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第4話 貴族とは見栄に命を賭ける生き物だ


貴族とは実にめんどくさい生き物である、この5年という短くも長い時間で俺はそう深く思わされた。


毎日行われる母親であるユールフィア・プロトリッターとの勉強の時間、一応ではあるが俺も貴族に引っかかるらしい身分である以上最低限の礼儀や作法は求められるわけだ。


今の所必要性は見受けられないけれど、芸は身を助けると言うしやっておいて損はない、と思う。


そんな訳で俺の取り組む勉強の内容は多岐に渡る、文字や計算これらは苦戦するまでもない、しかし礼儀作法は幅広く挨拶の仕方から食事の作法までを矯正されては元一般人の俺では息苦しさを感じてしまう、それでも教えてもらっている身である以上最低限は身につけようと努力しているのだ。


引きこもり風情が何を言うかとは思うが、これは子供である俺と母親であるユールフィアとの一種の貴重なコミュニケーションでもあるのだ。


俺の母親であるユールフィア・プロトリッター、年齢は二十歳の見た目は大学生で一児の母とはどう見ても見えないほど若く息子である俺から見てもとても美しい女性である、ゆったりしたドレスに身を包み金髪金目とどこか現実離れした容姿を持つ彼女はまるで何処か異国の土地のお姫様のように見える、まあ彼女も一応異世界の貴族なのでその考えもあながち間違いではないのだが。


ユールフィアは俺に愛情を持って接してくれるし俺ももちろんユールフィアの事を母親と認識して愛する事ができている。


俺とユールフィアの双方にはしっかりとした親子と家族の絆があった。




ちなみに前にも言ったがこの世界の父親は顔も見た事はない、家族の絆?


あると思うか?




「じゃあここをこうして。」


「えーっと、こう?」


現在俺がユールフィアに教えてもらっているのは刺繍、布地に針と何種類かのな糸で模様を描く手芸の一種だ。


これも貴族の嗜みの一つである。




前の世界では刺繍は主に女性の貴族の嗜みだったような気がするのは気のせいだ、俺は間違いなく男の子なのでこれは世界が違う事による文化の違いの一つだ。


ユールフィアが子供に教えて一緒にやりたかったとかそのような意図とは一切関係ない。


「そうそう、そんな感じよ。やっぱりレイ君はなんでもできちゃうわね天才よ天才」


違います、前世の記憶がある影響で適応力と学習能力が高いのと、いろいろと器用なだけです。


それとこういう細かい作業に男というのは熱中しがちになるのであろう、プラモ然り、収集癖然り、料理然り、男は大雑把なのに凝り性とかなかなか謎な精神構造をしている。


俺も前世ではオタクの一種なので、こういった細かい作業というのは嫌いじゃない、毎日とは言わないが偶になら楽しんで取り組んだりできる。


刺繍もやり方さえわかれば楽しいものでいつか上達したらアニメやゲームなんかに出てくる様なかっこいい模様を自作してみたいと思っていたりする。


「よし、できたーー!」


「うんうん、さすがレイ君。綺麗なお花の模様ね」


完成したのは一輪の花の刺繍、正直理想には程遠いし自分で言うのもなんだが初心者にしてはいい出来だと思う。


「私もできたわよ、見てみてレイ君」


「う……うん。す、すごーい」


満足げな笑顔でユールフィアが見せてくれたのは俺とは比べ物にならない完成度の立体感のある大輪の花束、これほどの完成度の作品などまずどこから作ればいいのかわからない。



この母親、俺みたいなタネも仕掛けもあるなんちゃって天才とは比べ物にならない天然物のなんでもできる天才な上、精神面まで天然なので度々悪意なく俺の心をへし折りに来る事がある。


お揃いの作品を作りたかったのかは知らないが、同じ時間で作った自分の作品とわざわざ同種のジャンルの天地の開きがある一品を見せつけてくるとか、本物の5歳児ならマジ泣きしてる可能性があるからな。



俺の精神ら肉体に引っ張られてか幾分か後退しており感情が表に出やすくなっていた、そのせいか目元が少し熱くなった流石にこんな理由で泣き顔を見られたくはないので、何か気を紛らわすものが欲しくなった。


「失礼します、紅茶が入りました」


ちょうどいいタイミングでまるで見計らっていたかのように紅茶を持ってきてくれたのは丈の長い本物のメイド服に身を包んだオレンジ色の髪と黄色の瞳の三十台前後といった見た目の女性、名前をリーナと言いこの家の掃除洗濯炊事といった家事一切を全てたった一人でこなしている完璧超人だ。


彼女は秘書タイプのできる女性といった印象で気を抜くと時々敬語を使いそうになる、礼儀作法もしっかりしていて、気配りも完璧、欠点が一切見られず彼女が休んでいるようなところは見た事がない、ちなみに怒ると怖い。



この屋敷には普通の人間はいないのだろうか?


