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2:スキルが俺に追いついたぞ

「坊ちゃん、今日はもう帰りましょ。

 ね? デクなんですから、やったって意味ないって」


 俺のことをデク、と呼んだ金髪の女は家庭教師兼剣術指南役兼従者だ。

 名はミルウーダ。姓は聞いたが忘れた。

 どこかの貴族の末子だったはずだ。

 さらに言えば、両親の昔馴染みらしい。


 剣の腕は、まぁ可もなく不可もなくといったところだろうか。

 勇者とともに乗り込んできた剣士と同じ程度といったところだ。


 どちらかといえば口の方が立つ。

 だからこそ、ありがたい。

 こいつに金が入るうちは俺に剣術を教える有用性を両親に説き続けるだろう。


 あと、父上がその巨乳に目を奪われているうちは首にもなるまい。

 なぜか母上とも仲いいし。


「うるさい。なんならそこで座ってろ。

 そして口が動く程度に死ね」


 俺はそれだけ言うと剣を振り下ろす作業に戻る。

 デク、の烙印を押されてから一年が経っていた。


◆◆◆


「おい、気にすんなよ」


 デクと呼ばれて数時間後。

 晩飯を食っている時だった。

 貴族とはいえ、それほど裕福でもない我が家の食卓に久しぶりにごちそうが並んだ。


 俺の頭を父上はすっとなでる。

 そして、もう一度、気にすんな、と言った。

 母上もまた俺にやさしく微笑みかけた。

 が、その目の端には悲しみがありありと見て取れた。


 一方の俺だが、むしろ清々しかった。


 俺は前世、最下級の魔物であった。

 魔物とは魔族が使役していた生物で、形は様々である。

 その中でもドクロとよばれる骨と筋で構成された種族であった。

 頭蓋骨にはほんのわずかにしか脳みそは詰まっていない。

 あるのはギリギリの理性。

 生命体であれば仲間でさえも襲いかねない、そんなザコモンスターであった。


 しかし、そんなわずかな脳みその大半を占めていたのは魔王様への忠誠と最強への渇望であった。

 俺は、動物を食らい、人間を食らい、魔王様に目をかけてもらうことができた。

 魔王様から身体強化の打診を受けたが俺はそれを強固に拒否した。

 代わりに魔王様に会えたことを忘れないために脳みその容量を大きくしてもらった。


 それから、斬って斬って斬りまくっていたら、いつの間にか俺は魔王軍の中でも特別な四天王と言われる存在になっていた。

 それでも脳に、いや神経に刻み込まれた魔王様への感謝と最強への渇望を忘れることはなかった。

 そして、この世界に残念ながら魔王様はいない。

 つまり、俺の脳髄を占めるのはたった一つ、シンプルな欲望だけだ。


「父上、母上。俺は今、恐らくこの世界の最下層にいるのですね」


 前世でも今世でもそうだ。

 魔物は神の敵対者だと思われている。


 がしかし、そうではない。

 魔物とはあくまでもヒトの敵対者であるだけだ。

 神などという不確定存在と敵対などしない。

 神などというものは、自身が信奉する美徳でしかないのだ。


 がしかし、それでも、俺は初めて人族の神に感謝を捧げた。

 スキルやらなんやらは最強への一手段でしかない。

 そして、我が神はその中でも恐らく最も困難な道を示したのだ。


 俺は思わずひん上がっていた口角を親指でなでる。


「うちの子、笑ってる。あなた、やっぱりジャックがおかしくなっちゃった!」


「ジャック! 帰ってこい! ジャック! じゃっくぅぅぅぅぅ」


 ……少しだけ騒がしい家に生まれたことは感謝してやらん。


◆◆◆


「いや、坊ちゃん。別にいいんですけどね?

 私はめんどいわけですよ。

 毎日毎日役に立たない無駄な剣術修行が。

 ほら、ウルフィルダさんが作ったおにぎりでも食べましょ」


 そういって自身の横のスペースをぽんぽんと叩いた。

 ミルウーダの言っている、無駄、とはスキルのことだ。

 ミルウーダは剣術スキル中級を持っており、片手剣やブロードソードなどの大剣であれば、練習などなくとも、さらに筋力などなくとも振り回すことができる。

 その上、戦闘時の判断なども的確にできる、らしい。


 確かに、一度だけ魔物と戦っているのを見たことがあるが、明らかに力負けすると思った相手の一撃を完全に受け止め、そして、剣の長さよりもでかい相手を左右に両断してしまった。

 このスキルというものはは鍛錬や実戦で使用していくことで初級、中級、上級とランクが上がっていくそうだ。

 ちなみに、ミルウーダの剣の腕はそこそこだと言ったが、この世界では中級ですら到達の難しい世界である。


 では所持していないスキルであれば?

 俺がそれを最初に思い知ったのは、ミルウーダと出会う前であった。

 スキル鑑定の翌日、剣が習いたいといった俺に、父上は諭すようにこう言った。


「他に道がある。スキルの不要なことを学ぼう」


 何度も懇願する俺に、自身の剣を持たせた。

 父はかつて、国王の護衛もやっていたらしく、俺に渡した剣はその恩賞でもらったそうだ。

 確かに一目で業物だとわかるものであった。


「気をつけろよ。ゆっくりでいいからな」


 そういって渡された、その剣のあまりの重さに目を剥いた。

 前世で棒切れの様に振り回していたサイズの剣を持ち上げられないのである。

 単純な筋力不足とは思えなかった。

 同程度の重さのものは持てるのに剣だけは持てなかったのだ。

 素振りなど以前の問題であった。

 しかし、あきらめきれなかった。

 最初は、本当に木の枝から始めた。


 どうやら「武器」と認識してしまうとスキルは木の枝にすら反応するらしく、それすら最初は困難を極めた。

 さらに、俺は前世の身体イメージを自身の今の身体イメージへ落とし込み続けていた。


 それがとうとう実を結んだ。

 俺の中で何かがかちりとはまった感覚。

 身体の芯が剣をとらえている。


「坊ちゃんどこに行くんですか? おにぎりはこっちですよ」


 アホを無視すると巨石の前に立つ。

 俺は剣を抜き放った。

 以前は両手でも持つのが困難であったそれを片手で持つ。


 斬る。


 俺の意思は純粋な欲望となり、その欲望は泡と消える。


 俺という存在は消えたった一つの剣となり果てた。


 【 我流剣術:初級甲 】

 《 我流斬鉄:初級甲 》

 《 我流真空刃:初級甲 》


 俺は振るった剣を鞘へ納める。

 それと同時に巨石が音を立てて真っ二つに割れた。


「坊ちゃん、あれ? あなた坊ちゃん? 私の坊ちゃん?」

「俺は坊ちゃんだが、お前のじゃない」


 俺は剣をミルウーダに手渡した。

 そして、槍を持って来いと伝える。


「見たか。スキルが俺に追いついたぞ」

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