第二章 その四
「さて、それではそろそろ再開しましょうか」
鈴音達の会議が休憩に入って十分後ぐらい経つと吉田がそんな事を言い出したので、鈴音達は先程まで座っていた場所へと戻り、沙希は再びノートを開いてシャーペンを手にする。どうやら今度もしっかりとノートに書き留めるようだ。
そんな沙希の準備が整うのを確認すると吉田はその言葉を口にするのをためらうかのように、両手を口の前で組むと話を進めた。
「私としては未だに信じられないのですが、今回の黒幕、こんな状況にした犯人。つまり玉虫の事について皆さんの意見を聞かせてもらいましょう」
吉田はそんな事を言ったが視線は自然と鈴音に集まる。確かに今回の黒幕が玉虫と口にしたのは沙希だが、その前に鈴音がその可能性を示している。だから鈴音は玉虫が黒幕である事をここで証明しないといけないのだ。けど鈴音はどうやって証明しようか悩んでいた。
う~ん、確かに玉虫が復活して今の事態を引き起こしている可能性が高いと思うんだけど。沙希だって同意してくれたし、沙希も玉虫が復活したと考えてるのは確かだよね。……そうなると、まずは玉虫が復活した。または復活しようとしている事を証明すれば良いのかな? でもどうやって? う~ん、あっ、そうだ。
何かを思い付いたのだろう鈴音は吉田に向かって話し出した。
「ちょっと、それだと証明がし辛いので、少し玉虫について整理してみませんか」
「なるほど、確かにその方が良いかもしれませんね」
鈴音の言葉にすぐに同意する言葉を告げる吉田。無念な事に現状では鈴音の推理に頼るしかない吉田は鈴音が説明しやすいようにフォローするのが自分の役目だと認識したようだ。だから鈴音が説明しやすい状況を作るように会議を進行させるのだった。
「では、まず……そうですね。鈴音さんは何から説明した方が我々にも理解しやすいと思いますか」
つまり吉田は自分達を納得させるような説明を鈴音に行わせるために、鈴音は何から話すべきかと尋ねたのだ。そんな吉田の気遣いに気付きながらも鈴音は思考を巡らして何から話すべきかを検討する。
う~ん、何からと言ってもな~。やっぱり……玉虫が復活した事からかな~。でも、それをどの順番で説明していけばいいのかな? あっ、そうか。まずは玉虫が復活する条件から説明すれば良いのか。そんな答えを出した鈴音は静音のノートを取り出してきた。そしてとあるページを開くとそこを指し示した。
「ひとまず玉虫が復活する条件から整理してみましょう。その条件が整ったからこそ玉虫が復活したんですから、復活の起源が分かれば対抗する手段も分かるはずです」
鈴音のそんな言葉に全員が頷くと静音のノートに視線を向ける。そして鈴音はノートを一度指し示してから、指を引っ込めた。そんな鈴音が示した項目は静音が残した玉虫が復活する条件を書いたページ。玉虫様の復活というタイトルが書かれたページだ。
そのページを開きながら鈴音は話を進める。
「ここに姉さんが調べた玉虫が復活する手順が書いてあります。まずは村人から千の首を聖域に供える事。それから十の柱を建てる事。この二つが揃ったからこそ玉虫は復活したと考えていいでしょう」
「ですが、来界村の人口は約四百人ですよ。とても千の首なんて集められないでしょう」
鈴音の言葉に真っ先に反論してくる吉田。確かに吉田の言う通りなのだ。来界村の人口は約四百人。その全てを殺したといても千には到底届かない。村人以外の人間を殺したといても千の首を揃えるのは確実に無理だろう。少なくとも吉田はそう考えており、そんな吉田に同意するかのように千坂も首を縦に振ってきた。
そして沙希もそこはどうなの? という視線を鈴音に送ってくる。どうやら沙希も吉田の意見に賛同したようで、どうやって千の首を集めたのかが、ここでは一番の疑問点となってくるだろう。けれども、その答えはすでに鈴音は分っていたようで、鈴音ははっきりとした口調で話し始めた。
「これは前に沙希と一緒に調べた事なんですけど。どうやらこの来界村はとある記述が風化する事無く、まるで記録されているように残っている事なんです」
