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3:悲しい事故が起きましたね

 七歳というのは何でもこの世界では一つの転機らしい。

 子供の成長の感謝とそれを祝うために教会に行かねばならぬそうだ。

 ならぬ。ならぬのだが。

 ならぬのはわかるが、前世の俺はドクロである。

 神父に祈られた瞬間に溶け落ちるのではないか。


 恐らく人生二度目の親へ断固たる決意を示したが聞き入れられずこの七歳祝いに行くことになった。


「お前、教会行くの初めてだったっけ?」


「は、はい」


 俺は父上の後ろを隠れるようについていく。


「あなた、なぜジャックはこれほどまで教会を怖がるのかしら」


「さてなぁ、前世の行いが悪かったのかなぁ」


 いえ、前世では教会を数度襲って神父を食らったくらいです。


「まぁ、いい。ついたぞ。ここが公勇堂教会だ」


 そこにはたくさんの人がいた。

 なんでもこの辺りの様々な領地の七歳児が一堂に会しているらしい。

 ヴェッティン領以外の人間を初めて見たが、どうやら人間というものにそれほど差異はないようだ。


 そして、俺は紹介された建物を見た。

 それは、白く荘厳な建物であった。

 中央部が塔のように幾分高くなっており、そのてっぺんには公勇堂教会のシンボルである円とそれを称えるように放射状に線が伸びている。


「太陽がシンボルなのよ、あのマークを覚えておきなさい。かつて勇者様に付き従った聖女様が作った教会よ」


 勇者だと? いやな名前を出してくる。


「で、今日はその勇者様が魔王を斬った日だ。魔斬りの日と言――」


「魔王様が斬られるわけなかろう!」


 思わず大声を出していた。

 いや、何を熱くなっているんだ、俺は。

 異世界に来てまで忠誠心が爆発してしまうとは。


「え? 今なんて?」


「ま、王様が来ているわけないでしょう、父上。バカだなぁ」


「うん、王様はこないよ、こんな田舎まで。え、俺そんな話してたっけ? つか、父親に向かってバカって言った?」


 俺はそれを無視すると母上の手を引いて教会の前まで来た。

 恐怖。

 足が震えている。

 歯がカチカチと音を鳴らしている。

 手がじっとりと湿りだした。

 母上から手を放すと手をふいた。


「さささっさささあぁあさて、パパ上、ママ上、いいぃいぃ行きませう」


 俺は意を決して扉をくぐる。

 前世であれば、良い教会であれば入口に結界と呼ばれるものが存在していた。

 これは、ハレとケガレを分断するものである。

 魔物がこの結界を超えるとかなりのダメージを負う。


 実際、俺は初めてこの結界を越えた時死にかけた。

 が、悪い教会というのもある。

 きっちりとしていない協会はこれがなくすんなり侵入ができる。


 俺は、この教会が悪い教会で会ってくれと願った。

 そして、その願いはかなわなかった。

 入口には明らかにその結界が存在している。

 進入する瞬間、身体の中を薄い皮膜が通過していったのが分かったからだ。

 まずい、俺は自身の死すら予感した。

 数年来の親友であったスライムが俺の隣で弾け飛んだことを思い出す。


 が、その瞬間は訪れなかった。その皮膜は俺を受け入れたようだ。


「ジャック、どうしたの? 汗びっしょりよ」


「だ、大丈夫です。母上……」


 俺は、呼吸を整える。

 母上が背中をさすってくれたおかげで何とか呼吸が落ち着いてきた。

 そこへ、癪に障る高さの声がかけられた。


「おやおや、ヴェッテイン領、領主のラズバンド・ヴェッティン伯。そして、その奥方と息子さん」


 俺が顔を上げるとにやにやと笑う恰幅の良い男が立っていた。

 その顔は、やけにいい顔をしていた。

 もし、許可があれば顔面に数発拳を叩きこみたくなる程度にいい顔をしている。


 その横には、こちらも恰幅の良いご婦人がいた。

 無駄に赤い口紅を差していて、飛べそうなくらいまつげが長い。

 そして、その中央に立っているのはこれまた、この二人を足して二で割った後でハムを二、三ブロック足したような丸々とした少年であった。

 この少年もまたニヤニヤと笑っている。


「あ~誰でしたっけ?」


 にやにやと笑う三人に向かい父上はそう言ってのけた。

 さすが、我が父上だ。

 なんらかの嫌がらせなのは間違いないからな。


「この前会ったばかりじゃないか。ボトルフィーノ領のベルナール・ボトルフィーノですよ。それともオタクの息子さん同様知性スキルが足りないのかな」


 なるほど、俺がデクというのをあざけりに来たようだ。

 気にはしていないが、父上がバカにされるのは腹が立つ。

 俺が前に一歩進み出ようとすると父上が右腕で遮った。


「ベルナールさんでしたか。ごきげんよう。私の知っているボトルフィーノはそれはそれは素晴らしい領主様がいらしたんですが、いつの間にか、豚に代わっていたのですね。いやぁ、愉快な方でしたがまさか豚に代替わりするとは。気が利いてらっしゃる。まぁ、困ったことに私は豚の目利きには疎くてね。失礼しました」


 ビキリとベルナールの血管が浮く。が、気を取り直したように俺に視線を向けてきた。


「そちらが、息子さん? ジャック君でしたっけ? いやぁ、立派そうだ。うちの息子にも見習わせたいものだ。で、スキルはいくつあるんですか? 我が息子、ヒルクスは五つです」


