完璧美少女で氷の姫と呼ばれた幼馴染が、実はゲキデレだったんだけど。っていうか、僕は君の事をそんな風に見てないって!!
僕――南山和真には幼馴染がいる。
成績優秀。
眉目秀麗。
運動神経抜群。
身長は百七十弱で、スレンダー体型。腰まで届く黒髪はとても、とても綺麗に手入れされている。彼女の名前は北川氷華。『ひょうか』の名前の通り、というと若干語弊があるだろうが、クールで滅多に笑う事のない彼女に付いたあだ名は『氷のお姫様』。私立天英館高校一年一組どころか、学校内でも一、二を争う美少女だ。
「――和真。おはよう」
「ん。おはよう、氷華」
朝、五時五十分。家も隣同士の幼馴染である氷華がいつも通りとばかりに僕のベッドを覗き込む。いつもはストレートな黒髪をポニーテールにし、額には少しだけ汗の珠が浮かんでいた。
「ランニング?」
「ええ」
「十キロ?」
「ええ。本当はもう少し走ろうかと思ったけど……和真を起こすのが遅れそうだから」
いつも通りの無表情のクールな幼馴染。毎朝毎朝、六時前に僕を起こすのが彼女の日課だ。家も隣同士だし、親同士も仲が良いのでフリーパスで僕の部屋まで入ってくる。
「……それはどうも」
「いいわ。報酬もある事だし」
「そうだね。今日は何が良い?」
「鶏の唐揚げ。昨日晩、漬け込んでいたでしょう?」
「晩御飯用だよ、あれ?」
「それは漬け込み過ぎになる。昼食で消化すべきだと思うわ」
「にんにくも沢山入っているし、学校で食べるのはあんまりだけど……それに昼から揚げ物? イメージに合わないんじゃない?」
クールな氷華が唐揚げ頬張っている姿を見たら、流石に同級生がびっくりするんじゃないだろうか。そう思う僕に、氷華が『ふん』とばかりに鼻を鳴らす。
「好きな物を好きと言って何が悪いのかしら? それに……人に押し付けられた虚像に囚われるのはイヤよ。私は私が好きなように生きたいわ。言ったでしょ? 高校受験の時に」
「……まあね。うん、氷華が良いなら良いよ。分かった。唐揚げ、入れとくね」
「うん。あ、それと卵焼きは甘めでお願い」
僕の言葉に少しだけ嬉しそうに笑った後、『それじゃシャワー浴びてくる』と僕の部屋を後にする氷華。その背中を見て。
「……さて。それじゃ氷華の為にお弁当でも作るかな」
こきこきと首を鳴らしながら、僕はベッドから起き上がった。
◆◇◆
何時から幼馴染か、という問いにどう答えるのが正解かどうかは分からないけど、僕と氷華は間違いなく幼馴染だろう。家は隣同士、生まれた病院も一緒で、誕生日は二日違いで氷華の方が早い。親同士も仲良しとくれば、正に『幼いころから馴染んだ』間柄、これを幼馴染と言わずに何を幼馴染というか、という話でしょ? 僕たち二人は当然の様に幼馴染として保育園、小学校、中学校と過ごした。世の幼馴染が年齢を経るに連れて疎遠になるのとは一線を画すように、それなりに仲良く――少なくとも、朝は毎朝起こしてくれて、毎朝登校して、示し合わせて同じ高校を受けて、そして彼女の食事を準備する程度に。なぜかって? そんなのは簡単。
――冷やかされる事が無かったからだ。
世の幼馴染はその近すぎる関係から『お前ら、アツアツだな~』とか、『ふうふだ、ふうふ!!』みたいな愛の無い弄られ方をして、『そ、そんなんじゃねーし!』『そ、そうよ! ただの幼馴染なんだからね!!』みたいな甘酸っぱい会話をするんだと思う。実際、漫画やアニメではテンプレの展開だしね。でも、僕と氷華は違った。
凄すぎたのだ、氷華が。
保育園、小学校、中学校と氷華は何時でもトップカーストの人間だった。いや、トップカーストとはちょっと違うか。カーストの外というか、そのカーストの外で頂点に居続けるというか……ああ、そうだ。確か小学校六年の頃、御堂さんが言ってたな。『氷華ちゃんって……なんか、格が違うよね。同じ人間とは思えないっていうか』って。そんな感じ。何時だって孤高で、何時だって高嶺の花。対して僕はどちらかと言えば目立たない方の陰キャよりの人間。趣味は料理で、運動は苦手な超インドア派だ。そんな僕と、『生物として格が違う』と言われた氷華は、関係性の近さこそあれ、『付き合っている』みたいな弄られ方はしなかったのだ。美女と野獣、とかは比喩で言うだろうけど、おサルさんとトップアイドルがどれだけ仲良くしてても付き合ってるみたいな誤解は無いでしょ? まあ、そんな感じ。おかげ様というか……まあ、そんな感じだから僕は氷華に所謂『恋心』を抱いたことがない。生物としてのステージが違う、という感じで、変な話だけど憧れも嫉妬もしたことが無い。氷華は氷華、それだけだ。