そんな事を告げた鈴音に対して吉田達は首を傾げる。それは沙希も同じだ。沙希も確かに鈴音と一緒にそのような事を聞いた憶えはあるが、それがどこで聞いた物かあるいは見た物かは思い出せないが、その言葉を聞いた事だけは確かだ。
鈴音はそんな反応を示した吉田達に静音のノートをめくりながら話し続ける。
「それを踏まえた上でこれを見てください」
鈴音が示したページには来界村崇りと玉虫様についてというタイトルが書かれているページだった。そして鈴音はそのページで一番大事な箇所をピックアップして読み上げる。
「姉さんは村の歴史を調べていく内に一つの共通点を見つけています。一番振るい記述は室町時代から、新しい物では幕末に記された物まで同一の共通点。この共通点こそが、千の首を集める手段だったんです」
「どういう意味です?」
静音のノートを見た事が無い千坂が真っ先に尋ねてきた。鈴音はそんな千坂に一度だけ視線を送ると再び静音のノートに視線を戻して話を続けてきた。
「その共通点こそが……私達も遭遇した連続首狩り殺人事件です」
「あっ」
「ちっ、まさかそんな共通点があったとは思いませんでしたよ」
鈴音の言葉に声を上げる沙希に舌打ちをして感想を述べる吉田。どうやら二人とも鈴音が言いたい事が分かったようだ。そんな中で千坂だけが鈴音の言葉を待っている。やはり静音のノートを読んでいない千坂には分からない事なのだろう。
鈴音は再び静音のノートから大事な所を読み上げながら千坂に説明した。
「姉さんは十数年、もしくは一世紀近くの間を空けて首狩り殺人が起こっている事を見つけ出したんです。つまり私達も体験した連続首狩り殺人事件が昔から行われていた事が姉さんが見つけ出した共通点なんです。そしてその事件は先程も言ったとおりに風化されること無く、記録されるように残っている。これは何の為に記録されていたんでしょうね」
「……まさかっ!」
そこまで来てやっと千坂にも理解できたようだ。千坂も驚きの声を上げた。そこで鈴音はこれらを踏まえて全ての整理した推論を口にする。
「つまり玉虫は千年以上の歳月を掛けて千の首を集めたんです。そして事件が記録されているのは今まで集めた首を正確に把握するため。そして今回の連続殺人で千の首が揃った。だからこそ玉虫が復活する要因の一つとなったんです」
鈴音が言った事をまとめると次のようになる。玉虫は仮の復活を繰り返しており、その度に首狩り殺人を行って千の首を集めたのだ。何百年という歳月を掛けて、玉虫は何度も仮の復活をしており、その度に千の首を集めるために首狩り殺人を行い。首の数を正確に把握するために、来界村には幾つかの伝承が風化する事無く正確に残っているのもそのためだ。
そして鈴音達が遭遇した首狩り殺人でとうとう千の首が揃った。つまり玉虫は何度も仮の復活をする事で千の首を集めたのだ。そして鈴音はその事を証明するように静音のノートに記載されている部分を読み始めた。
「ここに首は白骨化していても構わないと書いてあります。要するに千の首は昔の人が殺された時に狩られたものだとしても構わないんです。一番大事なのは千の首を揃えること、つまりそれだけの生贄を捧げた事を証明する事なんです」
「つまり今回の事件で殺された人達も玉虫が復活するための生贄となった訳ですか」
吉田がそんな事を言うと鈴音は頷いて見せた。そんな鈴音を見て吉田は溜息を付いて、疲れたように言葉を口にした。
「まさか我々が追っていた事件が、このような形で幕を閉じるとは思いませんでしたよ」
吉田としては玉虫が復活した事により、事件が終わりを告げて非常識な事件が始まったと思ったようだが、沙希にはどうしても疑問に思う事があるようだ。
「でもさ鈴音。玉虫が仮の復活をしたとしても、どうやって首を集めてたわけ。玉虫は仮の復活だと肉体どころか何にも触れる事も出来ないし、何の力も無いんじゃない?」
そんな疑問をぶつけてくる沙希。つまり沙希は今回の事件と同様に玉虫が行った殺人のトリックを尋ねてきたわけだ。確かに幽霊とも言って良い玉虫が直接的に人を殺したとは思えないし、首を聖域に運ぶ事も出来ないだろう。沙希としてはやっぱりそこが気になるところであり、それを証明する事で来界村連続首狩り事件は終末を迎える事が出来るのだ。
沙希にそんな質問をぶつけられて鈴音は静音のノートをめくり、とあるページを示すと記載されている部分を読み始めた。
