19:その方は彼氏か何か?
女を背に乗せたどり着いたのはとても大きな町であった。
馬車が行きかうのに問題のないようきちんと整備された街道が何本も行き交い、その脇には、二階建て、三階建てといった高い建物が軒を連ねている。
さらに、商店の商品もまた、見たことのないような豪華な装飾の施された――なんのタクティカルアドバンテージも見いだせない――剣が売り出されていた。
ヴェッティン領と違った活気がそこにはあった。
「でかい街だな」
「そうよ。ここがユーエフォー国、第三位の都市、カーサオよ」
カーサオ。ヴェッティン領に最も近い商業都市で、食肉や野菜、植物油などを卸している。
なんとか、だんだんと自分の所在地がわかってきたな。
「あら、カミラお嬢様、その方は彼氏か何か?」
町中を歩いていると、四十歳位の女から声をかけられた。
正確には、俺の上にいる女に向かって。
「か、かかか彼氏!? 違うわよ! 下ろしなさい! 下ろして!!」
女、カミラは俺の背中で暴れだした。
なんなんだこいつは。
俺は、言われたとおりに下ろしてやる。
「きゃ! なんで急に下すのよ!」
カミラは尻をさすりながら立ち上がった。
「下ろせと言ったり、それにキレたり忙しい女だな」
「あ~えっと、それはごめんなさい」
まぁ、素直に謝ったので許してやるか。
「ばあや、彼氏じゃないからね。言って回らないでよ」
「わかりましたよ~」
ばあやは、おほほほほ~と口に手を当て笑った。
たぶんわかってないと思う。
「森向こうの方でダンジョンが発生したのよ。たまたま通りかかったこの人に助けてもらったの」
「だだだだ、だんじょん!? いつですか!??」
「今さっきよ。安心なさい。もうないわ。この人が核を倒したから」
「へ?」
ばあやはきょろきょろとする。
「お連れの方は?」
「この人とあと一人で二人よ。私と同じくらいの女の子がいたわね。あの子エルフ?」
エルフ、と聞いてばあやはわずかに顔を曇らせたような気がする。
が、まぁ、日常茶飯事なので気にはしない。
俺は、頷いて肯定だけ表す。
「そ、そうですか。え? 二人? 子供が? あ、Eランクのダンジョンで?」
「Eランクなら私でも十分対処できたわよ」
「また、お嬢様はそんなこと言って…… 旦那様に叱られますよ」
ばあやの言葉にカミラがべぇっと舌を出した。
俺は、とりあえず知っていることを口にする。
「Aランクだと言っていたな」
「え…… あそこAランクのダンジョンだったの?」
「あぁ、教会でそんなことを言ってたぞ」
何をそんなに驚くことがあるのだ?
「確かに、あんな魔物は初めて見たけど……」
「いえいえAランクなんて騎士クラスに話が行くレベルなのですよ! ありえるわけありません!」
「でも、この人お兄様くらい強いわよ」
ばあやは、目を白黒させている。
「ところで、その『騎士』とかいうのは強いのか?」
「へ? 騎士を知らないの?」
知っている。父上が騎士だから。
しかし、一度もその強さというものを目の当たりにしたことはない。
父上に訓練をお願いしてもいつも袖にされて終わるのだ。
挑発や懇願をしたところで無意味であった。
そして、最後にいつもこういう。
『お前を斬る意味も、強くする意志も俺にはない』
「知ってることは知ってる」
「まぁ、それはそうか。騎士の戦闘に巻き込まれるなんてないものね。つい最近ヴェッティン領で元騎士の領主様が大暴れしたそうだから見物に行けばよかったわね」
俺がその事件の当事者だ。
「まぁ、騎士はスキルをいくつも持ちながら鍛錬を重ね、悪をくじき弱気を守る、そういった存在ね。教会付きの冒険者でいえば、CクラスとかBクラスに相当するわね。Aなんていったらそれこそ騎士団長クラスの化け物よ」
ミルウーダはそんな化け物扱いされるクラスなのかよ。
バカなのに。
「そいつらは強いのか?」
俺の質問にカミラは不思議そうに眉をひそめた。
そして、俺の質問を理解したのか口をあんぐり開けた。
「聞いてた? 剣術上級やら槍術上級やらごろごろいる世界よ?」
「なるほど」
つまり強いということか。俺は親指で口角をなぞった。
「ま、あなたも興味あるならネノカタスに行ってみるといいわ。平民から騎士目指すならそこにある警邏学校に入ればなれるはずよ。ま、あそこは『デク』じゃ入れないんですけどね」
デクを強調する当たり、俺の発言を信用してないのだろう。
傍らではいまだにAクラスのダンジョンということが飲み込めないのか、ばあやがこめかみを幾度も揉み込んでいる。
「ところで、その方のお名前は?」
「この人は…… この人よ」
俺は、大あくびをした。
「名前聞いてなかったわね」
お前の名前を聞いてないぞ。
という、言葉は胸の深くに沈めておく。
「じゃ……」
名前を言おうとしてふと思った。
これはめんどくさいことに巻き込まれるのではないか。
「じゃ、じゃ…… ジャン・クロードだ」
「へぇ~私はカミラよ。この街のラインライト商店の娘」
ラインライト商店、といえば、我が領内とも取引のあるでかい店だ。
「さ、とりあえず私の家に行きましょ。案内するわ」
「足は大丈夫なのか?」
「えぇ、ありがと」
「お父様が心配してましたからまっすぐ帰ってくださいよ」
ばあやは、首をかしげながらどこかへ歩いて行った。
あの様子ではダンジョンがあったことすら信じてはないのかもしれない。
まぁ、それはいいか。
俺と、カミラは歩きだした。




