43:狩りもの競争
俺は、“学園武闘祭”の入場監視役を任されていた。
そして、同じ仕事をしていたカミラと他愛ない話をしていると、突然背後から話しかけられた。
「おい、ジャック。君は変だ」
突然失礼な奴だな。
背後の声に俺は振り返った。
そこにはアンジュがいた。
いつもはゆったりとした服装だが、今日は動きやすい服装をしているせいで、女らしい体の線が見てとれる。
風に流された深い緑の色をした髪を耳にかけた。
「えっと、この人は誰なの? ジャックの知り合い?」
「おや、初めまして。ジャックの友達以上恋人未満のアンジュだ」
「え? え? 恋人?」
「気にするな。この女はこういう訳の分からんことを言って腹の内を探ってるんだ。下手な反応すると見透かされるぞ」
「まぁ、確かにそれもあるが、今の言葉、全部が全部うそってつもりもないんだがな……」
「はぁ。それにしてもアンジュって、どこかで……」
「赤屋根の塔の住人だ。アンジュ……サイホンシキ?」
「アンジュ・ホンハイムだ。君は何をどう間違えたのだ」
「えー国父八華族の第一席の? なんであんた知り合いなのよ!!」
「だから、恋びt――」
「この女、本を延滞するものだから図書館のブラックリストに載ってるんだ。そしてその回収に俺がよく行かされてるからな」
一度取り返したのがうまくいったせいで、毎回頼まれるようになったのだ。
ちなみに、返却に行かなくて済むからこいつも楽だと思っている節がある。
つまり、図書委員の眼鏡委員長と延滞常習犯の悪い意識が一致した結果がそれである。
まぁ、ミーアのおかげで探す手間がなくなったのはいいことだ。
「あんた、ライムちゃんだったりアンジュ様だったり変な方面に人脈広がってきたわね」
「俺としてはいい迷惑だがな。だいたいお前もその“変な人脈”の一人だぞ」
カミラは俺のツッコミなど気にした様子もなくアンジュに向き直る。
「で、アンジュ様は何をしてらっしゃるんですか?」
「いや、散歩だ。野蛮な催し物は嫌いだからな。早々に負けてプラプラしてたんだよ。ジャック探しついでに」
「あ、えっとなぜジャックのことをお探しに……」
「会いたかったからだ。最近、あまりウチに寄ってくれなくなったもので。まさか、祭りに参加できなかったとは思わなかったけどな。ところで、君名前は……」
「カミラです。カミラ――」
「カミラ・ルカリア。ラインライト商店の四女。錬金術に優れたスキルの持ち主で、ジャックと共に一度は受験失敗したけどそのあとの試験で合格。好きな食べ物はカレーライス。嫌いなものは怖い話。胸が小さいことが悩みだ。うん、これは私も共感できるよ…… ちなみに最近、単独で新たな物質を製錬したでしょ。錬金実験室であなたの姿を見た人がいたわよ。その時、薄い魔力反応にもかかわらず強い光と音が発生したと報告があったから調べさせてもらったわ」
「え、なんでそこまで知ってらっしゃるんですか?」
アンジュはその薄い胸を逸らして不適に微笑んだ。
「カミラ、あんまり気にするな。こうやってお前のことを知ってるんだぞ、とマウンティングするのは詐欺師の常とう手段だ」
「な、ひどいよ! ジャック!」
「お二人は、仲いいんですね」
カミラは、一歩引いたような口調でそうつぶやいた。
「そうだね。ただ、私は君とも仲良くなりたいと思っているんだ。錬金術の腕前は確かだし、まずジャックの友達みたいだからね。ミーアとも友達なんだろ? 実は、さっきの半分以上は彼女から聞いたんだ」
「え? あ、ミーアのことも」
「あぁ、私が強く頼んだんだ。実は片付けが苦手なもので、彼女に片付けを手伝ってもらっていてるんだが、やはり体面が悪いだろ?」
「そんなもんですか?」
「そんなもんだ」
二人がなんとなく頷いているのを眺めていると、男が叫びながら走ってきた。
やっときたか、と刀を抜いたがその様子がおかしい。
どうも何かに追われているらしく後ろを気にしている。
「ジャック! あの後ろ!!」
カミラが叫んだ。
が、それよりも早く走り出していた。
男の後ろを走るのは二頭のイノシシの魔物だ。
以前、退治したものより一回り大きい。
しかし、刀の相手にはならない。
俺は突撃してくるイノシシの魔物に相対すると、それに応じるべくその頭に刀を叩き込んだ。
剣すら弾く毛皮を薄紙の様に切り裂き、斧すら耐えるその頭蓋骨をチーズの様に切り裂く。
血飛沫が舞い、胸が焼けつくような脂のにおいが舞い上がる。
入場客の叫び声が耳に届いたが、俺はそれを無視して二頭目に体勢を整えていた。
二頭目もまた、こちらにそのでかい図体を向けて走り出しているところであった。
が、その突進は突然盛り上がった土の槍によって防がれる。
その唯一柔らかい、腹部に土槍が突き刺さったのだ。
そのまま空中へ持ち上げられたイノシシはそれでも持ち前の生命力か、血をふき散らしながら暴れまわる。
と、今度はイノシシの背が燃え上がった。
瞬く間に炎に飲み込まれたイノシシは一瞬で灰燼と化す。
「いやぁ、危なかったね。ジャック」
「今のは、アンジュ様が?」
「そうだよ。意外だった?」
「えぇ、てっきりこういうことはお得意ではないのかと……」
「特異とか不得意とか関係ないよ。家柄、こういう時に見てるわけにはいかないからね」
「はぁ……」
俺は、灰とかした元イノシシを見て舌打ちをした。
「あれ? ジャック、お気に召さなかった? もしかして得物取られたとか――」
「いや、こいつうまいから、もったいないなぁって」
焼けた際に蒸発した脂が唇にこびりついたのでそれをなめとる。
「まだ、まだいるんだ! 村が襲われてるんだ!!」
男が半狂乱になりながら俺に縋り付いてきた。
その男を押しやると、口角をなぞる。
「祭りに参加できないなら仕方ない。こっちは狩り物競争で時間をつぶすか」