「ここに犯人とされている人は気がふれて精神をおかしくしたから玉虫様の崇りとされたって書かれてるでしょ。この部分を読んで誰かを思い出さない?」
「誰かって……あっ、そうか」
「秋月夕呉ですか」
「ええ」
吉田がはっきりとその名を口にすると鈴音は肯定するかのように返事をした。秋月夕呉は今回の連続殺人において犯人とされ、最後には自害のような形で死んでいる。その光景を思い返してみると、確かに鈴音が読んだ部分と一致しており、まるで玉虫様の崇りと言っても信心深い人なら信じるような死に方をしてたのは確かだ。
だがそれだけでは今回の事件においてトリックを証明するのには足らない。なにしろ秋月の気がふれて村を徘徊するようになったのは事件が始まった後なのだから。だからこそ、秋月の他にトリックを証明する必要が鈴音にはあった。
そんな鈴音が沙希に向かって話しかける。
「沙希、昨日七海ちゃんから聞いた話を覚えてる」
「だから、どの話?」
先程も同じような質問をされて、あまり焦らすなと言わんばかりに沙希は声を少しだけ大きくして鈴音に尋ねるが、鈴音はそんな沙希を面白がるかのように少しだけ笑みを浮かべる。どうやら日頃の意地悪を今になって返そうとしているのだろう。
けれどもいつまでも焦らす訳には行かない鈴音は話を進める。
「妖刀の話だよ。これは昨日七海ちゃんから聞いたんですけど、羽入家には妖刀のようなものがあり、その妖刀には玉虫の怨念が宿っており、その妖刀で傷つけられた者は玉虫に憑依されるという話を聞きました」
「つまり羽入家にある妖刀から首狩り殺人が始まったと言いたい訳ね」
沙希がそんな言葉を口にするが鈴音は首を横に振った。どうやら違うようだ。そんな鈴音を見て沙希は意外そうな顔をする。それはそうだ。七海の話を聞く限りはそのようにしか受け取る事が出来ないのだから。けれども鈴音は違う考えを持っているらしい。
そんな鈴音がここからは自分の推理だと付け加えると話を続けてきた。
「羽入家に伝わっている妖刀は嘘だと思う。もしくは長い年月の中で作られた作り話だと私は思ってます」
「妖刀の件が嘘だっていうなら、その話がどういう風に絡んでくるわけ?」
沙希がそんな風に尋ねると鈴音は一旦瞳を閉じた。そして軽く深呼吸すると瞳を開く。やはり鈴音も自分の推理だけで話しているので確たる証拠が無いからには、その事を口にするにはためらうようだ。そんなためらいを消すかのように鈴音は深呼吸をして、心を落ち着けると続きを話し始めた。
「七海ちゃんの話では妖刀に関しては姉さんも探したらしいけど、それらしい物は出てこなかったと言ってます。つまり羽入家に伝わる妖刀の伝承は信憑性が薄いと言えるでしょう。けれども実際に妖刀のような力を持った刀は存在する。つまり、その刀で斬り付けられた者は玉虫に憑依されて自由を失ってしまう。そうして玉虫に操られた人が次々と首を狩って行くのと同時に玉虫が憑依出来る人数を増やしていったとしたら。全てに説明が付くと思います」
そんな鈴音の推理に吉田は何かを思いついたのだろう。テーブルに身を乗り出すと口を開いて言葉を発する。
「なるほど、つまり我々が犯人だと思って捕まえた人物も玉虫に憑依されて行った犯行であり、その人物が我々に拘束されている間に別の人物に憑依して玉虫は犯行を続けてたというわけですね」
「ええ、そういう事です」
「どうりで妖しい人物を片っ端から引っ張ってきても犯人が特定できない訳ですよ」
そんな感想を述べる吉田は納得したように頷いた。そして自分達がやってきた事が全て徒労に終わった事を悟ると今度は大きく溜息を付くのだった。
そんな吉田を見て首を傾げる沙希。どうやら沙希には今一つ鈴音の推理が飲み込めていないようだ。それは千坂も一緒であり、先程からずっと黙り込んでいる。鈴音はそんな二人に向かって更に説明を続けた。
「簡単に説明すると玉虫が誰かに憑依して犯行を行ったとするでしょ。そしてその人物が警察に拘束されると憑依する玉虫は憑依する相手を変えて犯行を続けていたの。つまり犯人と言える人物は玉虫であり、そのトリックは憑依により相手の意識と自由を奪って人を殺させる。そういう事なの」
