10 明かす
10 明かす
別に、アルデアに興味がなくはないんだよな。さあ寝るぞと気合を入れなきゃ隣で眠ったりできないし、その綺麗さには毎朝改めて驚かされてる。
ただ、不気味に思う。クルースだ。
さすがに、俺等が同じ部屋で寝てるってことも知ってるはずだ。しかし今のところ、執事からのお咎めはない。この黙認は何なのか、実に悩む。
アルデアの安眠を気づかってのことなのか、それとも俺が気の迷いを起こした時にはここぞとばかりに報復でもするつもりなのか。
もしかすると、このストレスで弱らせるつもりなのかも知れない。だとしたら、成功だ。執事が同じ屋根の下にいると思うだけで、俺は終始ビクビクしている。
「クルースってさあ……」
城へ向かう馬車の中、首に巻き付く布をゆるめて思わずこぼす。
城へ行くようになってから、小言を言われる機会は減った。その代わり、毎朝ヤツは釘を刺す。
「お嬢様に仇なした時は、分っているな」
直すふりしたネクタイを、そう言いながらきつめにしめるのが最近の日課だ。
不思議そうな顔を向け、アルデアが先を促すので濁すための言葉を探す。
「ホント、アルデアが大事なんだな」
どう受け取ったのか、解らない。
眉を歪め、目を細める。そして彼女は、揺れる窓から視線を外に逃がしてしまった。
俺は、知らないことが多過ぎる。
この時初めて、そう思った。
当然だよな。知ろうとさえしなかった。興味もなかった。それでよかったんだ。だって俺はこの異世界で、恐れよりも日常から逃げ出せた喜びを強く感じてた。
知ってるよ。卑怯だってことは。
だけど知り過ぎたらきっと、こちらのことも日常になる。そんなもの、欲しくない。
――ふと、頭を上げる。
考えに沈んだまま城の中をぶらつく俺を、誰かがしつこく呼んだからだ。
「やぁ、やっぱり。コルウスじゃないか」
やあ、びっくり。ケロリンじゃないか。
相変わらず色んな部分をひらひらさせて、手を振る男は見間違えようはずもない。
かなり驚かされた気分だが、そうだよな。城でコイツと会ったって、不思議じゃない。
「珍しいね、こんな所へ」
「こんな?」
言われてやっと、自分がどこにいるのか解らない、と言うことが解った。うん、迷子だ。
「大丈夫かい?」
案じるふうなケロリンに、いやいやそっちが大丈夫かと、ついそう言って返したくなる。
なぜなら三つ編みを背中に垂らした彼の頭は、薄茶の髪が見えなくなるほど包帯でグルグルと保護されていたからだ。
これは、あれか。やっぱり例の、牛の大腿骨が直撃した件での負傷か。……だよな。
良心と胃の辺りがキリキリする。できれば、その件には触れたくない。おもに、保身の面で。どう話題を逸らそうか無意味に視線を泳がせていると、見覚えのある姿が目に入った。
「あ、鳥番」
いつだったかアルデアに教えられた、全身に鳥をくっつけた人間止まり木みたいな男がそこにいた。ただの鳥小屋かと思えば、ここは彼等の仕事場らしい。
屋根の下には壁がなく、柱と無数の止まり木だけだ。数え切れないほどの鳥が、そこで羽を休めている。
手の平で包み込めそうに小さな鳥から、ニワトリほどはありそうな鳥。しかし一際目を引くのは、特別頑丈に作られたらしい止まり木の、やたらと大きな鳥だった。
「コイツ、かっこいいなあ」
「待って!」
伸ばし掛けた俺の手を、鳥番の男が掴んで止めた。その手の先で鳥は大きくて鋭そうなクチバシを開き、獰猛に鳴く。悲鳴みたいだ。ケロリンが慌てて、その鳥を押さえる。
「危ないよー……。まず、覚えさせないと。鷲だからね。指くらい、軽く持って行くよ」
特にふざけた様子でもなく、抑えた声で「あっぶないよー」と発音したのが余計に恐い。さすがに固まっていると、ケロリンは極めて真剣な様子で鳥と向き合う。
「いいかい? この子は、コルウスだよ。アリーのペットだから、ちゃんと覚えるんだよ」
……いや。覚えさすって、そう言う……。
この調教法はかなりの疑問を抱かせたが、それで何とかなるらしい。促されて手を伸ばすと、今度はちゃんと触らせてくれた。
「凄え」
「ありがとう。鳥は好き?」
「解らない。詳しくないし、触ったこともなかったから」
