表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

Let It Be ―沈黙の証明―

夕暮れの喫茶〈風見鶏〉。


レトロなランプの下、コーヒーの香りとアナログ盤の音が静かに漂う。


冬華は深く息を吸い込み、そっとマスターに頼んだ。

「お願いがあります。このレコード……少しだけ、音を飛ばして再生してもらえますか?」


Let It Beのジャケットに触れる指先が、かすかに震えている。


マスターは目尻を下げ、柔らかく微笑む。

「わかった、ほんの一瞬だけな」


針が盤に触れる……チリ、チリ。

ピアノの前奏が、呼吸を吸い込むように始まる。


喫茶は静寂に包まれる。

グラスの音も、ページをめくる音も止まり、ただ――音楽だけが、呼吸している。


真理は頬杖をつき、どこか遠い“風景”を見ていた。


――そして、音が跳んだ。


シャッ。

針が音の隙間を裂くように、一瞬の沈黙。

サビ前の小さな空白が、世界を凍らせる。


わざとつけた“無音”。

そこに確かに、音が欠けていた。


けれど、真理は微笑んだままだった。

表情も、瞬きも変わらない。


冬華の指が震える。

「……いい曲だね、冬華」

真理の声は、風のように穏やかだった。


シャケは拳を握りしめる。

(……当たっちまった)

勝ってはいけない推理。正しさが胸に痛い。


「……真理。音、飛んでたよ」

冬華の声が震える。


真理は静かに目を伏せた。

「そっか……ごめんね。気づけなくて」


冬華はそっと抱きしめる。

「言わなくていい。言いたくなったらでいいから」


「っ……ごめ…なさい……!

聞こえないの……ほとんど……!

怖かった……翔太くんに置いていかれるのが……

歌えない私なんて……いらないって思われるのが……!」


涙が零れ、言葉が崩れる。

それでも真理は止まらなかった。


「でも……みんなの夢、壊したくなくて……!

私が全部……!」


シャケが歩み寄り、低く言った。

「誰も置いてかねぇ。音がなくても歌える。夢は失わねぇ」


「歌えないよ……音が聞こえないのに……!」


シャケは意地悪そうに、でも優しく笑う。

「音楽ってのはさ、耳だけで聴くもんじゃない。

リズムは身体、想いは心、言葉は魂。

音を――繋ぐ。照らす。支える」


真理の瞳が涙の奥で光る。

「なんで……そこまで……?」


「友達だからだ」


その瞬間、真理の心がほどけた。

涙が堰を切るように溢れる。


マスターは音量を少し上げる。

Let it be, let it be――

音が祈りのように、涙をすくっていく。


「……助けてください」

「大丈夫。もう手は打ってある。あとは――歌うだけでいい」


真理は泣きながら笑った。

「……ありがとう……」


シャケはマグを静かに置き、低く呟く。

「誰も悪くねぇよ。だから――助ける」


風見鶏を出たあと、校庭の風は冷たかった。

部活帰りの笑い声が遠ざかり、夜が静かに降りてくる。


――そして、生徒会室。


雷は腕を組み、窓から沈む夕陽を見つめていた。

シャケが入ってきて、低く言う。


「……確かめた」

「そうか」


沈黙。秒針の音が大きく響く。


「真理、やっぱり聞こえてねぇ」

「全部、演ってた。笑って……気づかれねぇように」


雷は目を閉じ、深く息を吐く。

シャケは唇を噛む。

「推理は当たってた。でも……勝った気がしねぇ」


雷は肩を叩く。

「優しさで負けるのは、誇っていい」


その言葉に、シャケの拳が震える。

「雷。助けられるよな」

「助ける。必ず」


夜の風が答えるように吹き抜けた。


夜。校門前の並木道。

銀杏の葉が舞う。


「……伴隆くん」

冬華の声は涙で震えていた。


雷は振り向き、月明かりの下で彼女を見る。

「真理が……真理がね……!」


雷はしゃがみこみ、視線を合わせた。

「冬華。言わなくていい。知ってる」


「わたし、隣にいたのに……気づいていたのに、真理、ひとりで……!」


雷は手を包み、静かに言った。

「お前がいたから、真理は壊れなかった。支えてたんだ」


冬華は嗚咽をこらえ、掠れ声で言う。

「助けてあげて……真理も翔太も……お願い……!」


「任せろ。俺が絶対に守る。もう誰も泣かせない」


冬華は泣きながら笑い、雷の袖をぎゅっと握った。

夜風が二人の間を通り抜け、祈りのように歌った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