友愛、信愛、助け愛
私には友人がいる。
小さな友人は、雪に埋もれてしまえば見失ってしまうほどに白かった。私が放課後に友人の元を訪れると、嬉しそうにぴょこぴょこ跳び回りながら私の足に纏わりつくのだ。私は嬉しさに浮かれる友人を宥めて、いつも通り買ってきたご飯を手渡すのだ。
菓子パン。私の少ないお小遣いで買った甘い菓子パン。
友人は美味しそうにガツガツと食べ始めるので、私はその隙に友人の手当てをする。友人はなぜかいつも怪我をしているのだ。耳は切り込みが入り、全身傷だらけ、毛が毟られていたりもした。あまりにも痛々しくて見ていられない。だから私は消毒液をかけて、軟膏を塗って包帯を巻くのだ。……どうしても一週間後には包帯は外れ、新しい傷を作ってくるのだが。
一通り終われば、友人は私の膝の上へとやってくる。一番最初の出会いもそうだった。誰かと一緒にいたくなくて逃げてきた私の膝の上にやってきたのが、他でもない友人だった。私の傷を癒してくれた友人を私は癒してあげたいのだ。友人がいるから私は頑張れる。この不思議な友人は、私の心の支えだ。
日が傾くと私は帰り支度をする。ふんふんと、帰るのか、と私の足元を嗅ぎ回る友人に、ばいばい、と手を振って廃墟を出るのだ。
扉をでて数歩あるいて振り返れば、友人は前足を振って別れの挨拶をしてくれる。緑の目は夕日を受けてキラキラと輝いている。真っ赤な腹は沈む太陽と同じ色。惜しむらくは、その怪我ぐらい。
次に会うのはまた来週。
私は帰りたくない家への帰り道をとぼとぼ歩く。
と、そのときに声がした。
「可哀想だと思わないか」
唐突に囁かれた言葉に鳥肌を立てて私は立ち止まった。
……多分、女性なのだろう。彼女は、宙に浮いていた。
宙に――。
「え、あ、あ……」
ありえない光景に私はついていけずに、震える膝が言うことを聞かずに、私は尻餅をつく。
「この世は不平等だね。君は心の傷を癒してもらっているのに、彼は怪我を負いっぱなしだ」
あ、と間の抜けた声しか出なかった。まるで心を見透かされているようで、私は、私は――。
満月の夜に、家を抜け出して、私は廃墟にやってきた。彼女から貰った小瓶を手に、人目を盗んで忍び込む。
目薬の容器のような形をしている。それとも涙の一雫か。彼女はそれを満月の日に飲むようにと言った。それは彼の涙だから、と。
不思議な友人は、派手に音を立てて扉を開けた私に噛み付いてきた。鋭い歯が私の腕に食い込む。大きく腕を振って引き離して、おいで、と小さく呼びかけた。
不思議な友人は爛々と黄緑色に輝かせていた瞳を深い緑色に変えると、ふんふんと私の手の匂いを嗅いで、傷口を舐めた。ざり、と皮膚がささくれ立ち、私は思わず手を引っ込める。引っ込めてから、罪悪感に襲われてしまった。
私は涙と形容された液体を口に含んだ。そして液体をさらに友人に塗り込んだ。彼女は言った、これで傷を請けおえる。
友人は長い耳をピンと立てると、パタパタとその場を走り回った。予測だけれど、唐突に消えた痛みを不思議がっているのではないか。そして走り回る友人は壁にぶつかった。
「いたっ」
その瞬間に痛みが走るのは右腕、ちょうど友人がぶつけた箇所。唐突だから驚いて声を上げたけれども、さほど痛くはない。友人少し痛そうだけれども、それでも私が少しは請けれたはず。痣になっていないか確かめようと袖を捲る。
と、水音がした。振り返ると、友人が涙を体いっぱいに浴びていた。
……嫌な予感がした。
友人は勢いをつけて壁にぶつかった。
「い……っ!!」
痛さに蹲る。じんじんと痺れるような痛みに私は困惑する。友人は黄緑色の瞳で私を観察していた。見下ろすその瞳はとても冷たくて怖かった。
「まって、私たち友だち、でしょ……」
手を伸ばす。
伸ばした手は鋭い歯で刺された。
「いっ!! あっ!!」
私の手の痛みはそのまま私の痛みとなるらしい。涙に潤ませた目で友人を見上げる。友人は、にたり、と笑うとすっくと立って二足で扉を開けると、走っていく。
目立つ白は、宵闇の中に消えていく。
友人だったあれは、痛みを感じない体で何をしようというのか……。
私は頬に走る痛みに涙を流しながら、月の光を恨むのだ。
『月の涙・伸ばした手は・宵闇に紛れて』
以上3つを使用しました。