18:うぅ…… 変なことしちゃだめですからね
叫び声の場所に到着した俺たちの目に映ったのはあの八肢カエルだった。
「いましたよ! あの子です!」
ミーアの指さした先には赤髪の女がいた。
俺は、それに向かって駆け出す。
カエルが女に向かって振り上げた足を振り下ろした。
「きゃああ!!」
女が頭を抱えてしゃがみ込む。
白のスカートが俺の手にまとわりついたが気にしてなどいられない。
俺は、女を肩に担ぐ格好で確保し八肢カエルの肢の下を潜り抜けた。
わずかに遅れてガンと、背後の地面が揺れる。
肢が叩きつけられたのだろう。
それを確認する暇はない。
さらに別の肢が俺たちに振り下ろされる。
が、その肢に矢が突き刺さった。
金属が叩きあうような音が下かと思うと、その矢が燃え上がる。
木の根元まで走り抜けた俺は、女を下ろした。
「大丈夫か?」
「う、うん」
俺は、返事を聞き終えるよりも先に八肢カエルへ振り向く。
八肢が七つ肢になったところでカエルに動揺はないようだ。
俺は再度八肢カエルに相対する。
ゲロと一鳴きすると、こちらに向かい右最前肢を叩き付けてきた。
それを、受け止める。
右脚が地面にわずかに沈み込んだ。
食いしばった歯がギチリとなるのと同時にそれを押し返す。
ついで、襲い来る左最前肢を剣の側面で叩き落とした。
「カエルらしく肢は四つの方がいいとは思わんか?」
俺は、さらに振り下ろされた肢を切り飛ばす。
体液が飛び散るが、それを注視している暇はない。
八肢カエルが口腔から体液を吹きかけてきたのだ。
剣で切り払おうとする反射を意思で制御し、バク転へ変更。
三メートルほど後退。
六つ肢になった八肢カエルが俺への突撃姿勢をとった瞬間、八肢の最後尾の左肢がはじけ飛んだ。
「ジャックばっかり狙うんじゃないです! このバカガエル!!」
カエルと俺の目がバチリとあった。
と思ったが、八肢が五つ肢になったことはさすがに気に食わないのか、突如身体を反転させミーアに向かって走り出す。
「ミーア! 一撃打ち込んで逃げろ!」
聞こえたのか、聞こえてないのか。
それはわからないが、八肢カエルがアッパーカットを食らったかのように顔面を上空に向けたことで一撃食らわせたことは理解できた。
俺は、八肢カエルに追いつくと、その背に剣を突き刺す。
ジュワっと赤黒い体液がにじみだした。
その生臭さに俺は思わず顔をしかめさせた。
が、攻撃の手を緩めはしない。
俺は、突き刺した剣を支点にバランスをとると、ぬるぬると滑る皮膚に足を置いた。
剣にはすでに粘液が絡みついている。
これ以上、斬ることは不可能だ。
即断した俺は、刺さったままの剣を射出機として手放し、そして頭部に飛び移る。
「止まれ、こんのバカガエルが!!」
俺は、空中で体勢を整えると頭部に着地。
それと同時に握りこんだ拳を叩きこんだ。
ただ、叩き込んだわけではない。
粘膜、皮膚を浸透し、頭蓋を突き抜け、その下にある脳みそを直接揺らすイメージ。
【我流拳術:初級甲】
《我流発頸:初級甲》
叩き込んだ瞬間、八肢カエルがバウンドするように上下に揺れた。
俺は飛んでその場をはなれる。
それと同時に、カエルの下半分がボコボコと膨れていく。
「終いだ」
カエルの腹部が破裂した。
◇◇◇
近寄ると赤髪の女は、俺たちを交互に見ながら目をぱちぱちとさせていた。
「あ、ありがとう。あなた達、騎士? にしては若いようだけど。私とほとんど変わらないわよね」
「単なる通りすがりだ。立てるか?」
俺は手を差し出した。
女は、それを少し見つめてから握った。
そして、立ち上がろうとしてバランスを崩した。
「うっ」
どうやら、右の足首をひねっているらしい。
仕方ない。
俺は、女の前に背を向けて屈みこんだ。
「えっと、これは何?」
「乗れ。安全なところまで連れてってやる」
「え?」
俺の発言に何かを感じたのか、ミーアが目を白黒とさせる。
「じゃ、ジャック! 何でですか?」
「何でって、流石にここに置いていくには気が引ける。ミーアは先に行ってミルウーダに話しつけて来い」
「でも、魔物が……」
ミーアはあたりを見渡した。
霧が晴れていく。
地面や周囲の樹木も通常の様相を取り戻していっている。
「さっきのがこのダンジョンの核だ。後は霧散して消える。安心しろ」
「うぅ…… 変なことしちゃだめですからね!」
「変なこととはなんだ?」
吐き捨てるように走っていったミーアを見送りながら、俺はつぶやいた。
すると、残った女の方が口を開いた。
「あなた、スキルいくつ持ってるの? さっきの剣捌きとか、打撃は騎士団のお兄様にも匹敵してたわ」
「ゼロだ。俺はデクだからな」
「そんな! うそよ! だって……ありえない。デクが魔物と渡り合ってたなんて……」
「ホントだ。必要なら国の……なんだっけ? まぁ調べてみてくれ」
俺は、女を背負ったまま歩き出した。
が、先ほどと景色が打って変わっている。
しまった。
ダンジョンとは魔素が充満することで異界化する現象だ。
異界化すると、時間や場所といったものがあいまいになってしまう。
そして、ダンジョンの核となるもの――だいたいは魔物だ――がなくなることで普通の場所に戻るのだがその際気を付けなければならないことがある。
そう、場所があいまいということは、元に戻るといた場所が変な所へ移動することがあるのだ。
「……ところでここどこだ」
「もしかして…… 迷ったの!?」
「迷ったわけではない! 知らないところに居るのだ」
「それを迷ったっていうんじゃない……」
女は俺の背中できょろきょろと辺りを見渡し始めた。
「あの、塔が見えるかしら」
女が指示した方向を見る。確かに三角屋根の塔が見えた。
「あそこ、私の家がある近くよ。とりあえず、そこに行きましょ」
「結構あるぞ」
「えぇ、結構あるわよ。さ、行きなさい」
俺は、女を打ち捨てたい欲求と、一度連れていくといった矜持を心の内で戦わせつつそちらへ歩き出した。




