11 私語く
11 私語く
おかしいとは思ってたんだよ。
いや、ホント。だってアルデア、ちょいちょい俺の夢にコメントすんだもん。
夢の共有は、最も端的な魂の繋がりだと聞いた。それは近しい魂の証拠であり、その二人、つまり主人とペットの本質は似ている。
だからやっぱり、俺には解らない。
「自分と同じものを、どうしてペットにしたがるんだ?」
「いやぁ、ちょっと。子供に聞かせる話じゃないかな」
意外に黒そうなことを言いながら、はっはっは、とケロリンは笑う。
ティーカップを傾けるその横では、ウメルスが焼き菓子をむさぼっていた。先日の菓子折りで、すっかり甘いものに目覚めたらしい。
しかし、俺の目当てはちょっと違う。
羽を広げた大きさは二メートル越え。頭と尻尾の羽が白く、ほかは濃淡入り混じった褐色だ。足はヒヨコみたいに黄色いくせに、その指の先には凶悪な鉤爪がくっついている。
うわあ、もう。かっこいい!
すっかり鷲に魅了され、俺はしょっちゅうケロリンを訪ねた。
でっかい鳥の横でお茶を頂くのが楽しみだったが、毎回ウメルスが付いてきて、用意されたお茶菓子を食い荒らすのがパターンだ。
ドゥクスの補佐役として登城するようになり、彼の服装は改まった。それでも頭に巻く派手な布は相変わらずで、浮いた感じがいなめない。それに、やっぱり彼は彼だ。
俺が納得してないことを、察しているようだった。ウメルスはつまんだクッキーを元の器に投げ入れて、口を開く。
「あるらしいぞ、理由はいろいろ。自分と似た者を人形にしたい。言いなりにさせたい。痛め付けたい。自己愛の投影や、単純に傍に置きたいって言うのもあるかもな」
どうでもよさそうな口調で言い、ウメルスは派手な頭を反らして椅子の背にもたれた。
さっぱり解らない。
「それで、何がおもしろいんだよ」
「さァ、退屈なんじゃないか。ペットを持てるのは、一部の上層貴族だけだからな」
この国に、魔術師は一人しかいない。皇帝の近くにはべる、あの男だ。
だからペットを得るための道具、ゲムマの製作には皇帝の承認が不可欠となる。それを願い出ることができるのが、一部の貴族と言うわけだ。その絶対数は限られている。
しかし。だとしたら、皇帝自ら誰かの人生を壊してる。どうなんだ、それ。
俺が首をかしげると、こちらの世界の人間達は驚いたような顔をした。
「コルウス。キミの世界は、どんな王が支配しているんだい?」
それが普通。
権力を持つ者が、誰かの人生を駄目にする。そんなことは、よくある話だと聞かされた。
余りに違う。これが普通だと言われても、俺には全く理解できない。それこそまるで、別世界の話としか思えなかった。
ああ、何かもう。そう言う世界なんだな、ここは。考えるのが面倒になり、そんなふうに片付けようとした。でも、本当にそうか?
形はどうあれ身分格差のない社会なんか、本当に存在し得るのか? 例えば俺が意識せず、知らずにいるだけで、あちらの世界にも似たようなことはあるんじゃないか?
