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13 まるで物産展のような

 色とりどりの火花を肴に梅ケ枝餅を頬張る。小さなクーラーボックスにはビールの他に缶酎ハイ、ノンアルコールカクテル、お茶も入っている。それから、もう一つ用意してあった大きなバッグから次から次へと出てくるのは、福岡の銘菓や珍味ばかり。


「この明太子味のおせんべい美味しい……」

「あー、それこの頃すごい売れてるみたいだよ。おみやげで持ってくと喜ばれるんだ――って、加奈子ちゃん食べ過ぎ」


 わたしは花火そっちのけになりかけているのに気がついてはっとする。美砂ちゃんはすでに焼酎まで入っていて、ほろ酔いでケラケラ笑っている。その隙にふと視線を流すと、目が合った上原くんが口元を緩める。その笑顔が妙にあどけなくて、なんだかまともに見ていられない。わたしは空を見上げる。青い花火が打ち上がっていた。


「そういえば、昔さあ、あれは炎色反応でリチウムが赤とかなんとかぶつぶつ言い出した奴がいたんだけどさ、エネルギーとか分子軌道が云々言い出したのには参ったな。どうでもいいって。チョーイタい」


 美砂ちゃんがぼそっと呟く。同じような経験はあったけれど、当時はマナーだと思って黙って聞いていたわたしは苦笑いをする。


「やっぱりイタイのかあれって」


 とぼそっと呟く上原くんにわたしが首を傾げたとき、


「その花火、一体、誰と行ったんすかね」


 ようやく良平さんが到着した。不満気な顔に美砂ちゃんが「げっ」と口を押さえる。きっと元カレとかそういうことなのだろうけれど、だからといって喧嘩になるという様子ではない。えへへ、とごまかし笑いをしながら美砂ちゃんはビールでわかりやすく媚びを売る。良平さんもそれでサラッと流してしまうらしい。不機嫌さはもう微塵もなかった。


 うわあ……すごい。


 きっと今は絶対ないと思っているからこそのことだ。信頼関係が垣間見えて、わたしは羨ましくなった。自分だったら、そんな些細な隠し事だけでもごまかしきれないだろうし、拓巳だったら、きっと過去の男の影を見つけるなり、どこまでも追及しそうだと思ったのだった。


「ってかさあ、一番距離は近いのに着くのは一番最後とか。貧乏くじ引きまくり」


 座ったとたんに良平さんの缶ビールは空になる。どうやら夫婦で酒豪らしく、次々に缶が空いていくが、この暑さだからわたしも気持ちはわかる。

 良平さんはぽん、とたこ焼きをシートの真ん中に置き、「なんでここ博多物産展みたいになってんの?」と首を傾げる。そうしながらもたこ焼きを口いっぱいに頬張ると、大きな音を合図のように楽しげに空を見上げた。美味しそうにものを食べるのは兄弟でそっくりだと思ってちらりと見ると、上原くんと目が合った。


 また?


 と思いかけて、はっとする。

 彼は花火を見ずにわたし・・・を見ていた。

 なぜ何度も目が合うのか。その理由に気がついたわたしは、じわじわと目を見開いた。

 彼は目を逸らさない。真っ直ぐな視線が心に刺さる。心の中をどんどん覗きこまれるような心地がして、目を逸らしたいのに、逸らせなかった。

 心臓が暴れ続けてだんだん息ができなくなる。そして、その真っ直ぐな眼差しに古い記憶が触発されて浮かび上がる。

 そうだ。あの時も、彼はこんな顔をしていたのだ。


『俺と、付き合ってくれない?』


 高校生の頃の上原くんが、まるで今言ったかのように耳元でささやく。わたしが体の中に溜め込める熱の許容値は既に限界が近く、今にも振りきれそうだった。


「――ふうん?」


 良平さんの声で我に返って、わたしはようやく上原くんを視界から追い出す事ができた。良平さんは、何だが面白そうにわたしと上原くんを交互に見る。気になって見ると、上原くんは少し気まずそうにしていた。


 そのとき、どおん、と一際大きな花火が打ち上げられた。

 金色の火花が闇に溶けていく。皆、名残惜しそうに眺めている。もう終わりかな? 最後だったかな? そんな言葉が周囲に溢れだした頃、よっこらせ、と良平さんがブルーシートから立ち上がった。


「美砂、帰るっすよ」

「ええー? もう?」


 美砂ちゃんが膨れている。


「混むんだから文句言わない。明日約束あるんだろーが」


 良平さんが美砂ちゃんの頬を突く。


「あ、そうだ。さくらんとことで赤ちゃん見せてもらうんだった」


 美砂ちゃんはふくらんだ頬をすぐに戻す。そしてえへへと可愛らしく笑うと良平さんにつづいて立ち上がった。多分、良平さんが来てから、わたしのことを忘れてしまっている。しょうが無いとは思う。――だって新婚ですから! だけどね、だけど――ちょっと待って!

 わたしは背中の上原くんを気にしながら、口をパクパクさせる。いや、美砂ちゃん、じゃあわたしはこれからどうすればいいわけ!!

 縋るように見ていると、美砂ちゃんはようやくわたしのことを思い出したらしい。


「あ、加奈子ちゃん、これからどうする?」

「か、帰る。一緒に帰るよ!」


 だが美砂ちゃんはうーんと唸る。


「でも、うちってここからだと徒歩のほうが近いんだよね……駅とはちょっと反対方向なんだよ」

「そ、そうなの?」

「うん、りょーへいの会社の近くのマンション買ったんだよね」


 美砂ちゃんは破顔したあと、ふとわたしの後ろに目線を流す。せり上がる嫌な予感に彼女を遮ろうとしたけれど、一瞬遅かった。美砂ちゃんは上目遣いのおねだりモードで上原くんに言ったのだ。


「あのー、瑞樹さん。加奈子ちゃん駅まで送って下さいますかぁ?」


 そして嫌な予感は的中する。上原くんはなんの屈託もない顔で、美砂ちゃんに「いいよ」とあっさりうなずいたあと、いたずらが成功したような顔でわたしにニッと笑いかけたのだった。

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