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絶対に負けられない闘いがそこにはある―Fircas side

絶対に負けられない闘いの裏には女の策略がある

作者: フィーカス

 この小説は、八城さんの作品である「絶対に負けられない闘いがそこにはある」の、ヒロインサイドのストーリーです。

 一応これだけでも話は分かるようにしていますが、八城さんの小説を読んだ後のほうが、全体の動きが分かりやすくてよいと思います。

 ……というより、この話抜きにしても「絶対に負けられない……」は非常に面白いはなしなので、是非是非読んでください。私のお気に入りのところにありますので。

 4時間目終了のチャイムが鳴ると、教室は一気に給食ムードになる。

 給食当番は給食を取りに行き、配膳台をを準備する。その間、他の生徒は教室内の準備を行う。

 とはいっても、机をグループごとに……などということは今はやっていないので、ほぼ準備が整うのを待つだけだが。

 友達と話をしたり、ちょっとしたゲームをしたりしている中、4年3組の吉永雪子よしながゆきこはとある計画を立てていた。

 計画、といっても大掛かりなものではない。目的は簡単、「いかに給食を多く食べることができるか」。

 多く食べる、と言っても、別にやたらめったら、給食を2人前3人前食べようというのではない。せめて、4年生男子程度の量は食べたい、と思っているだけだ。

 小学生の中では、「男子は大食い、女子は小食」という固定観念が付きまとっているようだ。女子もそれを当たり前と思っているのか、否定することはない。

 そのおかげで、クラスの中でも男子と女子の給食の量に差が生じたりしている。男子は多く、女子は少なく。

 同じ給食費を支払っているのに、そんな不公平が許されるだろうか。それを疑問に思った雪子は、普段から給食当番に、自分の分だけは男子と同じ量にするようにお願いをしていた。

 事情を分かっている女子になら頼みやすいが、男子だとなかなかそうはいかない。話すだけで「大食いだ」などとバカにされるに違いない。別に大食いと呼ばれるのはかまわないが、それをバカにされるのは気分が悪い。

 そんなわけで、女子から雪子につけられた二つ名が「カロリークイーン」。別にバカにしているわけではなく、普段もっと食べたいと思っている女子からの尊敬の意を持ってつけられた二つ名だ。

 雪子がそこまでして給食を食べたい理由はもう一つある。彼女の母親は胸が小さい。貧乳である。たまたま性格重視の父親と結婚できたが、中学、高校時代の恋愛には胸のことで結構苦労したらしい。

 女にとって、胸はステータスの一つだ。最近は胸が小さいほうが……などという男もいるようだが、大多数の男は胸が好きだ。これは別にスケベだとか何だとかではなく、子孫を残すために遺伝子に仕込まれた、男のどうしようもない本能である。

 恐らく動物ならどれでも当てはまるだろう。ある一点が優れている相手を求め、その相手との子供を作り、その子供にその一点が優れた遺伝子を継がせる。そうやって、どんどんと子孫繁栄に優れた子供を残したいというものが動物の本能だ。

 その「ある一点」の一つが、人間では「胸」に当たるだろう。

 よく聞く言葉に、「人は顔じゃない」「人は外見じゃない」などという言葉があるが、私はそうは思っていない。顔は遺伝的に仕方が無い物があるし、それだけではその人というものは分からないだろう。どうしても顔が気に食わなければ、最悪整形手術を受けるしかない。

 が、外見はそうではない。例えば、いかにイケメンでも、ずぼらな格好をしていたらどうだろうか。その人がなんとなくずぼらな性格であるのではないかと察してしまうだろう。

 このように、外見は自分次第でいくらでも変えることができる。顔は不細工でも、元気に他の子に接していつもきちんとした身なりをしていれば、他の人も近寄ってくるし、いくら美人でも常にぶすっとしていれば近寄りがたい存在になる。