「……和真。来たわ」
「ん。僕も準備できたよ。それじゃ行こうか」
通学鞄を前で両手で持って玄関に立つ、いつも通りの清楚な幼馴染の隣に並んで玄関のドアを開ける。春先とは言えポカポカ陽気な今日、若干学校に行くのが億劫になる。
「……なんか面倒くさいな」
「そんな事言わないの。学校、楽しくないの? 勉強に付いて行けないかしら? 教えようか?」
「流石に入学一週間だしね。まだ付いていけるよ」
「……そう。それは良かったわ。あ、お弁当……」
僕の手の中にあるお弁当に視線を飛ばし、手を伸ばそうとする氷華。そんな氷華から逃げる様、僕はお弁当箱を上に上げる。
「……むぅ。いじわる、しないで」
「意地悪じゃないよ。重たいからさ」
「あら? 馬鹿にしているのかしら? 和真のお弁当くらいで音を上げる程、私は軟弱じゃないわ」
「それは分かっているケドさ? でもさ? やっぱり女の子に荷物を持たせるのはちょっとじゃない?」
「殊勝な心掛けね。女の子扱いが嬉しくないとは言わないけど、流石に価値観がひと昔以上前じゃないかしら? 今は男女平等の時代よ?」
「まあ、機会は平等であるべきだけどね。でも、重たい荷物なら力のある方が持つのが正しくない?」
そんな僕の言葉に氷華は軽くため息を吐く。
「ええ、そうね。確かにそれは理に適ってるわ」
「でしょ? だから――」
「余談だけど私、この間ベンチプレス八十五キロ上げたわよ? あ、ちなみに握力は六十五ね」
「――ゴリラかなんかなの、氷華」
本当に、生物としてのステージが違うんじゃない? その細腕で、どうやって八十五キロのベンチプレス上げるの? っていうか、握力六十五って、リンゴとか握りつぶしたりできたりしないよね……?
「……華の女子高生に失礼ね。JKよ、JK。ゴリラとか言わないでくれる?」
「それは御免。ごめんだけど……凄いね、氷華」
「トレーニングの賜物よ。あ、和真もやる? 一緒にトレーニング、しましょうよ? 私をお姫様抱っこ出来るくらいに筋肉を付けてくれないかしら?」
悪戯っ子みたいな表情でそういう氷華。そんな氷華に僕は肩を竦めて見せた。向いてないよ、僕には。
◆◇◆
さて、僕の通う天英館高校はそこそこの進学校だ。地区内で一番、とは言わないが二番手、三番手に位置する学校である。なんで此処を選んだか、というと学力的なところもあるけど……まあ、氷華のせいだ。いや、せいって言うのもアレだけど……『私、高校はあまり小学校、中学校の知り合いがいない所が良いわ。息も詰まるし。和真、一緒に天英館に行きましょう?』と言ったからである。特に行きたい高校も無かったから僕も天英館を選んだんだ。まあ、氷華も人間だし? 何時も何時も皆が求める理想像を演じるのもしんどいんだろう。しんどいんだろうが。
「……おい、『氷の姫』だぞ」
「……今日も綺麗だよな? クール系っていうか……」
「……ああ。こないだバスケ部の佐島先輩が告白したってよ」
「マジか! 佐島せん――佐島先輩? って誰?」
「バスケ部のキャプテンだよ」
「……有名人なの? 聞いた事無いんだけど……」
「……バスケ部、一回戦負け常連だし」
そんな声がそこかしらから聞こえてくる。ひそひそと、でも大きなその声に、氷華が小さくため息を吐いた。
「……はぁ」
「……お疲れさん。大変だね、氷華」
「そうね。正直、物凄く疲れるわ」
「僕には気持ちが分からないけど……でもまあ、同情は出来るよ、うん」
僕の言葉に氷華はくすりと笑う。
「……ありがとう、和真。私はその言葉だけで救われるわ。あ、それと和真のお弁当にもね」
「それは結構。今渡そうか? それともお昼の方が良い?」
「お昼にお願いできるかしら? 今渡されたら私、きっとどこかでお弁当を開けそうだから」
「にんにく臭い教室になっちゃうね、それは」
「ええ。お昼に中庭で食べましょう?」
「了解」
そして、僕たちはそのまま教室の中に入っていった。今日も何事もなく、平穏な一日。そう思っていたんだけど。
事件は昼休みに起こった。
◆◇◆
