表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇に鴉  作者: みくも
12/20

12 結わう

12 結わう


 額の紋章と揃いの石は、拳ほどの大きさだった。俺をこの世界に留めるために、アルデアが持っているはずのもの。

 なぜ、ここにあるのか。俺はこれを、持っていたくない。とにかく持ち主に返そうと、ゆらゆら赤く光る石を手に部屋を出た。

 最初は、気のせいかと思う。

 しかし食堂へと足を進める内に、自分が段々と近付いていると気付く。それは扉を閉じた書斎から、もれ聞こえているようだった。

 廊下まで聞こえてくるのは、言い争うような声だ。内容までは解らない。低く響く音の調子が、そんな印象だっただけで。

 声がやみ、扉を開いてクルースが出てくる。書斎は主人のものだから、中に残っているのはアルデアだろう。

 この二人が争うなんて、初めてだ。反射的に身を隠し、手の中で光るものに目を落とす。まさか、これの紛失が原因じゃないだろうな。

 どうしよう。そろりと書斎の前を通る瞬間、足が鈍った。そのタイミングで、ドアが開く。

「コルウス」

 開いた扉に手を掛けて、呼ぶアルデアは俺の手の中に視線を注いだ。どうしたのかとも聞かれないから、先手を取って石をつき出す。

「部屋にあった」

 彼女はそれを受け取るのも忘れ、くるりと背中を向けて書斎に戻った。書き物をするための机に飛び付き、引き出しを掻き回して真鍮の鍵を探し出す。

 彼女は壁に作り付けた棚へ駆け寄ると、本を床に落として取り除いた。そうして空にした棚の奥、壁側の板を探るように押す。と、ある一点で奥の板がガタリと動いた。

 特定の場所を押すと、浮き上がる仕掛けのようだ。板で隠されたその裏からは、頑丈そうな鉄の扉が現れる。隠し金庫だ。

 ヒマに飽かして屋敷を調べたことがあったが、さすがにこれはノーチェックだ。凄い、けど。この緻密さは、多分あんまり意味がない。だって鍵、部屋の中にあったもんな。

 防犯意識があるのかないのか。俺が内心あきれる間に、アルデアは鍵を使って金庫を開けた。中はそれほど大きくなくて、数枚の書類と重そうな革の袋があるだけだ。

 石もここに入っていたのだろう。彼女は難しげな顔で革袋を調べるが、中の金貨は減ってもいないようだった。目的は、石だけ。

 家の中に長くいようと、見咎められない自信でもあったのか? 本の移動は時間を食う。

 一度開けられたはずなのに、主人や執事は違和感を持たなかった。なら金庫を隠す本の並びさえ、再現して戻したかも知れない。

「言っとくけど、俺じゃないからな」

 金庫の中に石を戻して、一応無実を主張しておく。もしも素直に元の世界に帰っていたら、全部俺がやったことになっただろう。

 そしてこれは、偶然か? ゲムマを割れと言われた夜に、それが俺の部屋にあった。多分、間違いない。これを盗んだ人間は、リュンクスをそそのかしたヤツと繋がっている。

 アルデアは、しかしその扉を閉めなかった。鉄の箱の中、ゲムマの光を見つめて「帰ってもいいわ」と俺に言う。……急に、何だ?

