36:強いのがうじゃうじゃいるダンジョンなのよ!
廊下を俺とミーアが並んで、そしてその少し後をカミラが歩いている。
「ジャック! 久しぶりに一緒に授業ですね!」
ミーアが嬉しそうに俺の裾を引っ張る。
「今、十月だから…… 二カ月ぶりかしらね?」
カミラが人差し指を唇に当てながら考えている。
四月から八月までは基礎訓練や、座学などを一緒に受けていた俺達だが、八月からは『武術』『魔術』『技術』のコースに分かれていたのだ。
通うコースは、それぞれ学園によって決められている。
俺は武術でミーアとカミラはそれぞれ魔術、技術だ。
そうだな、とつぶやきながら俺は教室の扉を開いた。
「おい、こんなにクラス少なかったっけ?」
教室に入った俺はぽつりとつぶやいた。
以前に比べて半分くらいしか席が埋まっていない。
「あんたが面白半分にランキング戦けしかけるもんだから、いやになったんじゃないの?」
「私もジャックのせいだと思いますよ」
ミーアとカミラはケラケラとわらいながら席に座った。
以前に比べて閑散としているので、俺たちは前の方に席を陣取る。
「そうね、ジャックのせいもあるけど、半年も経ったし特待クラスはこんなもんよ。今年は残ってる方じゃない?」
俺の後ろの席からライムが声をかけてきた。
確かに、残ったメンツの中には寄付組がほとんど残っていない。
それでもまだ幾人かは残っているが。
「うるせぇ、いい加減ランキング戦受けろよ、カマチキ野郎」
「いやよ、ランキング戦なんて廃れたシステムに興味ないわ」
あとから知ったことだがランキング戦は、伊達や名誉色が強い。
そのせいで興味のない奴はとことん興味がないらしい。
「そういえば、ジャック。レイちゃん元気にしてますの?」
「あぁ、委員長からマイに会ったらよろしくと言われた。今度おじいちゃんの墓参りに行こうね、だと」
「わかったのって伝えてほしいの」
「俺は伝言板か?」
俺が眉をひそめたところで、扉が大きく開かれた。
入ってきたのは、口髭をたくわえた担任である。
「さて、ごきげんよう。だいぶ人が減ったようだね。まだ、減りそうだが」
担任は俺とミーアを見て右口角を軽く上げる。
「今日、集まってもらったのは他でもなく、学園行事のクラスハイキングに向かうためです」
ハイキングか。
昔、父上と山に遊びに行ったことがあったな。
思い出していると、ミーアが耳打ちしてくる。
「楽しみですね。早く行ってくれればおにぎり握ってきたのに」
「そこ! 私語は慎みなさい!!」
ミーアは、んべっと舌を出す。
「場所はフライゴンドだ」
辺りがざわつきだす。
「最悪ね」
ライムがぽつりとつぶやいた。
ミーアがシーッとライムにしたが、担任は聞いてもいないという風を装っている。
「何が最悪だというのだ? ハイキングの場所が遠いのか?」
「学園がハイキングやるっていって本当に楽しくハイキングできるわけないでしょ」
「さすがは、レイモンド様よくご存じで」
聞こえてんじゃねぇか。
「一階層降りるごとに十点加算していき地下十階層を最終目的地とします。全制覇を百点とし前期の最終課題としますので、皆さん死なないように頑張ってください」
担任はそう言って、あとはよろしくとばかりに部屋を出て行ってしまう。
ライムは頭を抱えたままだ。
「私もフライゴンドなんて初めて聞いたわね。有名なダンジョンなの?」
カミラが後ろを向いてライムに聞く。
それをマイが答えた。
「フライゴンドは正式名称で、通称“竜穴”。昔、竜がいたって言われてるダンジョンなの」
「竜穴なら私も知ってるわよ! 今でも恐ろしく強い魔物が出るって言って有名じゃない!」
「そうよ、だから最悪なの。いや~あたくしの顔に傷とかついたらどうしようかしら」
「そんなことで悩むのはライムちゃんだけだと思うわ」
カミラが顔をひきつらせながらライムに突っ込む。
俺は、どうしても気になっていたことを聞いた。
「何が最悪なのだ?」
「強いのがうじゃうじゃいるダンジョンなのよ! 最悪でしょ!」
「ライムちゃん、ジャックをあんまり煽らないでよ。わざとやってるでしょ」
なぜか、カミラがライムに声を上げている。
