49:デートのお誘い
一学年が終わると、春休みとかいう長期休暇が学園生徒には与えられる。
いつもなら人がたくさんいる廊下だが、ここ数日はめっきりとすれ違う人間もいなくなった。
ほとんどの生徒は出払ってしまうからだ。
俺やミーアのように帰らない人間もいくらかは残っているが。
「あら、ジャック」
「なんだ、ライムか」
ライムが歩いている俺の横についた。
「あなた、帰らないの?」
「帰るにしても金がかかるからな。節約だ。お前こそ帰らないのか?」
「あたくしも一緒よ。ま、あたくしの場合は金ではなくて時間がもったいないからだけどね」
「で、その時間がもったいない貴族様がふらふらと散歩か?」
「あらぁ~失礼ね。あんたは何してるのよ」
「俺か? 俺は人探しだ」
「誰を探してるのよ?」
俺が答えようとしたところで、探索中の人物の声が聞こえてきた。
その、発見した当該人物は、別の女と議論の真っ最中であるようだ。
「つまり、カミラちゃんが言ってる【超人化】の理論だと、かつての勇者様が得たと言われる【エクストラスキル】にはたどり着かないよ」
「しかしですよ。ここの項目を見てみてください。アンジュ様がいいたいことについては確実に――」
「おい」
「カミラちゃん、流石にそれは極論が過ぎる。だって、ここを確認してよ」
「いえいえ、極論ではなくこの傾向をしっかりと調べていくべきだと――」
「お~い、見えてるか?」
俺は白熱するアンジュとカミラの間に手を差し込んだ。
「「わぁ!!」」
二人ともに腰が抜けんほどに驚いたらしい。
「何するんだよ、ジャック! びっくりするじゃないか!」
「そうよ、何が目的よ!!!」
「いや、そんなに驚くとは思っていなかった。すまん……じゃなくってだなぁ。用事があったんだよ」
「うん? 私にかい? いや~デートのお誘い――」
「アンジュよ、お前何言ってんだ? 俺はカミラに用事があったんだが……」
アンジュががっくりと肩を落としている。
何がしたかったんだ?
ライムがけらけらと笑っている。
「な、何よ。えっと、私はそのあんたがで、デートするっていうなら……」
「魔剣」
「ん?」
「魔剣造る約束したろ」
カミラもまたなぜかがっくりと肩を落とした。
そして、不機嫌そうに口をとがらせる。
「わかってたじゃないか……ジャックはこういう奴だ……」
「そうですね……」
「そうよ、あんた達二人とも時間の無駄よ」
なぜかライムが二人の肩をぽんぽんと叩いている。
「で、どんなのが欲しいのよ」
「うむ、硬くて切れ味抜群で燃えて凍って雷出て速くて……」
「無理」
カミラが俺の前に手を突き出す。
「ばっかじゃないの? そんな剣あったら今頃全生命体がこの地上から消え去ってるわよ。つか、子供でもそこまで欲張らないわよ。少しは加減を覚えなさい、加減を」
「むう、何ならできるのだ」
「そうね、硬くて切れ味がいいのはあんた持ってるんだから、それ以外にしたら?」
「それ以外か……ならば、燃えるだな。基本的に燃やせば死ぬし」
「不穏すぎるぞ、ジャック……」
アンジュが頭を抱えていると、ちょうどそこへミーアもやってきた。
「何してるんですか?」
「ジャックがカミラの頭を抱えさせてんのよ。あとアンジュ様の頭もね」
満面の笑みを浮かべているライムをアンジュがにらみつける。
カミラは無視する懐から紙片を取り出してペンを走らせた。
「とりあえず、材料はこんなもんね」
俺は、そのメモを確認する。
見たことのないものがいくつか書いてあるが、まぁ、必要ならば仕方あるまい。
と、ミーアが横からメモを覗き込んだ。
「見たことも聞いたこともないものばかりですね」
「私もそうよ。せっかくなんだから試させてもらうわ。ところで、それら買うのに五十三万リウくらいするけど、払えるの?」
「五十三万……だと?」
俺は、ミーアの方に視線を送る。
持ってきた金の管理は、つい最近からミーアに任せることになった。
そして、ミーアは満面の笑みを浮かべて口を開く。
「無理です」
「なぜだ!!」
「ジャックが図書館に無い本を買ったりするからですよ! てか、確認したら、寮費もそろそろ尽きます!! だから計画的に使えって言ってたのに!!」
「なんだと!!」
まずい!
寮費が払えなければ退学である。
「魔剣は後だ。とりあえず、金の工面を……」
「お金なら私が何とかしようか?」
アンジュが手を上げた。
「何が目的だ?」
「目的!? ひどい言い草だねぇ。まぁ、そうだな。卒業後は私のもとで働いてくれれば――」
「却下だ」
「えぇ! 早くないかい?」
「ミーアの生活は俺が面倒みると約束している。ミーアと俺が一緒に雇われてしまったら意味が分からなくなるだろ」
「えーそんな、一生お前と暮らしたいとか、恥ずかしいですよーうぇっへっへ」
ミーアがなぜか顔を赤くして後頭部をかいている。
何をしてるんだ? こいつ。
「なんか、ジャックって変なところ義理堅いね。となると……私の家で雇っているメイドがいるんだけどさ、その妹が最近連絡取れなくなったんだって。ちょっと様子を見てきてくれない? うちのメイドのことだから私が依頼料は払うよ。それならいいよね?」
俺は少し頭をひねっていたが、ミーアが俺の肩をゆすってまくし立てる。
「やりましょう!! もう、やるしかないです!!」
「わ、わかった。その依頼を受ける」
「おっけー」
「ところで、さっき何の話をしてたんだ? ごみか……勇者だとかエクチュ……エクストラなんとかとか聞こえたが」
「噛んだの認めなさいよ」
ライムがニヤニヤ笑っているので無視を決め込んでいると、アンジュが口を開いた。
「超人化の話だよ」
「超人化?」
「魔術的、もしくは錬金薬を使用して生物の身体を改造するものさ。下法中の下法。禁断の技術だけど、ま、それはそれってことでいくつか研究論文があってね」
「ほお。それはおもしろいな」
「ジャックは興味あるんですか?」
「とんと興味ないが、それで改造された奴には興味がある。どこに行けば会えるのだ?」
「会えないわよ。というか、いないわ。基本的にそんなものうまくいくわけないんだもの」
「そ、そうか……」
「そんな残念そうな顔をしないでよ。昔、超人党といって公勇堂教会から破門された派閥があったんだ。そいつらが主に研究していたのがそれだよ。自分たちが勇者になるんだとか、幼稚な教義を振りかざしていたらしいけど、異端狩りで……」
アンジュはそういって肩をすくめる。
「う~む、まぁ、いないものは仕方ないか……」
「そうですよ、それより仕事です。仕事!!」




