つぎはぎちぐはぐレディ
「愛してる」
「嬉しい」
はらはらと涙を流して、私は応える。彼の指が、私の髪を撫でる。さらりと指の間を髪が通って落ちていく。上目づかいで彼を見てみれば、微笑みを浮かべて、瞼へとキスが落とされる。
服を脱がされ、裸体が露わになる。
「綺麗だよ」
彼はそう囁くのだけれども、私は少々複雑だ。私の身体には薄い、薄いピンクの線が、四肢のあちこちに走り、首にもまた、線が走っている。けれどもこの暗い室内では、私のこの秘密は彼には見えない。
そうして、私たちは、ひっそりと愛を紡ぎ合うのだ。
ああ、何年こうなることを願っていただろうか。
「彼に愛される私になりたい」
かつての私はブサイクで、団子鼻、低い身長、言われる悪口は決まってデブス。制服のスカートのボタンが閉まらないのでベルトで抑えた。
好きな彼は人気者で、クラスの中心だった。大学に行っても、かっこよかった。スポーツができる人だったから、毎回こっそりと試合に応援に行ったりもした。見向きもされないのは知っている。なんでこんな辛いことを自分からやっているのだろうと涙を流した。
「ああ、辛いねェ、辛い。報われないのは辛い」
気付けば、一人の女がハンカチでわざとらしく目元を押さえていた。誰、と言わずに睨みつけた。だって分かりやすく不審者だったから。
黒い服、黒い髪、そして赤い、目。
魔女、そんな第一印象を受けてしまう女性だった。
「どうしてこんなにも頑張っているのに、私は報われないんだろう。ここまでする価値はあるのだろうか、それでも辞め時が見つからない。ここまで頑張ったんだから、もう少し、もう少し、が邪魔をする……」
「それでも」
「そうだよねぇ、だから、僕が来たのさ」
女は笑いながら歩いてくる。両手を広げて、朗々と、ずいぶんと芝居がかっていると思った。
「人生を、捨てる勇気はあるかい?」
私は、頷いた。
私は、ばらばらになった、心臓、内臓、目と脳と、ばらばらばらばら、彼女に分解されて溶解液に浸される。舌も取られてしまったから、喋ることはできなかった。女は勝手にしゃべり出す。おしゃべり好きなようだ。
「君をばらして組み立てよう。心臓とか内臓は問題ないね、目もいいだろう、脳みそは言わずもがな。指もいいね、やっぱり顔のパーツとたっぷり脂肪か。ちょうど別のお客様が人を殺したから、その死体を使わせてもらおう」
自身の醜悪な部分を指摘されて、古傷が痛む。ああでも、本当に醜悪なのは、美しさのために迷わず怪しい女について行ってしまうような自分なのかもしれない。死体を使われても気持ち悪いと思わない自分なのかもしれない。
歌うように、魔女は指を動かす。指揮者のようだと思った。液に沈んで浮いて、視界がぐるぐる二転、三転するせいでとても気持ちが悪かったのだけれど。
他人になってまで、と謗られるかもしれないけれども、私は叶わぬ恋なら、と身を引くことなんてできなかった。恋をしていれば、まだ女子として成り立っていられるような気がしたからだ。そういう意味では、恋に恋していると言われても仕方がないのかもしれない。
人の業ではない彼女のオペは無事に成功した。私は、私で、でももう別の私になった。
「ないとは思うが、痛みは?」
「ないわ。ありがとう」
「自信を持ちなよ、君は綺麗だ。外見上はね」
「……そうかもね」
結局、彼は手に入ったのだけれども、手に入れてみれば、まぁなんだ、こんな大したことの無い人間だったのかと呆れてしまう。虚栄心の高い、他人を貶めることでしか自分を高めることのできない人間。こんなのが自分が長年求めていた人間だったのかと思うと、眉を顰めることしかできない。
下手くそな愛撫に皮膚を引っ掻かれる。ついには、もういい、と私は彼を突き飛ばして、お札を放り投げて服を着た。ぱらぱらと落ちて行ったお札には目もくれず、みっともなく縋られるが、その真意は単なる皮目当てと知ってしまったからには反吐が出る。
美人な私には似合わない。
美しい私には、もっと似合うものがあるはずだ。見合うだけの人間でなければいけない。
笑えば誰もが振り向き、囁けばだれもが頷くのだ。
ぶつかっても謝らなくていいのだ、ざまあみろ、ブサイクども。
もう以前の私じゃない。
本当の私が夜の街を歩いていく。
『叶わぬ恋なら、ぱらぱら、もう以前の私じゃない、古傷が痛む』
以上4題使用しました。