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闇に鴉  作者: みくも
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14 裏返す

14 裏返す


 ラーナはフェレスと繋がっている。それは間違いないようだった。

 そのフェレスが、両親を殺したなら。

 アルデアは決して、同情を見せたりはしなかった。寂しいことだと、ラーナのために悲しげに笑ったりしなかった。

 解ってたんだ。

 フェレスが、両親を殺した犯人でないことを。それはつまり、本当に殺した人間を、知っていると言うことだ。

 そう俺は、感じていた。

「それで? これからどうする」

 使い込まれた木の棒で自分の肩をトントン叩き、ルプスが問う。それに俺は、粉まみれの手で顎を触って考えた。

「どうしよう」

「スープで煮れば、何とかなるんじゃないですか」

「それだよ、ペクトゥス。俺さ、大変なことに気付いたんだ」

 もはや武器。幅広の巨大な包丁を手に持って皇子の侍従が提案したが、それには致命的な問題があった。そう、この世界には醤油がない。ついでににぼしも、おかかもない。

 ダシ、作れねえ。

 そう告げると、男達は非難にわいた。

「なんだと! うどんとやらはどうなる!」

「そうだよコルウス! ボクだって、たのしみにしてるのに!」

 麺棒を振り回すルプスに続いて、ケロリンが眉を下げて首を振る。しかし不本意さの度合いでは、絶対に俺が勝っていた。

「うるせえよ! ダシ以前に、うどんは白いもんなんだ! 誰だよ、麺の中に卵入れたヤツ! これじゃパスタになっちゃうだろ!」

 調理台で平たく伸ばされ、トントンと細長く切り分けられる麺を指さす。何だか黄色い生地と向き合っているのは、論争に参加せず一人静かに包丁を握るペクトゥスだ。

 思ってたのと違う。前に見た料理番組では、もっとこう……何か、違っていたはずだ。

 ことの発端は、まあ俺だった。

 ちょっとした事情で朝はパンをかじっただけだったので、当然お昼を待たず割と早い段階で空腹を覚えることになる。何となくだ。何となく、不意にうどんが食べたくなった。

 そう言えば最近、あっさりしたものを食べてない。こっちの料理は基本的にこってりとして重いから、食文化の違いだろう。

 いいかい? あっちの世界にはうどんと言う、人間を魅了してやまない料理があるんだよ。シンプルながらそれはそれは奥深く、聖地SANUKIでは料理人達がしのぎを削る群雄割拠の戦いが日々くり広げられ――。