「――貴方、一度死んでみるかしら? ああ、そうね。一度死んだ方が良いんじゃないかしら? 大丈夫、痛いのは一瞬って聞くし。馬鹿は死ななきゃ治らないとも言うしね」
「ひぃ!? 北川!? や、止めてくれ!! 謝る!! 謝るから!! ごめん!!」
「誰に謝っているのかしら? 謝るのは私じゃない。和真よ」
「氷華!! ダメだよっ!! 大丈夫!! 気にしていない!! 僕は気にしていないからっ!!」
昼休み。いつも通り、氷華の席に近づいた僕に、クラスメイトの一人である金川君が声を掛けてきたのだ。曰く、『あれ? 氷の姫のお弁当って南山の手作りなの?』と。誤魔化す事でも無いので、頷く僕に金川君が『えー? あ、幼馴染だっけ? なに? 将来の仲を誓い合ったラブラブカップルとか? あ、でも、北川と南山じゃ釣り合わないか!!』と言い放ったのだ。
……うん、もしかしたら普通はショックを受けるかも知れない。かも知れないが……この時の僕の気持ちは違った。
びっくりした。ただ、純粋に、びっくりしたのだ。
保育園、小学校、中学校と一度も弄られた事のない僕にとっては『お、おお! これが幼馴染弄りってやつか!』と思ったのだ。あんまりびっくりし過ぎて声を出す事を忘れた僕に、金川君は不機嫌そうに『何、無視してんだよ』と僕を小突いて、ですね。
――弁当が、床に落ちたんだ。朝に一生懸命作った僕のお弁当は無残、教室の床に食べられることになって。
『――万死に値するわ』
……気付いたら氷華が金川君にアイアンクローをしていました。うん、流石、ゴリラ。
「い、痛い!! 悪かった!! 本当に悪かった!! 許してくれ!! 弁償する! 弁償するから!!」
「……和真が朝早く作ってくれたお弁当よ? 金銭に変えられるものじゃないわ。償うなら……貴方の命ね、クズ」
「言い過ぎ!! 金銭で全然賄えるから!!」
氷華を後ろから羽交い絞めして金川君から離そうとする……も、む、無理だ!! 氷華と僕じゃ膂力が違い過ぎるから!!
「そもそも……貴方、なんて言ったかしら? 私と和真が……ラブラブ?」
「わ、悪かったって! それも悪かったよ!! そうだよな!! 北川と南山はラブラブじゃない! 失礼な勘違いをして申し訳ない!!」
そんな金川君の言葉に、氷華は鼻を鳴らす。
「ええ、そうよ。私と和真はラブラブなんかじゃないわ」
その言葉に、クラス中がしんっと静まり返り。
「――私が一方的に和真を慕っているだけよ」
……なんか、もっと静まり返ったんですけど。っていうか……え?
「え、ええっと……北川さん?」
痛いほどに静まり返った教室。そんな教室で、絶対零度で金川君を睨みつける氷華に、クラスで氷華の次に可愛いと噂のギャル系の佐藤さんが声を掛ける。
「……何かしら?」
「その……北川さんって、南山君の事が、その……好きなの?」
「ええ」
「……」
「好きピよ」
「好きピ!?」
「好きピッピよ。小さい頃から大好きで大事な、私だけの幼馴染よ。何か文句あるかしら?」
「も、文句は無いけど……え? じゃあ、二人は付き合っているの?」
「付き合っていないわ」
「……え、ええっと……え? 私、頭バグったかも。北川さん、南山君の事が好きなんでしょ? それなら」
「……ああ」
佐藤さんの言葉に、何かに得心した様に氷華は小さく頷く。
「ねえ、和真」
「……」
「和真!」
「……へ? は、はい!?」
「私の事、好き?」
「へ? そ、そりゃ、氷華の事は好きだよ?」
なんせ、生まれた時からの大事な幼馴染だ。嫌いな訳がない。
「そう。ちなみにそれ、女の子としてかしら?」
「……」
……え、ええっと……
「……え? 南山君、マジ? 北川さんだよ? な、なんなの? こんな美少女に好かれて何が不満なの? もしかしてそっち? 腐っている方?」
「ノーマルだよ!! そ、そうじゃなくて……ひょ、氷華だよ? こう、なんか付き合うとか、付き合わないとか、女性としてどうとかのレベルじゃないっていうか……」
だって、氷華だよ? 『生物してのステージが違う』って言われた氷華だよ? そんな氷華と付き合うとかって……
「……そうなのよ」
「ひょ、氷華?」
僕に、ギロっと視線を向けて。
