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プロローグ

プロローグ

「おつかれさまでしたー」


 俺の名前は佐倉真緒さくら まお。現在、大学2回生だ。

 上京して親元を離れ、一人暮らしをしている。常に金欠で、大学が終わればバイトに行き、生活費を稼ぐ――そんな面白みのない生活を送っている。


「ただいまー」


 いつも通りの日々。癒しをくれるのは、一年前に譲り受けた愛猫だけだ。

 隣人の飼い猫が子どもを産んで世話しきれないからと、なかば強引に渡されたのがきっかけだった。今では、そばにいてくれる大切な存在で、この子がいないと寂しくて仕方がない。


「にゃーにゃー」


 ご飯の時間になると擦り寄ってきて、早く寄こせと催促してくる。可愛い。

 茶トラで、くりくりした目と少し短めのしっぽが特徴だ。前足にハート型の模様があるのがチャームポイント。いつか“ふみふみ”してもらいたいと思っているが、残念ながらまだ叶ったことはない。


「あげるからおいでー。今日はちょっといいご飯だぞー」


 実はバイトでチップをもらったので、少し奮発していいご飯を買ってきたのだ。

24時間営業のコンビニはやはり便利だ。

 俺は猫が夢中で食べる姿を眺めながら、自分はもやしと卵を炒めただけのご飯を食べる。俺よりいいものを食べているけど、可愛いから許せてしまう。


 食べ終わったころには、すでに深夜3時半。シャワーを浴び、歯を磨き、眠りにつく。これが俺の一日のルーティーンだ。


「おやすみ」

――――――

「にゃーにゃー」


 朝になると、天然の目覚ましが俺を起こす。

 時計を見ると、9時7分。大学の一限に遅刻していることに気づいた。


「あー、またか。そろそろマジで留年しそうだな」


 また起きられなかった、

 最近は目覚ましをかけても起きられない。

 今から走っても、一限が終わる頃に着くだろう。寝坊に慣れてしまったせいか、焦りよりも妙な落ち着きがある。


 いつものように猫のご飯を用意する。


「ほんとお前はご飯のときだけ近づいてくるよなー。アニメみたいに膝に乗ったり、一緒に寝てくれたりすればいいのに」


 猫にご飯をあげ、自分は卵と冷蔵庫に残っていた人参を炒めただけの簡単な朝食を食べる。

 箸を動かしながら、ふと胸の奥が重たくなった。眠気のせいじゃない。何か、言葉にできない違和感がある。


(なんか、今日は空気が冷たいな……)


 窓の外では、いつもよりも風が強く吹いていた。薄曇りの空の下、車のクラクションがやけに耳につく。

 猫はそんな俺の足元に寄り添い、じっとこちらを見上げてきた。いつもと違うその目が、妙に切なく見える。


「どうした? いつもみたいにご飯に夢中じゃないのか?」


 返事のように小さく「にゃー」と鳴いた。

 それだけのことなのに、胸がざわつく。

 出かけたくない――そんな感情がほんの一瞬、頭をよぎった。


(何言ってんだ俺。さぼってばかりじゃ本当に留年するって)


 そう自分に言い聞かせて、玄関のドアノブを握る。

 金属の冷たさがやけにリアルに感じた。ほんの少しだけ、振り返る。

 猫は玄関先までついてきて、じっと見つめていた。


「行ってくる。帰ったらまた遊ぼうな」


 その言葉が、なぜか遺言みたいに口からこぼれた。

 不安を振り払うように靴を履き、外へ出る。


――――――

 道を歩いていると、突然、前からガタイのいい男が走ってぶつかってきた。

 急いでいたのだろうか。

 軽く会釈をするだけでこっちのことは見てこない。

 まともな食事をしていないせいで体重が軽い俺は、簡単に吹き飛ばされてしまう。よりにもよって飛ばされた先は狭い歩道の端。すぐ横は車道で、交通量も少なくなかった。


「グシャッ――ギギギ、ギーッ!」


 俺を轢いた車は急ブレーキをかけたが、時すでに遅し。タイヤの下に押し潰された俺は、見るも無惨な姿になっていた。


 痛みはない。ただ体がじんわりと温かい。

 かろうじて意識はあるが、体は動かない。呼吸もできない。視界は血に染まり、声も出せない。おそらく体のあちこちが欠損しているのだろう。


 それでも、頭の中だけはまだ動いていた。

 最後に浮かんだのは――猫のことだった。


(あの子はどうなる……? 俺がいなくなったら、きっと餓死してしまう。だったら最初から引き取らなければよかったのかもしれない)


 思い浮かべたのは愛猫のことだけ。

 両親も、友人も、恩人も――大切な人はたくさんいたはずなのに。


 意識が途切れる直前、幻聴のように猫の鳴き声が耳に届いた。

 最後にもう一度、その声を聴きたかったのだろう。


 そして俺は――二十年という短い生涯を終えた。

ありがとうございました。

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