「誤解してるよなあ。何でみんな、俺が帰りたがってるって思うんだよ」

「だからと言って、ここにいたいわけではないでしょう。なら、帰って。これ以上いると、死ぬことになるかも知れないわ」

「いいよ、別に」

 言葉が口を離れた瞬間、頬が熱く痛んだ。アルデアが、思い切り俺を叩いたからだ。

「冗談でも、二度と言わないで」

 腹を立ててることは多分、目じゃなくて肌で感じた。毛が逆立つんじゃないかってくらい、彼女は明らかに怒っていた。だけど。

「なあ、それだけか?」

「もっと殴られたいの? もの好きね」

「違うよ。イラついてるのは、俺にだけ?」

 問うと、アルデアの息が止まった。ゆっくりとこちらに向いた目は、忌々しげに細められているようだ。

「……まったく」

 薄紅の柔らかそうな唇が、大袈裟なため息をこぼす。それは、俺の確信を深めた。

 ある意味で、自信があった。

 いつも隣で眠るアルデア。悪夢に怯える子供のようだと、なぜだか守ってやりたくなった。身勝手で、きっと俺より強いのに。

 彼女は俺に依存して、やっと自分を保っている。ずっとそう感じてた気がする。ペットに飽きて、だから捨てる。そんな理由で手放そうとするとは、どうしても思えない。

 彼女は再び机に近付くと、筒状に丸まった紙を手に取る。それを、乱暴に投げて寄こした。さっき受け取った手紙だろう。一度目を通したらしく、蝋の封印は割れていた。

 読めない、と言う前にアルデアが補う。

「従兄弟からよ。イーグニス家の家督を譲れと言ってきたの」

 吐き出して、彼女は窓際のソファへ乱暴に座った。肘掛けに腕をのせ、髪を揺らして傾く頭をほっそりとした指が物憂げに支える。

「もしも争うことになったら、あなたはわたくしの弱みになるわ。きっと脅しの道具にされて、最後には、殺されるでしょうね。要求をのむわけには行かないもの」

「ああ確か、家潰したほうがマシな人だっけ」

「そうよ。そうでないなら、譲ってもいいの。本当に愚鈍だわ。時機を逃して、今ごろになってこんなこと。最初から言えばよかったのよ。そうすれば、わたくしだって……!」

 熱を帯びかけた言葉を、はっとしたようにアルデアは止めた。

 思えばいつも、こうだった気がする。わがままなようで、しかし実際の彼女は本心をほとんど見せようとしない。

 聞きたかった。本心を。

 多分、俺なら。解る。解るんだ、俺は。

 根拠はない。ただ強く、直感した。

「そうすれば、何?」

 誘う。

「……そうすれば、当主としての責任を知る前なら。わたくしだって逃げ出せたのよ」

 全てを捨てて。先の見えない、無限によく似た日常から。

 ――ああ。

「解る気がする」

 胸の奥を震わすような、共鳴とでも呼ぶべきものが俺に言わせる。それはしかし、アルデアのプライドを引っ掻いた。

「なにが、解るの。あなたに? なにが」

 ひそめた顔を上げ、立ち上がる。ドレスの裾をもどかしげに乱しながら詰め寄って、俺を壁ぎわに追い込んだ。

「この家だけではないわ。わたくしの失敗で、数え切れない人たちが人生を失うの。時には、命まで。この責任が、解るかしら。息もできないくらい恐ろしいの。いつも、胸が潰れそうになるわ。ねぇ! あなたに、解る?」

 アルデアは詰め寄って非難しているのに、俺の胸に置いた両手はまるですがり付いているかのようだ。間近から見上げる大きな両目が、涙をこぼさないのが不思議だった。

 抱きしめたかった。抱きしめる代わりに、甘く輝く頭に手を置く。

「いや、ごめん。それは解んない」

 言った瞬間、アルデアの手が拳を作って胸を叩く。結構痛い。再び、ご立腹の様子だ。

「……怒んないでよ。そうじゃなくて、俺達の魂が繋がってるって、あの話。今なら、解る気がするよ。似てるんだ、俺達は」

 それとも、同じと言うほうが正しいか。

「ずっと、逃げたかったんだ。全部置いて、全部捨てて。逃げるべきものは何もないのに、ただ逃げたい。――そうだろ? アルデア」

 俺の言葉に、琥珀の目が色を深める。

 理解した。理解されたと、強く感じる。

「……愛されなかったわけではないの」

 解るよ。

「ここにいていいって、知ってたわ。でもきっと、わたくしでなくてもよかったの。たまたまそこに空席があって、最初に座ったのがわたくしだっただけなのよ」

 だってそれは同時に、俺のことだ。

 特別な不満があるわけではない。家族として、大事にさえしてくれる。それでもこんなふうに思う俺は、何て人間なんだろう。

 だけど苦しい。答えはない。ただの偶然だけじゃないか。俺が息子であり、弟であり、クラスメイトである必然は何もない。

 まるで何も見えない暗闇の中。俺が俺だと言うことを、知っているのは俺だけだ。俺が俺だと言うことに、価値があるのは俺だけだ。

 ここにいてもいい。だけど、ここにいてはいけない気がした。逃げ出したかった。

「かなっちゃうんだもんなー」

「責めているの?」

 強い口調と反比例して、アルデアは心配そうに俺を見上げた。

 自分の願いは卑怯な望みだと、俺達は知っている。だから苦しい。異世界に呼ぶことで、俺の願いをかなえたのは彼女だ。

「俺は、これでよかったんだ」

「必要だったの。わたくしには」

 アルデアは、逃げられなかった。両親を失い、その責任を受け継いだために。さっき自分で言っていた通りだ。一度託されたものを、見捨てることはできなかったろう。

 けれどもそのことは、彼女の心を潰し掛けたに違いない。だから、逃げる代わりに。

 最も近しい魂の、互いが互いでなければならない唯一の相手。それが彼女に必要だった。

「解ってる。俺達は、同じだから」

「そうね。わたくしたちは、似ているわ。きっと、だからね。どうしようもなく愛しいのと同時に、なんだか傷付けてみたくなるの」

 花のように笑って、物騒なことを言う。

 それでも愛しいって部分は賛成だから、やっぱり俺もどうかしているんだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=815016794&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