風の調査線
◆【視聴覚室/シャケ班】◆
スクリーンに、ライブ映像が映し出されていた。
スピーカーから流れる微かなノイズ。シャケは目を細め、リモコンを握る。
「……ん?」
一時停止。
スロー再生。
倒れる律臣。揺れるライト。
――その瞬間、肩がわずかに光を避けるように動いた。
「……これ、偶然じゃねぇな」
シャケはノートを開き、メモを走らせる。
“反応タイミング:0.2秒前”
“落下角度:不自然”
放課後、シャケはクラスの女子生徒に声をかけた。
「なぁ、真理って最近どうだった?」
「うーん……ちょっと変。呼んでも気づかないし、肩をたたくとびっくりするの」
シャケは小さくうなずく。
「……やっぱりな。聞こえてなかったんだ」
彼はメモを閉じ、唇を結んだ。
「全部、洗い出す。真理も、律臣も――俺らが守る」
◆【放課後・雷&冬華班】◆
夕陽の射す廊下を、雷と冬華が歩いていた。
視線の先に、音楽室から出てくる真理の姿。
その足取り。
耳に触れるしぐさ。
どこか、痛みを隠すような動き。
「……やっぱり、いつもと違う」
冬華の声はかすかに震えていた。
真理はそのまま学園を出ていく。
雷と冬華は距離を保ちながら後を追った。
夕焼けの街を抜けて十五分。
坂の上に、山崎総合病院の白い壁が見えてくる。
「病院……?」
冬華が小さくつぶやく。
真理は慣れたように受付に診察券を差し出した。
まるでいつものことのように。
そのプレートに記された名前――
〈脳神経外科 雷大和〉。
雷が足を止める。
「……うちの親父だ」
冬華は驚いて息をのんだ。
「えっ……じゃあ、ずっと診てもらってたってこと?」
雷は短く頷く。
「多分……ライブの前から、だ」
ガラス越しに見える真理の後ろ姿。
医師の声が、かすかに響く。
「まだ少し耳鳴りが残っているね。無理はしないように」
冬華の手が震えた。
「耳鳴り……? ライブのせい……?」
雷は答えなかった。
けれど、表情はいつになく硬い。
「……音楽室での事故じゃない。もっと前からだ。
けど、原因を話してない。親父も、詳しくは教えてくれない」
「真理が隠してる……?」
雷は目を伏せた。
「誰かを庇ってる。
それだけは、確かだと思う」
冬華は唇を噛み、静かに頷いた。
二人の視線の先で、真理が待合室の椅子に座る。
その横顔は、どこか決意を宿したように見えた。
──夕焼けの光が、窓越しにやわらかく差し込む。
鳳学園で続いてきた“音の物語”が、
静かに次の幕を開けようとしていた。
◆【登夢班/会場再調査】◆
体育館の奥。
登夢は照明支柱を見上げ、無言で手を動かしていた。
「……固定金具、素人仕事だな」
彼は草薙建設特別班の作業員に確認を取る。
「キーボードの信号でライトを制御してた。もし操作ミスがあれば、落下はあり得る」
登夢は手帳に記す。
“事故=設置ミス+制御誤作動”
「……偶然じゃない。だが意図的とも限らない……」
――情報が揃い始める。
◆ 生徒会室・推理会議 ◆
夕陽が傾き、校舎の窓から橙色の光が差し込む生徒会室。
机の上には、ライブ映像のスチル、落下ライトの写真、メモ、そしてレポート用紙が散乱している。
雷、冬華、登夢、シャケ――四人は資料を前に顔を突き合わせていた。
「……やっぱり、何かがおかしい」
冬華が小さくつぶやく。声にわずかな震えが混じる。
「ライブ映像と監視カメラの映像を見比べた結果だ。真理、右側の音に反応していない瞬間がある」
シャケは腕を組み、冷静に推理を展開する。
「つまり、聴力に異常がある可能性がある」
冬華の表情が固まった。
「……やっぱり、本当だったんだ……」
雷が静かに頷く。
「俺と冬華で確認した。真理はライブ前から山崎総合病院に通院していた。脳神経外科、俺の父が主治医だ」
室内が一瞬、沈黙に包まれる。
シャケが資料を机に置き、低く微笑む。
「頭部強打による聴力低下の疑い……だけど、原因はまだ不明。翔太の脇腹の傷も、ここにつながるかもしれない」
登夢が息を飲みながら整理する。
「……音楽室やステージの設備、ライトはキーボードと連動していた。誤操作で落下する可能性はある。だが、翔太の脇腹の傷とは直接関係ない」
冬華が雷に目を向ける。
「じゃあ、あの二人の間で、何かあったの?」
シャケが小さく頷いた。
「翔太は脇腹に刺し傷を負っている。刺したのは真理の可能性が高い。でも、理由は単純じゃない。負傷の背景には、真理への強い想いがある――ライブ前の控室で何かあった、と考えるのが自然だ」
登夢の眉がひそまる。
「……翔太は最後までライブに立った。最後の曲の前まで、力尽きるまで」
冬華がふと口を開く。
「ねえ、“Let It Be”って知ってる?」
四人の視線が冬華に集中する。
「真理が好きな曲。だけどレコードは途中で音が飛ぶの。もし聴力に異常があるなら、音が飛んでいることに気づけないはず……試してみれば確かめられる」
雷が小さく頷く。
「“Let It Be作戦”か……悪くない」
シャケも微笑む。
「まだ問い詰めるのは早い。まずは曲で確認だ。真理がどこまで聞こえているか、確かめる」
夕陽に染まる生徒会室。
資料の紙がオレンジ色に照らされ、メンバーの視線は自然と同じ一点――“真理”――に向かっていた。
推理の整理は終わった。次は――真理の「聴力」を確かめる番だ。