 デクってわかってんだから知ってるだろ。

 俺は心の内で突っ込んだ。


「子豚相手のスキルならいくつかありますよ。私は父と違い豚の見極めもできるし、その豚がなでると喜ぶ部分をよく知っています。鼻をなでると寝ちゃう奴もいますが、試してみます?」


 俺の言葉にベルナールの顔が真っ赤になる。

 が、それよりも先に沸騰したのは息子の方だった。

 ヒルクスはさっと腰の後ろに手を伸ばす。

 握られているのは片刃のナイフであった。

 そして、それをさっと構えた。


 【短剣術:初級】

 《瞬歩:初級》


 ヒルクスはその体系とは似合わない俊敏さで俺との差を詰める。

 が、こちらとてそれに合わせてやるつもりはない。


 【我流拳術:初級甲】

 《 我流見切り:初級甲 》


 俺は、わずかに重心をずらす。

 ヒルクスはどうも俺を害するつもりはなかったらしい。

 ナイフの背の方が俺の脇腹をとらえていた。

 大方怯えた俺を、斬ってないとあざ笑うつもりだったのだろう。

 そのナイフを持った右腕を絡めとると、ナイフを奪う。

 そして、わざとヒルクスが取り落としたように上部に飛ばす。


 全員の視線が上に向いたのを感じながら、即座に胸に掌底を叩きこんだ。

 その威力は軽い。

 恐らく毛ほどもダメージは通ってないだろう。

 が、それでいい。重要なのはその姿勢だ。


 ヒルクスはその衝撃で気を付けの姿勢になっていた。

 俺は、頭上から降ってきたナイフを見ることなく右手で捕まえる。

 そして、そのままお辞儀の姿勢でヒルクスの鼻っ柱に頭突きを叩きこんだ。


【石頭乙】


「ぴぎぃぃぃいぃいぃいいい」


 豚のような悲鳴だな。

 ヒルクスは鼻血の尾を引きながら建物の柱の一本に激突した。


「初めまして、ヒルクス君。僕の名前は、あれれ~ どこに行ったの~?」


「き、貴様うちのヒルクスに!」


 赤い口をした豚が慌てて子豚のもとへ走り寄っている。

 父豚の方は、口に泡をためながら何かを喚いている。

 が、父上は何も聞こえていないかのようににやにやとしている。

 恐らく俺も似たような顔をしているはずだ。


「悲しい事故が起きたな、我が息子よ」


「悲しい事故が起きましたね、父上」


「事故だと! 貴様ら、ヒルクスのあの状況を――」


 俺はずいと歩み出た。

 惨状を目にした成果、その小うるさい男はひぃと小さく悲鳴を上げる。


「では、そのヒルクス君はあれですか? デクにやられたとでも? それとも、俺の子豚対策のスキルが身を結んだのかな?」


 俺は父豚の方ににじり寄る。

 その父豚は後ずさりながらヒルクスのもとへ寄る。

 そして、ヒルクスを抱えようとして無理だと判断したのか引きずるようにしてどこかへ行ってしまった。


「あなた達大丈夫なの? あんなことして」


 母上が心配そうに、寄ってきた。

 それに父親が答える。


「あいつはもともと俺に絡んでくる奴だから、誰も相手にせんだろ」


「それに、デクにやられた、なんて言って回るわけにもいかないでしょうしね」


 俺の言葉にうなずいた後で、父上が俺の方へ向き直った。


「ところでお前、スキルなかったよな?」


 何をいまさら。一緒に確認したではないか。


「あったら、あれを切り刻んでいます」


「それはそれで困るが……」


「冗談ですよ。しかし、ご迷惑はおかけしてないと思いますけど。何かありました?」


 俺は特に他意なく答えた。

 が、どうやら、どこか二人のナイーブなところを刺激したらしい。

 母上が俺をそっと抱きしめた。


「大丈夫よ、私が守ってあげるから」


「あぁ、腕っぷしならおれも自信あるからな。あの豚親子ぐらいなら余裕だ」


 言葉とはうまく伝わらないものだ。


「あら、血が出てる」


 ふと見ると、ナイフを握った手から血が流れていた。

 力強く握りしめすぎたようだ。

 母上が俺の手を軽く握り、目を閉じた。

 そして、ぶつぶつとつぶやきだした。聞こえたのはその一部分である。


「青き汚れなき聖霊よ。御主の名をもって彼の肉体を癒したまえ」


 握られた手がほうっと暖かくなる。

 母上が手を放すと傷のあった部分から血は流れていなかった。うっすらと被膜ができている。


 以前、同じようなことがあったときは、止血程度であった。今回は、治癒まで始まっている。

 母上のスキルが成長したのだろうか。


「教会だと魔術の効きもすごいわね」


 どうやら違うらしい。

 使った母上自身が驚いている。

 それにしても、場所によって、魔法の効きが変化するのは初めて知った。

 以前の俺は最強の魔法を最大火力で使っていた。

 そのため、その差に気が付かなかったのか、それともこの世界と前世では魔法の質が違うのだろうか。


 俺の悩みをよそに、今の騒ぎで集まってきたやじ馬を警備兵が散らし始めた。

 父上は、それを適当にあしらっている。

 俺はなんとなくそれとは反対方向を見た。

 銀髪の女がいた。

 背格好は俺とほとんど変わらない。

 妙に気になったが、母上が俺の手を握りそちらに気を取られた瞬間にいなくなってしまった。

 俺は母上を連れて、その場を後にした。


 その後、神父とやらの説教を受けた後で、いろいろな祭事を行われたが俺は何とか溶けることなく家に帰りつくことができた。

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