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4:道を断ってやることも親の務めだと思いますけどね

 朝日が屋敷内を浄化するかのように差し込んでいる。

 朝の澄んだ空気を肺に一杯詰めることは、人生最大の利益だ。

 そんなことを思いながらミルウーダは、いつものように鼻歌交じりで屋敷内を歩き回っていた。


 ミルウーダが屋敷に入ってから四年ほどが経とうとしている。

 主人であるラズバンドはエロいがいいやつだし、その奥さんのウルフィルダのことは大好きだ。

 辺りに住む人たちも気の良い隣人たちだし、静かな田舎での家庭教師生活というのは想像以上に自身にあっているとミルウーダは思っていた。


 二人と出会ったのは十年前、まだミルウーダは十三歳の時である。

 ミルウーダの兄、ウィグラは騎士団員でありラズバンドとウルフィルダもそうであった。

 ラズバンドは国王の警護担当でたたき上げ。

 ウルフィルダとウィグラは首都の貴族であったが、継承の目がほぼなかったので腰掛で騎士団をしていた。


 普通は現場たたき上げの騎士と腰掛でゆるゆるとやっている奴らが仲良くなるはずはない。

 なぜ仲良くなったのか、ミルウーダは知らないが、とにかく仲の良かった三人はよくウィグラの家にやってきては、テーブルを囲っていたのだ。

 そして、その輪の中に幾度となく入れてもらい、様々な話を聞かせてもらった。その席がとても楽しかった。


 だからこそ、騎士団に入る気がないにもかかわらず剣術の才があったミルウーダは、二人から届いた家庭教師の依頼の手紙に喜んだ。

 覚えてくれていたこともそうだが、兄、姉のように慕っていた二人が自信を頼りにしてくれたのだ。

 二つ返事で家庭教師への道を選んだ。

 もう一つにして最大の理由は、地方とはいえ、貴族の家庭教師であれば、家でぶらぶらとやっていることを兄や両親にとがめられずに済む、ということであったが。

 何はともあれ、この屋敷に潜り込んだ。


 そして、二人の息子がデクであると知って心底同情した。


◆◆◆


「道を断ってやることも親の務めだと思いますけどね」


 ミルウーダがそういったのは、悪意からではない。本心でそう思った。本音でいえば楽な仕事だ。

 無駄だとわかっているのだから結果は求められない。

 遊んで暮らしても剣から引き離していると良く解釈されるだろう。

 が、しかしそれでも言いたかった。あなた達は間違っている、と。

 ミルウーダは自分のスキルを譲渡できるならそれでもいいと思うくらいには真剣だった。


「わかってるわ。ミルウーダの言いたいことは、あなたの思ってることもね」


 クスリとウルフィルダは笑った。

 心の底が見透かされるようなその目は、くすぐったいような感覚がして少しだけ苦手で好きだ。


「俺たちも言ったんだがな。頑として聞かん。誰に似たんだか……」


 初めて見た二人の息子は、何とも意地の悪そうなやつだ、とミルウーダは思った。

 髪は父親に似て真っ黒。そして、顔立ちは母親に似ている。

 女が見ても美人だと思うウルフィルダに似ているので、大人になればきっと女どもがきっと放ってはおかないだろう。

 そう。例えデクであろうとも、生きる道はある。

 顔だけ見たミルウーダはそう思った。


 が、すぐにこのデクの、大問題に気が付いた。

 その表情である。

 眉根にしわをがっつりとよせ、口を真一文字に閉じ、さも不機嫌といった様である。

 そして、その目はミルウーダを値踏みしているようだった。

 子供のそれとはとても思えなかった。


 デクは、ミルウーダにお辞儀を一つすると部屋に戻っていった。

 何とも、不思議な感覚であったが、とりあえず部屋に荷物を持っていこうとしていたミルウーダの前にデクは再度現れた。

 デクは、細い木の枝を削った剣状の物を引きずっていた。

 そして、口を開いた。


「剣の時間だ」


 最初の数カ月は見てられなかった。

 毎日のように血豆を作り、その血豆が破れた上に血豆ができる。

 歯を食いしばる六歳児など見るに堪えない。何度もやめろと言った。

