第二章 その五
「まあ、外がこんな状態だからね。あながち鈴音の推理も間違いじゃないかもしれないわね」
「私はもう鈴音さんの推理を信じる事にします。どうやら既に私の常識は通じないようですからね」
「私も羽入家での惨劇を見なければ鈴音さんの推理を信じる事は出来なかったでしょう。けれども源三郎様から鈴音さんに協力しろという命が出ているからには、私も鈴音さんの推理を信じる事にします」
鈴音がもの凄い推理を発表してから十分近くの時間が過ぎると、ようやく全員が鈴音の推理を信じる気になったようで、そんな事を鈴音に向かって言って来た。けれども肝心の鈴音は浮かない顔をしていた。そう、鈴音も分っているのだ。自分の推理で決定的に欠けている物がある事を。
だからこそ、鈴音は意を決すると全員が落ち着いた機会を見計らって、自分の推理に掛けている物を言い始めた。
「私も自分の推理が当たっていて、真実はその通りだと思います。けど……吉田さんなら私の推理に欠けている物が分かりますよね」
いきなり話を振られた吉田は戸惑うが、すぐに冷静に頭を回転させると鈴音が言いたい意味をすぐに察する事が出来た。
「なるほど……証拠ですね。鈴音さんの推理は今の状況とこれまで集めた情報を元に展開されていて、それを証明する証拠は一個も無い。そう言いたいんですね」
そんな吉田の言葉に鈴音は頷いて見せた。けれどもそんな鈴音達の話に反論するかのように沙希が話を切り出してきた。
「でもさ鈴音。今の現状と情報から見て鈴音の推理は信憑性があるし、信じるだけの説得力を持っているのも確かなのよ。それにこんな状況だから証拠を探している暇は無いでしょ」
そんな沙希の言葉にも鈴音は頷いて見せた。その事に全員が首を傾げる結果となった。つまり鈴音が最終的には何が言いたいのかが分からないようだ。そんな全員を見て鈴音は意を決したように、とんでもない事を言い出す。
「だから……こちらから動いてみようかと思ってます。私達が動く事で玉虫を引きずり出します。もし、私の推理が当たっていたなら玉虫は必ず姿を見せるでしょう。そして外れてた時は……何も起きないと思うからです」
「なっ!」
「けど鈴音っ!」
「そうですっ! 今の村は羽入家の者で危険な状態にあるんですよ。私は実際に目にしてきました。そんな羽入家の者が徘徊し始めた村で無駄に動き回るのは危険ですっ!」
それぞれに鈴音の言った事に驚き、そして反対意見を出して来た千坂に同意するかのように沙希と吉田も頷いて見せた。
確かに羽入家の血筋が羽入家の使用人を全て殺せば、今度はその銃口や刃が村人に向けられるのは確実だ。そんな中をあえて動くのは無謀としか言えない。更に鈴音は玉虫を引きずり出すとまで言ったのだ。玉虫がどんな力を持っているか分らないからには玉虫との接触も避けた方が良いと鈴音以外の全員がそんな意見を鈴音にぶつけるのだが、鈴音はそんな意見を聞いて、ある本を取り出した。
それは水夏霞から購入した玉虫に関する記述が掲載されている本であり、鈴音はその本のとあるページを開くとある部分を示して読み始めた。
「ここに十本の御柱は玉虫の力を強めて安定させると記載されています」
鈴音が指差しながら読んだので全員の視線が鈴音の指先に集中した。けれども鈴音が言いたい事はそれだけであり、鈴音は本から指を離すと再び視線は鈴音に集中する。そんな中で鈴音は自分の推理を信じて話を続ける。
「つまり十本の柱は玉虫が現世に復活するためには必要不可欠な物。けど……姉さんのノートにこの手の話は改変されていてもおかしくないと書かれています」
「つまり柱は十本じゃないと?」
沙希としては九本のオブジェが十本の柱に相当すると考えたからこそ、そんな事を言ったのだろうが、そんな沙希の言葉に鈴音は首を横に振ると鈴音は静音のノートを再びテーブルの真ん中に置くと、今度は村長が最後に残した言葉が書かれているページを指し示した。
「ほら、沙希。ここを見て、村長さんは『騙された』としっかり書いてあるでしょ。それから十本の柱は完成に近いって。つまり柱が十本必要なのは間違いないんだよ」
「それだと……その話はどこが改変されてるって言うの?」
そんな沙希の問い掛けに鈴音は再び玉虫の物語が書かれている本を中央に持って行くと、先程のページを開いて、先程の少し前に記載されている文章を読み始めた。
「ここに十本の柱は村を囲むように建てられた。って書いてあるでしょ。けど、そんな柱は実際には存在しないからこそ、玉虫は自分が復活するために村長さんを脅して柱を建てさせた。その柱は沙希が想像したとおりにオブジェで合っていると思う」
「じゃあ、何が違うって言うの?」
どうやら鈴音も十本の柱が村長の建てたオブジェである事は間違いないと推理したようだ。だが、オブジェは全て数えても九本しか建っていない。それに村を囲むように建てられているのは八本だけで、最後の一本は村の中央に建っている。それを考えれば、どう見ても記載されている文章とは違ってくるだろう。
だがその物語が改変されている可能性を鈴音はすでに示している。つまり、鈴音が読んだ玉虫に関する話は改変されている可能性が高いのだ。だからこそ、そこに付け入る隙が生まれてくるというものだ。