――だから、多分。
そうとは知らず、俺は幸せな生き方をしてきたんだろう。
「……何だかなあ」
呟くと、近くで鷲が返事のように悲鳴に似た鳴き声を上げた。だけど、返事のようだと思ったのは俺だけのようだ。
臣下としての教育を受けた二人の男はさっと椅子から離れ、その場に膝をついて礼を取る。それから自分の鳥をなだめるために、一方の男は急いで再び立ち上がった。
現れた何人もの侍女達に隠れて、恐る恐ると言うふうに顔だけを出した子供がいる。
鳥の大きさに驚いたのだろう。城にいるのは鳥番が使う、もっと小型の鳥だけだ。
この大きな鳥のほうも、見慣れない人間に驚いたらしい。主が鳥に真剣そうに言い聞かせるのを確かめて、彼女を呼ぶ。
「リュンクス」
「やだ」
幼い拒絶に、ケロリンが一瞬で傷付いた。俺はリュンクスのそばに屈む。
「慣れたら、かわいいよ」
「いいの。コルウスとおはなししたい」
「ああ、そうか。途中だったっけ」
以前遊んでいる時に、本を読んでとせがまれたことがある。でも俺はこちらの文字が読めないから、頭の中を掘り起こし、あちらの物語を話して聞かせた。
うろ覚えの昔話と童話などをそれっぽく語り、シンデレラやロミオとジュリエットは侍女達の支持を得た。しかし、意外に高評価だったのは雪女。身に迫るものがあったようだ。
今は夏の始めだが、冬は国土の八割が雪に埋まる国らしい。今度は山小屋に取り残された四人の登山者でお届けする、スクエアゲームを披露してみようかと思う。
この前は、どこまで話したっけ。そんなことを考えていると、リュンクスは頭を振って違うと言う。
「きょうは、リュンクスがおはなしするの」
そして俺の手を取ると、ぐいぐいとどこかへ引っ張って行く。
この強引さはいつもだから、余り気に留めなかった。いつでも一緒の侍女達に手を突き出して、「きちゃだめ!」と強く言うのが珍しいと思っただけだ。
白い石で飾られた広い廊下をしばらく歩き、ある部屋の前で立ち止まる。小さな姫は後ろに誰もいないことを確かめて、俺をドアの中に押し込んだ。
図書室、だと思う。
四方の壁一面に作られた書架は、びっしりと並んだ本で一杯だった。空気が止まって、ひっそりとしている。人の気配はないようだ。
天井は高く、二階分はあるだろう。何もかも真っ白なこの城には珍しく、薄暗い。光で蔵書を痛めないよう、極端に小さい窓を分厚い布で隠している。
部屋の中央に、本を閲覧するための机と椅子がいくつかあった。リュンクスは急いでその下に潜り込むと、焦ったようにパタパタと手招く。俺もそうしろと言うことらしい。
何とも不審な遊びだが、皇帝の孫として習い事とストレスの多い五歳児だ。日頃から、妙な遊びに付き合わされることも多い。
素直に従うと、ずいっと鉄色の頭が近付いた。
「あのね、かえれるの」
「え?」
「コルウスは、もとのせかいにかえれるの」
本当は教えてはいけないのだと、リュンクスは言う。
ペットは元の世界に帰りたがるものだから、飼い主はその方法を隠している。それを勝手に明かしてはいけない。
「なら、どうしてそれを俺に言うんだ」
「だって、かえったほうがいいんだって」
疑いもしない目が、俺を見る。
しかし、今の言葉は。誰かがそう言ったのだと、そんなニュアンスを含んでいた。誰かが、リュンクスに教えたのだ。
「誰が?」
問うと、髪を乱して首を振る。口止めされているようだ。
「あのね、わればいいの」
「リュンクス」
「じぶんのゲムマを、わればかえれるの」
「リュンクス、待って。いいんだ、俺は」
懸命に告げる幼い顔は泣きそうで、彼女の不安がこちらまで伝わるようだった。
気に入らない。全部がだ。小さな子供にこんなことをさせるのも、それを秘密にさせるのも。
「俺は、帰りたくないんだ」
「ほんとう?」
「そうだよ」
リュンクスはぎゅっと唇を噛む。そして「ごめんね」と、か細く呟く。
「コルウスは、かえらなきゃいけないんだって。でもね、リュンクスはいてほしかったの。かえらないでほしかったの。ごめんね。ひどいことおもって、ごめんなさい」
帰らないと聞いてほっとしたのか、大きな目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
そうか。だったら、俺のためだ。この子は俺のために、自分の意思に反してしたくもないことをしたんだろう。たまらなくなって、小さな体を抱きしめた。
嫌になる。こんなふうに、大事に思われていいはずがない。俺は。
俺は、こんなにも卑怯なのに。
しばらくするとどこからともなく侍女達が現れ、泣きじゃくるリュンクスを優しくなだめて連れて行く。
小さな体はこの手を離れ行ったのに、感覚は中々消えてくれない。まだ誰か、この胸で泣いてる気さえした。
夜になってイーグニス家に戻ると、筒状に丸めた紙をトレイにのせて執事が主人に差し出した。手紙のようだ。
筒を手に取るアルデアを置いて、俺は玄関から二階に向かう。堅苦しい服を脱ぐために、とにかく部屋に戻りたかった。
ドアを開くと、ブーツの先に何かが当たる。コツリと固く、少し重い。手に持つランプの灯りはほの暗いが、充分だ。それは自分で光を持っていた。水面か、まるで火のように。
淡く光って透き通る石の中、鏡に映した額の紋章と同じものが輝いている。
これが俺のゲムマだと、一目で解った。