ありふれた創作論、釣り人視点
創作論を言い出すとキリがないですが、今回はものの喩えとして【釣り】をテーマに創作について少しだけ語ろうと思います。
……ゼルダでしか釣りをやったことがない作者です。知ってる単語は釣り竿とルアーのみなので専門的な話にはなりません。
さて、
釣り人=作者
魚たち=読者
と喩えた場合。
私は主に釣り人になりますので、釣り人目線で話しますね。
釣りの目的は魚を釣ることですね。できれば多く釣りたい。そのためにすることって、まずなんなのでしょう。
お分かりの方からすれば当たり前なのですが、魚が多くいる場所(ジャンルや傾向)で釣りを始めることです。じゃないと、魚は引っ掛かりません。
では、次にすることは?
そうですね。餌とルアー(物語のうまみとフック)を選ぶことです。ここは考えるのがとても楽しく選択肢も多いですよね。
魚たちも、それらにつられて口(頁)を開いてしまう。その時に初めて釣り竿がしなるんです。
あらすじや第一話だけでも読んでくれた。魚たちが物語周囲でウロウロしている。餌を啄み、上手く釣り竿を動かせば針を引っ掛けられそうだ!
と言う所まで来たら、あとは技術面なのです。
……どうかな。
喩えた方が逆にわかりにくいかなぁ。
極端な例で言うと、どれだけいい釣り竿やルアーを用意しても、場所違いなら釣れる魚の量も知れています。
どれだけ場所が良くても、釣り竿がボロボロでルアーや餌の取り付けがめちゃくちゃなら何も釣れません。
しかしながら、釣りは「雰囲気を楽しむ」人もいます。釣れた魚が0でも、景色や海の音が心地よかったとか潮の匂いが好きだとか。釣り人のロマンを味わう人。
たくさん釣る人が偉いとか釣りに酔いしれる人がいいのかとか、そんなのは釣り人自身が決めることなんです。
だから、釣り人たちの語る創作論は、各々語れば「うるせぇ私には私のやり方があるんだ!」と反論が来るんです。
では、魚たちは?
釣られるわけですから、自分の時間も体力も集中力も、釣り人に取られます。だからなるべく餌だけ食べて逃げてやりたい(読むだけにしたい)と思っているのではないでしょうか。
そんな魚たちが自分から「釣られて良かった!」と言いに来てくれることは稀なのだと思います。
魚たちにとって、餌は美味しいことに越したことはないですが、釣り人が餌に凝りすぎて妙な色や匂いのついたものをこねくり回していたらそれはそれで寄ってこないのです。
それが、構想だけを練りすぎて執筆をしていない人の特徴かなと思います。
これで、伝わるかは疑問です。釣りがお上手な方からは笑われるかもしれませんが、私の頭の中では小説を書く人は釣り人に似てる。それだけが言いたくて、1000文字以上使ってしまいました。
さて。
私は今回、独自の創作論を語りました。私の釣り竿に引っ掛かった魚さんはいるでしょうか。居てくれたら唐揚げにして食べますね。
いただきます!
……もぐもぐ。