そう考えた鈴音は昨日の出来事を思い出していた。それは最後に美咲と別れる時である。美咲はその時に『御神刀は影柱だから』という言葉を聞いている。確かに美咲の言った事だから間違っている可能性もあるが、この異変が起こるのと同時に美咲は姿を消している。
だからこそ、その言葉は美咲が鈴音に絶対に伝えないといけない言葉だったのでは無いのかと鈴音は今になって、その時に良く聞いておかなかった事を後悔した。
けれども今は後悔している時間は無い。だからこそ鈴音は後悔の念を押し殺して沙希の質問に答えるように話し始めた。
「私が考えたのは……柱の役目です。柱は村を囲むように建てる事で玉虫の力を強くして安定させる結界となる。でも、実際にそんな柱が無いからには、この村を閉鎖して玉虫の力を強くしているのは……十本の柱じゃなく、八本の柱なのよ」
「そっか、私達は十本って数に捕らわれてたのね。実際には十本も必要なかったって事でしょ」
沙希がそんな事を言うが鈴音は首を横に振った。そんな時に吉田が沙希に向かって柱は十本である事は間違いない事を言い出した。
「園崎さん、柱が十本なのは間違いないと思いますよ。ほら、村長さんが残してくれたノートにも十本の柱が完成するのは近いって書いてありますよ。その前にも十本の柱を建ててはいけないとも書いてあります。だから柱が十本必要なのは確かな事なんでしょう」
「そっか、なら鈴音。残りの二本は何処に行ったの?」
沙希にそんな質問をぶつけられて鈴音は少しだけ考える。とは言っても頭の中を整理して説明し易いように言葉を選ぶだけだ。そしてそんな鈴音は、まず美咲の言葉から説明する事にした。
「昨日の事ですけど、美咲ちゃんは私に『御神刀は影柱』と告げました」
「それってつまり」
「うん、美咲ちゃんが今回の事に関わっているのは間違いない。だからその言葉を信じても良いと思うよ。それを踏まえて説明すると次のようになると思うんですよ」
鈴音はそう言うと再び玉虫の話が書かれている本を開くと、先程のページを開きながら話を続ける。
「ここに村を囲むように十本の柱を建てると玉虫の力を強くして安定すると書いてあるけど……実際には玉虫の力を強めて安定させているのは八本の柱であり、残りの二本の柱は玉虫が存在し続けるのに絶対不可欠な柱が一本、そして八本の柱が発する力をまとめて玉虫に送る。つまり電波塔の役割をしているのが一本。私はそう考えています」
「なるほど、それでこちらから動いてみようと言い出したんですね」
鈴音の言いたい事を全て理解した吉田は納得したように頷くが沙希と千坂は分からないようでお互いに視線を交わしている。そんな二人に向かって鈴音は更に説明を続ける。
「まずは八本の柱。それを全て壊せばどうなると思う?」
「どうなるって……鈴音の推理どおりなら玉虫の力が弱くなるんじゃない」
「そうだよ沙希。だからまず、八本の柱を破壊する。そしてその後に村の中央で玉虫に力を送っている柱を破壊した後に、玉虫の怨念が宿っている柱を破壊すれば……全てを終わらす事が出来る」
そう断言する鈴音だが、やっぱり沙希には納得が行かない部分があるんだろう。その事を確認するかのように鈴音に尋ねる。
「ねえ、鈴音。やっぱり九本目の柱は村の中央にあるオブジェであって、十本目は御神刀だっていうの?」
そんな事を言って来た沙希に鈴音は頷いて見せた。それから、まずはオブジェと九本目の柱について話し始めた。
「柱がオブジェなのは間違いないと思います。それは村長さんは玉虫に脅されたからこそ、十本の柱を建てる事を強制されていたのだから。けど、村長さんは玉虫の存在を確認すると、少しでも抵抗するために、オブジェの建設をセリグテックスに依頼した。それがせめてもの抵抗であり、その間に玉虫を何とかしようと思ったんだと思う。そして村長さんは玉虫に対抗するために御神刀の模造刀を作った。これには祈祷が施してあり、すでに霊刀と化しています。つまり悪霊と化した玉虫に対抗できる唯一の手段だと村長さんは判断したようです」
一気に話した事で鈴音は少し話しつかれたのだろう。お茶を少しすするとまた話を再開させる。
「そこで一番重要なのが九本目の柱と十本目の柱。美咲ちゃんが御神刀が影柱と言ったからには表柱と言えるべき物が存在してもおかしくないと思います。そしてその表柱こそ、昨日完成した九番目のオブジェ。このオブジェは他のオブジェとは違って村の中央に建ってます。これは他の柱とは別の役割をしており、かつ重要な役割があるからこそ他の柱とは違って村の中央に建設されたんだと思います。つまり御神刀が影柱なら、九本目の柱は表柱。つまり玉虫にとっては八本の柱よりも重要な役割を持っている事になるんです」
「まあ、そう言われれば、九本目の柱は特別な意味に取れるけど……本当に御神刀が十本目の柱なの? 確かにあれは玉虫に関する記述は多く残ってるけど、それが十本目の柱とは限らないじゃない」
そんな意見を言って来た沙希に対して鈴音は首を横に振ると、再び水夏霞から購入した本を取り出した。そして今度開いたページは玉虫の崇りを鎮めようとした僧侶が殺される場面だ。そこにはいきなり天から降ってきた御神刀が僧侶を貫いて刺し殺している。そんなページを読んで聞かせる鈴音だが、沙希と千坂にはそれが何を意味しているのか分からないという顔をしていた。そんな二人に鈴音は説明する。