 胸だってそうだ。小学校4年生。今はどんな時期だろうか?成長期だ。つまり、今の時期にたくさんの栄養を取っておくことで、将来の成長に繋がる。この時期に栄養を蓄え、来る思春期にステキな彼をゲットするために、胸を大きくする努力をするのだ。大きくなってから胸がどうこう言っても手遅れである。そうなったら恐らく豊胸手術をするとかしなければならない。

 男子諸君、女の胸はこのような努力の結晶で出来ているといっても過言ではない。触る際は敬意と畏怖を持って触ることだ。決して気軽に触れるものではない。



 雪子がそのような思考をめぐらしながら友達と話していると、給食当番が給食を持ってやってきた。教室の前に準備された配膳台に食器や食事が置かれると、児童たちはそれぞれトレーと食器を手に、給食係に配膳をお願いする。

 まず、この配膳が勝負。今日の給食当番は……女子が3人。重い食器は男子が担当することが多いから……理想的な展開だ。

 あわてず騒がず、他の児童の後ろに並ぶ。順番が回ってくると、まずはトレーを取り、必要な食器を1つずつトレーに乗せる。

 今日のメニューは、牛乳、白ご飯、ビーフシチュー、野菜サラダ、牛乳プリン。牛乳は牛乳の係があらかじめ机に1本ずつ置いていっている。持っていく必要があるのは、残りのメニューだ。

 まずは野菜サラダ。これは友達の佐山春菜さやまはるなが担当してる。

「……春菜ちゃん、お願い」

「分かってるわよ。はい」

 回りの男子に聞かれないようにこっそり話す雪子と春菜。春菜は、女子が食べる量よりもやや多め、男子が食べる程度の量を食器に盛り付け、雪子に渡す。

「ありがとう」

「まあ、今日は安藤君が休みだし、もう少し多くても良かったんだけどね」

 そうだった。今日は安藤がおたふく風邪で休みだった。ということは、給食の全体量は1人分増えるわけか。

 恐らく、そのうち牛乳プリンは、男子が取り合うことになるだろう。その中に女子が入るのはあまり得策ではないし、2つ、ということは既に2人前だ。それだけ食べてしまうと、逆に栄養バランスが悪くなってしまう。砂糖も入っていることだし、成長期にあまり摂取したくないものだ。もっとも、それほど太ってなく、昼休みには活発に動く雪子にはあまり関係ない話だったが。

 牛乳の方だが、こちらもやはり男子が取り合うことになるだろう。とはいっても、牛乳プリンほど人気があるわけではないから、1人だけ立候補するか、あるいはせいぜい2人でジャンケンするか。カルシウムという栄養素には魅力的だが、ここは男子に譲っておこう。

 さて、配膳の続きである。次は、メインのビーフシチュー。担当は男子……か。仕方ない。通常の女子盛りで我慢しておこう。

「……あれ?」

 雪子は違和感を覚えた。隣の男子と、ビーフシチューの量が同じ位に見える。

 まさか、私が大食いなのを知って……。いや、気のせいだろうと思い、次に進む。

 次は牛乳プリン。担当は女子だったが、2つ取るわけにはいかないので、おとなしく1つだけトレーに載せる。

 最後はご飯。ここも担当は友人である渡良瀬秋子わたらせあきこだ。

「秋子ちゃん……」

「はいはい、早く食器わたしなさい」

 秋子は、渡された皿に普段よりも気持ち多い量のご飯を盛り、雪子に渡した。

「え、あら、こんなに……」

 男子盛りよりも、若干多めに見える、ご飯の山。

「だっていつも足りないって言ってるからよ。今日は安藤君休みだし」

「あ、ありがとう……」

 こっそりお礼を言い、自分の机に戻り、給食を置いた。



 さて、給食係の分及び先生の分は自分で自分の分を持っていくことが出来ないので、他の児童の何人かは2巡目の配膳を行うことになるが、ここで雪子はあることをひらめいた。

 ……次に配膳するものを男子の分といえば、メインのビーフシチューを多めにもらえるのでは?そうして多く貰っておき、自分の分と入れ替えれば……

 そう思うが早いか、すばやく2巡目の配膳に並ぶ。2巡目はあまり並ばずにトレーを手に取ることが出来た。他の人の分の配膳なんて、わざわざやろうと思う人はあまりいないようだ。これだから小学生は。

