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前世の呪いと運命の相手

「座ったらどうだ?」


 敬語を外された言葉遣いで、ミリアナは確信する。


(コイツ、記憶を持っている上で2人きりの場を提案してきたのか)


 動かず睨むミリアナを、カインはちらりと見た。

 なんで、どうして。色々聞きたいが、まずは、


「お前、勇者だな」


 直接的な問いに、カインは何の抵抗もなく頷いた。ミリアナも、いよいよ猫を被った口調を繕えなくなってきていた。


「ああ、そうだ。それで、君は魔王だろう?」

「……そこまで分かって、どうしてこの場を用意した?お互いに知らないふりをしても良かっただろ」


 その言葉に、カインは言葉を詰まらせた。

 なんだ?何を考えているんだ?

 

 しばらく返答を待っていると、彼は困ったようにガシガシと頭を掻いた。そして、ミリアナを見上げると気まずそうに口を開いた。


「あー…そんなに敵視しないで欲しいんだが…」

「するだろ」

「分かってる。前世では敵対してたわけだし、信用が無いんだろ。…でも、それはそれじゃないか?俺としては、前世の話を共有できる相手が欲しかっただけなんだが、」

「あ゛?」


 思わずミリアナが眉を顰めると、わたわたと手を振られる。その様子に、先ほどまでのキラキラした客人の姿はない。

 なんだ、この変わりようは。


「前世を1人で抱えるのはしんどくないか?」

「まあ…」

「俺も苦しいんだ。偶然とはいえ、仕事でここに来たら、前世を覚えていそうな魔王と再会できた。そうなったら、意地でもお互いに打ち明ける場を設けるだろ」

「……にしても、やり方ってものがあるだろう。深読みした私が馬鹿みたいじゃないか」

「悪いな。不器用なんだ」

「器用になって出直してきてくれ」


 見たところ、本当に敵意がないようだ。ため息を吐きながら向かいのソファーに座ると、嬉しそうな顔をされた。調子が狂う。

 

「で?」

「ん?」

「敵対していた上に私のことを殺した勇者様は、何を打ち明けたいんだ?」


 ミリアナは、あえて煽るように言い放った。ここで煽りに乗ってきたら、遠慮なく魔法を放ち、早々に退出する予定だ。

 

 無遠慮に足を汲んで言葉を待っていると、カインは意を決したように背を伸ばした。そして、躊躇なく頭を下げてきた。


「すまなかった」

「は?ちょ、なに!?」

 

「君が__魔王が、ただ平和な国を築きたがっていたのを知った上で、俺は君のことを殺したんだ」


 「……ぇ」


 ミリアナは、鈍器で頭を殴られたような衝撃に襲われた。

 どうして、勇者がそれを知っているんだ。魔王の思惑なんて、人間に伝わっているはずがないのに。


「魔族は、人間と比べて驚異的な力を持っていた。だから、魔族を奴隷化する案が、各国の間で承認されつつあったんだ。寿命の長い魔族が奴隷化すれば、きっと長く苦しんでしまう。だから、魔王討伐隊のメンバーで、できるだけ魔族を逃がそうとしたんだ」

「……ちょ、」

「でも、魔王は見せしめのために、延命に延命を重ねた拷問が繰り返し行われる話だった。だから、せめて楽に殺そうという話になったんだ」

「……ごう、もん?」


 カインは頭を下げたまま、言葉を続ける。


「ずっと謝りたかった。どんな理由があったとしても、君のことを殺してしまったことには違いない」

「……」

「君を殺して国に帰ったら、俺は英雄扱いをされたんだ。何で平和な国を築きたかった魔王が殺されて、魔族を奴隷化しようとした人間の王が生きているんだと、何度も思った。謝って許されることではないのは分かっている。でも、本当にすまなかった」


 その言葉を聞いて、ミリアナは静かに目を閉じた。頭は酷く冷静で、言葉を静かに飲み込んだ。

 ああ。本当の歴史を知らなかったのは、私の方か。勇者は、最後まで罪悪感を感じたまま寿命を全うし、記憶を持って生まれた今世も苦しんでいた。

 

 ずっと、私に謝りたかったのか。かつて殺した相手に謝罪するだなんて、どれほど怖かっただろう。


 頭を下げ続けるカインを見つめたまま、そっと息を吐いた。ミリアナの答えなんて、とっくに決まっていた。


「うん。許す」

「え」

「事情があったなら仕方ないし、勇者という立場から魔王である私のことを考えてくれていたのだろう?その結果の行動なら、責めようがない。むしろ、感謝を伝えるべきだろう。ありがとう」


 今度はミリアナが頭を下げると、動揺したようカインが止めてきた。

 