仮定の話をするとAという人物が居るとしよう。玉虫はAの意識と自由を憑依する事で奪って首狩り殺人という犯行を行う。そうなると警察は当然Aを疑って証拠が上がると逮捕するわけだが、そのAが警察に連行されている間に玉虫は次にBに憑依して犯行を続ける。
そうなるとAが犯人だという証拠が無くなるのと同じであり、警察の捜査は一から出直しとなる訳だ。この憑依という非常識なトリックにより玉虫は誰も警察に逮捕させる事無く連続殺人を繰り返していたわけだが、秋月の事だけは別のようであり、鈴音達に犯行現場を見られてしまったから切り捨てるように殺害したのだろう。
そんな鈴音の説明を聞いて沙希と千坂はようやく納得したように頷くのだった。どうやら二人にも鈴音の推理が理解できたようだ。だが、そうなると当然のように、ある疑問が浮かび上がってくる。吉田はその事を鈴音に尋ねるのだった。
「そうなると玉虫が憑依するために必要な道具は何だったんですかね? 羽入家に伝わる妖刀なんて物は無いんですから、それに変わる物が必要ですよね?」
そんな疑問を鈴音にぶつける吉田。当然の質問だ。なにしろそれが分からない事には玉虫がどうやって憑依していたのかが分らないのだから。鈴音もそれは充分に分かっている事であり、確証などは無いが状況証拠だけで証明を試みるために顔を沙希に向けた。
「沙希、村長さんの家に居た斎輝ちゃんの事を覚えてる」
「村長さんのお孫さんだっけ」
「そう、その斎輝ちゃんの背中に誰も知らない刀傷があったよね」
「……あぁ、あれの事。それがど……そういう事ね」
どうやら沙希にも鈴音が言いたい事が分かったようだ。そんな沙希向かって鈴音は頷くと吉田達に向かって説明を開始した。
「先日の話ですが、私達は村長さんの家で斎輝ちゃんの背中に刀傷があるのを発見したんですけど、村長さんのお手伝いさんである香村さんに聞いてもそんな傷が何時付いたのかが分からないと言ってました」
「それがどういう意味を含んでいるんです」
吉田が尋ねると鈴音ははっきりと二つの推理を告げる。
「つまり玉虫が憑依する条件は妖刀と同じで何かの刀で傷を負わせる事。そして、これは推測ですが、村長さんの家に住んでる人は全て刀傷をどこかに負っている。つまり刀傷を負わせることで玉虫は村長さんにいつでも憑依して自害させる事が出来ると脅しを掛けて来たんです」
「つまり羽入家に伝わる妖刀は存在しないが、そんな力を持っている刀は存在しているという事ですね」
吉田がそんな事を言うと鈴音は頷いて見せた。だがそうなると沙希は当然のように当然な質問をしてきた。
「じゃあ鈴音、その妖刀以外の刀ってのは何になるわけ? 羽入家にはそんな刀は存在しないんでしょ?」
最後は千坂に尋ねるように話を振る沙希の行動により、皆の視線が自然と千坂に集まると千坂は首を横に振って答えた。
「確かに私は長年羽入家に仕えてましたし、静音さんの遊びと言える調査にも付き合った事がありましたが、そのような刀の伝承なんて聞いた事がありません」
「えっ、でも昨日は七海ちゃんがそんな話を」
「沙希」
千坂の言葉に沙希が七海の話を持ち出すが、鈴音がそんな沙希の言葉を遮るかのように言葉を発したので、今度は鈴音に視線が集まった。そんな鈴音が少しだけ言い辛いように話し出すのだった。
「源三郎さんも言ってたでしょ。七海ちゃんには気をつけろって」
「まあ、それは分ってるけど。私も七海ちゃんは最初っから気に食わないって言うか」
「そうじゃないよ」
沙希の言葉を中断して鈴音は真剣な眼差しを沙希に向けた。どうやらこれから鈴音が言おうとしている事は鈴音自身もあまり信じたくない事なのだろう。けれども言わない事には話が進まないから鈴音は意を決すると自分の推理を口にする。
「たぶんだけど……七海ちゃんだけが特別なんだよ。もしかしたら七海ちゃんだけが羽入家の中で真実を知っていたのかもしれない。何にしても、七海ちゃんの言葉をそのまま鵜呑みにするのは危険だよ」
「じゃあ、なんで七海ちゃんはわざわざ妖刀なんて話を持ち出してきたわけ?」
「もしかしたら七海ちゃんは私達がいろいろと考えたりうろたえたりするのを見て楽しんでたのかもしれない。だから私達に嘘の情報に本当の事を織り交ぜながら、私達と会話してたんだよ」
