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48:ダイエット効果があるって噂

 変な青い女と戦って五日ほど経っていた。

 脇腹の骨折は、医者から、どうしようもないから動くな、と念を押されたため、俺は猫の額ほどしかない寮の部屋でアンジュの論文を読んでいた。

 そんなアンニュイな午後のひとときをかしましい女の声が切り裂いた。


「ジャック! 何をしたんですか!!」


 扉を開けたのはミーアであった。

 俺が読んでいたアンジュの論文を引ったくると、息がかかるほどの距離まで顔を近づける。


「ジャック! 一体何をしたんですか!!」


「同じことを二回も言うな。わずらわしい。何の話だ?」


 ミーアが駆け込んでくる理由。

 思い当たる節はいくつかあった。

 脳内で両手の指をすべて折ったところで数えるのを諦める。


「カミラちゃんが学園長室に呼び出されたんですよ! ジャックも連れてこいって」


「カミラと俺…… あーこの前、爆薬の実験とかで木を十本ほど爆破した件か。ばれてないと思ってたんだが」


「何をやってるんですか、二人して。だいたいジャックは安静にしてろって言われてるのに」


 ミーアは頭を抱える。


「早く行ってきてください! カミラちゃんは行ってますから!」


「なんだと!? 俺は今読書中だぞ!!」


「いいから!」


 ミーアの剣幕に俺は気圧され、仕方なく本を閉じる。


「しおり、ずらすなよ……」


「触りませんから!!」


「部屋のもの触るなよ」

 

「いいから早く行く!!」


 有無を言わせぬミーアの迫力に致し方なく俺は扉を開けた。


◆◆◆


 学園長質にはすでにカミラがいた。その横には、アンジュが立っている。

 その正面に立っている恰幅の良い男が、副学園長のフランツ・リューグライムである。

 確か、受験の時にもそうだったが、神経質そうな鋭い視線で俺達を見ている。

 そして、その横で高級そうな椅子に腰を下ろしている鷲鼻の男が、この学園の長たる男だ。


「学園長。そろったようです」


「君たちがあの肌の青い魔物をとらえた生徒だね?」


「魔物? 魔族じゃ――」


「魔族などおらん」


 カミラの言葉を、副学園長がにらみつけるように遮った。


「ばかばかしい。これだから子爵の子供というものは……」


「でも――」


「カミラ、気にしなくていい。この人たちは私たちのことを信じてないわけじゃない。信じてはいけない(・・・・)んだよ、立場上。で、今その魔物はどうなってるんですか?」


 アンジュは鷲鼻をにらみつける。


「言えぬ」


「私にも、ですか?」


「言えぬ」


「先日、私たちがその青い肌をした人型の魔物をとらえた翌日、ここから最も近い騎士団で謎の爆発事件が起きていますね。緘口令(口封じ)が敷かれたようですが、それについて何かご意見あります?」


