15:私だって戦えます
俺はとにかく速度をあげて走った。できれば、ミーアを振り切りたかった。
しかし、一年間の努力の結果か、もしくはエルフには森林帯における踏破力に長があるのか。
どちらにせよ、ミーアはなんの苦も無くついてきていた。
「ミーア。俺はできればお前についてきてほしくない」
速度を落としミーアの横に並んだ。
「なぜですか。私だって戦えます」
「戦えるということと、俺が今からやることは別物だ。俺が今からやることは……」
俺は一拍置く。
「皆殺しだ」
「……」
足を止めた。気配を察知したのだ。
野生の生物でもなければ、魔物のものでもない。
知能のない生命の殺意は、剣や斧に近い。純粋で鋭く美しい。
魔族や人の殺意はそれと少し違う。いわば、のこぎりだ。
複雑で鈍く光っていて、ともすれば危険性があるようには見えない。
しかし、それが目的をもって振るわれた時には、あとを引きずる残酷さがある。
「俺がやることは半殺しでもないし、例え武器を置き伏したとしても、その首を落とす。そんな戦いだ」
目の端に賊の一人が見えた。何を思ったのか立ち上がったらしい。
距離にして四百メートルくらいか。
木々がうっそうとしている森の中でぎりぎり直線でとらえられる状況にある。
「お前にあいつがやれるか?」
ミーアは弓を構えた。そして、矢をつがえる。
がしかし、その切っ先はぶるぶると震えていた。
「もしも、あの中の一人でもここで逃せば、屋敷に入り込むかもしれん。一人、二人ならミルウーダがやるだろうが、もしあれ全員となれば手が足りないだろう」
俺は、言葉を継ぐ。
「殺せないとは善良だ。しかし、殺すのは最悪じゃない。最悪なのは何も守れないことなんだ。俺はお前を守りたい。だから――」
ミーアは目を固くつぶった。そして、見開く。あの頑固なミーアの目だ。
しまった。
俺は、言葉のチョイスにミスがあったと気が付いた。
「私は、人にたくさん悪口を言われました。でも、それは人全員じゃない。あの屋敷には母様の友達がいます。私たちに野菜をくれた人がいます。ケガをしたら手を差し出してくれた人がいます。そして、お母さんがいます」
ミーアの目が一層赤くなった。
【弓術:中級】《鷹の目:乙》《狙撃:乙》《距離射程補正:乙》
【魔術:中級】《熱:篝火弱》
ひゅっと風切り音。そして、立っていた男の頭に矢が突き立った。
そして、男が倒れると同時にその矢がぼおっと篝火のように燃え上がる。
俺は嘆息する。そして、ミーアの頭に手を置いた。
俺の予想とは違う始まり。しかし幕は切って下ろされたのだ。
「あっちだ!」
気配がミーアの方へ向かいだした。声を上げる辺り素人の様である。
俺は、相手の気配を察知しながら円を描くようにその明かりの元へ走り出した。
木を曲がったところで敵が飛び出てきた。
俺は、それを切り払う。剣が首のあたりを通り抜けた。血飛沫が舞う。
その飛沫をかいくぐるように、その後ろからもう一人男が飛び出てきた。
引いた剣をその男の胸元に突き込む。
と、さらに後ろからもう一人。
俺は、突き刺さった剣を抜く代わりに、刺さった男を蹴り飛ばした。
後ろの男はそれをぎりぎりで避けると、剣を振り上げる。
瞬間、その男がびくりと震えた。その喉元には矢が突き刺さっていた。
「ジャック! 気を付けてください!」
一瞬、辺りが止まったように感じる。俺もまた、思考が一瞬中断していた。
バカ者! 声を上げるな!
敵は、俺を無視するようにミーアの方へ動き出した。
俺は、敵の背後に喉を切り開かれた男が持っていた剣を投げつけた。
ごすっという音とともに突き刺さる。
そして、その剣を生やした男の背を踏み砕くと、跳躍。
ミーアを狙っていた長剣の男を腰のあたりで両断した。
その勢いを利用して、空中で背後を振り返る。
二人の男が飛びかかってきていた。
俺が剣を振りかぶった瞬間、俺のそばを何かが背後からいくつも飛んで行った。
そして、それらが二人の男に襲い掛かった。
「私、お役に立てましたか?」
着地した俺の背後からミーアが抱き着いてきた。震えている。
俺は、足元に転がっていた最後の二人を見比べた。
それぞれ、喉、心臓、腹部、両肩、そして額に六本ずつ矢が突き刺さっている。
「できすぎだ」
ミーアが抱き着いたままの姿勢で俺は気配を探る。
今の騒ぎを聞きつけたのだろうか、集団がいくつか集まってきていた。
「あっちにまだいるな」
俺がそういうと、ミーアは俺から離れた。そしてそちらに視線を送った。
◆◆◆
明け方。俺は、ミーアをつれ屋敷に戻った。
そしてそれと同時にミーアは、疲れました、と一言だけ呟き自身の部屋に行ってしまった。
礼儀正しいミーアにしては珍しいことである。
「いやぁ、どうでした? 坊ちゃん」
「うむ、良い訓練になった。だが、ミーアを巻き込んだことは許さんぞ」
俺はできるだけ威圧を込めたにらみつけたが、ミルウーダには何の効果もなかった。