「つまり、七海ちゃんだけが玉虫と繋がっていた可能性が大きいって事ね」
そんな沙希の言葉に鈴音は頷いて見せた。けれども鈴音はそんな事は信じたくないという気持ちを持っているのも確かだった。確かに沙希は最初っから七海の事を気に食わなかったみたいだが、鈴音は沙希とは正反対に七海に好意的だった。だからだろう、鈴音がそんな気持ちを抱いたのは。
けれども源三郎の言葉から考えると結論がそれしか出ないからには七海を疑うしかないと鈴音は自分に言い聞かせる。
確かに七海ちゃんを疑うのには源三郎さんの証言しかないのよね。けど、七海ちゃんは源三郎さんにとって目に入れても痛くないほど可愛がっていた孫である事には間違いない。そんな源三郎さんが七海ちゃんには気を付けろってわざわざ言うぐらいだから、源三郎さんは七海ちゃんが特別な何かを持っている事に気付いたのに間違いないと思うんだけどな~。
そんな事を考えながらも鈴音は話を元に戻すために思考を切り替えると話を再開させた。
「それを踏まえて考えると七海ちゃんは私達に本当の情報と嘘の情報を同時に与えてたと考えていいでしょう。たぶん、七海ちゃんは私達には本当の事なんて分かりっこないと思ったから、遊び半分でそんな事をしたんだと思いますけど、私達はそこから武器を取り出して真実を見つけ出さないといけないんです」
「まさか……七海お嬢様が、そんな事を……」
鈴音の言葉を聞いて千坂は信じられないという顔で俯くのだった。それはそうだ、千坂は源三郎の右腕であり、源三郎の次に七海に忠誠を尽くしていたのだから。そんな七海に裏切られるような事をされていたと知るだけでショックだろう。
そんな千坂に鈴音は同情の視線を送るだけで言葉は送らなかった。今の千坂にどんな言葉を送れば良いのか鈴音には分からなかったし、どんな言葉も今の千坂には届かないだろうと鈴音は思ったからだ。だから鈴音は気を取り直すと再び話し出す。
「そこで私が取り出した本当の情報が……刀で傷を負った者が玉虫に憑依されるという情報です。その理由としては……七海ちゃんが妖刀の話を持ち出した事にあります」
「けど鈴音、さっき妖刀の話は嘘だって言ったじゃない?」
沙希がそんな事を問い掛けると鈴音ははっきりと頷いて見せた。その事で沙希もまだ続きがあるのだろうと今は黙って鈴音の話を聞く事にした。
「人は嘘を付く時には、嘘の元になった事柄を用いる事が多く有ります。それに七海ちゃんが嘘と真実を交えて話していたとしたら、嘘と真実には共通点が無いと話に説得力が無くなります」
つまりはこういう事だ。人が嘘を付くとしたら、必ず真実に近いものを持ち出してくると鈴音は言いたいのだ。
簡単な例を上げるとすればこんな感じだろう。浮気をしている夫が妻に対して、その時は友人の家に泊めさせてもらったとか、会社に泊まったとか、家に帰らない理由を元に嘘を付いている。つまりストレス発散の為に一晩中カラオケをやっていたとか、インターネットカフェで一晩中ネットゲームをしていたとか。事実とはかけ離れた嘘を付く事は少ないという事だ。
この場合なら浮気相手の家に泊まっていたのだから。どうしても、どこかに泊まったという嘘を付きがちであり、一晩中遊び倒したという発想は出来ないし、そんな嘘は付けないだろう。つまり嘘と真実は意外と近い場所にあるものなのだ。
それを踏まえて鈴音の話を整理してみよう。鈴音は七海の話から妖刀にまつわる話を聞いて、妖刀の存在自体は嘘だと思ったが、妖刀の能力は本物だと判断した。妖刀の能力さえあれば全てのものに説明が付くからだ。
だがそんな妖刀が存在しないとしたら、妖刀の能力も存在しない事になってしまう。そこで鈴音は七海の話が嘘と真実で出来ていると推理したのだ。それは自分に都合の良い考えかもしれないけど、七海の話が本当に全て信じらるものだと証明されたワケでは無い。それに源三郎の言葉があるからこそ、鈴音は七海の話を疑って、その話が嘘と真実で出来ていると推理した。
けれども理由はそれだけは無いようだ。鈴音は一息付くと再び話し始めた。
