33:ジャックに逃げろとか言っちゃだめです!
不思議なものだ。
貴族とは何かあれば、やれ決闘。それ決闘。
がしかし、俺にとっては好都合である。
闘技場の中心に俺と金髪の男はいる。
その間にはこの試合を取り仕切る審判がいた。
闘技場の周りは観客席のようになっていて、ちらほらと人がいる。
どこから知ったのだろうか。
どうせ、放課後の暇つぶしか何かで集まっているのだろうことは予想が付く。
軽く首を回すと視線を、自身の相手へ移した。
金髪の男は、木製の杖を持っている。
先の方が本人の拳よりも一回りほど大きくなっており、前世の魔法使いの婆が持っていた奴に似ている。
その婆曰く、杖なんて使ってるうちは四半人前なのだそうだ。
なぜ持ってるのかと問えば、孫が喜ぶというよくわからん理由に閉口したのでよく覚えている。
そして、やけにゴテゴテと装飾された青白い靴を履いている。
俺の装備は木製の剣二本だ。
今日は一方が鞘じゃない。
「始める前に、言っておくことはあるか? 死ぬかもしれんぞ」
相対する俺も金髪の男も審判を見るようなことはしない。
互いに目をそらさずににらみ合っている。
すると、金髪の男はにやりと口を歪めた。
「おい、デクのガキよ。お前はきちんとあのエルフ娘に遺言を残しておけ」
「ミーア、よく聞いとけ。俺が死んだら父上と母上を頼む。まぁ、それは今日じゃないけどな」
「貴様!」
「お前も、付き人に伝えたらどうだ? デクに負けて死んだときの葬式での口上をよ。ところで、お前誰だっけ?」
「ウーワン・トルドルドーだ。地獄に行くまで覚えとけ」
「俺はジャック・ヴェッティンだ。両手の三、四本で勘弁してやるよ」
ウーワンの目が見開かれる。
俺は、両手に力を込めた。
審判は俺たちのやり取りに感銘を受けたのか、大きくため息を吐く。
そして、振り上げた右手を振り下ろした。
「始め!」
先手必勝とばかりにウーワンが、呪文を詠唱始めた。
魔術師とは基本的に一対一の戦闘は不利である。
なにせ、――ミーアのように実力があれば省けるが――詠唱が必要だからだ。
戦士が前衛にいる状態で詠唱を行い、大火力で相手を仕留める。
これが、正しい魔術師活用の戦闘教義だ。
しかし、そういった場合ばかりではない。
そのため、基本的に魔術師は“詠唱までの時間稼ぎ”が最も重要になる。
そして、ウーワンの場合は、やけに派手な靴がそれにあたるらしい。
「カミラ、何か相手の動きが変な気がしませんか?」
「あの靴は恐らく身躱しのアビリティを付与してるマジックアイテムね」
俺が、試しに近寄ったところ同じ速度で同じ距離移動した。
自動移動らしく、男の視線はこちらに対して注意を払っているようには見えない。
呪文構築に忙しいのだろう。
そして、それが完了する。
男の周囲に数十本の金色をした矢形状の帯電された魔物質が展開される。
「雷よ、奔れ! サンダーボルト!」
雷矢が空間を切り裂いた。
俺はギリギリでそれを躱すと、二本目、三本目と矢が射出される。
「ジャック! 逃げなさい! まだ来るわよ」
「カミラ! ジャックに逃げろとか言っちゃだめです!」
よくわかってるじゃないか、ミーア。
俺は手段を回避から、防御へ変更。
二本の剣で叩き落とし、切り払い、弾き飛ばす。
「落としただと!?」
ウーワンの周囲に展開された残矢が切れた。
「手品は終いか?」
「手品だと! このやろおおお!!」
サンダーボルト射出中に別の詠唱が完了していたらしい。
ウーワンの眼前に炎球が浮かび上がった。
そして、それは馬上槍のような形状に変化する。
「あら、あれ上級魔術よ。意外とやるじゃない、寄付組のくせに」
いつの間にか会場に来ていたライムがつぶやいた。
なるほど、上級魔術か。
おもしろい。
「燃やし尽くせ! ホーンオブファイア!」