 無難にサラダを受け取り、問題のビーフシチュー。ここで言う一言はこれ。「これ男子の分なんだけど……」

 そう言えば、女子盛りよりも多めにもらえるはず。先ほどの量よりは、多くなるはずだ。

 前の人がビーフシチューを受け取り、次は雪子の番。皿を渡す際にすかさず、さっきの言葉を口にする。

「あの、これ男子のなんだけど……」

 ビーフシチュー担当の男子は、小さくこくりとうなずいた、ように見えた。皿を受け取ると、ビーフシチューを静かに注いでいく。

 お玉1杯と半分ほど入れたところで止め、それを雪子に手渡す。

「ありがとう……?」

 ビーフシチューの量を確かめる。間違いない。さっきと量が全く一緒だ。ビーフシチューの皿に描かれた、オレンジの細いライン、そのわずか下。先ほども同じだった。

 しかし、ここで異議を唱えるわけにはいかない。他人の給食なのに文句を言えば、完全に不審に思われるだろう。

 はっ、と何かを思い出し、ビーフシチュー担当の男子の顔を見る。

 ……しくじった。彼は平金礼司ひらがねれいじ。どんなものでも均等に、平均にしなければ気がすまない男だ。

 いや、気がすまない、というのは語弊になる。彼に任せると、何故かすべてが均等になってしまうのだ。

 テストの点も平均点だし、スポーツの成績もど真ん中。このような異質な彼を、人は「平均の平金」と呼ぶ。某アニメで密かに言われている「男女平等パンチ」という言葉も、彼が考案したとも言われているくらいだ。

 舌打ちをしたいのを我慢しつつ、牛乳プリンを取り、ご飯の配膳を受ける。そのとき、雪子は担当の秋子に呟いた。

「しくったわ……」

 ご飯をよそいながら、一体何のことかと秋子はトレーを見る。ああ、なるほど、そういうことか。

「まあまあ、私がご飯余分によそったじゃない。アレで我慢しなよ」

 そういってご飯を渡す秋子。だが、雪子は去り際に、不満そうにさらに呟いた。

「……秋子ちゃん、ご飯が多いからといって大きくなれるほど、この世は甘くないのよ……」



 全員分の配膳が終わると、先生がいただきますの挨拶をする。

 その直後、一部の男子たちがすごい勢いで牛乳プリンを食べ始めた。もちろん、クラスのみんなは何故彼らがそのような行動に出たのかは理解している。

 休んだ安藤の牛乳プリン、その争奪戦への参加をかけた、いわば「予選」だ。予選と言っても、ただ単に牛乳プリンを完食すればいいだけなのだが。

 このクラスでは、お替りをする際は既に対象の食べ物を完食していなければならない。よって、あの牛乳プリン争奪戦に参加するためには、何よりもまず、牛乳プリンを完食する必要があるのだ。

 そんなことは、牛乳プリンを特に意識していない雪子には関係ない。第一、あんな男子だらけのところで女子一人で乗り込むのは危険である。

 しかし、ここで考える。そういえば、今日あまっているのは牛乳プリンだけではない。牛乳、サラダ、ビーフシチュー。これらは、休んだ安藤の分―各1人前ずつ残っているはずだ。ただし、牛乳は別の男子が持っていってしまっている。

 それを察知した雪子は、ビーフシチューに手をかけると、先割れスプーンでものすごい勢いで食べ始めた。もう「飲んでいる」と言っても過言ではない。

 そう、雪子が参加したいものは「ビーフシチュー」の争奪戦だ。先ほど多くのビーフシチューがもらえなかった分を、ここで補う。

 その思いが、雪子の右手をフル回転させる。その争奪戦に参加するためには、まずこれを完食しなければならない。

 多くの女子はビーフシチューをあまり食べたがらない。カロリーが高いと感じているのだろう。

 だが、じっくり煮込まれた野菜に、給食ではあまり多く扱われない牛肉、そして、それらのエキスが溜まった栄養満点のシチューの汁。これらの魅惑の要素の上においしいと来ている。そんなものを敬遠するのはいかがなものだろうか。

