17:ピョーンって来たらザン
教会で借りた馬を走らせること三十分。件のダンジョンについていた。
森がダンジョン化したらしい。
木々が異様に葉をでかくしており、また、霧も立ち込めている。
「さて、着きましたね」
ミルウーダが馬を止めた。
俺にしがみついていたミーアはそろりと馬から降りる。
それを確認すると俺も馬から降りた。
「そこにダンジョンの境があるのわかりますか?」
ある位置からこちら側へは一切霧が漏れ出していない。
また、地面を見ればその位置から下草の色が明らかに変わっている。
それこそが、ダンジョンとの境だ。
俺は知っていたが、ミーアは初めて見たらしく不思議そうに見ている。
「で、聞きましたよね? このダンジョンはAクラス、つまり最悪のダンジョンです。中には何がいるかわかりませんけど、結構やばいやつがいるのは間違いないです」
ミルウーダは両手を広げて目の前に突き出した。
「十.二人合わせて十個の魔石を持ってきてください」
「十個? 魔物十体分!? 多すぎません? ってか二人でですか? ミルウーダさんは!?」
ミルウーダは、ミーアの言葉に適当に手を振ると、木の上にするすると登っていく。
「私は、ここで休んでます。時間は、そうですね。二時間にしましょうか。今、十時ですから、戻ってきたらご飯にしましょう」
「わかった」
十二分で一体。そんなに出会えるか、ということを気にしているとミーアがさらに声を上げた。
「待ってください! 本気ですか? 二人で魔物十体も…… 無理ですよ!!」
「なら、学校あきらめます? このくらい余裕でやるような奴らしかいませんよ? 特待生って」
「うぅ……」
ミーアのことだ。
自分のことよりも、俺のことを気にしているのだろう。
俺は、ミーアの頭に手を置き、声をかける。
「安心しろ、お前は俺が守る。それに別にここでミルウーダと待っててもいいぞ」
「あ、待ってください! 私も行きます!」
◇◇◇
「変に薄暗いですね。やだなぁ。魔物が飛び出してきたらどうしよう。ピョーンって」
「安心しろ、ピョーンって飛んで来たらザンってやるだけだ。簡単なお仕事だろ」
俺は、剣に手をかけると辺りの気配を探る。
うようよ、とまではいかなくとも十分に数はいるようだ。
俺が、目配せをすると、ミーアもそれに気が付いたのかそちらに視線を送った。
「気持ち悪いのがいますね」
眉をひそめたミーアがひそひそと声をかける。
その視線の先にいるのは、カエルのような魔物だ。
ただし前脚、後ろ脚が共に昆虫肢のような形状をしていて跳ねる、というよりも這いずるように移動している。
見える範囲に二体いる。
さらに奥まったところに一体いるようだ。
「どうします?」
「手前の二体は焼き払え。もう一体は俺が行く」
ミーアは矢筒から二本矢を取り出した。
そして、それに口づけをして構える。
俺はミーアが矢を放つと同時に走り出した。
一匹のカエルがこちらに気が付いたが、その右目に矢が突き刺さる。
もう一体もまた、腹部に矢が突き刺さっていた。
そして、そのどちらもそんなもの気にしていないかのように俺に向かって走り出した。
が、それと同時に矢の刺さった部分に魔方陣が浮かびあがる。
一拍置いてそれが発火。
熱による痛みからか、はたまた単なる反射なのか、ぎぇぇぇと狂った鳥のような声を絞り出している。
その傍らを走り抜けると、一体のカエルが燃え上がりながら足を振り下ろしてきた。
俺は、身体をひねりながらその足を切り飛ばす。
と、目の端にもう一体が俺に対して舌を伸ばそうとしている。
くそ、反転しようと足さばきを変えた瞬間声がかかった。
「行ってください!」
次の瞬間、その舌に矢が突き刺さる。
そして、舌が燃え上がった。
俺は、姿勢を立て直しまた走り出した。
残りの一体を視認する。
カエルの身体にクモのように昆虫肢を八本はやしている。
前世であれば、乗り物にしてもいいくらいかっこいいのだが、そうもいかない。
なんせ、こんなものに乗ってたら、目立ってしかたない。
俺の存在に気が付いた八本肢のカエルはゲェェェと鳴き、口腔内から粘液を吐き出した。
俺は、それを剣で弾く。
ネトリとしたものが剣にまとわりついたが、お構いなしに突っ込むとその顔面に剣を叩きこむ。
が、ツルンとした肌はネトリとした剣をうまく滑らせてしまった。
ゲェェェロゲェェェェロ
残念ながら今の俺には魔物の言葉はわからない。
が、勝ち誇っているのはなんとなくわかった。
「大丈夫ですか?」
ミーアが声をかけてきた。
どうやら、二体は燃え尽きたのだろう。
「そこで見てろ」
俺は、もう一度走り出す。
八足カエルが今度は舌を鞭のように打ち付けてくる。
からめとられないようにうまくさばくと、今度は肢元に到達。
剣の側面を肢の関節部分に叩き込んだ。
ゴキンと関節が砕ける音がして、その後プシュッと体液が辺りに飛び散る。
「斬るだけが剣じゃねぇよ」
俺は続けざまに肢を折り砕いていく。
「斬れなくなったならしこたま殴るだけだ」
◆◆◆
ミーアは腰袋の魔石の数を数えている。
「よし九個あります。あと一つですよ!」
「そうか」
俺は、剣についていた粘液を樹に必死にこすりつけていた。
ホントに嫌。何このネバネバ。
と、ミーアが俺のそばに寄ってきて顔に布をこすりつけ始めた。
「わっぷ! 何をする!」
何往復か後に解放される。
久しぶりに見たミーアは満足そうだ。
「剣もですけど、ジャックもベトベトしてました」
くすくすとミーアが笑うので俺もお返しに顔に布をこすりつけてやる。
「やめてくださいよ! 女の子の肌を雑に扱ったらだめですよ!」
「そうなのか?」
ぷんぷんとすねたように頬を膨らませていたが、すぐにそれもおさまる。
「よくやってくれたな。ここまで簡単に集まるとは思ってないだろう」
「はぁ」
ミーアは、首を少し傾けた。
「それもそうなんですが、やっぱりジャックは変です」
失敬な。
「戦闘スキルがなくて何で戦闘が可能なんですか。意味不明です」
「意味不明とはひどい言い草だな」
「あ、ごめんなさい。でもやっぱり、ジャックはすごいです!」
すごい、か。
まぁ、こいつに言われるとなんとなくだが腑に落ちたような気楽さがある。
「いや~もうすぐ終わりで―― なんか声聞こえませんか? 悲鳴みたいな…… うめき声みたいな…… おばけ?」
「聞こえるな。心霊族とかでなければ、確実に人間の声だ。どっちかわかるか?」
「こっちです」
俺とミーアは走り出した。