 って言うどうでもいい話を、ちょうど一緒だったリュンクスに聞かせて空腹をまぎらす。

 ケーキやクッキーがあるんだから、それっぽい粉はあるはずだ。塩と水でひたすらこねてグルテンを目覚めさせ、あとは一度湯掻いてから麺をダシに放り込むだけでいい。

 多分、そんなことも言ったんだろう。

 そのあと午前のおやつをもらい、昼食を食べた。午後になり、皇子が執務室に現れる。

「グルテンとやらを目覚めさせる、うどんと言う名の群雄割拠の戦いがあるそうだな!」

 溌剌と腹の底から声を出すルプスは、片腕に愛娘、もう片方の腕に完全なる業務用サイズの粉袋を横抱きにして現れた。

 違う。それ、絶対違う。

 懸命の否定と説得も、効果はない。戦いに目がないふざけた皇子はペクトゥスに命じ、嫌がる俺を執務室から引き摺り出した。

 連行された厨房は、珍しいもので一杯だ。

 薄茶のレンガで作られた壁に、ずらりとぶら下がる調理器具。大小様々の鍋や、ボートのオールに似た巨大しゃもじ。大型動物を丸焼きにするための、槍みたいな鉄製の串。

 壁には搬入口を兼ねた大きな窓があり、反対側の壁際は煮炊きのためのスペースだ。床で燃える火の上に鉄製の横棒が渡されて、フックで吊るした鍋からは湯気が上がる。

 食材がのった広い調理台は、忙しく働く人達に囲まれていた。顔には出さないが、絶対迷惑に決まってる。皇帝一族って多分、厨房に入るもんじゃないんだよ。

 途中、鳥番からもらったと言う卵を手みやげにケロリンが合流。ヤツも最初は手伝うつもりだったようだ。粉の入ったボウルの周りをうろつくも、一切役に立たなかった。

 うどんは戦いだと信じるルプスによって戦力外通告を受け、同じく隅にやられたリュンクスの隣へ戦線離脱することになる。

 そして、今に至ると言うわけだ。

 ちなみに、俺はもう別に腹は減ってない。お昼食べちゃったもん。それなのにぎゃあぎゃあと非難を浴びてまで、どうしてこんなことをしているのか。本当に、腑に落ちない。

「随分、賑やかだな……」

 あっけに取られたように言い、現れたのはこれも厨房には不似合いな騎士の姿だ。軍服の背中を隠す髪は、ピンク掛かったプラチナブロンドのグラデーション。

「ロートゥスか。休暇中だと思ったが」

「これは、殿下」

 声を掛けたのがルプスだと知って、ラーナは膝をつこうとする。しかし俺達が荒した厨房の床は、かなりひどいことになっていた。リュンクスが気付き、慌てて止める。

 礼を取れずにラーナはかなり困ったようだが、皇子も姫も気にしたふうはない。ペクトゥスが麺を切り終え、包丁を置く。

「どうも。休暇中は、休むものだそうですよ。何か、ご用でも?」

「もう十分過ぎる程に休ませて頂きましたし、部下の様子が気になりましたので。ドゥクス=イーグニスへご挨拶に伺ったら、コルウス殿がこちらだと」

 それで、顔でも見にきたとでも言うのだろうか。朝も屋敷で会ったのに。

 何だろう。首をひねる俺を、ラーナは大きな窓のそばへ呼ぶ。

「今朝は、殆ど食事を取っていなかった。具合でも悪いのかと、気になって」

 心配だった、と言うことだろうか。その言葉に、しかし俺はうっすらとした笑みを顔に貼り付けた。ああ、うん。言えない。

 それは夜中にウメルスの役宅に連れて行かれて、彼女がフェレスの間者だと教えられたからだ。などとは、さすがに言えない。

 本人を前にへたなことを言いそうで、朝はガチガチに緊張した。パンをかじるのがせいぜいで、だからお腹がすいた。そしてうどんが食べたくなった。だから、こうなった。

「ラーナ、いいダシ知らない?」

 責任を取ってくれないだろうか。そんな考えが頭をよぎって、つい、ぽろりと出た。


   *


「ラーナ様が、探していたようよ」

 あと片付けはいいからと厨房を追い出され、執務室に戻るとアルデアが言った。部屋の中には彼女一人で、書類から顔を上げもしない。

「ああ、会った。パスタソース作ってもらったよ」

「ぱすた? 戦うのは、うどんと言うものではなかった?」

 いや、うん。戦わないけど、まあそうだ。

 ダシのことは解らないと、ラーナは手際よくクリームソースを作ってくれた。麺との相性を考えたらしい。湯掻いた麺に掛けて食べると、「うまい」の声がいくつも上がった。

 確かにおいしいかったけど、あれに似たカルボナーラと言うものを、俺はかつて知っていた気がする。

「ラーナって、騎士になりたかったのかなあ」

 アルデアの机とは逆の端。執務室のソファに転がり、呟いた。その俺を、彼女はやっと顔を上げて見る。

「急に、なに?」

「料理、上手だったよ」

「料理のうまい軍人も、いるでしょう」

「……うん、そうだな」

 だけど鍋の前に立つラーナの姿は、料理の上手な女の人。ただそれだけに見えた。

 家庭を守ることが似合いそうで、戦いなんて不似合いで。堅苦しく重い軍服が、彼女を苦しめているように思えたんだ。

 それは小さなトゲのように、俺を刺していら立たせた。

 ラーナは、なりたくはなかったんじゃないか? 騎士になんか、軍人になんか。

 こんなにも穏やかで、こんなにも悲しい人なのに。

 ――だとしたら、フェレスだと思う。

 どうしてだろう。どうしてフェレスはあの人を、苦しむ道に行かせたんだろう。

 どうしようもなく、あの男にムカついた。

「お嬢さん!」

 呼んだのは、急き込みながらも辛抱強く抑えられた声だった。

 ウメルスは執務室に飛び込むと、後ろ手に閉じた扉に背中でもたれる。自分の体で、入り口をふさぐ格好だ。人を食ったような、いつもの余裕めいたものが今はない。

 こんな彼は初めてだ。困惑と狼狽がそうさせたと、すぐに知った。

「たった今、ラーナ・ロートゥスが身柄を拘束されました。嫌疑は、ワースティタース領主、コメス=ガッルス・イーグニス殺害についてです」

 イーグニス?

 その名前は、俺でさえもギクリとさせた。胸を騒がす音を立て、椅子が倒れる。

 はっとして顔を向けると、アルデアが呆然と立ち尽くしていた。その表情にじわじわと、事態の深刻さがしみ込んで行く。

 ガッルス・イーグニス。

 彼は、イーグニス家の領地を守る領主だった。死んだのは、アルデアの従兄弟だ。

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