精神年齢20歳越えの5歳児


子供の精神を悪意なくへし折りに来る天然天才マザー


一切の欠点なく常に完璧に家事をこなすサイボーグメイド


これが異世界クオリティなのだろうか?


箱入りなのでこの世界の事情はここしか知らないのだがこれがこの世界の平均だとすると異世界怖すぎて泣く自信があるのだが。



ちなみに我が家のすぐそばにある湖には星霊が住み着いている。


あっ、やっぱり普通ではねーな。




うーん、普通ってなんだろう?


出された美味しい紅茶を飲みながらこの世界で暮らすようになってから度々起こるようになった思考の海に呑まれていった。




♂♀




夜、世界は暗闇に覆われすでに夕食も着替えも終えて寝る準備ができている俺の元に寝巻きに着替えたユールフィアが現れた。


「はーい、今夜は私が絵本の読み聞かせをしてあげまーす」


ユールフィアがそう言って俺に見せてくれたのは絵本といっていいのか分からなくなる辞書のようにごつい本だった。


基本この世界では前の世界に比べ文明は退行しており字を書くのはコピー用紙ではなく、羊皮紙やパピルスといった厚めの代物のため必然的に書物はゴツくなる、ゴツくなるといってもそれ相応で辞書ほどの分厚さは明らかに五歳児には過分の代物だ。


ちなみに本を読む光源は母親が魔法で作り出した光の玉。


ファンタジー




「じゃあ今日読み聞かせるのは『クレイランド建国記』ね」


「ゎぁーぃ」


五歳の子供の寝物語にわざわざ歴史書をチョイスするこの母親は狙ってやっているのだろうか?




本の内容は第二の母国、クレイランド王国の主観と脚色に染め上げられた建国の歴史。


現在クレイランド王国の存在する土地には元々魔王とその軍団が居を構えていた。その魔王は世界を自らの手中に納めるための侵略を開始した、そしてその魔王に対抗するために立ち上がったのがクレイランド王国初代国王にして勇者の称号を持つ勇者王テイロー。

彼は魔の軍勢を勇敢な仲間たちとともに打ち払い、最後には聖剣の力によって魔王をこの地に封印した。

そしてその後その封印を永遠のものとし子孫に渡り見守り続けるために国を建国した。




という内容だが、実際の所は。



戦争のきっかけは魔王の世界に対する侵略ではなく、珍しく平和な思想を持った魔王が魔族をまとめ上げ平和な世の中を作ろうとしていた所、その魔王が治める豊かな土地を欲した欲深い周辺の人間が侵略を始めた事。


終息の原因も、両者の疲弊による停戦条約においての人間側の裏切りにより魔王が封印されたため。


国王についても勇者王と言いつつもテイローはほぼ強大な権力者達の傀儡だった。




らしい



ちなみに、情報提供者は近所の湖に住んでいるEさん。


OHANASIの時の内容に人物名や場所の名前がところどころ一致するので間違いないと思う。


なんでも当時の出来事を実際に見ていたし人間サイドに手を貸した事もあるらしい。




何というか、人間である事を恥じて謝りたくなるなんとも卑劣極まりない恥ずべき歴史だった。




世界観や時代の違いによる認識や一般常識の差異を再認識させられると同時に世界が変わっても結局人間の深い欲望は変わらないんだなと教えられる内容だった。


物語は輝かしいけれど、その裏側は、といった感じだ。



5歳児が聞くべき話じゃなければ、考えるべき事でもないし、知らなくてもいい事ばかりである。






まあ何にしてもだ、俺が今考えるべき事は、



完全に寝落ちしてしまったこの母親をどうするか、という事だ。



5歳児の細腕ではどう頑張っても母親は持てないので、リーナを呼んでくるしかないか。


面倒くさがりながらもベットを出ようとした所でユールフィアの寝言が聞こえた。


「……むにゃむにゃ……レイ君、もっと甘えてくれてもいいのよ?」




……今からリーナを呼びに行くのはめんど臭いし、この無駄に大きなベットなら二人で寝ても、まして片方が五歳児なら問題なんかないよな。



本当この母親は狙ってやってないだろうな?

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