「この僧侶が殺されるシーンだけど、まるで何かに似てない?」
「そう言われても……」
すっかり考え込む沙希だが、千坂は鈴音が想像して欲しい物が想像できたのだろう。だからこそ千坂は口を開いて鈴音に正否を求めた。
「柱ですか。僧侶を貫いた御神刀は柱のように見える。そう言いたいんですか?」
千坂そんな言葉を口にすると鈴音は正解とばかりに笑顔で頷いて見せた。それから鈴音は更に沙希に昨日の出来事を話し始めた。
「ねえ沙希、昨日七海ちゃんは妖刀には玉虫の怨念が宿ってるって言ってたよね」
「えっ……あぁ、確かにそんな事を言ってたような気がするわね」
「その玉虫の怨念が宿っているのが妖刀ではなく、御神刀だとしたらどうする」
「……それってっ!」
さすがに沙希も鈴音が何を言いたいのかが分かったのだろう。沙希は驚きを隠せなかった。それは千坂も同じであり、吉田は納得したように頷いていた。
「つまり玉虫の怨念が宿っているのは妖刀じゃなくて御神刀。そして御神刀は影柱と言われているほど重要な存在。それに御神刀は玉虫にトドメを刺した刀だし、玉虫の怨念が宿るには丁度良い物は他には無い。だからこそ、それを示すかのように僧侶をまるで柱を建てるかのように天から降ってきて、柱が建ったかのように僧侶を殺している。それだけでも御神刀が十本目、ううん、御神刀が玉虫の怨念が宿っている一番重要な柱。つまり一本目の柱だと言ってもおかしくはないんだよ」
鈴音の話を聞いて沙希も千坂も納得したかのように頷いた。確かに鈴音の言っている事には筋は通っているし、信憑性もある。だから鈴音の推理は信じるに値するだろう。だからこそ沙希も千坂も頷いたのだが、それが自分達と動く事と結び付かなかった千坂は鈴音に尋ねた。
「それで鈴音さんはいったい何をやって玉虫を引っ張り出そうというのですか?」
そんな千坂の質問に鈴音はとんでもない事を言い出す。
「それは決まってるじゃないですか。まずは……八本の柱を破壊するっ! そうすれば玉虫だって黙っている訳には行かないし、もしかしたら村から出られるかもしれない。それに八本の柱が玉虫に力を与えているのなら、八本の柱を破壊する事で玉虫の力を弱くする事も出来るはず。そして玉虫の力が弱くなった時こそが、私達が反撃するチャンスなんですよ」
そんな事を聞かされて驚きを隠せない沙希と千坂。まさか鈴音がそんな大胆な行動に出ようとは思ってもみなかったようだ。けれども吉田は鈴音がそんな行動を起こす事を予想が出来ていたみたいで、驚く事もせずにタバコに火を付けた。それから鈴音の説明をフォローするかのような言葉を発した。
「そして柱が破壊されている事に気付いた玉虫は必ず姿を現す。その時こそが鈴音さんの推理が証明された時にもなります。かなり危険な事だとは思いますが、これ以外に鈴音さんの推理が当たっているかの証明は出来ないでしょうね」
吉田にそんな事を言われて申し訳無さそうに頭を掻きながら笑って誤魔化す鈴音。本来ならちゃんとした証拠を元に動かなくてはいけないのだが、ここまで非常識な事態が続くと今から証拠を探していては手遅れになりかねない。だからこそ、鈴音は自分の推理を信じて、かつその推理が当たった時に有利に立てる手段として柱の破壊という大胆な手段を持ち出してきたのだ。
吉田にそんな事を言われてやっと沙希と千坂も鈴音が自分の推理を証明する為に大胆な事をしようとしているのがようやく理解でいたようで、二人とも呆れたような、そして少し心配そうな複雑な表情をしていた。
そんな二人の表情を見て、鈴音はあえて笑顔で二人に向かって言葉を放った。
「大丈夫だよ。確かに危険で私の推理が外れてるかもしれない。でも……源三郎さんは私に全ての鍵を持ってるって言ってくれた。たぶんだけど……源三郎さんは村長さんから玉虫の事を聞いていたのかもしれない。けど、あまりにも非現実的だから冗談だと思ったけど、こうして玉虫の呪いに抵抗しているうちに村長さんの言葉が真実だと気付いたからこそ、私に全ての情報を集まってる事だけじゃなく。こうやって霊刀も私の託してくれた事を説明してくれた。だから……大丈夫だよ。私達だけでも……十本の柱を破壊して今の事態を収めることが出来るよ」
まったく、その自信はどこから来てるのよ。そんな事を思いながら沙希は溜息を付いて見せた。そんな沙希とは違って千坂も心ではある決意をしていた。
確かに源三郎様は鈴音さんに村の未来を委ねた。なら……私は鈴音さんを信じて最大限協力するまでです。そう……源三郎様の分まで、この命に代えても。そんな決意をした千坂は鋭い視線になっていたが、さすがにサングラス越しにでは誰にも気付かれる事は無かった。
けれどもそれで良いのだ。その決意は千坂の決意であり、他の誰かに委ねたり託したりする決意ではなく、千坂自身が自分自身に言い聞かせた決意なのだから。他の誰かに悟られなくても、いや、悟られない方がよかったのかもしれない。
なんにしても、これで方針は決まった。後は決行するだけだが、村の外には既に羽入家の血筋が徘徊していてもおかしくは無い。だからこそ、ここは慎重にどう行動するかを考えるべきだと吉田の進言を元に鈴音はある決断を下した。