「村で起こった殺人事件の事を思い出してみてください。その事件での被害者は全て日本刀のような物で殺されています。それだけじゃない、平坂神社には御神刀という名で刀が祀られてます。その刀は玉虫にトドメを刺した刀と言われてます。つまり、全ての事柄と刀とは切っても切れない関係にあり、刀がキーワードになっているのは確かな事なんです」
「なるほど、それで鈴音さんは刀傷を負った者は玉虫に憑依されるという推理を立てたわけですか」
「ええ、刀が関わってるからには……刀にまつわる真実があってもおかしくないと思います。それを踏まえて七海ちゃんの話を思い出してみると、刀傷を負った者が憑依されるという事だけが真実だと考えても間違いないと思います」
「なるほど、正しく嘘と真実は表裏一体って事ね」
沙希のそんな言葉に鈴音は頷いて見せた。どうやらこれで沙希も鈴音が言いたい事を全て理解したようだ。つまり真実と嘘を織り交ぜる時には、嘘と真実は表裏一体。切っても切れない関係になってくる。
七海の話で刀傷を負った者が玉虫に憑依されるという真実を、七海は刀傷というキーワードに近い妖刀というキーワードを出す事で話に信憑性を持たせて、鈴音達に嘘と真実を織り交ぜて話したのである。
そうする事によって鈴音達は七海の話が全て本当か嘘かで問われる事になる。まさか嘘と真実が混ざっているとは考えないだろう。大抵の人がそんな話を聞けば、その話自体が嘘か真実かの二択にまで絞られてしまう。だから嘘と真実が混ざっているという発想はなかなか出来ないものなのだ。
けれども鈴音はこれまで刀にまつわる伝承を幾つも聞いてきた。そこで今回の出来事と刀との関連性は必ずあると判断したのだ。そうなると次は七海の話に出来た妖刀になるが、先程も説明したとおりに鈴音は妖刀にまつわる話が嘘と真実である事を推理して、その中で真実だけを取り出した結果として、刀傷を負った者は玉虫に憑依されるという結論を導き出したのだ。
そんな結果を聞いて大きく息を吐く沙希に、再びタバコに火をつける吉田。千坂に至っては未だに七海が玉虫と繋がっていたという事実を聞かされてショックが抜け切れていないようだ。そんな面々を見て、鈴音も一つの説明が終えたとお茶で喉を潤していると沙希が何かを思い出したかのように声を上げた。
「そういえば鈴音、一番肝心な事を説明して無いじゃない」
「うん、分ってる。けど、今はとりあえず一服してからね」
そう言って再びお茶で喉を潤した鈴音はお茶が無くなった事で沙希に無言で湯飲みを突き出すと、沙希は呆れたように溜息を付いて鈴音の湯飲みにお茶を入れてやると、鈴音は再びお茶で喉を潤してから湯飲みをテーブルに置いた。
「皆さんもすでに分かっていると思いますが、これから一番重要なことについて話します」
鈴音がそう宣言したので、沙希も再びシャーペンを取り上げて、吉田もタバコを消して真剣に鈴音の話に耳を傾ける。その頃には千坂もショックから抜け出していた。どうやら今は鈴音の話を聞いて鈴音に協力しろという源三郎の命令を最重要にすると覚悟を決めたようだ。
そんな全員の顔を一通り見回した鈴音は話を再開する。
「一番重要なこと、それはもちろん刀です。傷つけた相手に玉虫を憑依させる刀。その刀が何処にあるか。それが一番重要な事です」
「それで、鈴音はその刀がどこにあると思ってるの?」
そんな沙希の問い掛けに吉田も千坂も真剣な面持ちになる。それは沙希も同じだが、そんな皆の顔を前にして鈴音は少し笑いながら答えた。
「沙希、この村で刀といったら一本しかないでしょ」
「だから、それはどこに有るって聞いてるのよ?」
どうやら未だに沙希には分からないようだ。けれども鈴音にはしっかりと分っている。いや、正確にはそれだけしか考えられないからだ。だから鈴音は軽く息を吐いて落ち着くと、真剣な口調ではっきりと告げた。
「傷つけた相手に玉虫が憑依する刀、それは……御神刀です」
はっきりと断言した鈴音の解答に全員が驚きの表情を見せた。そんな驚きが消えない内に鈴音は更にとんでもない推理を話し始めた。
「それから、これは想像の域を出ないのですが……これまで殺人に使われた刀も御神刀です。つまり今まで見つかる事の無かった凶器は御神刀という事になります」
