39:骨じゃねぇじゃん
俺は蛇入り亀から三十メートルほど離れた場所に陣取った。
「ジャック、気を付けて」
亀の穴という穴から蛇が俺をにらみつけている。
もし俺がカエルだったなら、とふと思い思わず上がった口角を親指でなぞる。
「第二ラウンド始めようぜ。今度は無制限一本勝負のバリトゥードだ」
姿勢を低くしたまま距離を縮めると、右手に持った剣で亀の頭を切り上げる。
が、口から出てきた蛇が俺の右腕を絡めとろうとしてきたため標的をその蛇に変えた。
蛇は先ほどの攻防で学んでいたようで、口の蛇が引っ込み、右耳から現れた蛇が刀を弾いた。
そして、いくつも撃ち込んだ俺の剣を口と両耳から現れる蛇が見事に捌いていく。
俺は、その状況を打開するべくその頭部を蹴りあげた。
しかし、その頭には思考という機能は割り振られていないらしい。
即座に、突進で対応されたので、仕方なく空中へ逃れる。
ついでに、甲羅に剣を叩き付けたが金属音が鳴り響いた。
恐ろしく硬い相手である。
単純に言えば、背の甲羅は俺の剣の硬度をはるかに凌駕しているし、身体中の鱗もまた、おろし金のようにざらざらとしている。
が、そういった話ではない。
亀の鈍重さを身体内部の蛇が補い、蛇の装甲の薄さを亀が補っているのだ。
俺が剣を持ち出せば、蛇が防御を行い、蛇の防御が追いつかなくなるところで亀がその巨体を生かして状況をひっくり返す。
こちらの身軽さで距離を開けると、亀がその鈍重ながら力強い歩行で距離を縮め、蛇が俺に食らいつこうとする。
何度かその攻防を行っていた。
やはり、ミーアだけでも逃がすべきだったか。
と、視線を送るとミーアが横に倒れていた。
胸がゆっくりと上下している辺り寝ているらしい。
のんきな奴だ。
逃走の線が消えるとなると、やはりこの亀蛇を退治するしかないか。
ほぼ間違いなく蛇がこの亀の身体の身体を乗っ取っている。
ならば、まずはこの蛇すべてを処理する。
俺は、その特徴や、斬りつけた傷から蛇が八体であると推察した。
最初の蛇を除けば、残り七体。
俺は、もう一度亀の頭を蹴りあげた。
やはり突進してきたので今度は飛ばずに足元に潜り込む。
それと同時に右前脚の腱を切り裂いた。
亀はちょうど突進しようと体重を乗せたところであったため、ダメージはでかい。
体重を支え切れず思わず前のめりに倒れ込んだ。
理由を確認しようとしたのか、両耳と口から頭を出した蛇の頭を斬り飛ばす。
そして、距離をとると剣を構え直す。
「残り四匹。喜べ、最後の奴はかば焼きにしてやる」
怒ったのか、亀蛇は足元をかき突進してきた。
蛇はすべて身体に隠れてしまっている。
俺は、その唯一の弱点、頭部に剣の切っ先を突き込んだ。
ズブリと一瞬で柄まで刃が潜り込んだ。
俺の脚もまたその突進を止めるべく踏ん張ったため、地面がわずかに沈み込んでいる。
俺は、亀が止まったことを確認したが、それでも安心しない。
その体内の中で剣をかき混ぜる。
ドプッと刃と肉の隙間から体液が噴き出す。
剣を抜くと、その傷口から蛇が三匹押し出されて出てきた。
どちらも、身体をずたずたに切り裂かれている。
そして、最後の一匹。
傷口の途中で引っかかったのか、だらりと垂れ下がっている。
それを何の気なしに左手で引き抜こうとした。
と、突然その蛇は伸びあがり俺の左手を飲み込む。
「てめぇ、生きてたのかよ」
この蛇には毒がないようだ。
つまり、この蛇は毒で仕留めるのではなく、飲み込みその恐るべき膂力で締め殺すのだ。
ギシギシと飲み込まれた左腕が悲鳴を上げる。
今にも折れる寸前だ。
が、そう簡単におられるわけにはいかない。
剣を振るおうとしたところで、突然亀が暴れだした。
あまりにも突然だったため、俺は剣を取り落とす。
「何でこっちも生きてんだよ、くそったれ!!」
俺は、飲み込もうとする蛇の身体を抑え込む。
左手をもがかせていると、中に何か硬いものに当たった。
恐らく背骨だろう。
「そっちがその気ならこっちも付き合ってやんよ!!」
俺は渾身の力を込めた、握力のみでその蛇の肉に指を突き通す。
そして、その背骨をつかんだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ブチブチと筋肉を引きちぎりながら蛇の口から手を引き抜く。
「骨じゃねぇじゃん」
俺が握っていたのは、片刃で僅かに湾曲した剣であった。
血にまみれ見にくいがその刃面には美しい波紋が描かれている。
見て一瞬で理解した。
この剣は、一切の装飾を施すことなく、斬るという一点に注力されている。
あほうの仕業だ。
だからこそ、美しい。
俺が、きょろきょろとしていると目の端の空間がひずんだ。
そして、そのひずみが水面のように揺らぎ一人の人間形状の者が出てきた。
「そろそろ、刀は手に入ったかな……誰ですか? あなたは?」
背は俺より幾分か高く、父上くらいはあるようだ。
ローブのような衣装に身を包んでいる。
しかし、それよりも奇妙な点があった。
肌の色が真っ青なのだ。
そう、かつての我が主であった魔族のような真っ青な皮膚を持った人型の生命体。
そして、その生命体は何かをずっと口にしている。
がしかし、俺の脳内はたった一つのことで支配されているせいでうまく理解できない。
そして、思わず口をついて出た。
「……し……ろ」
「はい?」
「ため……ぎら……」
「えっと、聞こえませんけど?」
「試シ斬ラセロ!!」
俺にとって魔王様への忠誠は最上位であったが、魔族に対して服従しているといった意識などない。
恐らくこいつはこのようなところで何かをもくろんでいたに違いない。
もしかすると、ただ偶然現れたのかもしれないがこんなところにいるのが悪いのだ。




