50:いいと思うぞ
都市というには活気のない街。
それが、ラーナという街に対する俺の率直な感想であった。
しかし、それでもヴェッティンに比べれば天と地との差がある。
ミーアは首輪の外れた犬のようにあちらこちらに走ってまわっていた。
「ジャック! この街の特産品らしいですよ!!」
そういって、指さしたのは野菜の漬物の様だ。
店員は、うれしそうにミーアに一切れ渡す。
「おいし~ 口の中に広がるしょっぱさと、野菜の甘みがすごい!!」
「あらま、お嬢ちゃんお上手ね。彼氏も食べるかい?」
「彼氏だなんて~ えっと、ここからここまで漬物全部もらって――」
俺は、ごすっとミーアの脳天にチョップを叩き込むと、口に漬物を放り込んだ。
触感はコリコリとしていて確かにうまい。
うまいのだが、そういう問題ではない。
「あほうが。金稼ぎに来たのに何で浪費する必要がある」
ずるずるとミーアを引っ張りながら俺はあたりを注意深く観察する。
といっても、きょろきょろするような真似はしない。
そのようなことをして目立つのはあほうのやることだ。
とはいえ、絶賛あほうを引きずり回し中の俺達は目立っているらしい。
と向こうから歩いてきていた紺のローブを着た男が声をかけてきた。
「おい、そこのあんたらは…… なんでこんなところを学園の生徒さんが歩いてるんだ?」
「いや、その……旅行だ」
「ほ~若い美空の二人が旅行…… いけない匂いがするねぇ」
鼻の下に生えた髭を触るとにやにやと笑っている。
何がおかしいのかわからないが、目立っているのはどうやらこの服装のせいの様だ。
「おい、ミーア。そこのブティック入るぞ」
「え?」
「服を買ってやる。好きなのを選べ」
「え!! ぷ、プレゼント? でもさっき無駄遣いは――」
「いらないのか?」
「いります!!」
飛び込んだのは、この街でもなかなかの高級店だったらしい。
俺たちの身なりを見て嬉しそうに、女の店員が高そうなドレスを数着持ってきた。
「どれにいたしますか? こちらなどお似合いかと思いますが。こちらは、国王のお后様が着ていらっしゃいますドレスをデザインしました、あのレーミッツの最新作なのですよ。多くの女性がこのドレスを着ては『着負ける』といって諦めたのですが、お嬢様ならもしかすると……」
赤いドレスを手に取ってミーアに見せる。
ミーアは目を輝かせてそれを手に取った。
うむ、気に入ったようだな。
「おい、値段は?」
「二十八万リウになり――」
「却下だ。この店で一番安いの持ってこい。男物もだ」
店員の目が飛び出そうなほど見開かれている。
ミーアもまたショックを隠せない、といった表情である。
しかし、仕方あるまい。
今回の成功報酬が五十万リウなのだ。
移動費は実費でもらったが、それ以外の経費はこっち持ちである。
ミーアは観念したようにドレスを店員に渡した。
それを見ていた店員は少し俺のことをにらみつける。
なんだ? やんのか?
「えっと、お嬢さん。それでしたら試着だけでもいかがですか? 試着だけならタダですので」
「い、いいんですか? 絶対買いませんよ!?」
「いいんですよ。さ、こっちこっち」
少ししてから試着室から出てきた時、あたりが静まり返った。
わずかに聞こえるのは、男女平等に漏らすため息の音。
「みて、あの女の子。すごいかわいい」
「レーミッツのあのドレス着て全く負けてないわ」
周囲のざわめきをよそにミーアは嬉しそうにくるくると回ってから俺の前に来た。
「えっと、ジャック……どうですか?」
ミーアは顔を上目遣いで俺をみつめる。
その赤い瞳はうるうると輝き、銀の髪とのコントラストが美しい。
きめの細かい肌がほんのわずかにピンク色に染まっている。
「いいと思うぞ」
「ホントですか? 似合ってます?」
えへへ、と胸のあたりについたフリフリをひらひらとさせる。
「似合う?」
あぁ、服の話をしていたのか。
「今、モンスターに襲われたら動きづらくて死ぬだろうな。
それともそのフリフリには戦闘時におけるアドバンテージがあるのか?」
ミーアがぽかんとした。
慌てたように店員が間に割って入る。
「お嬢様、お似合いです。本当にお似合いですよ」
そういうと店員の一人がミーアを試着室に連れて行った。
俺の隣に男の店員がすすっと近寄ってくる。
「君、恥ずかしいのかもしれないけどね、ああいうときはたとえ嘘でも
『似合ってるよ』って言ってあげるもんだ。
ましてや、あれだけ着こなしたんだから、ほめてあげないと」
「あ、あぁ……」
何を言ってるのかよくわからないが、すごい勢いだったので俺はとりあえず返事をする。
「ジャック、着替え終わりましたよ。
近くに安い既製品売って服屋さんがあるらしいので行きましょ」
ミーアはやけに上機嫌に鼻歌交じりに出てくると、俺を連れ立って店を出る。
なんか店内の視線に敵意と同情があふれていた気がするのだが、なぜだろうか。
歩いて数分、先ほどよりも手ごろな値段で動きやすい服を二人分買うことができた。
俺達は、本日の宿を探すべくうろうろとしている。
「ジャック、この服はどうですか? 似合ってます?」
「うむ、さっきのより断然いいな。矢を放つのに苦労することはあるまい」
「そうですか」
先を歩いていたミーアが突然こちらを向いた。
「じゃぁ、さっきドレス来た時にいいと思うって言ったのは何がいいと思ったんですか?」
「あん?」
俺は少し思考をめぐらせた。
確かにそんなことを言った気がする。
何がよかった?
「お前は何を着ていても似合うと思うが……
違うな、何を着てもお前は変わらんのだ。だから、うん。なんだ?」
俺がぐるぐると思考をまわらせているとミーアは嬉しそうに笑う。
「手、つないでいいですか?」
急に何を言い出すんだ、こいつは。
俺は自分の手を握って開いてみた。
「構わんぞ。左手ならな」
「いいですよ、それで」
ミーアは俺の手をぎゅっと握った。
「ジャックは私のことがいいって言ってくれたんですよ」
「そうなのか?」
「そうです! そうに決まってます!」
「そうか……」
俺は首をかしげたが、ミーアはそんなことお構いなしに俺を引っ張っていった。