 もっと楽しいことがあると。

 が、そういうたびにそのデクはかわいそうなものを見るような目をミルウーダに向けた。

 その視線に何度もイラつかされた。


 一度だけ模擬戦をしたことがある。

 コテンパンにぶっ飛ばしてやろうと思ったのだ。そうすれば、きっと考えを改めると。

 が、ミルウーダの考える結果とは違うものになった。


 コテンパンにやっつけたのはやっつけた。

 しかしそのデクは、嬉しそうに立ち上がったのだ。

 右目には青タンを作り、乳歯が三本ほど砕け、両鼻から滝のように血を流して。

 それでも、ふらふらと必死に剣を両手に持つと構えたのだ。


 そして気が付いた。構えていると。


 最初は持ち上げることができなかったのだ。が、いつの間にか持ち上げ重力に任せて振るうようになっていた。

 そして、今や、ふらふらとはいえ重力に逆らい剣を正中に構えているのだ。


 ミルウーダは得心した。なぜあの両親が一度も自身にデクの状況を聞いてこなかったのか。

 きっと何度も何度も説得したのだろう。剣をやめろと。それでもやめなかったのだ。このジャックは。


「剣の構える位置が低い。もう少し高く持ってください!」


 ミルウーダは初めて指導をした。それにジャックは初めて応えた。


「黙れ。お前に教わらんでもそのくらいわかる。ただ身体が言うことを聞かんのだ。いいだけ殴りやがって」


◆◆◆


 ミルウーダはジャックの部屋の前に立った。そして、いつも通りノックなどはせずに部屋の中に入っていく。

 ジャックは胡坐の姿勢でベッドの上に座っていた。

 ジャックの朝の日課である。ジャック曰く、身体イメージを一致させるらしい。

 こうなると例え何をしてもピクリともしない。

 スキルを持ってないと大変だな、などと思いながらミルウーダは、手近な椅子に座る。


「日記、読んじゃおっかなぁ。どうしよっかなぁ」


 ニヤニヤと勉強机の横の書棚に手をかける。

 横目でジャックを確認するが動きはない。

 ミルウーダはふぅと一息吐く。

 そして、窓の外に目をやった。


 新緑が目に鮮やかに映る。それにひかれるように立ち上がると窓を開け放つ。

 新緑の香りが鼻腔の奥まで入ってきた。

 ミルウーダは深呼吸を何度かする。まだジャックの日課は終わらないらしい。


 ミルウーダは今日の鍛錬の予定を考えた。


 本当は歴史や文学、そして一般科学などを教えるべきだろう。他にも、政治、経済などもだ。


 ミルウーダはその分野がそれほど好きではない。では、苦手かと言われれば少し違う。

 天とは本人が望む才能をギフトするとは限らない。

 一流と言われる家庭教師レベルの知識をミルウーダは備えていた。


 がしかし、ミルウーダは知識をむりくり詰め込むようなことは嫌いだった。


 幾度かジャックにそのあたりの勉強をするよう打診した。が、梨の礫。

 読み書きと計算については、本人も必要だと思ったようだが、他の教科についてはそれよりも剣を振らせろというのでそうさせていた。


 最初はどうせ素振りである。

 筋力増強を目的に明らかにオーバーウェイトの剣と槍を使って。

 それが二時間。その間は暇だから、魚釣りでもしていよう。


 そして、それが終わればやっとミルウーダの出番だ。

 最近、ジャックはミルウーダとの模擬戦をひっきりなしに求めるようになった。

 まだまだ、ミルウーダには及ばないが、それでも五本やれば一本ギリギリの戦闘ができるようになってきた。

 どう考えても異常だが、ミルウーダにはそれが当然だと思えていた。


 ジャックは明らかに変だ。思考も態度もそうだが、いろいろ変だ。

 そして、それを納得させるだけの何かを持っていた。

 それを言語化できない。

 そして、そんな必要はない。

 それは、どこかの文学者がやればいいことだ。


 ミルウーダは、窓を閉じるともう一度椅子に座った。

 まだジャックは瞑想の最中だ。

 が、そんなのお構いなしにミルウーダは話しかけた。


「もうすぐ入学式ですね。楽しみだ」

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