その才女、最強につき
城の門をくぐると、馬車はゆっくりと停車した。
一声かけられてから開けられた扉の先には、整然と並んだ使用人たちが深々と頭を下げていた。まさかの光景に、ミリアナは一瞬固まってしまう。
「ようこそ、ミリアナ様。おかえりなさいませ、カイン様。陛下がお待ちです」
先頭に立つ老執事が、恭しく2人を来客室へと案内する。
招待されている身であるため、ある程度は覚悟していたが、それでも厚遇すぎやしないだろうか。ミリアナは何と言われても、アカデミーの生徒。それなのに異常なほどの待遇。罠かと疑わずにはいられない。
執事の後ろを歩きながら、ミリアナは周囲を注意深く観察する。廊下のあちこちで、使用人や騎士たちが忙しそうに、それでも楽しそうに行き交っていた。皆、活気に満ち、生き生きとしている。
(怪しい動きは一切ない。殺気もなければ、つけられている感覚もない。なら、外か?)
ふと、中庭に目を向けると、そこでは騎士たちが剣の訓練をしている。汗を流しながらも、皆、真剣な表情で互いに切磋琢磨している様子が伺えた。ここでもないか。
その反対側の中では、ローブを纏った魔導士が魔法陣を描くなど、魔法の研究に打ち込んでいた。魔力の動きこそあるが、こちらには向いていない。
「色んな分野の方がいらっしゃるのですね」
「ああ。ここでは、各々の得意分野を伸ばすための策も講じられている。剣術と魔法を掛け合わせた部署もあるんだ」
「素晴らしい取り組みですね」
そんな話をしていた時、一瞬だけ魔力が揺らぐのが見えた。明らかに規定値を超えたであろう揺らぎ。
やはり罠か、と思ったが、どうやらそうではないようだ。その証拠に、訓練をしていた魔道士たちが一斉に顔をしかめ、不安げに魔法陣を見つめている。
(これは…、まずい)
ミリアナは、その揺らぎが持つ危険なエネルギーを瞬時に察知した。このままでは、魔法が暴走し、周囲を巻き込む大惨事になりかねない。
「少々失礼します!」
ミリアナは、カインと執事に断りを入れると、1番近くのバルコニーに飛び出した。そして、その範囲で行使できる最大限の風魔法を行使する。2階から中庭の魔方陣までは、走るよりかは風魔法で飛んだほうが早かったからだ。瞬時の判断。でも、それが最適解だった。
突然の行動に、カインも執事も驚きを隠せない。
「ミリアナ!?どこに行くんだ!」
カインの声が背後から聞こえるが、ミリアナは振り返ることなく自身の体を浮かせた。前世に空を飛んでいたこともあり、難なく地上に降り立ったミリアナは、魔方陣へと駆け寄る。
ローブを纏った魔道士たちは、暴走し始めた魔方陣に抗っていた。でも、それは無に等しい努力。バチバチと音を立て、不穏な魔力が周囲に満ちていた。
(間に合え…!)
魔法陣に近づいたミリアナは、迷うことなく手を掲げた。まずは防壁を、
「皆さん!その場から動かないでください!」
持っている膨大な魔力を解放し、1つの魔方陣を瞬時に複製する。それは、強固な防壁を築くための魔法だった。
「防壁!」
ミリアナの声と共に、強固な壁が魔導士たちの前に出現した。魔導士たちが止める中、ミリアナは一歩も引かず、今度は別の魔法を行使する。空中に幾重もの魔法陣を描かれ、瞬きをする間にも細かく展開を続ける。
「暴走した魔力に対抗できるのは、それ以上に膨大な魔力のみ!勝負!!!」
ミリアナが手を振り下ろすと、空中に描かれた巨大な魔方陣は、暴走した魔法陣に吸い込まれていく。暴れ狂っていた魔力は、ミリアナの魔力とぶつかり合った。
最初こそ、耳障りな音が周囲に満ちていたが、徐々に暴走が治まっていった。まるで荒れ狂う嵐を、穏やかな風が鎮めるようだ。
そして、ついに魔法陣の魔力は安定した。光を放っていた魔方陣も、ゆっくりとその輝きを失っていった。
周囲からは、安堵のため息とミリアナに対する驚きの声が聞こえてきた。誰もが、何が起きたのか理解できなかった。
ただ、『1人の少女が暴走した強大な魔法を鎮めた』という本来ならばあり得ない事実だけが、そこに残っていた。
ミリアナは、安心したように長く息を吐いた。そして、魔導士たちの前に設置していた防壁を解くと、お淑やかに礼をした。
「研究の邪魔をしてしまい、申し訳ありません。困っているように見えたため、つい。不快な点がありましたら、後日改めて謝罪をさせていただきます。本日ばかりは急いでいますので、どうかお見逃しください」
ミリアナは、いつもの完璧な淑女の口調でそう答える。あまりのことに周囲の魔導士が困惑していると、遠くから足音が聞こえた。
「ミリアナ!」
「カイン様」
息を切らしながら走って来た彼は、状況が読めないのか首を傾げる。
「な、何をしたんだ…?さっきのは、一体…?」
カインは、呆然と立ち尽くす魔導士たちに視線を向けた。ミリアナは、そんなカインの問いに、素直に答えた。
「魔法陣が暴走しかけましたので、私の魔法で鎮めただけです。見ての通り、被害は出ておりません」
ミリアナの言葉に、カインはさらに驚いたように目を見開いた。その時、魔導士の1人が、ミリアナに深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!あなたのおかげで、私たちの命が救われました!」
その言葉に、他の魔導士たちも一斉に頭を下げ、感謝の言葉を口にした。しかし、ミリアナとしては、そんなに大したことをしていないのだ。
「いいえ、とんでもございません。たまたま私が通りかかっただけですから」
ミリアナは、謙虚な言葉を口にした。その姿勢に、皆はすでに惚れ惚れしていた。
「それにしても、あなたは…」
それはそれとして、魔導士たちはミリアナの膨大な魔力に、畏怖と尊敬の念を抱いていた。
魔方陣には複数人の魔力が込められていた。それを、たった1人の力で治めてしまうなんて、あり得ないこと。魔導士たちは城で雇われている専門家。アカデミーの主席生徒と言えど、できるはずのない芸当だ。
でも、実際に被害はなく、魔法を行使したミリアナもケロッとした顔で笑っている。
「私は、ただの勉強好きな学生です。強いて言えば、ほんの少し人より魔力が多いぐらいですの」
ミリアナは、お茶目にそう言ったのだった。