「そうですね。けど……私達に時間が無い事も確かです。こうしている間にも羽入家の血筋が村で被害を出しているかもしれないんですから。私達がやるべき事は少しでも早く羽入家の呪いを解放させるために十本の柱を破壊する事です。だから……分かれて行動しましょう」
「なっ!」
「はぁ~」
「…………」
鈴音の言葉に沙希は驚き、吉田はやっぱりかと溜息を付いた。そして千坂はあえて黙っていた。どうやら千坂は既に覚悟を決めているみたいで、鈴音がやれと言った事ならどんな事でもやって見せるだろう。それだけの覚悟を持っていたからこそ黙って鈴音に従うまでだ。
それぞれの反応を見た鈴音は更に話を進めた。
「確かに一塊になって動いた方がリスクは少ないです。でも、その所為で村人が全員殺されては意味が無いんです。だからここはリスクを承知の上で分かれて行動するのが一番です。それに……」
「それに?」
鈴音が言葉を区切ったので沙希がオウム返しで尋ねる。鈴音としてはこんな事は言いたくないのだろうが、ここでその可能性を示唆して置かないと全員が納得しないだろうと判断した鈴音はその言葉を口にする。
「それに……もし私の推理どおりなら玉虫は必ず姿を現す。けど……玉虫に対抗できるのは私が持っている霊刀しかない。けど、柱を破壊する前の玉虫ならかなりの力を持っていると思います。それをこの霊刀だけで対抗するのには無理があると思います。だから……だから誰かが犠牲になったとしても、他の人が生き残れば柱の破壊が出来るようにしておいた方が良いと思います」
そんな鈴音の言葉を聞いた沙希は黙り込むしかなかった。一方で吉田と千坂は冷静だった。それは経験の差と言えるだろう。二人ともこのような土壇場には慣れているのだろう。だから冷静に鈴音の言葉を受け入れる事が出来た。けれども沙希は今までは普通の大学生だったのだから、こんな事態に遭遇して、こんな事に巻き込まれたのだから驚いて当然だ。
何しろ鈴音の作戦では犠牲が出るのを覚悟の上で成り立っている作戦なのだから。
つまりだ。玉虫に襲われた時に全員が一緒に居ると、その場で全滅させられる可能性が大きい。そうなれば希望は全て断たれて村人は全て殺されるだろう。だがバラバラに動いていれば、誰かが玉虫に殺されたとしても、他の誰かがフォローに回って柱の破壊に向かう事が出来る。
それだけ鈴音が言い出した作戦は危険なのだ。それを理解しているからこそ、吉田と千坂は何も言わなかった。二人とも分っているのだ。鈴音の推理が当たっている事と鈴音の判断は間違っていないという事に。
だからこそ、ここは危険を承知した上でも動かないといけないと二人は経験から悟っている。だからこそ鈴音の作戦に異論を唱えないのだ。その一方で沙希のようやく落ち着きを取り戻してきた。
というよりも、あまりにも吉田と千坂が冷静だったために、沙希もあまり取り乱す事無く、すぐに落ち着きを取り戻したのだ。そして沙希自身も覚悟を決める必要があると自分で感じた沙希は覚悟を決める。
……静音さん……今こそが静音さんからの恩を返す時だと思います。あの時……静音さんに救ってもらった言葉に……私は、鈴音を信じる事で返します。それが静音さんの願いだと知っていますから。だから私も……鈴音の為に今は自分の命に代えても恩を返します。静音さんは反対するかもしれませんけど、今ではそれが静音さんに対する恩返しなると思いますから……だから、私は鈴音と運命を共にします。
そんな決意を固めた沙希は今までとは違って鋭い眼差しになっていた。それは千坂の眼差しと似ている物があったろう。それほどまでに二人の決意は似ているのだ。そんな沙希の視線を見て吉田もタバコを揉み消して溜息を付いた。
吉田としては鈴音達をこんな事に巻き込む事自体に反対したかったのだが、全ての鍵を鈴音が持っていて、玉虫に対抗できる武器を扱えるのも鈴音だけだ。だからこそ、ここは鈴音達を巻き込むしかないと決断するしかなかった。
それは警察官としては許されない決断かもしれないが、今の事態を収束させるためには、どうしても鈴音を要に動かないといけない。それは警察の仕事に鈴音達を巻き込んだ証拠でもあり、鈴音達に危険な事をさせるのにも吉田は引け目を感じていたからだ。
だからと言って後は吉田の力だけでどうにか出来る問題ではない。やはりここでも鈴音達の力が必要なのだ。だからこそ吉田は警察官という職務を一旦忘れて、ここは一人の人間として鈴音達に協力する事を決断したのだった。
そんな全員を見回して鈴音は申し訳なさそうに口を開いた。
「沙希や皆さんをこんな危険な事に付き合わせるのには本当に心苦しいのですが、ですが……これしか玉虫の野望を阻止して村を救う手段は無いと考えられるからには、危険でも実行するしかないんです。だから……ごめんなさい」
そんな事を言って頭を下げる鈴音。沙希はそんな鈴音の頭を思いっきり引っ叩くのだった。
「う~、沙希~、痛いよ~」
いきなり叩かれた事により鈴音は涙目になって抗議する。そんな鈴音に対して沙希は態度を崩す事無く、自分の主張を思いっきり口にする。
「鈴音、前にも言ったでしょ、私は何があっても鈴音と行動を元にするって。だから鈴音が危険な事に挑むのなら、私も一緒に危険に挑むわよ。それがどんな事であってもね。だから鈴音、鈴音が謝る事なんて一つも無いのよ」
「沙希」