ウーワンが叫んだ。
魔術物質には基本的に質量はない。
が、しかし、その巨大さゆえか、わずかに沈んだ。
次の瞬間矢のごとき速度で飛来してくる。
俺は、剣を握りなおす。
【我流二刀流剣術:中級】
《ぶった切り:上級魔術》
俺は、眼前に迫った炎槍に剣を叩き付けた。
ずんとした感触がして炎槍は砕け散り、霧散する。
「魔法を斬っただと!?」
ウーワンの顔が青くなる。
「次は俺だな」
俺は、姿勢を低くする。
足に力をためると、そのすべてを前進へと変換する。
ウーワンは、滑るように俺から離れる方向へ移動する。
「くはははは! ど、どうだ! 魔法を切ったときは驚いたが、近づけなければどうすることもできまい!!」
そういうと、ウーワンはまた詠唱を開始する。
「近づけないなら近づくまで、速度を上げてやるよ」
俺は、両手の剣を放り投げた。
そして、軽く屈伸する。
「何してるのよ、あの子! 目的見失ってない?」
「ジャックの目的は、ぶっ飛ばして勝つことだけ何です。アホ……なんとかなんです」
よくわかってるな、ミーア。
あとでぶっ飛ばしてやる。
俺は、走る構えをとった。
そして、地面を思いっきり踏み込む。
「な! 逃げろ!」
靴が地面を滑る。
そして、突然右方向に曲がった。
即座に方向を転換し、追いすがる。
「待てや、こらぁぁぁぁ!!」
「ひぃ、来るな! 来るな! 来るなぁ!!」
二度目の方向転換。
わずかに距離が縮んだ。
俺の身体はもっと早く動く。
足の回転が上がる。
先ほどまで二歩かかった距離を一歩で踏破。
五度目の方向転換で俺の指は男の服に触った。
そして、八度目で俺の指が男の服を完全につかんだ。
「つぅかぁまぁえぇたぁぁぁぁぁ!!!」
左手でウーワンを宙に持ち上げる。
そして、右拳を握りこんだ。
と、そこで男の顔が真っ青になっていることに気が付いた。
「う…… ぎぼぢが……わる…… おろろろろろろろろろろ」
俺の顔に吐しゃ物がかかった。
胃に突き刺さるような臭いに、俺の喉を何かがこみ上げる。
「おろろろろろろろろ」
◆◆◆
俺は、闘技場横のベンチに座り込んでいた。
まだ胃が収縮運動をしている。
が、吐き気の方は何とか収まっていた。
「さすがはヴェッティン様の息子ね。前代未聞の塩試合を期待してたんだけど、逆に期待外れだったわ。まさか斬り合いじゃなくて、乗り物酔いで決着つけるとわ」
「デクってのは嘘じゃないんですの? あれじゃ、剣術スキル上級持ってるみたいでしたの。それに、最後はマジックアイテムに追いつきましたの。訳が分からないんですの」
マイの疑問にカミラが肩をすくめる。
「間違いないわよ。私は試験のとき検査結果を見たけど、スキル部分が間違いなく空欄だったわ」
「そうですよ。ハズバンド様…… ジャックのお父様もそういってましたから間違いないと思います」
「えっと、カミラとミーアだっけ? あなた。あたくしのことはライム”ちゃん”でいいのよ。貴族だからってきにしないで」
「ライムちゃんは頭はあれだけど、優しいからホントにライムちゃんで大丈夫なの」
「あ、はい。ありがとうございます。らいむ……ちゃん」
俺は、その毒にも薬にもならぬやり取りを聞き流しながらミーアの持ってきた水で口をゆすぐ。
「落ち着いたかしら。ま、勝ててよかったわね」
「うっせぇよ。次はお前の番だ……」
「あら、その口の端にゲロのカスつけてる人とはヤリ合えないわよ」
ほーほっほっほと、どこかへ行ってしまった。
確かに、現状では追う気力はない。
「ジャック、これからどうします?」
「とりあえず、寮に戻って風呂に入りたい……」
至る所からゲロの匂いがするのだ。
「そうですね、それがいいと思います」
しかめっ面で答えたミーアにカミラがやはりしかめっ面で首を上下に動かした。




