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1:おたくの坊ちゃんはいわゆるデクですな

 魔王城に勇者一味が入り込んで三時間が経っていた。

 俺は勇者と一騎打ちをしていたのだが……


 俺は、魔王城に大きく開けられた巨大な穴の淵に落下しまいと指をかけていた。


 足元を見ると、真っ黒な闇が広がっている。

 そして、すごい勢いで身体を吸い込もうとしていた。

 身体を持ち上げようとしても、まったく太刀打ちができない。

 骨しかないドクロ族である俺の骨は、自身の魔力で金剛石よりも硬く、世界樹の根よりも固い。

 その俺を成す全身の骨が今にもバラバラになりそうだ。


 顔を穴の入り口に向けると、勇者が落ちようとしている俺を覗き込んでいた。


 その目は、当惑と疑惑、そして、それ以外の何かが浮かんでいる。


「なぜ助けた!」


 相も変わらずキャンキャンと叫ぶ男だ。


「貴様は確かに気に食わん。

 だが、俺はこの世界中であいつが一番むかつくからだ」


 俺の視線の先には青い肌をした男がいた。

 さも困ったと言わんばかりに肩をすくめている。


「四天王のその一席たるあなたが勇者を守るばかりか、私のエレガントな計画を邪魔するとは。

 酷いじゃないですか」


 魔族は人族と比べ肌が寒色に近い。

 が、俺はこいつの青さは魔族ではなく性根が腐ってるゆえだと心の底から信じている。

 俺はわずかにかかった指に力を込めた。


「てめぇが、気にくわねぇ俺をこいつらと一緒にはめようとしたんだろうが」


 そして、その策略にまんまと俺ははまった。

 が、はめられて終わるのは俺の好みじゃない。

 俺は思わず勇者を助けてしまっていた。


「おい、掴め! 今引っ張り上げる!」


「黙れ、ゴミカス野郎。俺は貴様が嫌いだと言ったろうが」


 勇者の後ろではヒーラーの女が勇者をつかみ支えている。

 二人して俺を助ける気なのだろう。

 俺は視線を自身の足元に送った。

 地の底へ引っ張られる感覚がどんどんと強くなっている。

 俺の指もその指を支える地面も、もう限界だ。


「貴様が魔王様を倒せるとは思えん。

 せいぜいあがくがいい。

 だがな、あいつだけは必ず殺せ。

 貴様らの命にもそれくらいの価値はある」


 そういい無い鼻で笑って見せた。

 勇者が手を伸ばしたが、俺はそれを払うと穴に吸い込まれていった。


◆◆◆


 俺は見知った部屋の天井を眺めながら、何度か瞬きをした。

 そして、記憶の川底を探る。


 俺は、魔王軍魔王直属の通称四天王と呼ばれた特殊戦闘体である。

 魔王城で勇者と戦っていた俺だが、同じく四天王の裏切りによって殺されたはずだが……


 そうだ、その後俺は人族に生まれ変わったのだ。

 魔王も勇者もいないこのクソつまらない世界に……


 忌々しい青い魔族の顔がチラチラと浮かんできたので、俺はそれを手で払った。


「あら、ジャック。起きたの?」


 俺は、覗き込む女の顔をじっと見つめる。

 日光や、その他有害物質から一切身を守れそうにない透き通った白い肌。

 そんなもので剣の一撃から身を守れるはずはない、長いまつげ。

 魔法を使うのに何の役にも立たなそうなその女の柔らかい金髪が顔にかかったので、俺は手で払った。


「おはようございます。母上」


「え? あ、はい。おはよう」


 身体を起こすと辺りを見渡す。

 白い壁に明るい色をしたインテイリア。

 そして、窓から心地よい風が吹き込んでいる。


 もっと暗いじめじめとした配色や雰囲気の方が好きなのだが、それでもこの環境に嫌な感じはしない。


「えっと、ジャック。話し方変えた?

 元々あまりしゃべらない子だったけど……」


「はい。ちょっと昔のことを思い出したもので」


「六歳児がいう昔っていつのことよ。早い中二病かしら……」


 女、否。

 我が母、ウルフィルダはその形のいい眉をひそめ、首を傾げた。

 俺には前世の記憶があります――そんなこと説明するのも面倒だ。

 話の方向転換を図る。


「で、どうしたんですか。

 いつもなら母上がこの部屋に来るのはもっと遅いと思うのですが」


「そうなのよ!