「けど鈴音。前に御神刀を見た時には使われた形跡は無いって言ってたじゃない。それに警察だって御神刀を調べましたよね?」
「ええ、確かに一度は検察に回しましたけど、使われた形跡は発見できませんでした」
鈴音の言葉にそんな反論をしてくる沙希と吉田。確かに二人の言っている事は正しい。鈴音は確かに御神刀を実際に見て刃こぼれや使われた形跡が無い事を確認している。検察に至っては更に詳しく調べられて使われて無いという結果を出したのだ。それなのに今頃になって御神刀が狂気と言われても二人はとても信じられる気にはなれなかった。
けれども鈴音は御神刀で間違いないと確信していた。その理由の一つとして鈴音は立ち上がると窓に近づいて表を指差した。
「今の村は異変続きで非常識極まりない状態です。これが玉虫の力によるものなら、ちょっとぐらいの非常識なんて取るに足らない事だと思いませんか?」
「まさか鈴音。御神刀には非常識な力が宿っていて、その力が働いているから人を切った形跡が残らなかったとでも言いたいの」
確かにとんでもない発言だ。だが今現在、村で起こっている事を垣間見れば、そんな事実さえもありえると沙希も吉田も思ってしまった。そんな二人に追い討ちを掛けるかのように鈴音は更に非常識な事を言い出してきた。
「沙希、それだけじゃなくて御神刀には、そうね……テレポートみたいな力も宿ってると思うのよ。つまり御神刀は玉虫の意思によって憑依した人間の元へ一瞬で移動できる。そして一瞬で祀られている本殿に戻す事が出来る。そして御神刀を手にした者は玉虫の力によって達人のように刀を振るうことが出来る。私はそう考えてるわ」
そんな鈴音の言葉を聞いて沙希は思わずシャーペンを落としてしまい、吉田は思わず机に突っ伏してしまった。千坂は呆然と鈴音を見ているだけで黙り込んでいる。それはそうだ、鈴音の推理自体がすでに非常識なものであり、妄想とも呼べる物だからだ。
けれども鈴音がそんな推理をしたのにはしっかりとした理由がある。
まずは刀が御神刀だと断定したところから入ってみよう。これは消去法で簡単に断定する事が出来る。この村には御神刀以外の刀といったら鈴音が持っている御神刀の模造刀以外に存在しない。それは警察の調べで分かっている事であり、七海が話した妖刀も嘘だと判断した時点で刀と呼べる物が御神刀しか残っていなかったからだ。
それだけではなく、御神刀には玉虫の怨念が宿っているという話を鈴音は水夏霞から聞いた事もある。つまり御神刀と玉虫に関連性があるからには、今回の事に御神刀が絡んできてもおかしくないと鈴音は推理したのだ。
更に決め手となったのは皮肉にも七海の話であった。七海は羽入家に伝わっている妖刀こそ、玉虫の怨念がこもっている本当の刀だと話した。だが妖刀自体が嘘だと先程証明したばかりだ。なら玉虫の怨念が宿っている刀があるとしたら、やっぱり御神刀しか思い付かない。
それに七海が嘘を交えて話したのだとしたら、御神刀を羽入家に伝わる妖刀という嘘に置き換えた可能性が高い。先程も説明したとおりに嘘と真実は表裏一体。つまり七海が話した妖刀の力とは御神刀の力だと鈴音は推理したのである。
次に御神刀の力についてだが、これは逆転の発想をしたまでである。もし御神刀に非常識な力が宿っている事を踏まえて事件を振り返ってみよう。
御神刀には使われた形跡が無い。そこに非常識な力というファクターを入れるだけで、使われた痕跡を消す能力を持っていると考える事が出来る。それと同様に別の事象についても考えてみると次の通りになる。
まずは秋月の死体から凶器が引き抜かれて、未だに見付かっていない。これに同じような考えを入れて逆転させると、凶器にはテレポートのように一瞬で移動する力がある。そんな風に考える事が出来るだろう。だからこそ秋月の傍から凶器が発見される事は無かったのだ。更に考えを進めてみると、秋月は胸を一突きにされて死んでいた。つまり玉虫が別な人間に憑依しなおして秋月を殺したと考えるのが一番筋が通るだろう。
そして最後に全ての死体は達人並みの腕を持った人物の犯行、という事について考えてみよう。これも同じような考えを入れて逆転させると、犯人は達人並みの腕を持った人物ではなく、達人並みの腕を持つ事が出来る、になる。
