第1話 楯楼流家の朝
朝の黒髪。縦ロール。
豪奢たる黒き甍の伝統深き武家屋敷『楯楼流』家の当主である楯楼流朱雀彦は、母屋の青草の薫香かぐわしき五〇畳に浮島の如く置かれた漆膳で朝食をとっていた。
武家にふさわしく和装を着こなす朱雀彦の黒髪は、まこと立派に整えられた縦ロールだ。
彼の縦ロールは美容院の仕業ではない。この血筋に代代伝えられた直系の遺伝の故、総天然色の天然パーマだった。
だから対面の浮島である漆膳に座る長女『楯楼流薔薇香』の艶の黒髪も自然、天然パーマの縦ロール。必然だ。
箸先しか濡らさない礼儀上手な楯楼流家総出の朝食の相席において、輝く白米とほどよく塩辛いおこうこと澄まし汁の景色が粛粛と進む。
六つの浮島は互いを離れて、五〇畳の部屋に大きな車座となっている。
「薔薇香や。高等部にはもう慣れたかい」
薔薇香の祖父、貴理王は禿頭。耳の後ろまで後退した髪の生え際が白い縦ロール。
音もなくはまぐりの吸い物をすすっていた薔薇香は、その薔薇色の唇を金粉を散らした漆碗より離し、清楚たる顔を祖父へにっこり微笑ませた。
「ええ。もうすっかり慣れましたわ」
薔薇香は美少女だ。
そのかんばせを艶美しく飾る縦ロールの黒髪は、螺旋を描いて前は胸ほど、背はその中ほどまで制服を下りている。
「うむ。楯楼流家長女として恥ずかしくない、皆の模範たる学園生活をな」
同じく艶やかな縦ロールの朱雀彦の言葉にも、薔薇香は微笑む。
さて、和風の朝食を終わり際に家族五人は陶製のマグカップで珈琲を飲む。コピ・ルアク。最高級だ。
「やはりコーヒーは香りだな」
縦ロールを揺らす、一二歳の玄武郎の感想は大人びて。
「今日の朝食は格別ね。料理長を褒めてもいいんじゃないかしら」
祖母、玉の灰色の縦ロールは美容術によるものだが、その分もあるか美しく大ぶりの縦ロールだ。
「久久に今日の夕食は私が作りたくなったわ。料理長に負けてはいられないもの」
母、円香の螺旋のきつい縦ロールも美容院の仕事。料理研究家の肩書を持つ彼女の心は静かに美しく燃えていた。
「登校の時間ですわ」
薔薇香と玄武楼は座を立った。
良家の子女が集う、私立迷比ノ宮学園に通う二人の姉弟はこれより車上の人となり、学園へ登校するのだ。
朱雀彦も立ち上がり、庭に面する障子戸を勢いよく開け放った。
チチ、と小鳥が飛び立つ東側より朝の光が入り、母屋の縁側に接する錦鯉五〇匹が泳ぐ壮大な池が反射で美しく輝いた。
「楯楼流家の人間は、人の上に立ち、人を導かなければならん!」と朱雀彦は大声を出した。「学業を修め、立派な人間となるのだ! この日本国の政財界に燦然と輝く、私の地位を引き継ぐ日の為に!」
「はい!」
「ファック・オフ!」
二人の返事には迷いがない。
だが覇気のある返事をした姉弟の内の薔薇香の言葉に、戸惑い気味の家族の眼線が彼女へと集まった。
「……何かおかしな声が聞こえたかしら。報告します!と言ったのですよ。おほほほほほ……!」
「報告とは、何を報告するのかしら」
祖母のきつめの言い回しにも薔薇香の笑顔は少しも崩れず、
「今度の中間テストにも全科目満点をとる自信がつきました。来年に生徒会長の任に就く心づもりも出来ています。そのご報告を」
家族の注目がわずかにも揺らぐその機を待って、薔薇香は学生鞄を持つ手を後ろに回して踵を返した。
「では、薔薇香、行ってまいります」
池で金鯉が跳ねた。
縦ロールが揺れる、彼女の後ろ姿は清楚だった。




