沈黙の真実
暮れゆく学園の裏手。
沈む夕陽が路面を赤く染め、影を長く伸ばす。
四人は静かに歩を進める。
雷は前を見据え、登夢は少し遅れて影の中をついていく。
シャケはポケットに手を突っ込み、短く唇を噛んだ。
冬華は肩を震わせながら、深呼吸を繰り返す。
「――さて、どうする?」
シャケの低い声が、空気を切った。
「全部、整理はついた。あとは“うやむや”にするだけだ」
雷は前を見据えたまま言う。
* * *
淡い光がカーテンの隙間から差し込み、白いベッドを静かに照らしていた。
翔太は包帯越しに呼吸を整え、点滴の滴る音だけが静かに響く。
冬華はそっと椅子を引き、かすかに震える声で尋ねる。
「……翔太くん、本当に大丈夫?」
「一命は取り留めた。心配かけたな」
かすれた笑顔。けれど痛みの影は消えていなかった。
翔太は深く息を吐き、目を細める。
「……話さなきゃいけないことがある。順番に、全部」
雷はベッドの端に腰を下ろす。
シャケと登夢は手元を整理し、冬華は真剣な表情で耳を傾ける。
翔太は枕元の天井を見上げる。
その視線の奥に、後悔と、誰にも見せたことのない弱さがあった。
「……あの日のこと。練習中、俺がピックを落としたんだ。
拾おうとして、ベースを真理に――ぶつけた」
真理がかすかに息を呑む。
「強く当たって……その後から、真理の耳の調子が悪くなった。
最初はただの疲れだって思ってた。でも違った。俺のせいだった」
声が震える。
翔太の指先が、布団の上で何度も小さく拳を握る。
「怖かった。俺が原因で、真理の歌が奪われるかもしれないって……。
音楽も、夢も、全部。そう思うと、息ができなかった」
冬華が唇を噛む。
「翔太くん……」
「律臣が“光の鍵盤”を作ってくれたとき、正直、救われたと思った。
これで真理がまた歌えるって……でも、それはただの逃げだった」
雷が眉を寄せる。
「どういうことだ?」
翔太は肩を落とす。
「真理の負担が大きすぎる。今は大丈夫でも、歌えなくなる。
光の鍵盤を使っても真理の耳は元にもどらない!」
真理は口を開き、震える声で反論する。
「……でも……みんなの夢が、歌えない私を、翔太くんが嫌いになるかもしれないって……!」
翔太はうつむき、唇を噛みしめる。
「そのあと、俺は決めた。もう真理に無理をさせちゃいけない。
ライブを最後に活動を止めようって。真理の耳が元に戻るまで待ちたいって」
真理はその言葉に小さく身を震わせた。
「……翔太くんが、“やめよう”って言ったとき……世界が、崩れたの」
涙が一粒、膝の上に落ちる。
「歌えない自分に、価値なんてないって思った。
翔太くんに、いらないって言われた気がして……怖くて、たまらなかった」
翔太はベッドの上で身を起こそうとするが、痛みに顔をしかめる。
「真理、違う。俺は……守りたかったんだ。お前が壊れないように。
歌を、夢を、そして――お前を」
「でも……その時の私は、守られることが怖かったの」
真理は顔を上げる。涙に濡れた瞳が、真っすぐ翔太を射抜く。
「だって、翔太くんがいなくなるような気がしたから」
「そしたら……真理はパニックになった」
雷が低くつぶやく。
「差し入れの果物ナイフが……」
翔太は小さく笑った。
「差し入れの果物、むいてただけだったんだよな。
……気がついたら、ナイフが俺の脇腹に刺さってた」
冬華が思わず泣き声を漏らす。
雷は唇を結び、真理の肩を支えた。
冬華は目を覆い、嗚咽をこらえる。
「それでも、俺は……そのままステージに立った」
「真理の“歌”を終わらせたくなかったから。俺の罪を、音で終わらせたかった」
シャケが息をつく。
「つまり……全部、真理を守るために」
「そうだ。音が聞こえない真理に、夢を壊させたくなかった」
翔太の声は弱々しいけれど、確かな光を宿していた。
沈黙の中、登夢が静かに息を吐く。
「……お前は、ずっと背負いすぎてたんだ」
登夢が問いかける。
「……光の鍵盤は?」
翔太は言葉を選ぶように息を整える。
「ライブ会場と音楽室に、部員全員で設置した。」
登夢は小さく息を呑む。
「……設置は素人作業だった。練習中に落下事故が起きた。」
「ああ……ライブ中は安全だったけど、あれが原因で律臣が真理を庇う形で負傷した」
シャケが短く言葉を継ぐ。
「もういい。全部話した。これで、前に進める」
雷が立ち上がり、真理の頭を軽く撫でる。
「翔太の想いは、ちゃんと届いてる。もう、逃げんな」
真理は涙の中で微笑んだ。
「……うん。怖かったけど、やっと、わかった。
翔太くんは、私を“置いていく”んじゃなくて、守ろうとしてくれてたんだね。
遅くなってごめん。……ありがとう」
「いや……みんなで守ったんだ。律臣も、燃も、みんなで」
シャケが口を開く。
「――そして俺たちは、“うやむやに”する。呪われた軽音部の噂も、デビューも、全部だ」
登夢がポケットから小さな報告書を取り出す。
「……デビュー話を、学園中に広める。焦点をずらすんだ」
冬華が頷く。
「みんなが安心できるように……真理も、翔太くんも」
雷は拳を握りしめる。
「もう誰も傷つけない」
登夢は小さく頷く。
「……生徒会長には真実を伝える。混乱のフォローを頼む」
冬華は息を吐く。
「……やっと、真理も笑えるね」
雷はベッドの横にしゃがみ、手を真理の手に重ねる。
「もう大丈夫だ。俺たちが守る。誰も泣かせない」
冬華も静かに頷き、涙を拭う。
登夢とシャケも、背後でうなずき、全員の視線が翔太と真理に集まる。
翔太は深く息を吸い、穏やかに笑った。
「……ありがとう、やっと全部話せた」
雷が空を見上げるように言った。
「終わりじゃねぇ。ここからだ」
病室を包む夕陽の光が、彼らの影を静かに伸ばした。
それは、事件の終わりではなく――次のステージへの、第一歩だった。




