がしたいんですか?」
男の眉間に一瞬だがしわが寄り、空気がぴりっとした。
が、すぐに戻る。
「僕はね、錬金術師なんだよ。そして、超人党は錬金術を使って超人すなわちエクストラスキルを手に入れようとしている。僕はその秘密が知りたいんだよ」
そういって鼻をさする。
嘘つき特有のしぐさだ。
まぁ、どうでもいいか。
「俺たちに何をさせたいんだ?」
「いや、ちょっとおかしいな。あれじゃないのかい? 最近この辺で人さらいが起きてる。それの調査に来たんじゃないの?」
「違うぞ。単なる人探しだ」
「なんで、私たちがその調査員だと思ったんですか? 子供ですよ?」
「だって学園の生徒だろ? 制服着ていたのを昼間見た。てっきり異端狩りに騎士団が動くと目立つから学園生徒を使ったのだと思ったんだが……」
「完璧に勘違いだ。が、一点、人さらいというところには関係あるかもしれんな」
「え? もしかして、この人…… 攫われたってことですか?」
ミーアは写真を取り出す。
「ありえん話ではないだろ。なぜ超人党が人さらいをするか、という点が気になるが……」
「簡単さ。実験に使うからさ。異端判定されたのも人体実験を行ったからだよ。いや、飼っていた魔物の餌にしていた奴らもいたから実験だけのせいとは言えないけどね」
男はニヤリと笑う。
「そんな話をどこで……」
「俺の名前は、ソークラ。知を求めるという意味だ。超人党にはその知が集まってると思っている。だから調べたのさ」
ソークラはテーブルを指先でトントンと叩く。
「君たちはいくら待ってもあの屋敷で話を聞けないよ。そして、俺もだ。いくら待っても超人党に入れそうにはない。ところが運がいいことに俺達の目的は『屋敷の中』にある可能性が高い。さて、どうしようか」
「連れてけってことか?」
「これだけ飲んで食ったんだ。これくらい頼んでっていいだろ?」
はぁ、俺は立ち上がる。
が、ミーアは座ったまま鋭い声で俺に声をかけた。
「私まだデザート食べてません」




