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13:私、学校に行きたいです 

 学校を首になってから一年が経ち、十一歳の春になっていた。

 領内では、冬に備え戻っていた家畜がまた山へ戻っていく恒例の行事が行われた。


 その翌日、朝食を食べていると母上が元気そうに話し始めた。


「ねぇ、ジャック。学校行かない?」

「はぁ?」


 母上は俺が退学になったことを忘れたのだろうか。

 もしかすると、俺が退学になったショックでおかしくなったのだろうか……


「何よその目。初等部の方じゃないわよ。思い出したんだけど、ネノカタスの高等部なら年齢関係なく貴族の子弟であれば実技と筆記だけでは入れるわ」


 つまり、初等部の貸しを高等部で返せ、ということだろうか。

 しかし、俺が入学するのでは意味がないのだ。ちらりとミーアを見た。


「安心しろ。そこの学校は侍従も入学を認めている」


 俺の視線の意味するところを理解したのか、父上が口を開いた。そして続ける。


「学校を退学になった件も、おおよその話は知ってる。お前は確かにやり方を間違えたが、間違ったことをしたなんて思ってない。二人分の学費くらい何とかしてやるさ」

「ミルウーダはどう思う?」


 母上の言葉にミルウーダは少し悩んだような顔をした。

 そして、一口スープを流し込むと答えた。


「まぁ、二人がそれで納得するならいいんじゃないですかね」


 俺は、少し悩んだ。ミーアがエルフであることを考慮に入れて学校に入れるべきなのか。

 そして、両親にこれ以上負担を強いていいものか。


 俺が口ごもっているとミーアが口を開いた。


「ありがとうございます。でも、ご迷惑はおかけできませんから」


 そういってミーアは笑った。恐らく本当に他意などなく笑っているのだ。

 ミーアの言葉に、母上が父上をつつく。


「ほら。ミーアちゃんはね、そういう義理堅いところあるのよ。どうしようかしら、あれ言う?」

「しかしなぁ……」


 なにやら二人がこそこそと話している。


「何かあるのですか?」

「ご両親は、特待生制度があることを言いたくないんですよ。坊ちゃん」

「特待生制度?」


 父上はあきらめたように話し始めた。


「そうだ。特別な試験を受けて合格すれば入学金も学費も免除だ」


 ミーアが俺を見た。俺もミーアを見た。


「父上、試験はいつですか?」

「即決かよ…… いいか、特別な試験とは実技試験だ。けが人は毎年出てるし、下手すると死人も出てる」

「死人……」


 俺はいいが、ミーアが…… だから、母上はミルウーダに聞いたのか。


「坊ちゃんは大丈夫ですけど、まぁ、ミーアちゃんも大丈夫だと思いますよ。試験まであと一年ほどありますからね。それまで私と訓練して死ななければ死にませんよ。やばければ私が殺してでも止めます」


