第二章 その三
「さて、まず最初は現状を整理する事から始めましょうか」
「そうですね」
会議は吉田のそんな言葉から始まり、沙希がノートを取り出して書き止める準備が整ってから本格的に始まりを告げた。
「まずは……そうですね。空を覆っている雲の事ですかね」
「そうですね。それだけは未だにまったくないですし、意味も分かりませんからね」
鈴音はそう答えると窓の外に目を向けて空を仰いだ。空は未だに赤錆のような真っ黒な雲が日光を完全に遮っており、村は未だに夜みたいに真っ暗だ。そのため、明かりと言ったら民家の電灯や数少ない街灯に限られてしまっている。こうなっては完全に夜と同じだ。
そんな光景を鈴音達は見てきたのだから、それを確認するかのように沙希はその事をノートにまとめた。だが、それと同時に吉田は鈴音に意見を求めてきた。
「鈴音さんは空がこんな状態になっているのは何が原因だと思います?」
「えっ! えっと……ちょっと待ってください」
いきなり振られたので少し動揺しながらも鈴音は空がこんな風になった原因を考えてみる。
う~ん、どう見ても気象的な事が原因じゃない事は確かだよね。そうなると……何かしらの予兆、または何かしらの副作用かな? そんな事を考えた鈴音は自分の言葉を皆に伝えるのだった。
「たぶんですけど、今の空は村の異変を象徴しているんだと思います」
「というと?」
「つまり空がこんな状態になったから村に異変が起きたんじゃなくて、村に異変が起きてるから空がこんな風になったんだと思います」
そんな鈴音の言葉を聞いた吉田は思わずタバコに火をつけてしまうが、ここに灰皿が無い事を思い出すと、携帯用の灰皿を自分の荷物から取り出して、それをテーブルの上に置いてから鈴音の意見に答えてきた。
「なるほど、つまりあの空は村に異変が起きているという事を村人に伝えてるのと一緒というわけですか」
「ええ、そうでしょうね。空があんな風になれば誰だって何かが起きているとか、何かが起こる予兆だとか、そんな事を考えるでしょうからね」
「だから異変の象徴、いや、もしかしたら警告か布告かもしれませんね」
「そうですね」
そんな鈴音と吉田の話を沙希はしっかりとノートのまとめて書きとめて行った。それから二人とも空の事についてはこれ以上の意見は無いのだろう。二人が黙り込むと沙希はノートを見返して疑問点が無いかを探してみるが、これと言って何も思いつかなかったので次に進むように皆に告げたのだった。
そんな沙希の言葉に全員が頷くと今度も吉田から口を開いてきた。やはり職業柄でこのような会議を進行させるのには慣れているのだろう。だから吉田は慣れた口調で会議を進めていく。
「では、次はテレビやラジオ。外からの情報遮断について考えてみましょうか」
吉田がそんな事を言うと今度も鈴音から口を開いてきた。
「それについてはあまり意味が無いと思います」
「というと?」
「目的が村を閉鎖する事なら、一番重要なのは村から誰も出さない。村の情報を外に出さない事です。つまり村の情報が外に出せないからには、外からの情報も村に入ってこなくても当然だと考えていいでしょう。そうする事で完全に隔離する事になるんですから」
そんな鈴音の考えを聞いて今まで黙っていた千坂が始めて口を開いてきた。
「つまりこれも副作用という事ですか。村を閉鎖するために起きた予想外の現象と?」
そんな千坂の問い掛けに鈴音は少し考えてから答えた。
「たぶんですけど、予想外とも思わなかったでしょうね。先程も言ったとおりに一番大事なのは村の情報を外部に出さない事ですから。それさえ達成できれば、外からの情報が入ってこない事なんて取るに足らないことだと思います」
「なるほど」
鈴音の言葉に千坂は納得したように頷いて見せた。それから鈴音は吉田の方を見てみるが、吉田も頷くだけで、これといった意見は無いようだ。だから鈴音は最後に沙希を見て、この話はこれで終わりかと尋ねるような視線を送るのだった。
そんな視線を感じた沙希は書き記したノートを見てみる。確かに鈴音の言うとおりなら特に疑問は無いと思った沙希は吉田に次に進むように促した。もし鈴音が言っている事が本当なら重要なのは次の課題になる。だからこそ沙希は吉田を促して、吉田も頷いて会議を進行させるのだった。
「では次に、電話や無線。全ての通信機器が通じない事について考えてみましょうか」
吉田が議題を次に振ると鈴音は真っ先に千坂に尋ねた。
「千坂さん、やっぱり羽入家でも電話なんかは使えなかったんですか?」
「ええ、電話は全滅でしたけど、無線だけは特定の条件下なら使えたんですよ」
『えっ!』
千坂の言葉に同時に驚きの声を上げる鈴音達。それは三人とも無線が使えるとは思っていなかったからだ。だから千坂が無線が使えるという言葉に驚きを示したのだが、千坂は慌てて言い繕うように言葉を発した。
「確かに無線は使えたんですけど、それは村の中でならではの話であって、村の外には連絡がつかなったんですよ」
その言葉に当てが外れたとばかりにがっかりする吉田と沙希を見て千坂は申し訳ない顔をしていた。けれども鈴音だけが無線が使えたという意味を真剣に考えていた。
確か、駐在所で金井さんが外に連絡を取ろうと無線と格闘しているのを見てたけど……その時は無線が繋がらないって言ってたよね。んっ、ちょっとまって……もしかして。鈴音は何かを思い付いたのだろう。その事を千坂に尋ねるために顔を千坂に向けた。