 さらに言うなら、今日は洋食だというのに、主食はパンではなくご飯。あのすかすかのパンではなく、栄養的に申し分ないご飯が主食なのだ。食も進むと言う物。しかも、今回は秋子から多めによそってもらっている。この不均等なバランスを保つためには、ビーフシチューのお替りが不可欠だ。

 女子がお替りなんて行って大丈夫なのだろうか。そんな心配が飛んできそうだが、そんなことは心配不要だ。何しろ、そんなことよりもおもしろいことが、このクラスではこれから起こるのだ。

「牛乳プリン争奪ジャンケン」。毎日ほぼ全員出席という4年3組では、そうそう起こるようなイベントではない。

 しかも、そのメンバーも豪勢だ。雪子はビーフシチュー片手に、ちらりと参加者を見る。

 幼馴染の兵藤徹也ヒョウドウテツヤに、ジャンケンではほぼ負け無しの斎藤夜騎士サイトウナイト、ドッヂボールでのヒット率が高い牧田邦弘マキタクニヒロ、50メートル走では3組最速の国見翔クニミショウ、バスケットボールなどのスポーツでの機動力に定評がある早川玩駄無ハヤカワガンダム、おやおや、野菜知識では誰にも引けを取らない原口斗真斗ハラグチトマトまでいる。

 彼ら牛乳プリン争奪戦に参加したメンバーは、これらの武功を遂げたものに対してつけられる二つ名が与えられている。それぞれ「無敗騎士のナイト」、「豪腕の邦弘」、「神速の翔」、「起動戦士の玩駄無」、「赤い彗星のような斗真斗」といった具合だ。これだけの名を挙げたメンバーたちが競うの牛乳プリン争奪戦、注目されないわけがない。

(徹也君もあったはずなんだけど、何だったっけなぁ)

 などと思いながら、ビーフシチューを、時にご飯を交えながら食べ続ける雪子。



「最初はああああああああ!!?」

 雪子がビーフシチューを食べ終わった頃、夜騎士の高らかな開始宣言が告げられた。どうやら、あちらの戦場は戦闘が開始したようだ。

 全員が、その勝利の行方に注目している。愛するビーフシチュー、お替りなら、今。

 が、そのビーフシチューの入った寸胴の前に、一人の女子の影。あ、あいつは、自ら「カロリーキング」を宣言している宿敵、吉良原藍子きらはらあいこではないか。

 女子なのに「キング」と名乗るのはいささか不自然な気がする。だが、世の中「クイーン」よりも「キング」のほうが上なのだ。トランプではクイーンよりキングのほうが数字が大きいし、チェスにいたっては、クイーンは取られても不利になるだけだが、キングが取られればそれで試合終了だ。

 そして、藍子は逆キラネームの持ち主でも有名だ。男子には、これまでの時代では考えがたい奇抜な名前のことを「キラキラネーム」という。例えば牛乳プリン争奪戦に参加している斎藤夜騎士、早川玩駄無、原口斗真斗が該当する。このような奇抜な名前をつけられるのは育ちが悪いからだとか言われ、受験や就職などにおいて差別が生まれる可能性が示唆されている。そのような理由から、女子ではあまり奇抜な名前を持った人はいない。逆に、珍しい上に響きがかっこいい苗字のことを、「逆キラネーム」などという。逆キラネームの持ち主は、他の友人からは苗字で呼ばれることが多い。女子にはそのような逆キラネームを持っている人が何人かいた。

 そんなカロリーキングの出現。あまりの出来事に、藍子およびビーフシチューの入った寸胴を見つめたまま凍りつく雪子。その視線に気が付いたのか、藍子は雪子のほうをふと振り返る。そして、にやり、と口元を吊り上げた。

「あなたも来ればいいんじゃないの?来れれば。ただ、ビーフシチューが残っていれば、だけどね」

 そう言っているようにも見える、冷たい視線。

「「「「パー!!!」」」」

 響き渡るパー宣言を気にもせず、そのままゆっくりとビーフシチューの寸胴に視線を移すと、藍子はゆっくりとお玉を手にとり、ビーフシチューをすくっていく。

 藍子の皿にゆっくりと滴る、ブラウンカラーの液体。その動きに目を奪われる雪子。思わずよだれがたれそうになる。まって、あれは私のもの、私の皿にこそふさわしい神々の液体なのよ!

