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第24話

 朝、電車の窓に映る自分の顔を見て、今日はやけに眠そうだと思った。目の下にうっすら影ができていて、わたしは自分の顔に寄生しているちいさなクマだと解釈した。栄養不足の野生動物を皮膚の裏で飼育しているようなもので、どうやら今日も元気に活動中らしい。もし動物園に寄贈できるなら、名前も付けて展示してもらうのだけれど、寄贈先も受入態勢も存在しないし、飼育員もいない。つまり、クマもわたしも野生のまま、だれにも保護されずに電車に揺られて通学している。

 吊り革につかまる手は冷え、夜の眠気がまだ身体から抜けきっていない。窓の外の景色は朝なのに眠っていて、色彩がまだ目覚めの途中に見える。わたしもそれに合わせて、まだ今日というシステムを起動しきれていない感じがする。


 教室に入ると、友人が大げさに手を振った。わたしが座るより先に、彼女は椅子ごと近寄ってきて、当然のように距離を詰める。とりあえず、わたしの鞄を勝手に開けようとするのはやめてほしい。秘密というより、レシートとかプリントとか、あまり見られたくない生活のカスが詰まっているからだ。わたしの鞄は、文房具と教科書の収納機能よりも、だいたいいつもゴミ箱として優秀に機能している。

 授業中、先生の声がドップラー効果みたいに遠くなったり近くなったりした。理解できる話題のときだけ、列車がホームに滑り込んでくるみたいにすぐそばに来るのに、すこしでも分からない概念に入ると、音は高速で通り過ぎ、空気だけを揺らして遠のいていく。分かるところだけが近くて、分からないところは遠い。つまり、なにも学習できていない。わたしの頭は、常に音速を超えて置いていかれる。

 ノートを開いても、文字は勝手に散歩を始め、犬の散歩コースみたいにページの上で暴れている。わたしは飼い主としては無能な部類で、リードを握り損ねてばかりなのだ。気まぐれな子犬たちを後ろ姿だけ眺めながら、「きっとそのうち戻ってくるだろう」と願うだけの保護責任者。ノートに書かれた文字が、記録ではなく、野放しになっているのを自覚しつつ、今日もまたページの上で散歩を許可してしまう。

 昼休み、友人が自分のお弁当を、わたしに差し出してきた。彼女のお弁当には、ハート型の卵焼きが入っていた。わたしの卵焼きは、四角い。四角とハートを比べると、わたしの方が理性的で、彼女の方が感情的らしい気がする。彼女は理性を口に入れ、わたしは感情を口に入れた。そうしてふたりは、消化器官で交換留学をした。

 午後、英語の授業で、未来形という単元が出てきた。先生が『I will ~』と板書する。白いチョークの軌跡が黒板に線を刻むたび、それはまだ形もない未来を、既成事実として貼りつける宣告文に見えた。未来はいつも、動詞の前に無理やり割り込んでくる。まだ起きてもいない出来事に、番号だけ先に割り振るみたいに。

 わたしはふと、"わたし will 失敗"、"わたし will 居眠り"、"わたし will 後悔"と、頭の中で自動翻訳してしまった。未来形は、明日を願うような祈りではなく、予告状としての形式に近い。つまり、未来形は予告犯の言葉だ。

 先生は「意志を表す」だの「予定を表す」だのと説明するけれど、そのどちらにもわたしは乗り切れなかった。意志より先に不安が存在し、予定より先に気怠さが支配する。教科書では明るい未来を示す文法として紹介されているのに、黒板に書かれた瞬間、わたしの胸の内では「まだ失敗してもいない失敗」が先に成立してしまう。文法とは予感のフレームで、未来とは未遂のまま成立してしまう感情の方程式なのだ。


 放課後、窓の外はまだ明るかった。友人が「寄り道して帰ろ」と言い、わたしはとくに断る理由を見つけられなかった。結局、ふたりで駅前のちいさなパン屋に入った。焼きたての匂いが、空腹を強制してくる。クリームパンを手に取ったあとに、そういえば昨日もクリームパンを食べたのだと思い出した。でも、わたしはそのまま購入したクリームパンを食べた。今日のクリームパンは、昨日よりすこし甘く感じた。

 友人は、もっちりチーズのパンを半分ちぎって、わたしに渡した。ちぎられた断面から湯気が逃げていくのが見えて、その温度ごと差し出されているようで、なんとなく居心地が悪い。わたしは受け取りながら、この子はなぜこんなにわたしと分割しようとするのか、と考えた。ふたりでひとつになろうとすることが、どういうわけか好きなのかもしれない。パンも、お菓子も、笑いも、沈黙も、彼女はなんでも共有したがっているみたいだと思いながら、クリームパンをちぎって差し出した。彼女はにっこり笑いながら、それを当たり前みたいに受け取る。きっと彼女の世界では、「ひとりでひとつ」は欠落の状態で、「ふたりでひとつ」が完成形なのだろう。

 だけどわたしは、ひとりでひとつでも悪くないと思っている。世界は、割らなくても存在できるはずで、卵だって、殻のままでうつくしい瞬間もあるだろう。時間も感情も、割らなくても存在できるはずだし、分け合わない愛情だって、構造として成立するはずだ。そして、それで十分なのだ。

 帰りの電車で、友人は眠ってしまった。

 わたしの肩に頭をのせ、口元にまだすこしだけクリームをつけたまま。

 子供じみた無防備さが、そのまま体温を帯びてわたしの肩に降りてくる。

 わたしは、そっとハンカチで拭った。

 眠っているとき、人は、一番弱い。

 弱さを見せられると、強さを出すしかなくなる。

 わたしのやさしさは、いつもこうして彼女の寝顔に引きずり出される。

 能動的に発現しているのではなく、呼び出される形で現れている類のやさしさ。つまり、他者の無力のかたちをなぞることでしか、表面化しない種類のやさしさなのだ。

 窓の外で、街の灯りが一定の速度で流れていく。未来形よりも速く、現在進行形よりも曖昧な軌道で。今日という一日も、時間の底へ落ちたあとで、やがて過去形になる。

 それでも今だけは、わたしと彼女の影が窓ガラスに並んでいる。触れてもいないのに、重なりもしないのに、ずっと並び続けている。その並び方は、辞書にも載っていない構文のようで、誰にも説明できない。説明できないからこそ、成立している、そういう関係も、きっとある。

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