ミーアはカミラの肩に手を置くと、あきらめたように首を振っていた。
◆◆◆
俺たちは、馬車に乗って一時間ほど揺られていた。
降りた先は、山のふもとであった。
そして、その先にはどでかい扉が設置されている。
その周囲にいるのは騎士団と思われる兵士が立っていた。
馬車から降りるとハイキングの若い担当教員が扉の前に出てきた。
そして、魔導拡声器で説明を始める。
「さて、中では三人組で行動してもらう。単独行動は禁止だ。班編成についてももう決定済みだ」
ミーアががっくりと肩を落としたので、俺は頭をぽんぽんと叩いておく。
カミラはマイと、ライムの班であった。
どちらも、カミラを迎え入れることに問題はないらしい。
問題は、ミーアと俺である。
ミーアも俺も班員が寄付組の連中と一緒だったからだ。
「エルフと一緒なんて御免だっつってんだろ!」
「私だってこの人たちはお断りです!」
寄付組が担当教員に詰め寄る。
どうやら、寄付組の方が偉いようだ。
そこへ、担任がやってくる。
寄付組に二、三言告げると寄付組はミーアを見た後で、コクリとうなずいた。
「おい、エルフのガキ。仕方ねぇから組んでやるよ」
「触るなです! 触ったらぶっ殺します!」
俺は、その班に近づく。
「お前達、ミーアに何かあってみろ。同じ目に合わせてやるからな」
俺はゆっくりと確実に言葉を発する。
「ふ……ふん、ガキが調子に乗るなよ」
ミーアが口を膨らませていたが、俺を見て、少し笑った。
「大丈夫ですよ。最悪一人で逃げ帰って見せますから」
そういって、扉の方へ向かっていく。
順番にダンジョンに送り込まれているのだ。
そして、次は俺達の班だ。
「おい、デク。足引っ張るんじゃねぇぞ」
俺のチームは、俺が初めてランキング戦を行った貴族の男とその手下であった。
名前は、ドルダン・アルマイオとネルモ・クラムスキー。
どちらも、金髪の髪をしているのだが、現在全く見えない。
なにせ、二人ともがゴテゴテとでかいプレートアーマーを着込んでいるのだ。
一体どこから持ち込んだのだ、という疑問はさておき、着慣れていないらしく動きがたどたどしい。
「お……おう。気を付ける」
悲しくなった俺は、悪態もつけずに返事をするだけにとどめておく。
「次の班、入りなさい」
巨大な扉を抜けると、そこは巨大なホールのような空間になっていた。
軽く、あ~、というとグワングワンと声が響く。
壁に目を転じると十の扉がある。
今度は巨大ではない。
俺たちのそばに別の若い担当教員がやってきた。
「あれらにはすべて魔封じが施されています。人間しか通れません。さて、君たちはどの扉を選びますか?」
「選ぶ?」
「はい、同じ通路を通ってしまえば試験としてはあまり意味を成しませんので」
「中でつながってないのか?」
「実際のところは、つながっている扉もあれば、つながってない扉もあります。まぁ、別の班と会うこともあるでしょうが、それはそれで運次第ということで」
俺がどれにしたものか、と思っていたところでドルダンが一つの扉を指さした。
「あれだ。あの扉、俺が通るにふさわしい」
どんな判断かわからないが、別に異論はないので俺は素直についていくことにする。
というか、こいつらゆるゆる歩くのでとっとと決めないと終わらない気がしたからだが。
「では、気を付けて。あ、最後にこのカードを」
教員が俺たちにカードを手渡した。
どこかで見たような気がするが……
「これは、教会が発行している冒険者カードを改造したものです。何階層まで進んだか、どのような魔物を倒したか、などが記されています。危険だと判断したらこの部分をつまんでください。助けが参りますので」
「冒険者か、あの狼藉者どもと同じものを持つのは気に食わんが、致し方あるまい」
ドルダンは奪うようにそれをひったくると、アーマーももっとも安全そうな場所にしまい込んでしまう。
「ただし、ギブアップは一人までです。その場合はギブアップ者はその時点までの点数となります。もしも、二人以上ギブアップする場合は、その時点でそのチームは終了となります。点数は当然進んだ場所まで。では、お気を付けください」
「よし行くぞ」
ドルダンが歩き出したので俺達も歩き出した。




