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___の終わりに__をする。  作者: 卯月木目丸
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終わり

 空だ。眩しい。茜色に染まる夕暮れの空、見渡す限りの黄緑の大地に二人は居た。

 崩れた壁にもたれかかり二人は腰を下ろしていた。どこからともなく風が二人の髪を揺らし、そして去っていく。地下のシェルターの中では絶対にありえない時間が今、淡々と流れていた。

 長い長い旅の果てにいるような気分だ。二人は疲れきっていた、そして涼しい風はその疲れを抱いた体を優しく抱き眠りへ誘っているかのようだった。茜色の空に流れる白い雲が何処かへ流れていく、揺れる草原の上で小さな動物が戯れあっている姿が薄ぼんやりと見える。

 隣に力無く置かれている左手に、彼は自分の右手を重ねる。

 あたりに響いているのは風が茎々を揺らしていく音だけ、静かだった。朽ちた建物や文明の残骸は寂しそうにどこかを見つめ、彼らはこの世界の誰にも知られてはいない。

 彼の瞼はもう閉じていた。開く力も無く、眠りにつくのだろう。

「ねぇ、聞こえる?」

 彼女の声が聞こえた。彼は声にもならない声で「あぁ」と息をするかのように小さく呟く。

 彼の心は安堵しきっていた。この自然を壊す文明を殺し、自分はその胸に抱かれて眠れる。それが彼の望んだ未来であったのだから。だから懐かしいあの時のような声も幻想も、この落ち着いた心が魅せてくれているのだと、彼は心の中で零した。

「ちょっと涼しいね」

 また彼は音にもなれない声で「丁度いいよ」と呟く。体の感覚が薄れていくのを彼は残った部位で感じ続けていた。それはいっそ気持ちよく安らかだった。

 この世界にもまだ人は住んでいるのだろう、真なる人が。僕らは捨てた、逃げた。そんな僕らが再び戻ってきたとしても、最初は何事も受け入れてくれないと思っていた。だけど、今はこうして眠りにつこうとしている。

「あの約束、覚えてる?」

 彼女の声は止むことなく聞こえる。「約束?」と彼が小さく呟くと彼女の声も「覚えてないの?」と信じられないと言ったふうに応えた。

 今、彼女は僕の隣で同じように眠りについているはずだ。でもその声は止まず、まるで何千年も前のあの日々のように語りかけてくる。

 もしかしたらこの閉じられた瞼を開けば、彼女がそこにいるのかもしれない。そう思うと、彼女の吐息まで聞こえてきそうだった。

「ほら、絵本の。思い出した?」

 絵本……絵本…あぁ、あの絵本か。確かにあの約束にそっくりだ、あのカリブーだか山羊だかよくわからない動物が広い広い草原で遊んでる……、約束は果たせたのだろうか、ずぅと果たす相手がいなかったせいですっかり忘れていた。

 いや…もしくはずっと約束を果たそうとしていたのかもしれない。

 擦り切れた脳から「うん。これでいい?」と声を搾り出す。掠れた声は外に出る前に散らばって消えてしまったが彼女はそれを捉えたのだろう。

「いいよ。生きていてくれただけで嬉しかったけどね」

 それを望んだのは君じゃないか。そう呟きそうになる。

 あれから長い長い年月が流れたのだろう、彼女が消えずにいてくれたことだけ、それだけが今の僕を…僕の心を支えてくれていた。たとえそれが幻だったとしても。

 無くしたものが多すぎた。自分で捨てたものもあればいつの間にかなくなったものもある。むしろ残ってるものがあった方が驚きだ。

 遠くに大きな雲があるのがわかる。黒い雲だ、それは僕らからどんどんと離れていく。

「他人だったのに、私のせいで…ごめんね」

 そうだ、最初は他人だった。

 でも、そうじゃなくなったのも最初の時だったはずだ。あの時からずっと一緒に居ようと決めた、その約束は守れなかったけど。心の中で「あの時から…」と呟く。誰にも聞かせないように。