「そうなのよっ!! 和真は何時も何時も何時も何時もこうなのよっ!! 私と付き合うとか全然考えて無いのよっ!! こっちがどれだけアピールしてもフル無視なのよっ!! 好意に気付かない、とかちゃちなものじゃないわよっ!? そもそも、土俵にも立てて無いのよ、私はっ!! 分かるかしら、佐藤さん!? 正直に言うわ? 私、ちょっと嬉しかったのよっ!! 『ラブラブかよ?』とか揶揄われるの!! だってそうすれば少しは和真が私の事を意識してくれるかもしれないじゃない!!」
「き、北川さん、少しおちつい――」
「なにが『氷の姫』よっ!! はーん!? そんなクッソ恥ずかしい二つ名、いらないわよぉ!! 別に可愛く生んでくれなかったら良かった、みたいな事を言うつもりはないわよ? ないけどさぁ!! 流石にこれは酷くない!? 好きな人に全然意識されないの、辛い気持ちは分かるでしょう、佐藤さんだって!!」
「う、うん。わ、分かる。わかるから――」
「毎朝毎朝毎朝毎朝、なんで和真を起こしに行くと思っているのよっ! そんなの、一番に和真に『おはよう』って言われて、『おはよう』って言われたいからじゃない!! 貴方のお弁当は……純粋に、好きなだけだけど!! それでも、好きな男の子とちょっとでも共通な話題が欲しいじゃない!?」
「う、うん、そうだね。それはわか――」
「っていうか和真、春休みの『アレ』、酷くないかしら!?」
「は、春休み? え? 北川さん、なんかあったの?」
「ええ! 高校生になるし、私も一歩進めようと思って和真の部屋にお泊りしたのよっ!!」
「お、お泊り。それは流石に……ああ、でも幼馴染なら――」
「ピンクのベビードールで!!」
「幼馴染でもやり過ぎだ!!」
「それなのに和真……全然欲情してくれないし!! 酷くない!?」
そこまで言って氷華は黙ってアイアンクローを解き……どさっと音を立てて金川君が床に倒れ込む。なんか、『ぼろ……』みたいな擬音が似合いそうな金川君の姿を見ながら――
……ああ、ヤバい。氷華、目が据わっていらっしゃる。
「………ええ、ええ、そうね。きっと私の『アピール』が足りないのね? わかったわ、和真。どうせもう、私の気持ちはバレちゃった訳だし……このまま、和真を私の『モノ』にすればいい訳ね?」
「氷華!? ちょ、落ち着いて!!」
「落ち着いて?」
そう言って氷華は綺麗な、綺麗な笑みを浮かべて見せる。
「安心して? 私はとっても落ち着いているわ」
「そ、そうなの? それは――」
「このまま和真を押し倒せば良いんでしょう? 実に簡単なミッションだわ」
「――落ち着いていない!? っていうか此処、学校だよっ!!」
「いいじゃない。和真が私の『モノ』だって分かれば、誰も和真に手を出さないだろうし……私も和真の『モノ』だって分かればうざったい告白イベもスキップ出来る。良い事尽くめじゃないかしら? そうして和真と私はらぶらぶカップルになってそのまま同じ墓に入るのよ。ふふふ。素敵ね」
「病んでる! 病んでる発想だよ、氷華!?」
「病んでる? ああ、ヤンデレ? というやつね? そこまでは思ってはいないわ。ああ、ごめんなさい。和真の事は大好きで、大事だけど、監禁してまで愛そうとは思ってないわよ。っていうか、アレ、何が楽しいの? 和真の好みかと思ってヤンデレ? 物の漫画も読んでは見たけど……あんな、一方的な愛を囁くだけなんてつまらないじゃない。私は和真に愛を囁いて欲しいのだし」
「……ちなみに僕が死んだらどうする?」
「言ったでしょ? 一緒のお墓に入るって。そのままひと思いに自分の心臓を包丁かなんかで突き刺すわ」
「重い!! 想いが重いっ!! っていうか待って!! 氷華、じりじりにじり寄って来ないで!! 怖い!! なんか怖いって!!」
「待てない」
僕の両手を左手で頭の上で掴んで、右手で壁ドン。なんかエライイケメンな体勢のままで――っていうか、握力六十五ー!! イタイ!! 痛すぎるんですけど!!
「――もう、十五年待った。これ以上はもう、待たないから」
……後日、『氷の姫』から『激情型デレ』あるいは壁ドン姿から『劇場型デレ』、通称『ゲキデレ』というあだ名になった氷華の熱烈なアプローチから――イヤじゃないよ? イヤじゃないけど、こう……そういう風に氷華を見ることが出来ず、逃げ回る僕を追い回す氷華という図式は天英館高校の名物になったりしちゃったりするんだが……
まあ、それは別の話。