 ミルウーダはにんまりと笑って見せた。ミーアが背を震わせるが、意を決したように口を開いた。


「お願いします。私、学校に行きたいです」


◇◇◇


 俺は、いつも通り槍の素振りをしている。

 横では、ミーアがミルウーダと共に弓の訓練をしていた。


「ん~ ミーアちゃん。疲れてくると両手が下がっちゃうのはよくない。死んでもその姿勢が維持できないと死ぬよ」

「それって…… どういう…… 意味です…… か……」


 五十分ほど前から弓をひいた矢を射る直前の恰好のままでの姿勢維持のトレーニングを受けている。


 最初の頃は、ミーアは俺の魔法の練習を指導だけをしていた。

 が、俺の訓練中が暇――何のための剣術指南役なのかはわからないが本人がそういった――だったミルウーダがミーアに武器を覚えないか、と提案したのだ。

 しかし、俺は少し不安であった。

 なんせ、ミーアのスキルが不明だったからだ。


 俺やミルウーダのように貴族であれば、スキル鑑定も受けているが、一般人はおいそれと受けられない。

 なんせ、一生受けない人間もいるらしい。


 俺の異論にミルウーダはこともなげに答えた。


「エルフなんて弓与えりゃいいんですよ、弓」


 ミーアが初めて射った矢はヘロヘロながら及第点をたたき出したので、現在弓を重点的に訓練している。

 なぜ、ミルウーダが弓術を教えているのか。

 どうやら、ミルウーダは剣、弓のスキルを持っていたそうだ。ずりぃぞ。


「よし、休憩していいよ」


 やっと、といった風にミーアが弓を下ろした。

 といった瞬間、ミルウーダが木の板を掲げる。

 ほぼ、反射の勢いでミーアは背の矢筒から矢を取り出すと即座につがえる。そして発射。


「お美事!」


 ミルウーダは矢の突き刺さった板と左手でぱちぱちとして見せた。

 なんでも、戦闘を見込んだ訓練なのだそうだ。おい、俺にはなんかないのか。


「確実に弓術の中級くらいあるよ。お姉さんうれしい」

「え~ほんとですか? やった!!」


 ミーアの頭をミルウーダがやさしくなでている。

 母上もそうだが、どうやらうちの女どもはミーアに甘いのではないか?

 父上はさらにその上を行く極甘だが。


「ちょっと休憩しましょうか」


 ミルウーダが俺の方を見たので俺は、槍を樹に立てかけた。

 そして、ミーアの横に座る。ミーアが肩やら腕をマッサージし始めた。


「それで坊ちゃん。今朝の話はどうするんですか?」

「学校。というか、金のことだな?」


 ミルウーダがうなずく。

 ミーアが不思議そうな顔で俺を見た。


「金? 特待生って全部タダって言ってませんでした?」


 俺は首を振る。


「行くまでに金がかかる。それに、貴族のみ入学が許されているということは、それ以外に金が必要ということだろ」

「そうですね~ あそこ特待生も寮費は払ってますからね。しかも、一流シェフがご飯作ってる代わりに高いのなんの」

「落ちた場合を考えて、できれば入学金くらいは欲しいな。入学さえできればなんとかなる」

「へ~それにしても、ミルウーダさん、詳しいですね」


 ミーアは感心したようにミルウーダを見ている。


「それはそうだよ。私、そこ卒業したもん。あ、ちなみに私は特待生ね」


 ミルウーダがミーアに向かってピースサインした。


「大丈夫か? その学校」

「失礼な! 私だってきちんとやってんたんですから大丈夫ですよ!」


 ふむ、俺は腕を組んだ。

 こいつがただ無駄に金の話をしてくるとは思えない。


「金の算段をつける手段があるのか?」

「あるっちゃ、ありますよ。ダンジョンって知ってます?」

「ダンジョンって、迷路でしたっけ?」


 ミーアが俺に視線を送ってきた。


「それでは、ただの子供の遊び場ではないか。魔素が生命体に取り付くことで魔物となるように、洞窟や森に魔素が充満すると迷宮化する。いわゆるダンジョンというやつだな」


 ちなみに前世では魔窟、と呼んでいた。とても心地の良い場所だ。

 俺の解答にミルウーダはうなずく。


「では、そこでどうやって稼ぐでしょうか!」


 そういうと、ミルウーダは十からゆっくりとカウントダウンし始める。

 ミーアがアワアワと慌てだした。


「えっと、迷路クリアしたら賞金がもらえる!」

「ブー」

「めめめ、迷路に迷い込んだ人を助ける! それのお礼!」

「ブー。ってか、迷路からいったん離れようか」


 え~っと、ミーアが頭を抱えた。どうやら迷路しか思いつかないようだ。

 しかたない。俺が答えてやるか。


「魔窟の魔物は強いから倒すのが楽しい」

「楽しいって何ですか。坊ちゃんはアホォでございますか」

「だまれ、バ家庭教師」


 ミルウーダは少し不満げな顔をしたが、すぐにいつものヘラヘラ顔に戻った。


「ダンジョンの魔物をぶっ殺して魔石をゴロゴロと持って帰るんですよ。そうすりゃガッポガッポ」


 うぇっへっへ、と親指と人差し指で輪を作り笑っている。


「えぇぇ…… 素敵ですねぇ」


 ミーアもまた目を輝かせている。金ごときで浮かれるとは、笑止千万。


「ジャック、よだれ出てますよ。汚い」


 はっ! 人族になってから心と身体に不和が!?


「ま、まだお二人では行ったところでボコボコのスカスカのジャンで終わりでしょうからね。鍛錬続けていきましょ」

「もう始めるんですか!?」

「えぇ、今日から二人には連携した訓練も始めようと思います」


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