つまり御神刀にはそれらの非常識な力が宿っているからこそ、今まで警察が犯人を捕らえることが出来ずに、玉虫の思い通りに計画が進んで行ったのである。
鈴音がそんな風に説明を付け加えると、やっぱり全員が驚きを隠す事が出来ずに驚いたままの顔で固まってしまっていた。確かに鈴音の推理には筋が通っている。そして村で起こっている非常識な現象を見れば、それぐらいの非常識が有ってもおかしくは無い。けれども、ここに来て今までの事件も非常識な力が原因で解明が出来なかったんです、と聞かされれば誰しもが驚いて当然だろう。むしろ、そんな事を推理した鈴音の頭が凄いとしか思いようがなかった。
確かにそんな推理を展開した鈴音も凄いが、そんな鈴音に推理の元になった基礎を教えたのは静音である。鈴音はそんな静音の考えや教えをしっかりと理解して学んだからこそ、こんな推理が展開できたのだろう。
静音当人も鈴音にいろいろな事を言っているのを、鈴音はこの村に来てからは何度も思い出しているからだ。その中で一番の武器となった言葉は『ありえない、なんて事はありえない』と『社会の常識と真実は同一の物とは限らないのよ』という言葉だ。
鈴音はその言葉を思い出したからこそ、こんな非常識な事態が起こる前から非常識な推理を自分では信じないにしても、可能性の一部として、限りなく少ない可能性として考えていたのだ。だからこそ、今になってそんな大胆な推理が出来たわけである。
けれども、いきなりそんな鈴音の推理を聞かされた沙希達は未だに考えたり、思い悩んだり、鈴音の推理を個人個人で考えてる。鈴音はあえて、そんな光景を見ながらも口を出すような事はしなかった。しでも無駄だと分っていたからだ。
鈴音当人も自分の推理が非常識な事も理解してるし、すぐには受け入れられないだろうと思っている。だから焦る事無く、全員に鈴音の推理を考える時間を与えるように、今はゆっくりとお茶で喉を潤すのだった。
そして鈴音は次の展開に備えて思考を巡らす。今回の事で全ての事が明かされた、これからは今後に対する事を考えていかないといけないと鈴音はゆっくりとしながらも、その事で新たなる対抗策を考えるのだった。
はい、そんな訳でお送りした第二章の第四話ですが……今回の話が一番難しかった。ただでさえ、非常識な事を理論的に説明しなきゃいけないのに、そこに更に鈴音の非常識な推理を理論的に伝える事に苦労しました。
そんな訳で皆さん……ちゃんと内容が理解できました。私としては出来る限り内容が理解出来るように書いたつもりなんですけど……さすがに複雑すぎる設定をちゃんと説明で来てるかが心配です。
そんな訳で、内容が理解できなかった人は何度も読み返してみよう。それでも無理だったら次の話に進んでみよう。……という事で勘弁してください。
いや、だって、今の私にはここが限界だしっ! これ以上、詳細にかつ簡潔に説明しろと言われても不可能だもんっ!!! だからそこは妥協してっ!!!
さて、これで言い訳が終わったところで、前回から引っ張ったテーマについて話を移してみましょうか。
実は断罪の日はとある実験を兼ねて書いております。それは……現実的な理論と非現実的な理論の二択を迫られた場合に人はどちらを選ぶか。
たぶんですけど、ほとんどの人が現実的な理論を選ぶと思いますね。それは非現実的な理論は常識から外れているからです。人はそんな理論を簡単には信じる事は出来ないでしょうね。
だから鈴音の推理を聞かされた三人も呆然としてしまうわけですよ。でも、鈴音は縁の時から非現実的な理論を考慮に入れてました。もちろん、はっきりとは書いてませんけどね。それがヒントになるようには書いてましたよ。
そんな訳でいろいろな事が明かされた今回の話はどうだったでしょうか。楽しんで頂けたなら幸いです。……でも、実はまだ爆弾が隠してあったりして、それが次の話では一番最初に爆発します。
そんな訳で次の話が気になる方は次に進んでくださいね。という事で、そろそろ締めますね。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、よしっ、一旦休憩を入れようと無駄な決意をした葵夢幻でした。