表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

路地裏に潜む

ちょっとグロめ

 雨が降っている。

 ざあざあどころか、ばちばちと叩きつけるような豪雨にはうんざりさせられる。どうせしばらくすれば雨も上がるだろう、と私は一人で軒先に佇んでいる。

 雨は嫌いだ。

 雨はあの日を思い出させる。

 襲われたあの日、私が人を殺したあの日。

 今と同じように、雨に降られているときに急に手を引かれた。そのまま、倒れ込んだかと思えば、上から覆いかぶさられて……私は抵抗して、抵抗して、男を殴ったりしていたけれども、力ではやっぱりかなわなくて。最終的に、傘でめったざしにしたのだった。抜き身の包丁を持っている人よりも、とがった先の傘を持っている人の方が危ないというのも、納得できる話だった。動かなくなった男を見て、私は怖くなって逃げたのだ。

 あの日の出来事は、水たまりだけが知っているはずだった。

 鞄の中には、手紙が入っている。

 脅迫状だ。

 私宛の。

 水たまり以外に、あの日の出来事を知っている人物がいるようだった。差出人からの要求はまだない。けれど、何を要求されるのかを思うと、少しどころではなく怖かった。

 あの時の現場に、この雨宿りの場所は近かった。それもまた、私の気分が鉛になる一因だった。

 雨が降っている間に動くつもりはなかった。

 動けなかった。

 思い出しても、震えがする。

 今日、手元に傘はない。

 固く、拳を握りしめるだけに終わった。

 だだだだだだ、と銃を連射するように、雨が屋根を叩く。道行く人は傘を差していても濡れている。私の隣にも、一人、女性が駆けこんできて一息ついている。

 脅迫状の内容は、文章ではなく、写真だった。絵具だろう、赤色の液体がかぶせられた傘の写真が入っていた。それだけで、私はなんのことかわかってしまった。

 届いた手紙を開封して、写真を見た瞬間、私はトイレへと駆け込んだ。焼きそばを昼食に選んだことを後悔した。

 雨が止んだようで、隣には誰にもいなくなっていた。


 私は、路地の入り口に佇んでいた。

 不気味なほどに、誰もいなかった。本来なら人通りがもう少しあってもおかしくないはずなのに、不思議なほどに誰もいなかった。犬の鳴き声もしない。

 花が添えられていることすらもなかった。

 三年も前のことだったから、仕方ないのかもしれない。

 一歩足を踏み入れれば、驚くほどに日が遮られる。暗い。通りからも見られない。どことなく、流れる空気も冷たいもののように感じられた。

 は、と息が大きく聞こえる。もう三年前だというのに、昨日のことのように心臓が大きく鳴り響いて、頭が痛い。

 背後から、抱えられて、胸部を触られて、耳元に、やけに湿気た息。

 ――違う。これは。

「いやっ!」

 違う違うこれは幻想ではなく現実だ、現実、現実だ!

 跳ね飛ばそうとしても、ダメだった。振り返った時に、視界の端に映った笑顔に寒気がした。

「どうし、て」

「離さないと誓ったのに、離してしまってごめんね」

 死んだと思っていた顔がそこにあった。ああ、そうか、水たまり以外に知っているのがいた、と納得した。被害者だったら、知っているはずだ。いや、被害者という言い方はどうにも嫌だった。被害者は私になるはずだった。

「この日だけは。この日だけは、誰にも邪魔されたくなかった。魔女と契約してよかった。魔女と契約してよかった」

 ずるずると両の手が這いつくばっていく。

 魔女って何? 魔女って何? 叫んでいるのに誰も来ないのもそのせい? 助けて、誰か、助けて助けて助けて!

 私の手に、傘はない。

 視界が滲む。

「助けてほしい?」

 女性の声が聞こえてきた。その瞬間、男の手が止まった。

 私は顔をあげた。路地の奥の暗闇に、赤い眼が浮かんでいた。三日月のような笑みを浮かべた女性。

「助けて! お願い!」

「……もしも君が、三日後に、ある女性に道を尋ねることを約束してくれるなら、助けてあげよう」

 わからない、なんでそんなことを言うの? いいから助けてよ、私のこの現状が見えないの? やめて、お願い、助けて!

「よく肌で感じなよ。男が動いているかい? 動いていないだろう。さぁ、どうする?」

 ……確かに、そうだった。男は微動だにしていない。それでもがっつりと抱きしめられているため、逃れられない状況だった。相変わらず、涙が目の端に溜まっている。瞳から大粒の雨。今にもこぼれてしまいそう。一秒でさえ長く、この男の臭いに塗れていたくなかった。

「する! するから!」

 女は、笑みを深くした。

「毎度ありィ」

 急に男に突き飛ばされた。私はコンクリートに顔を打ちつけた。その衝撃で、涙がぽろぽろと落ちて、小さな水たまりが作られた。背後でぐしゃりと不吉な音がして、私は振り返ることなく駆けだした。

 その男の結末は、水たまりだけが知っている。


#深夜の真剣文字書き60分一本勝負

「水たまりだけが知ってる」「 この日だけは」 「抜き身」 「離さないと誓ったのに」 「瞳から大粒の雨」

すべて使用。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