第19話
美術室の流し場に、わたしは残っていた。授業が終わって誰もいなくなった室内は、絵具の匂いと水の匂いが混ざった、独特の湿り気に満ちている。
手にした筆を丁寧に洗いながら、わたしはいつの間にか、時間を忘れていた。筆をこすれば色が滲み出て、水面に薄い輪郭が広がる。輪郭はすぐに崩れて、次の色を受け入れる器のように、透明になる。水は、寛容である。何を差し出しても拒まず、すべてを薄めて、混ぜてしまう。
流し場の端に置かれている空き缶に、窓から差す午後の光が斜めに落ちていた。金属の光沢がちいさなレンズになり、そこに映し出されるわたしの手元を、二倍に増やす。増えた手は忙しなく筆を動かし、洗い場の水は何度も波を立てている。
波紋の中心から伸びる線を見つめていると、自分の心もまた、同じように外へ外へと波を放っている気がしてくる。ひとつの思考が生まれるたび、水面が震え、見えない距離へ広がっていく。けれど、その輪がどこで途切れるのか、誰も知らない。
わたしの想いは、どこまでも波紋になって、どこかへ辿り着くのだろうか。もし届いたとして、誰がその微かな揺らぎに気づくというのか。いつか誰かの心の水面に、そっと触れることがあるのだろうか。
あるいは、そもそもその波紋は、届くことを前提にしていないのかもしれない。そう、ただ生まれるために生まれ、消えるために消える。わたしという存在は、そうした律動の中にしかないものだから。
手の中の筆の穂先に残る、わずかな青のしみを見つめる。その色は、過ぎ去った授業の断片を語っていた。色とは、時間の沈殿であり、記憶の影でもある。乾けば、固まる。固まれば、もはや動かない。だからこそ、塗る。流れ去る瞬間を、わずかでも留めようとする。塗り重ねることで、消えにくい痕跡を作る。
けれど水を注げば、その痕跡は簡単に薄まり、やがて溶けていく。記憶もまた、いつか水のように流れ去る運命を持っている。洗い流すたびに、色は静かに遠のいていく。それでも、完全には消えない。どこかに淡い名残を残しながら、別の色と混ざり、かつてとは違う表情を見せる。
そうして薄められた痕跡は、かえって愛おしく感じられる。はっきりしたものよりも、曖昧なもののほうが、長く心に残ることがある。痕跡は、薄いからこそ触れやすい。強すぎる記憶は痛みを伴うけれども、薄れた記憶は優しさを伴う。いつか、どれだけ塗り固められた記憶も、そっと撫でるように思い出せる日が訪れるのだろう。
そのとき、胸の奥の波紋の中心もまた、穏やかな沈黙へと帰ることができるはず。
消えてゆくことは、自然なこと。いつか広がりきった波紋が、静けさの中へ帰っていくように。
筆が水底に沈んだ短い時間、わたしは水面に映る、自分の顔を見た。
本物の顔と、水面に揺れる顔は、ほんのすこしだけ角度が違う。まるで別人のように、似ているのに、どこかがずれている。そのわずかな誤差が、現実と虚構の境界をぼやかしていた。
水の顔は笑っているように見えるけれど、その笑みはほんの一瞬で崩れ、波紋に溶けて形を失う。水は真実を映すわけではなく、むしろ、真実を撫でて、輪郭をやわらかくする。撫でられた真実は、痛みを和らげた傷口のように、わずかに呼吸を取り戻し、ようやく安心したように、すこしだけ、嘘を許す。わずかな嘘が許されることで、わたしたちは安堵し、お互いの肩の力を抜くことができるのだろう。
水面の中のわたしは、わたしを見返している。わたしは、自分が見ている側なのか、見られている側なのか、わからなくなった。ほんのすこしの波立ちで、ころころと表情が変わる。風が吹けば、口元が悲しそうに歪み、日差しが傾けば、目尻に笑いが差す。表情の変わらないわたしに代わって、水がわたしを演じているようだった。
水は真実を歪めるけれど、その歪みは悪意ではない。世界にはこういったものが至るところに満ちていて、そうしたすこしの濁りや、わずかな揺らぎがあるからこそ、わたしは自分を直視せずにいられるのだろう。真実があまりにも透き通っていたら、きっと自分の顔を直視できない。だから、曖昧であることで、わたしを守ってくれている。
背後で音がして、誰かが戸を開けた。年配の用務員さんだった。ちらりとわたしの方を見て、顔には「まだいるのか」という言葉を浮かべているように見えた。
彼は無言で流しの蛇口をひねり、わたしの隣でスポンジに水を含ませた。言葉は、なかった。あったのは、お互いに何かを洗っているという、存在を確認できる動きだけだった。
去り際に、彼がぽつりと、言葉をひとつだけ落とした。
「片づけ、はよな」
その言葉は、命令でも忠告でもなく、ただこの場のルールを知らせるだけの案内標識のようだった。わたしは、筆を振って水を切り、タオルで手を拭いた。拭く動作が終わると、なぜか気が済んだ。
ちいさなルーティンが満たされたとき、世界はちょっとだけ滑らかになる。でこぼこがひとつ消えると、その分だけ、すこし進みやすくなる。生きるというのは、きっと、そういうちいさな滑らかさを積み重ねていくことなのだろう。完璧ではなくても、引っかかりをひとつずつならしていくように。
窓ガラス越しに、校庭の空が鮮やかに見えた。夕焼けが高い位置で燃えていて、校舎の影が長く伸びている。水桶の中の水がその色を拾い、波紋は複雑な朱色の線を描いた。線は儚く、すぐに消える。永遠に続く形はひとつもなく、すべては変化の途中でしか存在できない。けれど、消える線を見ていること自体が、わたしの証拠になる。
消えることを、承知のうえで見つめ続けることは、ある種の勇気みたいなものだと思う。避けることのできない喪失を、拒まずに受け入れる勇気。
わたしは水桶の縁を軽く叩き、筆をもとの位置に戻した。美術室を出るとき、扉に指を当てて、一度だけ振り返った。
部屋の中には、まだ絵具と紙の匂いが漂っていた。それは、消えゆくものの誇りのようでもあった。誰にも見られなくなった色たちが、最後まで自分の存在を放っている。それを見届けることができただけで、今日という日がすこし報われた気がした。
扉を閉めると、音がちいさく響き、世界はまた静かに切り替わった。