そんな沙希の言葉に鈴音は感謝の言葉も出なかった。確かに沙希はどんな時でも鈴音と一緒に居てくれた。それがどんな危険な時でも、けれどもこれからは明らかに危険だと分っている事に付き合わせるのだ。鈴音としてはやっぱり沙希に対しても引け目を感じていたのだが、沙希の言葉によって再び沙希の存在がどれだけ頼もしいのかを実感する事になった。
そんな沙希に続いて吉田が口を開いてきた。
「そうですよ鈴音さん。それに……本来ならこういう危険な事は我々警察が行う事なんですから。本来ならこちらが謝るべきなんですよ。それなのに先にそっちから謝れてしまっては、我々の面子が立たないというものですよ。だから鈴音さん、どうか謝らずに私達を信じてください」
「はい……吉田さん、ありがとうございます」
吉田の言葉に感謝する鈴音。確かに吉田が言ったとおりに警察が普通に機能していれば鈴音達を巻き込む事無く、警察だけで事を済ませることが出来ただろう。だがこんな状態だからこそ鈴音達を巻き込む結果となってしまった。吉田としてはその事を鈴音に謝罪したいのに、鈴音から先に謝罪を受けてしまっては吉田の面子が潰れるという物だ。だから鈴音は感謝の言葉だけで、それ以上の事は何も言わなかった。
そして最後に千坂が口を開いてきた。
「鈴音さん、もちろん私もその作戦に参加させてもらいます」
「けど……千坂さん、その怪我だと」
「これぐらいの怪我ならなんともありません。それに柱の二本は羽入家の近くに建っています。私なら羽入家を通る事無く、オブジェに行ける裏道を知ってます。今の状況から言っても私の存在は必要なはずです。それに……私は源三郎様の命令と自分の意思で鈴音さんを信じて協力すると決めました。だから、今更仲間外れにされるのはごめんこうむります。だから鈴音さん、私も鈴音さん達と運命を共にします。そして鈴音さんを守ります、この命に代えても」
「千坂さん……」
千坂の言葉に鈴音はそれ以上の言葉を返す事は出来なかった。確かに千坂は怪我を負っているが、決して歩けない程の大怪我ではない。多少の無理をすれば走る事も出来るだろう。
それに千坂の言ったとおりに柱の二本はどうしても羽入家の近くにある。だから柱を全て破壊するにはどうしても羽入家を迂回しないといけない。それは暴走した羽入家の血筋と出会う確立が高くなる事を証明しているのだが、千坂は羽入家の人間である。だから羽入家しか知らない裏道を知っている。だからこそ、羽入家近くの柱を破壊するには千坂は打ってつけの人物だと言えるだろう。
それに千坂からそんな覚悟を聞かされて鈴音も拒絶する事はできなかった。確かに千坂の言葉は鈴音にとってはありがたいし、千坂が参加してくれれば一人当たりの負担が減るのも確かだ。けれども千坂は怪我を負っている。そんな千坂を危険な事に参加させるのには鈴音も気が引けたが、千坂にそこまで言われると鈴音はどうしても拒絶する事が出来なかった。それだけ千坂の決意が伝わったのと、千坂は源三郎の分まで働こうという意思が鈴音にもしっかりと伝わっていたからだ。だからこそ鈴音は千坂の申し出を断る事が出来なかったのだ。
「分かりました。なら全員参加でこの作戦を決行するという事で良いですね」
鈴音がそんな言葉を口にすると全員が一斉に頷いた。どうやらそれぞれに覚悟を決めたようだ。だからこそ、誰も異論を唱える事無く、鈴音の推理を信じて今は動く事を決意したのだ。
それから鈴音達は誰がどの柱を破壊するかを話し合った。
羽入家付近の柱二本は千坂が担当する事に決まっている。それは羽入家ならではの道を千坂は知っているし、中には千坂をはじめ羽入家でも数人しか知らない道も千坂は知っているからだ。千坂も伊達に源三郎の右腕をやっていた訳ではないという事だ。
それから桐生家から一番遠い、村長宅を通り過ぎた柱二本を吉田が担当する事になった。理由としては千坂が羽入家付近の柱を担当するからには、車を運転できるのは吉田だけに限られているからだ。要するに鈴音も沙希も車の免許を持ってはいなかった。だから車の運転が出来る吉田が桐生家から一番遠い、柱二本を担当する事になった。
そして平坂に続く二本の道にあるオブジェは沙希が担当する事になった。それは沙希がバイクの免許を持っており、桐生家にもバイクがある事を沙希は確認していたからだ。確かにバイクなら車と同じように早いスピードで移動できる事は確かだろう。だから桐生家から遠い平坂に続く道にある柱二本を担当する事になった。
最後に鈴音だが、鈴音は平坂神社を挟むように点在している柱二本を担当する事に決まった。それは鈴音だけが免許という物を持ってなく、自転車しか乗れないからだ。けれども現状から考えると自転車の方が返って危ないという事になり、鈴音は徒歩で柱の破壊に向かう事になった。それは山道に差し掛かると羽入家の血筋に出会わないようにするために、どうしても道なき道を行かなくてはいけない。それは村の中でも同じだが、そんな時に自転車では隠れる時にはお荷物以外の何物でも無い。
それを考えると徒歩の方が逃げ易いし、羽入家の血筋と出会っても完全に隠れる事が出来る。そこまで考えたからこそ、鈴音は徒歩で柱の破壊に挑む事が決まった。
こうして各自の担当が決まると吉田が重要な事を言い出してきた。
「ところで……どうやって柱を破壊するんですか?」
「…………」