 アンジュは、二人に視線を送りながらゆっくりと話した。

 つまり逃げられた、ということなのだろう。

 副学園長の視線が学園長の方に動く。


「ない。それは騎士団の者共が魔導実験に失敗したせいだ。ここまで影響がなくてよかったよ。君の子飼いはまだ元気かね? そこにいたならば、怪我をしてなければいいが」


「元気溌剌ですよ」


「おい、お前らの腹の探り合いを見せられて俺はどうしたらいいんだ? 帰っていいか?」


 俺は、首を回しながら口を開いた。

 室内の全員がぽかんと口を開いて俺を見ている。


「なんだよ、気味が悪いな」


「ジャック、ホントに君は空気とかそういうの気にしないね」


「空気? どういうことだ?」


 俺の言葉に学園長は鷲鼻をさすると、大きくため息をついた。


「君たちには、その魔物の話を聞かせてもらおうと思ってね。これは国からの正式な命令だ。拒否や沈黙は認められん。虚偽も判明次第に罰則が与えられる」


 なかなかに乱暴な話である。

 こちらとしては特に隠すことなどないのだが、気になる点がある。


「で、なんでここに騎士団がいないんだ? 一番気にしてるやつらだろ」


「学園と騎士団は仲が悪いんだよ、伝統的に」


「アンジュ君、余計なことは言わなくていい。説明を」


 アンジュの言葉を副学園長が制する。

 アンジュは両手を挙げて降参を表すと説明を始めた。

 そこに、カミラが補足していく。


「では、ジャック君が一人でやったと?」


「私はケガをしていて動けませんでした。カミラも錬金スキルに比べ戦闘スキルは貧弱ですからね」


「貧弱ねぇ。このジャック君とかいうのに比べてもかね?」


 副学園長は書類と俺を見比べている。

 大方俺のスキル鑑定書だろう。


「試してみますかい? ダイエット効果もあるって噂があるとかないとか、巷で有名ですぜ」


 副学園長はふんっと鼻を鳴らす。

 と、それと同時に扉が開け放たれた。


「話は聞かせてもらったわ!!」


 入ってきたのはライムとその手下のマイ、そしてミーアであった。

 室内の人間はぽかんと口を開けている。


「おい、ライム。空気ってもんを気にするべきだぜ」


 俺はやれやれと肩をすくめて見せた。


「あんたに言われたくないわよ。あたくしはあえて壊したんだし」


「ライム君、何しに来たんだ」


「何しに来たも何もないわよ。その肌の青い魔族の話、私たちも混ぜてもらおうと思いまして」


「立ち聞きか? 国父八華族がいかがわしい真似を」


 副学園長の言葉にアンジュも口を開く。


「そうだよ、ライムちゃん。この話は結構やばい―― 最初っから聞いてたの?」


「いや、こいつらが来たのはついさっきだ。俺はきちんと周囲の空気を読める男だからな」


「辺りを警戒することは空気を読むとは言わないわよ」


 カミラが俺の肩をポンとたたいて首を振っている。


「ところで、なんでミーアまで来たのよ」


「わからないんです! 突然ライムちゃんが来て、私はここまで引っ張ってこられただけで――」


「それよりアンジュ様。この前貸した本を返してほしいの」


「あ、その本なら今、カミラに貸したのよ。ごめんね、マイ」


「あ~もう、うっさいわねぇ。あんた達、ちょっと黙っててくれる。せっかくあたくし中心の空気を作り上げたのに」


 ライムが大声を張り上げる。

 学園長はゴホンとせき込むと、ライムに視線を送った。


「レイモンド君、なぜ君をこの話に混ぜなければいけない? そして、なぜ話の内容を知っている?」


「2つ目の質問は、答えるに値しないわ。あたくしにも独自の情報網くらいあるんですよ」


 そういいアンジュに視線を送る。

 それを見ていた副学園長は、腹を震わせると口を開いた。


「御託はいい。なぜ君を混ぜねばならないのだ!」


「そりゃ、あたくしのとっておきの情報をお譲りするために決まってるでしょう? 副学園長センセ」


 そういうとライムのテカテカとした唇を大きく引き上げる。


「情報?」


「そう、魔族はもう一人出現していたんですよ」


「何? どこにだ!!」


 副学園長が大声を上げた。

 魔族ということを否定する気はもうないらしい。

 学園長もまた、ピクリと眉毛を動かした。


「んっふっふー」


 ライムは学園長の耳元に口を寄せると、何かを呟いた。

 学園長は、一瞬顔を曇らせたが、すぐに表情を元に戻す。


「わかった」


「ありがと」


「で、どこだ?」


「ハイキングで行ったフライドンゴ。竜穴の隠された十一階層」


「な、確かにあそこに君は入っているが……そこであったのか?」


「あたくしは会ってませんわ。というか、これは確信に近い予想ですけどね、根拠はあるんですけど。一番は当事者に聞くのが早いですよ」


 ライムはそういうと、俺とミーアを見た。


「え? 私ですか? まず魔族って何の話ですか?」


「あら、こっちの子は外れだったの?」


「十一階? どこだ?」


「あれですよ、ジャック。私が亀と戦ってたところ! 助けに来てくれたじゃないですか!」


「亀か!! あいつは強かったな!! で、それがどうした?」


「あ~もうじれったいわね! あの時青い腕をした謎の人物を斬ってたじゃない!!」


「斬ったぞ。あいつも魔族だ。あの糞無駄なプライドの高さは間違いない」


「「「はぁぁぁあああぁぁ?」」」


 一斉に俺に視線が集まった。


「ジャック! それはホントか?」


「間違いない。ちょっとやりたいことがあったからぶった切ってやった。逃げられたけどな」


「ジャックの頭はどうなってんのよ」


「ごめんなさい、ジャックは興味ないことには省エネ思考なんです」


 ミーアがなぜか学園長たちに頭を下げている。なぜだ?

 とりあえず、あの十一階で何があったのか、俺は懇切丁寧に亀の殺し方を説明していたのだが、そこはいらないとはしょらされたので仕方なく魔族の話をした。

 副学園長の顔がどんどんと青くなっていくのが非常に印象的であった。


「な、なるほど。わかった。とりあえず、もう一度十一階層の方は調査させよう」


 学園長は体調でも崩したのか、頭痛を押さえるようにこめかみをもみこむ。


「とりあえず、このことは他言無用である。もしも、漏れた場合には相応の罰則があることは覚悟しておけ。そして、これは君たちも同じだ」


 アンジュとライムは理解したことを動作だけで示す。


「では、解散だ」


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