 だがそんな願いが藍子の心に届くほど現実はやさしくは無い。藍子は2すくいしたところで、寸胴を傾けて残りをかき集め、きれいさっぱり自分の器に移す。クラス内がタイミングあわせの最初のジャンケンでグーではなく、パー4人、チョキ2人という異常事態でざわめいている中、藍子は悠々と自分の席に戻っていった。

 私の……わたしのビーフシチューが……

 自らが大食い宣言をしているからこそできる、堂々とした行動。恐らく、あそこで誰かがジャンケンではなく、ビーフシチューのほうに視線を移したとしても、ああ、カロリーキングか、ということで済ませてしまうだろう。

 だが、雪子があの場に行ってしまってはどうなるだろう。大食いの女子が1人なら、それは「特殊な人」だと認識されるだけだろう。だが、2人となると「他にも大食いの女子がいるのでは?」と、このクラスの女子全体が大食い扱いされてしまう。そうなると、親友全体の迷惑になりかねない。

 計算されたカロリー、バランス、計画。それらを全て崩され、絶望の淵に落ちる雪子。ご飯はまだ半分以上残っている。これをサラダだけで消費するのは、バランス的に困難。

 そうだ、サラダ!なんとかこれで!

 ……が、ビーフシチューの寸胴の隣では、別の健康志向の女子数名によって、残らず掻っ攫われていった。男子は野菜にあまり興味がないが、女子は野菜を食べればやせると思い込んでいるようだ。だから、サラダに限っては男子は大食いの対象からはずしている。

 しかし、よく考えて欲しい。サラダには何がかかっている?そう、ドレッシングだ。生野菜をそのまま食べるならともかく、大量のサラダを食べるということは、大量のドレッシングを食べるということだ。このドレッシングのカロリーは馬鹿にはならない。これを知らない女子は、サラダさえ食べればよいという愚考にたどり着くのだろう。

 だから、サラダに頼るのは良くないと思っていた。が、その頼みの綱のサラダは完売。雪子は愕然とし、しばらく俯いていた。



「こんなのは無効だ!認められるわけが無い!」

 豪腕の邦弘がなにやら物言いをつけているようだが、雪子には関係がない。関係があるのは、計画していたカロリーを、いかに摂取するか。

 その雪子の異変に気が付いたのか、隣にいた佐山春菜が雪子の肩をつつく。

「ね、ねえ、雪子ちゃん、私、サラダちょっと多くとっちゃったから、ビーフシチュー、半分食べない?もう全部食べ切れそうになくって……」

 ……今何といった?

 ビーフシチューを……私に?

