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五年前、親父の暴力にすぐに気付けなくてごめん。四年間、独りにしてごめん。
怪我は残ってないか? もう、いたくないか? ひとりで泣いてないか?
そばにいてやれなくて、ごめんな……。
僕は「気付かなかった」って言い訳にしてひかりをひとりにした。
痛い思いもしただろう? つらかっただろう?
親父に立ち向かえるのは僕しかいなかったのに、逃げてしまってごめん。
逃げてしまって、親父にも向き合わなくて、ひかりを傷付けて本当に、ごめんな。
もう、ひかりは痛い思いはしなくていい。しなくていいんだー……。ひかりが自分を苦しめる理由も、ひかりが苦しむ理由もこの世界のどこにもないんだから……。
お母さんがいなくなってからお義父さんは変わった。
お酒をいつでも飲んで、いつも私を殴った。蹴った。
すごく痛かった。すごく、悲しかった。泣いても叫んでもお義父さんは毎日毎日それを続けた。
そしていつもすごく辛そうに言った。苦しそうにそれを吐き出した。
「どうしてひなたが死んだんだ!? どうしてひなたなんだ!? どうしてー……?」
毎日毎日、私は殴られた。私は毎日怪我が増えた。
でも、お義父さんは苦手だったけど嫌いになれなかった。
お母さんへの言葉やお母さんへの愛は偽りなかったから。
私の大好きなお母さんの愛した人だったから。
その涙や悲痛な叫びに嘘はないと信じたかったから。
そんな毎日での支えは紛れもなくお兄ちゃんだった。お兄ちゃんが居たから私は我慢出来た。お兄ちゃんが居たから私は頑張ろうと思えた。お兄ちゃんが居たから……。
でも、お兄ちゃんは……。私が14歳の時……。お兄ちゃんの18歳の誕生日に……。
「な、な、何してるの?」
「ひかり……」
血の赤に染まった手。滴り落ちる血。床は目をそらしたくなるほどの赤で、その中でお兄ちゃんは……。
「何、したの?」
倒れている、お義父さん。溜まっていく血だまり。震える体はどうしようもなかった。
「ひかり……」
大好きなお兄ちゃんなのに……。お兄ちゃんが近付くたびに私の震えは大きくなった。
「悪い、な。怖がらせて。ごめんな? ひかり」
いつもと何も変わらない、私の大好きな優しい、優しい声だったのに……。
「僕は行くから……。ひかりはもう泣かないで?」
最後まで心配していたのは私のことだったのに……。私はお兄ちゃんを引き止めることも、お兄ちゃんについていくことも出来なかった。いや、しなかった。あのときの私は、ただ、現実を受け入れたくなくて必死だった。
「おめでとう」
そう言って、笑うはずだったのに……。
思い出して1つ深いため息をついた。
皮肉なことに、と私はカレンダーをみた。
今日はお母さんの命日で、お義父さんの命日であった。そして、お兄ちゃんの誕生日でもあった。
私は再び手紙に目を落とした。2枚目は読み終わったみたいだ。私は恐る恐る三枚目を一番上にした。