 もはや風の音は聞こえず、どこからか響く彼女の声と僕は会話を続けた。

「いっぱい楽しいこともあったね。あー、懐かしい」

「たくさんあったね」

「うんうん。でも私ももうおしまいみたいだし」

「僕もさ」

「アンタはまだ元気な方でしょ。あたしより元から丈夫だし」

「もうくたくただよ…」

 終わりのない会話。

 この会話を終えたらきっと彼女は何処かへ行ってしまうから…。

「でも、こんな良い景色が見れたから…満足かな!」

「こんなんでいいの?」

「こんなんって…わかってないなぁ。フレームに収めても変わらない景色って貴重だよ」

「……ぁあ、カメラか」

「そうそうそう、カメラも見つけたんだ。そこに置いとくから、この娘が起きたら…」

「ちょっと待ってよ」

「何?」

 不安が言葉を締め付けた。

「何処にも、行かないで」

「無理、却下、馬鹿」

 なんでこうも彼女はあのままなんだろう。三つ目なんてただの暴言じゃないか。

 瞼の隙間から暖かい雨粒のようなものが溢れる。きっとこれも僕の一部だったのだろう。

「私はね、行かなきゃいけないんだ。大丈夫」

「何が、何が大丈夫なんだよ」

「近くにはきっといるから。この娘が起きたらカメラはあげるって伝えといて」

「………わかった」

 彼女の存在が薄くなっていくのを感じた。恐怖と焦りが強くそれと僕を呑み込んでいく。潰れそうな重力に息を切らしながら彼女に声を届けようと僕は必死にしゃべり続ける。

「今までどうしてたの?」

「知らない。ずぅっと待ってたんじゃないかな」

「僕を?」

「あんたらを」

「覚えてる? ほら、あの海のこと」

「……すっごい最近見た。覚えてたのよりずっと広かった、でっかいのね」

「見に行ったんだ、いいな」

「…………」

「えぇと…えっとね………」

 こんなにも僕は何もなかったのだろうか。

 声が途絶え、そして閉じた瞼の暗闇が感覚を奪っていく。風の冷たさも、茜色の空から注ぐ暖かい光も何もかもが消える。

「…………」

 それはもちろん彼女も何処かへ行ってしまうことだ。

 君は何処かへ行くけど、近くにいるって言ってくれた。だけど、それを僕が感じることができなきゃ、意味なんてないよ。

 太陽の光が僕に落ちてきている。おかしい。手には重ねた彼女の手の感覚と、暖かい大地の熱が戻ってきている。

 君の足音が遠のいていく幻聴に怯え、土を握り締める。

「あの頃からずっと…」

 君の背中だけが見える。遠くへ行ってしまうなら、せめてもう一度君の顔を…あの時のままの君を見たかった、振り向かせたかった。

「ずっと好きだったんだ!」

 喉から吐き出された言葉が草木を揺らす風に乗り、君の耳にかかった風を吹き流していく。

 僕の中の大事なものはその風と共に君へ渡った。それはずっと僕を支えていたなにかで、それはずっと長いあいだ僕を縛っていた足枷だったのかもしれない。

 遠くの君はそれを孕んで、そのまま闇に消えていくのだろう。振り向いてはくれない、静かに消えていく。

 これでよかったのだと、もうどうすることもできないのだと僕は静寂の中で自分に言い聞かせる。このままこの力ない自分が無理やりにでも君を追いかけてしまわないように。それは彼女の泣き顔を見に行くだけだと、泣き顔を見に行くなんてことは絶対にできないと。

 僕に残されたものはもうない、空っぽになった僕を吹き転がそうと風が吹く。それでもこの体を支えてるものはなんだ。

 すっからかんで、がらんどうで、意味もないこの体を地面とつなげてくれている根っこはなんだ。

 それはおそらく、君なんだろう。

 近くにいてくれている、僕の背中によりそって、君の体重で僕を支えてくれている。その重みを僕はこれからずっと感じて支えていかなくてはいけない。いや……今までずっと支えてきたんだ。

 ゆっくりと瞼が開く。あの大きな黒い雲がもうちっぽけな大きさになっていた。ちぎれそうな、手のひらに収めれそうなその雲を見て僕はゆっくりと立ち上がる。

 空はあの時の海のように青く青く広がっていた。

 僕らは眠っていた。そして今目覚めた。となりで眠っていた彼女の首にはカメラがかけられている、やっぱり君はここに来ていたのだ。

 その時、一際強い風が僕めがけて吹いた。

 あの髪を揺らした風、僕の言葉と大きな何かを連れて行った風。その風が僕に何かを送り返して来てくれたのかもしれない。

「………」

 長い風が僕と草を揺らす。そのざわざわとした音が響く中で、僕は届けられたものを見つけた。

「…ありがとう。」











 この街はあの時のまま変わっていない。

 私はのろのろと走る荷台に座りながらそう心の中で悪態をついた。

「先生、起きましたか?」

 運転手なのか騎手なのか曖昧な男が私に背中で話しかける。

「えぇ…、あとどれくらい?」

「まだまだです。寝てて構いませんよ、そのキカイってのを扱えるのは先生だけなんですから」

 荷台には私の他に昔の遺産、機械が積み込まれていた。旧文明の遺産でもある私は今、この街の発展の為にいそいそと働いている。

 その中には彼に言われたカメラもあった。眠るときに外したのだろう。現状ではこの中の写真を現像することはできない、せめてこの中の写真を見るまでは、私は頑張らなければいけない。

 あれから彼は各地のシェルターへ向かうと言った、きっとまだ彼はやることを見つけたのだろう。それからは一度も会ってない。

 離れていく崩れたモニュメントから目線を移し、正面に置かれたまっくろいブラウン管テレビを見据える。

 これを直して動かすのは容易いことだけど、この真っ黒い画面にはもう何も映らないのだろう。そこに映った私の顔を、私の目を見てあの時のことや記憶にない記憶を少しずつ思い出していく。

 私を映している。……なんてちょっとした冗談のようなことを思い、少し笑った、笑えたような気がした。

 一度終わった世界にも、まだ人は図々しく生きている。私も彼も、あの時に一度終わったのだ。その終わりの時に彼と私は夢を見た。

 今という夢か、それとも昔の夢か。でも、それに救われた私は今ここでまた新しい世界を作ろうとしている。それがまた同じことを繰り返すことになってしまうのかもしれないというのは知っている。

 それでも私は成し遂げる。

 この壊れたテレビが、もう一度私の心を映してくれるまで。

 ゆっくりと進行していた、このお話ももう終わりです。

 思いついたことを書き連ねてきただけなのですが、自分でもちょっと思わせられるところがありました。短い作品なのですが、ご覧いただけたのなら幸いです。

 登場人物には名前がありません。明確な外見のイメージもありません。

 そして二人はそれぞれの何かを成し遂げるために動き続けましょう。

 世界の終わりになにをする、です。タイトルの初期案は。

 それではまた、なにか機会があったら。卯月木目丸でした…。

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