「……いいの?」

 愕然とした顔のまま、俯いた顔を春菜のほうに向ける。春菜はいつもは見せないその顔に驚いたが、すぐに言葉をかける。

「う、うん、雪子ちゃん、今日ご飯いっぱいよそったでしょ?だから、おかず足りないかなって」

 そういい終わるが早いか、雪子の顔は絶望から希望に満ちた表情になり、目は急に輝きを取り戻し、その両手は春菜の手をがしっとつかんでいた。

「あ、ありがとう!春菜ちゃん、愛してる!」

 謎の告白をしながら、雪子は春菜のビーフシチューを自分の皿に半分ほど移し取る。

「う、うん、よかった、元気になって……って、食べることとなると早いね」

 春菜は雪子の勢いに押されながらも、半分とは言わない量をとられたビーフシチューの皿を眺める。……ここまで取っていくとは思わなかった。

 そして雪子の方を見ると、さっきほどではないが、先割れスプーンの高速回転が始まった。



「おおっ!」

 どうやら牛乳プリン争奪ジャンケンに、何らかの決着が付いたらしい。戦場からは4人の敗者が、とぼとぼと自分の席に戻っていく光景が見れた。

 だが、雪子は別のことに思考がめぐっている。

 ……足りない。この量では、ご飯が消費しきれない。

 先ほど春菜から貰ったビーフシチュー。それは少し冷めた、友情と、涙と、そして自分の情けなさの味が混ざり合った、哀愁漂う味だった。

 うまくご飯、サラダと交互に食べたつもりだが、まだご飯が2割ほど残っている。これを牛乳と牛乳プリンで消費するのは、さすがにきついか。

 やはり、1人前分のビーフシチューが必要だったのだ。しかし、もう寸胴の中には残っていない。

 しかたがない、牛乳と一緒に食すか……そう思った瞬間、ふと隣の机に目が行った。

 隣は、牛乳プリン争奪ジャンケンに勝ちあがっている、幼馴染の徹也の席。その机の上には、皿にフルチャージされた、ビーフシチュー。皿に燦然と輝く、美しいブラウン色の液体。そこから少し顔を覗かせる、にんじんや牛肉といった具材。雪子の机の上にも、数分前には存在していた、美しい光景。

 雪子は、その美しい光景に見とれていた。牛乳プリンは欠けていたが、牛乳と、手をつけられていないビーフシチュー、ご飯、サラダの美しさ。給食の初期状態。雪子は、この初期状態が好きだった。このバランスが好きなのだ。

 だが、今日はこの光景を目の当たりにする機会はないだろう。なにやら生暖かい視線を感じたが、そんなことを気にせず、雪子はただただ、初期状態の徹也の給食を眺める。

 しばらく憧れに胸を躍らせていたが、徐々にそれを自分のものにしてしまいたいという欲望がにじみ出る。いいえ、ダメよ、雪子。あれは徹也君のもの。きっと、あの戦場から帰ってきたら、戦いの傷の癒しをあの美しい光景に求めるに違いない。

 自制心を保ちながらも、しかしながら溜まっていく唾液。ゴクリ、という音が自分の耳に響く。

 教室は、先ほどの喧騒がすこし納まっていた。何故なら、牛乳プリン争奪戦の最終決戦が、間もなく開戦しようとしていたからだ。

 徹也は、まだ争奪戦の戦場の中。もう少し戻ってこないだろう。あのビーフシチューを争奪するかどうか。心の中の雪子の良心、悪心が欲望との葛藤を繰り返す。

 そのとき、教室中に徹也の声が響き渡る。

「夜騎士!!お前を!!倒す!!!」

 校内中に響こうかという声は、ビーフシチューに集中していた雪子の耳にも届いていた。

 ……そう、そうよね。

 徹也君は、自分の将来のために戦っている。そして、あの戦場の真っ只中。

 私も、将来のため、将来の私のために戦わなければならない。

 豊かな胸、そしてそれを以ってステキな男をゲットするために。

 クラスの視線は、争奪戦戦場の真っ只中にいる二人に向けられている。そして当人たちは、お互いの最終決戦のことしか頭にない。

 やるなら、今。

 そう。私は誓った。


 ビーフシチュー!!お前を!!食す!!!



 さて、あのビーフシチューを食すといっても、まずは徹也君のビーフシチューを、何とかこちらまで持ってこなければならない。

 恐らく、それは大丈夫。まだ、最終決戦は始まってすらいない。クラスの視線は、いまだ戦場。

 後は、自分の皿をどうするか。このご飯の量からすると、ビーフシチューの必要量は、恐らく3割。

 大丈夫、3割ほど食べて、すぐに戻せば、きっと徹也君も気が付かない。

 ……ひとまず、不自然にならないように、徹也君の皿と私の皿を入れ替えてしまおう。さすがに2枚の皿が1つの机にあっては不自然だ。

 周囲を見渡す。恐らく、皿から皿へ移し変える余裕は無い。直接食べたほうがいいだろう。

 ……ただ、間接キスはあまり嬉しくない。まあ、ビーフシチューをそのまま自分のスプーンで食べてしまえば、その唾液はビーフシチューに入り、それを徹也君が口にしてしまうわけだが、今の状況でそんなことは気にしてられない。雪子の席は一番後ろだから、ほとんど気が付く人はいないだろう。ならば、行動は迅速に。


