セピア色の涙
「やぁ、呼ばれて飛び出てこんにちは。行商人さんだよ」
黒い女が唐突に空から現れた。魔女のようだと人は囁く。
現れて周囲を見回してみれば、人のいない放課後の教室のようだった。教室には一人の女子生徒しかいない。魔女は彼女が自身を呼んだのだと判断して、にこりと微笑んだ。
黒髪ロングのおとなしめ、戯れや興味本位で呼んだわけではないのだろう。
「こんにちは。本当に来てくださったんですね、半信半疑だったんですけれど」
「お客様に呼ばれれば、駆け付けるよ。気に食わない限りはね」
にこにこと、行商人の黒い女と女子生徒は笑いあう。どうやら気に食わないということはなかったようだ。
それで? と黒い女が口火を切ると、女子生徒は目を笑わせなくなった。よほど深刻で曲げれない願いなのだろう。
女子高生は机に一本のフルートを置いた。ずいぶんと古いもののように思える。しかし丁重に扱われていたようで、差し込む光を受けてきらりと輝いている。
失礼、と女が許可の有無を聞かずに手に取る。女子生徒は抗議しようとしたが、思いのほか丁重に扱っているようなので、不問にすることにした。
「なにかのアーティファクト、というわけではないようだ。思うに、込められた念か記憶か……ってところかい?」
「そうですね。それは、私の憧れの先輩のフルートです。憧れの先輩も、母親から受け継いだものなので古いんです」
「だろうね。分かるよ。丁寧に扱われているようだ。……で?」
黒衣の女はフルートを返すと不気味に笑う。床に広げられた布に、赤い絵の具で魔法陣が描かれていた。
「悪魔を呼び出してまで、何が望みだい?」
女子生徒が一枚の写真を取り出す。なるほど、この写真に写っている人物が件の憧れの先輩なのだろう。
「ソロ演奏を聴く約束をしていたんです。それだけを叶えてもらえれば……対価は魂ですか?」
「まさか、悪魔じゃああるまいし。僕はねぇ、絶望さえいただければそれでいいのさ。身勝手な願いを叶えて絶望を、後悔を、落とす涙をいただくのさ。まぁ、他にも貰うこともあるけど、基本はそんなものだよ」
「そんなの言っていいんですか? と、いうか、悪魔召喚の儀式をしたんですけれど……」
「ああ、あの悪魔はちょっとばかしサキュバスの群れの中に突っ込んでおいたから、干からびて死んでいるよ」
女はにこにこと笑う。もうこんなのは要らないさ、と布を燃やしてしまった。さて、どうしようかなぁ、と嬉しそうに笑う。事故で死んだ先輩を、生き返らせてもいいがそれはちょっとばかし骨が折れる。どうしようか、どうしようか。
女子生徒は動かない。ただぐるぐると目玉を動かして冷や汗を垂らしている。
決めた、と女は呟く。
「そういえば、質問に一つ、答えていなかったね。そんなの言っていいんですか? だっけ。うん、全然いいよ」
どこからか、フルートの音色が流れてくる。
ああ、先輩のフルートだ……。
夕焼けのなか、視界が揺れる。茜色に滲む視界。堪えきれず、涙が落ちる。
「ほら、やっぱり泣いた。次はきっと後悔するぜ」
『古びた楽器、茜色に滲む視界』
以上2つで書きました。
生まれた時からカラー写真世代ですけれども。