 ずっと頼んでたスキル鑑定士の人がね、やっと我が家に来てくれたのよ!」


 母上は立ち上がると同時にパチンと手を打った。


「スキル…… あぁん?」


「何か嫌な思い出でもあったのかしら」


 スキル。

 その言葉を聞いた瞬間俺は思わずいら立ちをあらわにしてしまった。

 それは、勇者やら人間ども貧弱な者どもが使う惰弱な技能だ。

 とはいえ、そのスキルとかいうのには何度も苦汁を飲まされたものである。


 その時の悪感情が顔にも出ていたのだろう。

 母上が不思議そうにのぞき込んだ。


「いえ、別に」


 俺はできるだけ平静を装い声を出した。

 が、かなりぶっきらぼうになってしまう。

 しかし、我が母親は俺の母であるとは思えないほど――言葉を選べばおおらかだ。

 気にした様子もなくベッドから降りた俺の手を握る。


「あらそう。なら行きましょ。お待たせするのも悪いわ」


◇◇◇


 応接室のソファに長い顎髭をたくわえた老人が座っていた。

 頭には先折れのとんがり帽子をかぶっており、ローブを身にまとっている。

 そのいかにも、といった風体の老人は俺を見た。

 そして、いかにも、といった笑い方をして俺を出迎える。


「おやおや、なかなかに器量の良い男の子じゃ。

 顔はお母様似で美しい。

 ご主人に似た黒髪がまた勇ましくもありますな。

 これはこれは将来が楽しみだ」


 ご主人、と呼ばれた男は後頭部に手をやる。


「いやぁ、俺に似ずに物静かな子で。

 ちょっと将来が心配ですよ」


「あら、それならあなたの女関係が似なくてありがたいわ」


 母上の言葉にこの館の主人にして、我が父、ラズバンドはこめかみに冷や汗を浮かべる。

 魔族でも人族でも、女というものは例え戦闘力皆無であろうとも男の急所にナイフをえぐりこむ術は心得ているようだ。


「では、こちらの水に手を浸してください」


 老人はスキル鑑定とやらの準備を終えると俺にそう促した。

 そこにあるのは、正方形をした金属の皿である。

 厚みはそれほどなく俺の手より二回りくらい大きい。

 俺は、椅子に座ったまま言われたとおりにする。

 中にはひんやりと冷たい黒の液体が満たされていた。


「では、そのまま大変ですが、少し待ってくだされ」


 さて、このままどうしたものか、と思っていると父上が口を開いた。


「スキル鑑定士とは儲かるのですか?」


「よく言われますが、それほど儲かりませぬ。

 この王国で五人しかいない、とはいえ王国へ奉公していることに代わりませんからな。

 国王様のベッドの染みを数える侍女と大して変わりませんよ」


 そういい老人は、にかっと笑った。

 父上はそれを聞いてクツクツと笑う。

 母上はなぜか俺の耳をふさいでいた。


「ここの領地の興りを聞いたことはありますか?」


「少しだけですがな。なんでもあなた様が自ら開墾なされたとか……」


 父上の問いに老人は答える。


「えぇ、ここの辺りを根城にしてた盗賊をちょいとした手違いでとっちめる羽目になりましてね。

 そしたら、そいつら盗まれた国宝を持ってたもんですから。

 国王様からその恩賞にとこの土地を頂いたんです」


「ほぉ、ではリュシカの夢を奪い返したというのがあなたでしたか」


 父上は恥ずかしそうに笑った。


「残念ながらこの土地はそれほど肥沃じゃない。

 こいつに特別なスキルがあったら、そう思うのは親のエゴですかね?」


 老人は、そうは思いませぬ。とだけ呟いた。


「さて、そろそろよろしいかな」


 老人は隣のカバンから黄色の紙を取り出した。

 しわしわとしており、よく見るとただの黄色ではなく水面の様に微妙なグラデーションが描かれている。


「こちらの紙にその手を、そうそうぺたんと。

 そしてぐぅっと、良いです良いです。

 そのままお離しくだされ」


 老人は俺の手から紙を取り上げる。

 紙の色が黄から様々な色へ移り変わりだんだんと落ち着いてきた。

 そして最後には灰と黒の奇妙な文字が浮かび上がっていた。

 老人は隣のカバンから分厚い本を取り出した。


「これは…… 文字?」


「ふむ、坊ちゃん、慧眼ですな。

 確かにこれは文字のように見えますが、文字というよりパターンですじゃ」


「パターン?」


「さよう。

 今まで何万、何十万と鑑定してきた鑑定士たちが書き溜めてきたこのパターン図を元に、スキルを見極めるわけですな」


 今までのパターンからスキルを見極める?

 妙な話だ。

 ならば初めてのパターンはどうする?

 確認されていたパターンと実際のパターンに差異があったら?

 疑問がいろいろとある。

 この辺をすぐに信用する辺り人間の適当さは理解できん。

 隣人が自分とわずかに違うだけで攻撃をするくせに、だ。


「ならば、その本があればスキル鑑定士などいらないのでは?」


「ほほぉ。半分正解ですが、半分不正解ですな。

 スキル鑑定士の固有スキルがこの紙へスキルを写し取ることですよって。

 わしたちから仕事を奪わんでくだされ」


 ふぉっふぉっふぉ、と笑いながら老人はそのパターン表を片手に謎の文字列を読み取りだす。

 半分くらい読んだところで、眉根のしわが深くなり、最後まで読み終えるころにはそのしわがツルンとしていた。


「うん? ふ~む…… あぁ、なるほどのぉ」


 最後まで読み終えたのか、パターン表の書かれた本を閉じた。

 時間にして二十分くらいかかっただろうか。


「で、わかったのかしら?」


 母上の質問に、ふむ、とだけ言うと老人は帰り支度を始めた。


「戦闘系スキルですかね? それとも魔法系? 専門職系?」


 父上は興味という思考をダダ漏れさせながら老人に問うが、老人はそれを無視するように完璧に支度をすませてしまった。

 そして、やっとこさその問いに答えた。


「えっと、ですな。おたくの坊ちゃんはいわゆるデクですな。

 スキルはゼロ。一つもありませぬ。

 いえ、気にすることはない。

 一万人に一人くらいの割合でおるものです。

 何も不思議なことはない。

 むしろ、オタクのような貴族に生まれたことが幸運であったと思うべきですな」


 どうやら無能の烙印を押されたらしい。

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