「鈴音、そこまで考えて無かったわね」
沙希の鋭い突っ込みに鈴音は笑って誤魔化すのだった。更にそこに追い討ちを掛けるかのように吉田の鋭い言葉が鈴音に突き刺さるのだった。
「その前に柱の破壊なんて出来るんでしょうか? 見えない壁みたいな強度を持っていたら、とても破壊なんて出来ませんよね?」
そんな吉田の言葉に鈴音は頭をフル回転させて、どうにかして柱が破壊できるかを考え出す。そうすると案外と簡単に答えが出てきた。
「あっ、そうか、大丈夫です、柱の破壊は可能です。それに見えない壁のような強度は無いはずですから、金属製のハンマーでも持っていけば、充分に破壊できますよ」
「その根拠は?」
真っ先にそんな事を尋ねてくる沙希。そんな沙希に向かって鈴音は自信満々の顔で答えた。
「だって沙希、見えない壁を作り出しているのは柱となってるオブジェなんだよ。つまり柱は村を隔離する見えない壁を形成する事は出来るけど、柱自身を守る機能は持ってないんだよ。そんな機能を持ってれば柱を何本も建てる必要は無いじゃない。柱が八本もあるからこそ、たとえ一本や二本欠けたところで、村を囲む見えない壁が消えないようにするようにしてるんだよ。だから柱の破壊は可能だよ。もし柱を見えない壁みたいな強度にするには、柱を守る機能を持った何かを柱の傍に置かないといけない。けど、私達はそんな物は確認してない。だから柱の破壊は可能だと考えても大丈夫だと思います」
そんな鈴音の推理を聞かされた全員は納得したかのように頷いた。もう、ここまで来たら鈴音の推理を信じるしかないと全員が分っているからだ。だから鈴音の推理に筋が通っていれば無条件で信じると全員が覚悟したからこそ、ここは鈴音の推理を信じる事にして、まずは柱を破壊するための道具について検討を始めた。
「なら、何かオブジェを破壊できる物が必要ですね。あれはコンクリートのように人口石で出来てますから、硬い物で何度も叩けば充分に破壊できるでしょう」
吉田がそんな事を言うと全員が頷くが、そんな道具が何処にあるのかがまったく検討が付かなかった。そんな時だった。沙希が突然立ち上がると、こんな事を言い出した。
「確か静馬さんは青年団の団長をしてたんですよね?」
いきなりそんな事を吉田に尋ねる沙希。そんな沙希の質問に吉田は冷静に答えた。
「ええ、確かにそうですけど。それがどうかしたんですか?」
そんな質問返しに沙希は自分の考えを打ち明ける。
「なら、青年団で必要な物がこの桐生家にあってもおかしくないと思うんですよ。その中にはオブジェを破壊できる物があるかもしれない。とにかく琴菜さんに聞いて、桐生家にそういう物が無いか聞いてみましょう」
沙希がそんな事を言い出すと、吉田も「それしかないですね」と同意を示し、鈴音も沙希の言葉に同意したかのように立ち上がったので、千坂も鈴音に従うように立ち上がった。
それから全員で再び琴菜の所に行くと、青年団で使用していた道具をこちらでまとめて持っていないか吉田が尋ねると、琴菜はすぐに物置にそれらの道具は全て仕舞ってあると答えたので、吉田は早速、琴菜に物置へと案内してもらった。そんな吉田と琴菜の後に続く鈴音達は一度外に出て、家の裏手に周って物置へと付いた。
一応、鍵が掛かってるみたいで琴菜は鍵を開けると『どうぞ』とばかりに吉田達を中に促した。中は真っ暗で何も見えなかったが、すぐに沙希が電気のスイッチを入れると、やっと明かりが付いて物置の中を確認する事が出来た。
物置には様々な物が一応整理されて置かれているようだ。その中には日曜大工に使うものやら、普段では使わない季節物なんかが置かれていた。そしてその中には鈴音達が探していた金属製のハンマーやつるはしなんかも置いてあった。
鈴音が何でそんな物が置いてあるのかと琴菜に尋ねる。
「こんな村ですから、いつ崖崩れで道が塞がってもおかしくないんですよ。それに静馬は何かを作るのが好きでしたからね。それに使うための道具もこの中に仕舞ってあるんです」
「へぇ~、静馬さんってそんな趣味があったんだ」
琴菜の言葉を聞いてそんな感想を漏らす鈴音。それはそうだ、鈴音が静間について興味を抱いても不思議ではない。なにしろ静音が鈴音に紹介しようとしていた人物だ。もし、二人が無事に見つかる事になれば、静馬は鈴音の義兄になるのだから。鈴音が静間の事に興味を抱いても不思議ではなかった。
けれども今はこの非常事態を収束させる事が最重要事項である。吉田は理由を付けて琴菜を物置の外へ出すと、中を物色し始めて金属製のハンマーをそれぞれ取り出してきた。
「これなら持ち運ぶのにもそんなに負担にならないでしょう。少し重いですけど、これなら数回叩くだけでオブジェを破壊する事が可能なはずです」
そんな事を言った吉田に対して、鈴音はハンマーと並んで置かれているつるはしにも注目して、なんでハンマーを選んだのかを吉田に問い掛けてみた。
「それはつるはしは先端が欠けると使い物にならないからですよ。柱の強度が分らないからには、確実に破壊するには、こっちのハンマーの方が確実だからですよ」
そんな理由を聞かされて納得する鈴音。
確かにつるはしの方が何かを破壊するには優れているだろう。だがつるはしは一旦壊れると使い物にならない。だから下手につるはしを持って行って、柱を壊している途中につるはしの方が壊れてしまうと、その時点でもう一度桐生家に戻らなくてはいけないという二度手間になりかねない。