「徹也、俺はグーを出すよ……」

 どうやら斎藤夜騎士が心理戦を仕掛けているようだ。だが雪子は別のことを考えている。

 徹也君、私のおなかはグーっと鳴っているよ。

 周囲を警戒しつつ、すばやく徹也のビーフシチューに手を伸ばす。

 ……が、不意に冷たい視線を感じた。

 ふとその視線の向け先を見る。藍子だ。自称カロリーキングの、あの藍子がこちらを見ている。

 藍子は少し驚いた表情をしていた。まさか、自分がビーフシチューをお替りできなかったからといて、他人のビーフシチューに手をつけようとは思っていなかっただろう。しかし、その驚きの顔はすぐにまっすぐ見つめる視線へと変化した。

 先ほどの冷たい視線とは違う、なんだか、逆に暖かすら感じる視線。

 ……そこまでやるのか?

 ……後悔しないか?

 そのような視線である。

 驚きか、哀れみか、蔑みか、あるいは、期待か。様々なことが混ざり合う視線。

 だが、そんな視線を気にしていてはいけない。勝負は今なのだ。こちらも驚いた顔をしていた雪子だが、決心が決まると、決意の表情を藍子に投げた。

 藍子に向けた視線を、徹也のビーフシチューに移す。そして、すぐさまそのビーフシチューの皿を右手に取り、左手の自分の皿と入れ替える。

 この間、わずか2秒。音を立てず、空気すら動いていないと錯覚するような、俊敏な動き。

 すべての作業を終え、初期状態のビーフシチューに自分のスプーンを突っ込む。改めて、雪子は藍子のほうを見た。その顔は、何かを成し遂げたような、さわやかな顔。

 藍子も、その顔を見て何かを安心したような表情を見せる。まるで、「それでこそ私のライバルだ」というような。そして、そっと牛乳プリン争奪戦のほうを向いた。



 ようやくたどり着いた。

 この給食という、自分を高みに進めるための儀式の最終段階。

 その最後のパーツ、ビーフシチュー、しかも完全形態が、雪子の目の前に存在していた。

 恐らく、このビーフシチューの姿を見られるのは、次は1ヵ月後か、はたまたもっと先になるに違いない。

 しばしの堪能。今すぐに食べたいという衝動と溢れ出す唾液を押さえ、ビーフシチューを眺める。自分に向けられた複数の視線など、もはや関係ない。

 すばやく作業は終えたものの、やはり気づかれていないかは心配だった。

 そっと、争奪戦会場に目をやる。

「ジャン!」

「ケン!」

 会場ではとうとう徹也と夜騎士の最終決戦が始まっていた。大丈夫、これならきっとまだばれていない。

 だが、最終決戦が始まったということは、すぐさま徹也が戻ってくる可能性もあるということ。すばやく先割れスプーンを手にすると、"徹也の"ビーフシチューに手をつけた。

 ……これは!?

 お、おいしい。

 何故だろう。既に配膳から数分経っているが、外は冷めているもののまだ中は暖かい。

 先ほどは哀愁たっぷりだったビーフシチューが、何故だろう、勝利の味がしてくる。

 止まらないスプーン。ご飯も食べているが、既に目標量の3割は過ぎている。

 5割食べ、7割食べ……止まらないスプーン。もうご飯は残っていないのに、必要に胃袋に吸い込まれるビーフシチュー。心の中で叫ぶ。もうやめて、ご飯の残りはとっくにゼロよ!