コイツが羽を広げたら、多分俺よりもデカいだろう。それに、戦ったら確実に負ける。そんなヤツが大人しく触らせてくれるってことが、ちょっと嬉しくて新鮮だった。
迷惑そうな鳥に構わずベタベタと触り、しばらくして、あれ? と思う。凄えと言った俺に対して、礼を言ったのは鳥番じゃない。
「コイツ、ケロリンの鳥?」
「えーと、ケロリンって、ボク? ……あぁ、そうなんだ。なら、そう。ボクの鳥だよ」
いつもではないが、鳥番に訓練してもらうために城へはしょっちゅう連れてくるそうだ。
鳥番の鳥は、俺が思っていた伝書鳩のようなものとは根本的に違うらしい。帰巣本能は利用せず、鳥に魔力を帯びさせるのだ。
すると鳥は覚えた人間がどこにいても、確実に探し出せるようになった。そのために伝書の鳥は、エサに魔力を帯びた鉱物を混ぜて与えられる。これが、やたらと高い。
だから普通、鳥番は大型の鳥は使わない。それに、伝書の鳥を個人で飼う者もほぼいない。ケロリンは、例外中の例外だ。
遠い目をして、彼は語る。
「ボク、本当は鳥番になりたかったんだよね」
しかしドゥクスの一角を担うテッラ家の者が鳥番なんてとんでもないと、猛反対を受けた。失意に打ちひしがれ、ケロリンはアルデアとの結婚を決意した。
「待て待て待て! 何でそうなる!」
「ほかにやりたい事はないのかって訊かれちゃって、つい」
つい、で結婚相手にされたアルデアも気の毒だ。それに、両家の関係者からよく反対が出なかったよな。誰かが気付いていいはずだ。ケロリンには、色々無理だと。
でも、どうだろう。この話は、まだ彼女の両親が生きていた頃のことだ。アルデアの父親はもしかすると、自分の後継者として娘婿を教育できると考えたのかも知れない。
まあ、結局は解らない。イーグニス家当主の急逝で結婚話が保留となっていたところに、ほかの貴族からドゥクス同士の縁談は権力の偏在を招くと指摘があった。皇帝もこれを認めたので、話は立ち消えになったそうだ。
うわあ、あっぶね。俺、さすがにコイツを旦那さまとか呼べねーわ。
鳥番の仕事場から場所を移してゆっくり話し、ケロリンからお茶とお菓子を振る舞われながらそんなことを思う。
でもまあ、一応は好きだったんだろうな。前にアルデアを迎えにきた時、確かそんなことを言っていた。気がする。
アルデア達のいる執務室に戻り、「いやー、今日はびっくりした」と、このことを話した。
すると俺の飼い主は頬杖をつき、ふっと物憂げな息を吐く。そして、同じ部屋で事務仕事を片付ける暫定補佐役に問い掛けた。
「ねぇ、クラーテール。主とペットは魂が繋がっていると言うけれど、本当かしら」
「さァ、そう聞いてますけどね」
「じゃあどうしてこの子は、こんな話でわたくしの神経を逆なでするのかしら」
「そこまで嫌ってやるなよ。アイツあれで、意外におもしろいところも……」
あったり、なかったり。頂いたお菓子の分だけフォローしようと試みるが、「おもしろいだけで結婚するなんて嫌!」と言う、大変まともな反論の前で俺は余りに無力だった。
そうだな。おもしろいだけで家庭円満なら、芸人の離婚率はもっと低いはずだ。
悪かったよ。まあこれでも食って機嫌直せと、ケロリンからおみやげにもらった菓子折りを差し出す。
出どころを察してアルデアは頭を抱えたが、ウメルスは気にせず手を伸ばした。甘いクッキーをもさもさと頬張り、「あァ、思い出した」と天井を見て声を上げる。
「夢を見るって言うじゃないですか」
「夢?」
首をかしげて、聞き返したのは俺だ。アルデアは椅子から立ち上がり、あらいいお天気とばかりに外を見ている。
「そう、夢。魂の繋がった飼い主とペットは、同じ夢を見るらしい。共有するって言うべきかもな。互いに近い場所にいるほど、鮮明に見えるって聞いた気がする」
そこで一度言葉を切って、また一枚クッキーを口に運ぶ。で、――と。切り出した話が本題だったのかも知れない。
「で、コル。お前最近、お嬢さんと一緒に寝てるって?」
「……アルデア」
飼い主は窓を向いたまま、返事はない。
暗殺が恐いんだと思ってた。俺は護衛にならないけど、一人で眠るよりはマシだろうと。
「アルデア!」
「大丈夫よ。今のところ、卑猥な夢は見ていないから」
そうか、よかった。実はそれが心配だった。……じゃなくて。
ああ、そう言うことか。ちくしょう。