吉田はそんな事態を避けるために、あえて金属製のハンマーを選んだのだ。確かにこちらの方が破壊するのには時間は掛かるが、確実に破壊できて、しかも壊れ難いという特徴を持っている。だから時間の無い鈴音達には打ってつけだが、ただ一つだけ贅沢を言えば、そのハンマーを持ち運ぶのにはちょっとだけ重いという事だけだろう。
乗り物を使う吉田と沙希は楽だけど、徒歩の鈴音と千坂にとっては重荷としか言い様が無いが、今はそんな贅沢な事を言っていられない状況である事は、ここに居る全員が分っている。だからこそ鈴音も無言でハンマーを手に取るのだった。
そして鈴音はハンマーを背負い。腰には霊刀を刺しており、これで準備が整った。沙希もハンマーを持ち出して、外に居る琴菜にバイクを借りたいと言って、バイクの鍵をわざわざ家の中から持ってきてもらうと、沙希はバイクを持ってきて、バイクの後ろのハンマーを括りつけるのだった。
その間に吉田は一旦、車に戻っていたらしく。琴菜が居ない事を確認すると千坂に静かに近寄って拳銃を手渡した。
「一応、私も武器は所持してますけど」
拳銃を受け取りながらも千坂はそんな言葉を返すが、吉田はそんな千坂に軽く笑みを浮かべて拳銃を手渡した意味を伝えた。
「けど、今は武器が多い方が良いでしょう。それに……実はそれは羽入家から押収した武器を横流しした物なんですよ。だから元々は羽入家の物なんですから、構う事無く使ってください」
そんな事を言った吉田に対して千坂は苦笑するしかなかった。どうやら吉田は今までに羽入家から押収した武器の一部を横流しして、自分で使っていたようだ。それも羽入家に対抗するためだという名目だったために、上層部もそんな吉田の行動を黙認したらしい。
「分かりました。そういう事なら遠慮無く使わせてもらいます。けど……こんな物は使わない方が良いんですけどね」
「そこは同感ですね」
千坂としては武器を使用する時には自分が仕えていた羽入家の血筋に対してだ。だからこそ、千坂はそんな事を言ったのだが、その気持ちは吉田とは少し違っていた。吉田は単純にこんな武器なんか使わない事に越した事は無いと思ったからこそ、千坂の言葉に同意したにすぎない。
どちらにしても二人とも武器を使用しないで事態が収まる事を祈るばかりだ。それから吉田は準備の終わった鈴音と沙希を呼び寄せると全員にある物を配った。
「これって……トランシーバー?」
鈴音が尋ねると吉田は何でそんな物を配ったのかを説明した。
「ええ、携帯型の無線機です。もしかしたらと思って用意しておいたのですが、先程の千坂さんが言った言葉によれば村の中では無線機も使えるみたいですから、これでお互いに連絡を取りながら行動した方が良いでしょう」
確かにこれから別々に行動するのだから、何かしらの連絡手段があった方がお互いの状況が分かりやすい。吉田はそう判断したからこそ、トランシーバーを全員に配ったのだ。
それから吉田は鈴音と沙希にトランシーバーの使い方を教えた。どうやら細かい設定はしてあるみたいで、変な所をいじらなければ簡単に通信が出来るようだ。一方の千坂はこの手の機会には既に詳しいみたいで、自分でトランシーバーの機能を確認している。
それから念の為に鈴音達はその場で少しだけ距離を取って、お互いにトランシーバーが使えるかどうか試してみた。どうやら問題無くトランシーバーは使えるようだ。これでお互いに連絡が取れて動きやすくなるだろう。
そこで鈴音からこんな事を言い出してきた。
「これでお互いの状況が分かるわけですから、柱を破壊したら報告する事にしましょう。それと柱の破壊に支障が出るようなら、近くの人がフォローに迎えるようにもしましょう。そして最後に……玉虫を見かけたら、その情報も必ず送ってください。その事で玉虫の動向を推理する事も出来ますし、これからの行動にも反映することが出来ます。私からは以上ですけど、皆さんは何か質問はありますか?」
鈴音がそんな事を全員に向かって言うと、それぞれに反応を示して質問は無いと主張してきた。その事により、これで全ての準備が整った。後は実行に移るだけだ。
だからこそ鈴音は最後にこんな事を言った。
「じゃあ、柱の破壊に行きましょう。それから、自分一人では無理だと感じたら必ず連絡をください。お互いにフォローしあいながら柱を確実に破壊して行きましょう。決して無理しないでください」
そんな事を真顔で言った鈴音に沙希はあえて笑みを浮かべて答える。
「大丈夫よ、私だって若い美空で死にたくは無いもの。決して無理なんかしないわよ。だから鈴音、そこは安心して大丈夫よ」
「そうだね沙希、だって沙希は頑丈に出来てるから、そう簡単には死なないよね」
「そんな事を言うのはこの口か、えっ、この口か」
「しゃき~、いしゃいよ~」
鈴音がいつも以上に真剣だったので沙希としては少しだけ緊張をほぐすつもりで、そんないつものようなやり取りを行ったのだろう。そのおかげで鈴音も余計な力が抜けたし、リラックスする事が出来た。それは沙希も同じであり、お互いに余計な緊張感を取り除いたようだ。