へらへらとした表情を一つも崩さない。
「いやいや、坊ちゃんにこれからもついていくつもりなら、これくらい難なくこなさないと身が持ちませんって」
俺は自身の腕を嗅いで見せた。
「そんなに血なまぐさいか? 俺」
ミルウーダはにひりと笑う。そこへ父上が現れた。
どうやら、表の敵も撤退していったようである。
父上には傷一つないあたり、ミルウーダの言う剣術上級というのは嘘ではないのであろう。
「ママはどうした?」
「ミルウーダさんならけが人看病してます」
「そうか」
父上は少し安堵したように息を吐いた。
「お前か? 伏せていたのをやったのは」
「俺と、不本意ながらミーアが……」
ミーア、と父上は口の中で呟きながらミルウーダを見た。
ミルウーダは口笛を吹く真似をしている。
父上は、はぁ、とため息をついて俺に向き直る。
「ジャック、お前は本当にデクなのか?」
「一緒に聞いたじゃないですか」
「そうだったな」
スキルは持っていないのは、国のお墨付きをもらっているのだ。間違いない。
「お前を見ていると、スキルだとかそういったものがよくわからなくなるな」
父上は皮肉気に笑って見せる。
「お前はそろそろ寝ろ」
「しかし――」
「後は、大人で何とかする」
有無を言わせぬといった具合に言葉を切ると、けが人がいるとかいう部屋に入っていった。
ミルウーダもそのあとについていってしまった。
俺は一人、どうしようか、と思ったがいつの間にかミーアの部屋の前にいた。
「起きてるか?」
「え? あ、はい」
「そうか」
俺は扉を開けた。ミーアは着替えようとしていたらしい。
裸のままで立っていた。
「きゃー! ジャック! なんで入ってくるんですか!!」
そういいながら持っていたパジャマで上半身を隠す。
尻と頭を振りまわすミーアをしり目に、俺はミーアのベッドに腰を下ろした。
「うむ、寝ようと思ったのだが、お前の様子が気になってな。早く着替えろ」
「無理ですよ!」
ミーアは顔を真っ赤にしている。
その体には、森を行ったときについたのであろうか大小の切り傷がたくさんついていた。
一応、布か何かでふき取ったのであろうが、泥がこすれたような跡もついている。
「何かあったのか?」
「いいから、一回出て行ってください!!」
俺は、もう一度入りなおした。
「これでいいのか?」
「女の子の部屋に許可も得ないで入らないでくださいよ」
ミーアは着替えを終えて経っていた。
「うむ、今後は留意しておこう」
「ホントにわかってるんですか?」
「完璧に大丈夫だ」
俺はそういうと再度ベッドに腰を下ろした。
ミーアがうろうろとしているので、俺は自分の隣の一をぽんぽんと叩く。
「どうした、座ればいいではないか」
「うぇ? あ、はい」
ミーアはちょこんと横に座る。
月明かりに照らされた銀の髪が天井を流れる星の川の様だと思った。
「ジャック、なんで剣の練習するんですか? デクなのに」
「ふむ、最強になりたくてな」
「最強って何ですか?」
ミーアが俺の服の裾をぎゅっと握っている。
「最強とは…… 最強?」
俺は答えられなかった。
最強など、最強以外に言いようがないのだ。
と、ミーアの瞳がいつもより赤くなっているような気がした。
「ミーアは俺のことが嫌いか?」
「私には…… ジャックのことがさっぱり理解できません」
「うむ」
ミーアが俺の腕をつかんだ。そして、その体が近づく。
そして、その顔が俺に近づいた。
「あ、あの私……」
「坊ちゃん、ここに―― あれま。お邪魔だったかな?」
ミルウーダが突然部屋に入ってきた。
ミーアの顔が赤から青に変わった後で、もう一度真っ赤に変わった。
「なななな、なんでノックしてくれないんですか!!」
「いや~ミーアちゃんごめんね~ちょっと急いでて。お父様がお呼びですよ~坊ちゃん」
俺は立ち上がった。そして、ミルウーダについていこうとして足を止める。
「ミーア、さっき何か言いかけていたが……」
ミーアの顔がもう一度耳まで赤くなった。
「ジャック……私も、私もジャックを守ります! 最強を守れるかわかりませんけど……その――」
「いらん」
俺は、即答した。ミーアが口を開けている。
「俺がお前を守るのは俺が決めたことだ。だが、お前が俺を守る必要などない」
「じゃ、じゃぁ私が決めました! 私はジャックを守ります! 守るんです!」
「いらん、いらん、いらん! それでは俺が守る意味が――」
ごん
思わず頭部を押さえる。頭を上げるとミルウーダが俺を殴った拳を握りしめていた。
「二人ともうるさい。なんで私がこんなもの見せられなくちゃいけないんだ。ったく」
なぜかミルウーダは機嫌悪そうにしている。
「もう、ミーアちゃんは寝なさい! 坊ちゃん行きますよ!」
「あ、えっと……」
ミーアが引きずられる俺の前に来た。
「絶対に、学校に行きましょうね」
「はぁ? 何の話だ? 急に」
「なんでもいいんです!」
そういうとミーアは自分の部屋に引っ込んだ。