「「アイコで……!!」」

 そう、藍子よ、藍子のせい。あいつさえビーフシチューを全て持っていかなければ、こんなことにはならなかったのよ。あとビーフシチューおいしすぎ。恨むならあのカロリーキングを恨んでちょうだい、徹也君。

 もはや食欲の権化となってしまった雪子は、分けの分からぬ理論で自分を正当化してしまっている。隣にいた春菜が口をあけ、持っていたスプーンを落としたまま凍りついている姿は目に入らなかった。


 

 からん、とスプーンが皿に落ちた音がした。その音で、雪子は我に返える。

 目の前にあるのは、数分前には燦然と輝いていたはずの、荒廃しきったビーフシチューの皿。

 少し震えていることが分かる。いや、これはきっと自分のビーフシチュー。徹也君のは、まだフルチャージされたままだ。きっと、そう。今までのは、私の妄想。私があんなに食べられるわけが無いじゃない。

 そっと隣の徹夜の机に目をやる。雪子のと同じく、きれいさっぱり無くなったビーフシチューの皿が、敗戦の将のようにひっそりと息を引き取っていた。

 ……やってしまった。本当は3割ほど食べて返すつもりなのに。

 そこに、突然の視線。体中に走る、電撃のような感覚。

 びくっとしながら前を向くと、涙目の徹也の姿。察するに、どうやら争奪戦に敗北したようだ。

 まずい、これは何か言わなければ。必死に言い訳を考える雪子。

「あ、えっと、徹也君のビーフシチュー、あれ?あの、違うんだけどな……」

 徹也は何も言っていないのに、お前が食べたのかと問いただされたような言い訳。

「た、食べた?徹也くん、さっきビーフシチュー食べてたよね?食べてからジャンケンしに行ってたよね?」

 徹也の顔を見ていると、徐々に魂が抜け抜けていくように見えた。

「うん。あれ?違ったかな?あれ?なんでだろうね、おかしいよね、えっと、あれ……?」

 しどろもどろで支離滅裂な言い訳。だが、その言葉が耳に届いたのか届いていないのか、元気なく席に着く徹也。

 しばらくすると、先割れスプーンでご飯をちびちび食べながら、牛乳をゴクリと一口。それを繰り返している。どうやら、サラダは目に入っていないようだ。

 あまりの落胆振りに、雪子は自分のしでかしたことの重大さに気が付く。これは何らかの埋め合わせをしなければ。

 そうだ、牛乳プリン。たしか、徹也君は、牛乳プリンを争奪していたんだ。

「あ、あの、徹也君、たしか牛乳プリンが欲しかったんだよね。私の、あげるから、ね、元気だして」

 だが、徹也は受け取るどころか、雪子のほうを向こうともしない。ただ、ご飯と牛乳をちびちびと食べる作業をしているだけだった。

 ……これはどうにもならないな、と思いながら、雪子は自分の牛乳プリンの蓋を開けた。

 その先に見えたのは、真っ白な牛乳プリンと、徹也の寂しそうな顔。口に入れれば、何故かビーフシチューの味。

 ふと、春菜の助けを求めようと、左側を向く。春菜は口をあけ、スプーンを持ったままぽかーんとしている。

「……あの、春菜……?あのね、徹也君が元気が無いんだけど……」

「そりゃあたりまえだろっ!」

 前の秋子の席から、ぽかりとチョップが飛んできた。


 雪子がカロリーキングの名を貰うのも、そう遠くない話だろう。

 さて、これから徹也君とどう接していけばいいのだろう。

 窓を遠く眺めていると、昼休みを知らすチャイムが鳴った。

 たまには他の人の小説のキャラを使った小説を書く、というのも面白いものですね。

 特に「絶対に負けられない……」の雪子のキャラは、感想にもたびたび取り上げられるくらい面白い動きをしていたので、書くのが楽しかったです。

 今度は別のキャラについても書いてみたいと思います。「斗真斗外伝」とか、なんか無駄にかっこよくないですか?


 この小説を書くに当たり、快く小説アップの承諾をしていただいた八城さん、ありがとうございました。

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参考小説:絶対に負けられな闘いがそこにはある(原作:八城)
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