嘘つきな私が泣いた理由
自分を守る為の嘘が、誰かを傷つける凶器になることは知っていた。
でも、自分を守れるのなら、他人が傷ついてもいいから嘘を吐き続けようと決めた。
ばれなきゃ良いんだ
幼心にそう学び、大人と呼ばれる今日までそれは続いた。
外の国で起きている悲惨なニュースを見ては、平和なこの国で、代わり映えのしない生活を送る。
惰性で恋人を作ったりもしたが、結局長続きはしない。
表向きの「いい人」が、恋人としても「いい人」であるわけがないという証拠だろう。
「さよなら」
無感動な言葉とともに別れる。
気を引くだけだったのかもしれないけれど、嘘でも別れたいと思ったのなら、それが私にとっての真実だ。
引き止めることも、追いすがって泣くこともしない。
ただ淡々と、その場を去るか、その背を見送るだけ。
「ただいま」
誰もいない部屋に呟いて、暗い部屋に電気をつける。
時計が迷うこと無く時を刻む。
機械仕掛けの人形のように時間が来れば、お風呂へ、時間が来ればベッドへと行く。
そして、朝になり、また同じ日を繰り返す。
「泣いてもいいと思うけどね」
そう零しながら苦く笑うのは、新しい恋人。
派手な見た目でも、地味な見た目でもない……何処にでもいそうな人。
付き合う事になったのは、いつも通りの惰性。
告白されて、断るのが面倒で付き合うことにした。
ただ、それだけの始まり。
だけど、何故かこの人の傍は居心地が良かった。
「悲しくないから」
「そっか。なら、笑わなくてもいいと思うよ? 楽しくないんだろう?」
ポンッと頭の上に乗せられる大きな手。
伝わってくる温もりに、つい、小さな子供に戻ったような気持ちになる。
子供扱いしないで。と言いながら、離れていく手を名残惜しそうに目が追う。
変だな。と思いながらも、私は「今度からそうする」と無感情に呟いた。
*****
季節が、ゆっくりと過ぎていく。
妙な感じだと思いながら、私は数えきれない嘘を、自分にも吐くようになった。そのせいで……
少しずつ、嘘に溺れて息が出来なくなっていく。
少しずつ、色々な感情が芽を出して、心を乱していく。
「楽しい」も「楽しくない」も分かってきて、「寂しい」や「悲しい」を感じるようになってきた。
「何でもない」が、「大丈夫」が、消えていく。
「泣いていいんだよ?」
優しい声が、手が私を追い込んでいく。
この人の言う「泣く」をしたら、今までの「私」が消えてしまう。
「私」が、変わってしまう。
言い様の無い不安が、日増しに増えていく。
なのに、何故か彼から離れようとは思えなかった。
そして――
「結婚しようか」
ロマンチックさなんてない。
飾り気も、花束も、ムードもないプロポーズ。
なのに、心の奥底まで暖かくて……ただ「嬉しい」と呟くしかなくて……初めてこの人の前で頬を濡らし、口角が自然と上がって、顔に今までに無いほどの笑みが浮かぶ。
「もう、自分にまで嘘を吐かなくていいんだよ」
優しい瞳に、息が楽になる。
今まで我慢していた色々な思いが涙となって溶けていく。
ばれなきゃ良いんだ
そう言って自分を励ましていた幼い頃の私が「もういいんだね」と安心しきった顔で笑っていた。