「ま、まってくれ!俺は、君のことを、」

「そもそも、苦しむ必要のない者が苦しんでいた現状が好かないな。数百年前とはいえ、姑息なやり方に腹が立つ」


 そう言い放てば、カインはポカンとした顔を晒した。あまりに気の抜けた表情に、笑ってしまう。


「なんだ。許さないとでも思ったのか?」

「だって、君は…俺のことを恨んでいると思ったから…」

「恨んでいたさ。でもそれは前世の話だ。それに、お前はずっと苦しんでいたのだろう?それなら、私にできることは許しを与えることだ。もう、苦しむな」


 ミリアナの言葉に、カインは静かに泣いていた。

 きっと、何を言われても受け止める気でいたのだろう。心が優しすぎるのも問題だな。残忍なぐらいの方が、案外ちょうど良かったりするものだ。


「お前も、今世は自由に生きろ。もう前世に囚われる必要はない。私も割り切って、人間らしく生を謳歌しようと思っているんだ」

「……いいのか?」

「もちろんだ。城に勤めるなんて、すごいではないか。きっと、それ相応の努力をしてきたのだろう」


 未だに泣いているカインに気を遣い、ミリアナは外に目を向ける。外は、温かな光に満ちていた。


「この国は本当に温かい。私は日々、それを感じているよ。きっと国王がしっかりしているのだろう」

「ああ。本当に良いお人なんだ。常に国民のことを考えていらっしゃる」

「あははっ、それでいい。国王は、常に国民のために生きねばな」


 うんうんと頷くミリアナに、カインも笑った。それを見て、静かに思う。

 なんだ、綺麗に笑えるではないか。ぎこちないが、それでもいい笑顔だ。


「さて、一応アカデミーについても話すか。仕事の一環だろう?」

「そうだな」

「改めて、ミリアナ・ワイアットだ。よろしく」

「カイン・エルドリアンという。よろしく頼む」


 流れるように握手を交わす。社交界において、握手を交わすことはあまりないのだが、今は例外をいうことでいいだろう。

 

「ん?」

「? どうかしたか?」


 握手をしたまま、カインは首を傾げられる。ミリアナも真似るように首を傾げる。


「つかぬことを伺っていいか?」

「どうぞ」

「…婚約していないのか?」

「はぁ~~~~~~」

「え、何だよ!聞いていいんじゃなかったのか!?」


 握手をしたまま、真正面で堂々とため息を吐いたミリアナ。

 いや別に聞いてもいいけどさ。いいんだけど、さ!!!!


「前世は魔王だが、今世は可憐な乙女なんだぞ?堂々と聞いてくるな」

「可憐…?」

「首を傾げるな。これでもまだ17なんだ」

「17歳!?」

「そうだ。まだ幼子だろ」


 そう言うも、やはり首を傾げられる。


「でも、婚約者がいてもおかしくない年齢じゃないか?」

「たしかに話は持ちかけられるが、全て断っているんだ。猫を被っていい性格を演じているが、それを生涯続ける気はない。口調もこっちが素だからな。直す気はないんだ。まあ、少なからず前世の影響は感じているよ」


 そう言ってミリアナが肩を竦めると、カインも激しく頷いた。


「分かる…。俺も、ずっと前世に囚われていたから婚約者を作る気になれなかったんだ。適当な気持ちで付き合っても申し訳ないし、そもそも打ち明けることできない現状が苦しすぎて…」


 言いながら、すでに頭を抱えそうになっているカイン。

 コイツもコイツで苦労していたんだな。そりゃそうか。思い詰めていたのを、ひしひしと伝わる。

 

「今、いくつなんだ?」

「今年で20歳だ」

「20か。周りから色々言われるだろう」

「主に国王陛下から…。一応騎士団長を務めているから、陛下ともよくお話しするんだが、、」

「…可哀想だな」


 上司からいい人を勧められても、諸事情につき断ってしまう。その申し訳なさは私もよく分かる。

 共感しているミリアナも、国内外問わず縁談の話が舞い込んでくるが、何かと理由を付けて断り続けているのが現状だった。申し訳なさを感じないわけではない。


「善意だから余計に申し訳なくて…」

「断るのも気力を持っていかれるよな」

「そうなんだよ。せめて婚約者の前では素でいたいと思ってしまうのは贅沢なのか…?」

「いやいや、その願いは普通だろう。ただ、私たちの状態が異常なだけだ。お互いに理解者が少ないもんな」


「「……」」


「っていうことは、」

「もしかして、」


 

「「俺たち/私たちが婚約すればいいんじゃないか!?」」



 そうだ。どうして今まで気づかなかったのだろう。

 

 今世で和解をした。

 記憶を持っている者同士の苦悩も似ている。

 前世の記憶のせいで、婚約者探しが難航していた。

 

 全てのおいて、互いが適任ではないか。


  

「…えっと、このまま婚約する流れでいいのか?」

「……俺でいいのかよ。前世で君のことを殺したんだぞ」

「気にしてないし、事情は分かったからな。ただ、もしお前自身が嫌なら、そうはっきり言って欲しい」

「嫌なわけじゃない。むしろ助かる」


 これでしっかりと確認は取れた、とミリアナは感じた。

 お互いに無理や我慢をしては意味がないと思ったが、どうやらそういうわけではなさそうだ。きっと、まだ許された実感がないだけだろう。それは、追々解決すればいい話。

 

「なら、問題ないな。どうする?この勢いで、我が家に挨拶に来るか?」

「…行く」

「よし。指輪はまだいいだろう。まずは、挨拶といこうか」


 

 運命というべきか、偶然というべきか。


 

 この奇跡的な出会いが、いつか笑い話になればいい。そんな思いが、ミリアナの中に芽生えたのであった。

 



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