そんな二人を見ていた吉田と千坂も軽くではあるが笑みを浮かべていた。二人とも分っているのだ。こうでもしないと鈴音が余計な心配をして、自分達の決意を悟られると。特に千坂などは本気で鈴音を守るためなら命を捨てるだろう。だからこそ、今は笑みを浮かべてその事を鈴音達に悟られないようにした。吉田としても警察官としての使命を捨て切れていない。だからこそ、こんな危険な事を目の前に戦うだけの覚悟を持っていた。
けれども鈴音達はただの女子大生、そんな二人を巻き込んでしまったのだから、ここは二人が余計な緊張感を持たないように、あえて二人を見守ったのだ。
そんな鈴音と沙希の漫才が終わると、鈴音は再び真顔で皆の顔を一回だけ見回して、自分自身の覚悟を改めて確認すると真剣な顔で全員に向かって言葉を発した。
「じゃあ、行きましょう。それと……必ずまた全員が揃う事を願っています。だから決して無理だけはしないでください。だから……また必ず会いましょう」
そんな言葉を言った鈴音に対して吉田から言葉を返してきた。
「大丈夫ですよ、私も年金生活を楽しみに今の仕事をやってるぐらいですから、こんな所では死にはしませんよ。だから安心してください」
吉田はそう言うとタバコに火をつけて、鈴音達に背を向けてハンマーを担ぎながら車へと向かって行った。そんな吉田を見送ってると、今度は千坂が鈴音に向かって話しかけてきた。
「鈴音さん、私も源三郎様の命を守るまでは死ぬつもりはありません。だからそこは安心してください。そしてどうか、鈴音さんも気をつけて……それでは」
そんな言葉を残して千坂も桐生家を後にして行った。残された鈴音と沙希はお互いに見詰め合っていた。
「じゃあ鈴音、私もそろそろ行って来るね」
「うん、沙希も気をつけてね」
「それはこっちのセリフ。鈴音、絶対に無茶をしちゃダメだよ」
「うん、沙希に言われなくても分ってるよ。だから……」
「分ってる。だから……必ず三人で帰ろう。それが私達の目的なんだから」
「うんっ!」
沙希の言葉に元気良く返事を返す鈴音。それこそが鈴音達の目的なんだから。
鈴音と沙希、そして静音。その三人で帰る事が鈴音達がこの村に来た目的だ。その目的を達成するためには、今の障害となっている玉虫をどうにかしないといけない。だからこそ鈴音達は覚悟を決めて自ら動く事を決めたのだ。
それだけではなく、今では美咲の事も気がかりだ。けれども今は玉虫の力をどうにかする事が先決だ。そして玉虫と対決する事で、全てが分かると鈴音と沙希は確信しているからこそ、今は全力で目の前にそびえ立つ壁に挑むだけだ。そこにどんな危険が待っていようとも。
そんなお互いの覚悟を確かめるかのように沙希はバイクにまたがってヘルメットを被ると、鈴音に向かって手を差し出した。鈴音は差し出された沙希の手を軽く叩く。それを合図に沙希は鈴音に告げた。
「じゃあ、行ってくるわね」
「うん、気をつけてね」
鈴音の言葉に沙希は頷くだけだった。それ以上の言葉は要らないのだ。それだけ二人の絆は深いものだし、それだけ鈴音は沙希を、沙希は鈴音を信頼していたからだ。だからこそ二人にとってはそれだけでよかったのだ。
そして沙希はバイクを発進させると、すぐに鈴音の視界から消えて行った。そんな沙希を見送った鈴音は改めて自分の手を見詰める。
沙希、吉田さん、千坂さん。お願いしますね。そして……どうか皆無事で。そんな祈りを込めた鈴音は背中のハンマーと霊刀をしっかりと確認すると自分の標的となる柱を目指して歩みを進めるのだった。
はい、そんな訳で第二章はここで終わりとなりま~す。
そんな訳でいよいよ鈴音達が動き出しましたね。というか……一室で延々と会議をする話って辛すぎるっ!!!
まあ、推理物としては、どうしてもその場面は外せないんですけどね。だからと言って一つの部屋で延々と推理を展開させて真実を明らかにして、更にそれを実証する手段を話し合って、とんでもない発言をさせるのはさすがに疲れました。
だがっ!!! そんな一つの山場とも言える場面はやっと終わりました。この際だから、もう読者の方が内容を理解しているか、どうかは無視する事にしときます。
……だって、そこまで気にしてたら……こっちの身が持たないじゃん……てへっ。
……とまあ、不気味に言い訳をしたところで三章の話でもしましょうか。
第三章は……うん、出来れば六月中には上げる予定です。それにっ! 三章から五章までは、ちょっと刻んで話を進めていくつもりなので、話数もそんなに増えないで刻んでいく予定です。……今のところはね。
まあ、書いているうちに広がって、また話数が増える事があるかもしれませんが、そこはご容赦くださいな。という事でご勘弁願います。
でもでも、刻んで行くのは本当ですよ。だから話を上げるスピードも少しは上がるかもしれません……あくまでも予定ですけどね。
そんな訳で、皆さん……あまり期待せずに続きをお待ちください。……うん、分ってる、いや、頑張るよ。どうにかして六月中には第三章を上げるから、だから今は待って―――っ! という事でご勘弁ください。
さ~て、話のネタも尽きたところでそろそろ締めますか。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、あ~、カラオケにでも行ってストレス発散をしたいなと思ってる葵夢幻でした。