第2話 飲むなら呑まれるな
俺と同じベットの中に神秘的なオーラを放つ少女が寝ている。
「神秘的な」の意味は「人には計り知れない」、というものがあるけれどこの場合には「人ならざる」の意味がピッタリと当てはまるだろう、まさしく彼女からは人とは違う人知を超越した力を感じ取れるのだ。
おおよそ彼女は人ではないのだろう。
ここは異世界、そういう事がありえないとは言い切れない、だがなぜそれが俺のベットに居るのだろうか?
彼女が勝手に入ってきたか俺が自分で連れ込んできた、どちらにしても頭がおかしいとしか思えない。
このあまりに突拍子のない事態に嘆息して不意に頭痛が走る。
頭の中に幻覚かと思うほど現実味がない記憶の中で霞がかかっていた昨日の月夜の湖での一連の記憶が蘇る。
昼寝のし過ぎで深夜に起きてしまいがちの俺の最近のお気に入り、前世の文明の光に照らされた世界では決して見ることのできない宝石箱のような星空、それを見ようと屋敷を出て偶然見かけた屋敷の傍にある湖で見かけた幻想的な光景、そして神秘的なオーラを放つ少女に誘われて、薦められるがままに酒を飲み、記憶が途切れた…………
そして今に至るというわけだ。
「…………お酒、ダメ、絶対!」
お酒を飲む時は法律をしっかり守りましょう!
さもないと取り返しのつかない事になるよ、具体的には見た目中学生位の少女を一糸纏わぬ姿で自分のベットに連れ込む、みたいな。
……いったい何があったんだ。
勘違いして欲しくないのは、俺の肉体年齢は5歳だから絶対に間違いは起こしていないということだ!
5歳児だからセーフ!あれ精神年齢が23歳だからアウトなのか?
間をとってセウトにしておこう(錯乱)。
『う、うーん、あっ。おはようございまーす』
「っ!」
頭の中が混乱してきた俺はベットから声をかけられて思考を現実に引き戻された。
少女の透明な瞳がこちらに向けられる。
少女の放つ神秘的なオーラは彼女が起きたからか俺が慣れたからなのか昨夜やさっきまでほど強くは感じない。
『久しぶりに気持ち良く眠れました、昨日のお酒も美味しかったですし改めてお礼を言わせてください、ありがとうございました』
「………ど、どう、いたしまして」
目の前の人ならざる少女にお礼を言われたことに驚いたし名前を呼ばれたことにも驚いた、だがそれ以上にこちらに記憶がないため何があったのかもどう対応すればいいのかわからない。
昨日は一体何が。
えーと……お酒が?うっ、頭が。
どうしようもないのでここは正直に記憶がないことを自白するしかない。
「……ぁー、昨夜のことなんですけど、全く記憶がないんです、具体的にはお酒に二口目をつけた時から」
『えっ!では昨日のことは一切、満月による湖でのOHANASIの記憶は覚えてないんですか?』
「ざ、残念ながら」
俺の言葉に少女はかなり驚いた様子だった、あと彼女の言葉に一部引っかかるとこがあった、なんだよOHANASIって、恐いよ。
『昨日のお酒といってもあの神酒はかなり弱い部類なんですよねぇ、それを二口でなんて…………ん、神酒? …………あっ』
少女が何かを考え込んだかと思えば突然声を上げたどうやら何かに気がついたらしい。
『ど、どうやら本当に記憶がなくなってるみたいですねぇ、全く心当たりがないなぁーー。そ、その分では昨日交わした契約の方も覚えてないんじゃないんですか?』
さっきの発言について若干気になる部分はあったが聞かれたことについて考える、考えるのだが昨日の記憶が丸々ないので残念ながら心当たりなどあるはずがない。
「記憶にないです」
『ですよねーー、まあ契約って言っても大したものじゃないですよ、身内の契り一種の義姉弟の契りみたいな奴なんで気にしないで下さい』
えっ、今なんて言った!
衝撃の一言でさっきまでの疑問など吹き飛ばされた。
昨日の俺は一体なにをやったんだよ、酒を飲んだとは言え何をどうやったらここまでカオスな状況に引っ張り込めるんだよ!
「……まっ、全く記憶にございません」
俺の声はものすごく震えながらだった、悪質な政治家でももうちょっとマシな台詞回しはあった気がする。
『いえいえないなら無いで構いませんよ、私達が交わしたのは血より深い絆の繋がりです。記憶の有無など些事ですよ些事』
そっちは些細かもしれないけど、こっちでは大問題なんだぞ。記憶にないのに、気がついたらいきなり義姉が出来ていたとか、しかもどう見ても相手は人間じゃないんだぞ、神秘的なオーラを放ってくるんだぞ。
いや心の底からイヤって訳じゃないけど、いきなりだしぃ、その事に関する記憶もないしぃ、心構えなんかできてないしぃ(乙女思考)。
……あれでも、なんか昨日会った時よりもすごく話しやすい、昨日の印象では氷の様に冷たかったトゲトゲしい雰囲気がマイルドになってかなり優しくなってる気がする(混乱)
これが世に言うツンデレというのか!(現実逃避)
印象だけだとほぼ別人、彼女がお義姉さんになるのも別にいいんじょないかなと思えてきた、美少女だし、優しいし、美少女だし(錯乱)。
『どうかしました、急に黙り込んだりなんかして?』
「いやー、昨日初めて会った時とは大分印象が違うなーと思いまして」
『ああ、レイヴィンは覚えていませんか。昨日は本当色々あったんですよ、私はこの世界についてを語り、レイヴィンはこことは違う世界についてを語る。共に二つと無い貴重な一夜となりましたね、それに私とレイヴィンは既に家族も同然!それ以外の木石とは対応も違って来ますよ』
本当に何やらかしてんだよ俺!
前世の事とか、今の親に話した事もなければ話すつもりもなかったんだぞ。
やばい、俺の精神がゴリゴリと削られていく、これ以上昨夜の事については知りたくない。
なんで、一緒に寝ているのかとかなんで服を着ていないのかとか正直怖過ぎで触れられない。
『さて、朝日も出て来たことだし帰りましょうかねぇ。ですけどその前に、昨日のことを覚えていないのでしたらもう一度自己紹介をしておきましょう。私は「湖の乙女」精霊の頂点である星霊にして星を守護する者。人々は私のことを数多の名で呼びますが昨夜のレイヴィンは私の事を何故だかエレインと呼んでいましたね、なんでも第一印象だそうで。まあ呼び名など些細な問題なんで好きに呼んじゃってください、勿論お義姉ちゃんでもかまいませんよ』
彼女、「湖の乙女」、エレインの言い分を聞いてもうなんていうか頭痛が痛い。
言っている事の半分以上意味はわからないが、エレインがものすごい事と、昨日の俺がものすごいバカだったという事は十分以上に伝わって来た。
過去の自分とはどうやった殺せるのだろうか?
彼女は最後にまた会いたければ湖に来てくださいと言って消えてしまった。
湖は我が家の目と鼻の先なんですがそれは……
空には太陽がようやく登り始め、鳥たちがさえずり始めている。
俺は寝起きだとというのに精神的疲労で満身創痍、ここは二度寝を敢行すべきだと決めベットにもう一度横になった。
ベットにかすかに残った自分以外の温もりの名残が若干の居心地の悪さを作る。
目を強くつぶった俺は自分を強く戒めるのだった。
お酒!ダメ!絶対!