「千坂さん、無線が使えた時の状況を詳しく教えてもらえますか?」
「えっ、ええ」
いきない鈴音が真剣にそんな事を言い出してきたので、千坂は少し驚きながらも、その時の状況を思い出しながらも話し始めた。
「あれは……まだ羽入家の方々が起きてくる前で羽入家も混乱していた時でした。羽入家に仕えている人間は全員が羽入家に住んでいる訳では無いんです。羽入家に仕えている人間も数が多いですからね村中に居るわけです。私は状況を確認するのと同時にそれらの者に指示を出すために無線を試してみたのですが、村に住んでいる者には無線で会話が出来たんですよ」
そんな話を聞いて鈴音ははっきりと皆に告げた。
「これで一つだけはっきりしましたね」
そんな事を言い出した鈴音に他の三人は首を傾げるばかりだ。何がはっきりしたのかが良く分かっていないようだ。そんな三人に鈴音は説明を開始する。
「駐在所では金井さんが村の外に連絡を付けようとしたけど、無線は村の外には繋がらなかった。けど、羽入家では千坂さんが村の人に連絡を付けようとしたら簡単に連絡が出来た。つまり無線自体が影響を受けているわけじゃない。何かが村の外への連絡を邪魔してるんです」
「つまり村の中なら電話も無線も使えるという事ですか?」
吉田がそう尋ねると鈴音は首を横に振った。
「正直なところ、電話は使えない可能性が高いです。なにしろ電話のネットワークは常に村の外に繋がっているのと同じですから。だから電話は使えないでしょうね。けど無線は電波ですから、その電波が村の外に出せないだけで村の中になら自由に使えるという事です」
そんな言葉を聞いて皆が鈴音の言葉を考えてみる。
つまり鈴音はこう言いたかったのだ。電話という物は受話器を取り上げた時点で村の外にある電話交換所と通信を開始する。そして相手の番号を打ち込んで、その相手との回線を繋げるという物だ。
沙希が受話器を取っても何の反応が無かったのは、その時点で電話回線が村の外にある電話交換所との通信が出来ない状態だったからだ。
つまり電話がそんな仕組みで動いているからには使えようが無いのだ。なにしろ電話は村の外にある電話交換所と一度繋がってから相手に繋げるのだから。村の外にある施設を頼った電話では既に役に立たないと鈴音は言いたかったのだ。
まあ、鈴音がここまで電話の仕組みを理解しているとは思えないが、電話がどこかにある施設で相手と繋げてくれる事は知っていた。だが村にその施設が無いからには電話が使えないと判断したのだ。
けれども無線は違う。無線機という物は電波の周波数を使って相手に連絡を使える事が出来る。つまり電波が届く範囲ならば連絡が付けるという事だ。そして電話との違いは村の外にある施設を使わなくても相手に繋がるという点にある。
要するに電話は使用するために村の外にある施設に繋げなければいけないが、村が閉鎖されているような状態では、その施設に繋げる事も不可能だ。けれども無線機は電波が届く範囲なら周波数さえ合わせれば会話が出来るのだ。だから村の外に繋げる必要も無い。ただ村が閉鎖されているから電波が村の外に出せないから村の外とは連絡が取れないという事だ。
つまり村の中でなら無線機で連絡を取り合う事も可能だという事だ。
「なるほど、そういう事だったんですね」
鈴音の言葉を理解した吉田がそんな言葉を口にした。その隣で千坂も納得したような顔で頷いていた。どうやら千坂も村の中には無線で連絡が付くのに、村の外には連絡が付かなかった事を不思議に思っていたようだが、鈴音の説明を聞いて納得が行ったようだ。
そんな二人とは正反対に沙希は疑問を鈴音にぶつけるのだった。
「けどさ鈴音。それが分かったからと行って、何かしらの事態が解決したり、何かのヒントになるの?」
つまり沙希はその情報が役に立つのかと聞いてきたのだ。そんな沙希に鈴音ははっきりとした口調で答えた。
「ねえ沙希、今の科学でこんな事が出来る装置なんて知ってる?」
「えっ? いや、そんなのなんて知らないけど」
「でしょ、なら考えられる事は一つだよね」
「……なるほど、これも一つの証明になるのね」
「そうゆう事」
そんな言葉に笑顔を上乗せして答える鈴音に沙希は記録するかのようにノートにまとめだした。そんな二人とは正反対に吉田と千坂は鈴音達が何を話して納得したのかが分からないようだ。そんな二人に気付いたのだろう。鈴音は二人に向かって説明を開始した。
「お二人とも分っていると思いますけど、今の科学技術でこんな事をするのは不可能です。無線だけならまだしも、電話も一緒に使用を不可能にするなんて出来っこないです。つまり電話や無線が村の外に通じないという事は」
そこまでの説明を聞いて吉田は大きく溜息を付いた。どうやら鈴音が何を言いたいのかを分かったようだ。そして吉田が鈴音の代わりにその言葉を口にする。
「つまり、常識外れの不可思議な力が村の外への通信を妨害している。そして村の中では無線が使える事から村が閉鎖されている証明の一つになる。そう言いたいんですね」
「はい」
吉田の言葉にはっきりと答える鈴音。そんな吉田の言葉を聞いて千坂もようやく納得したように手を打つのだった。
要するにだ。無線を村の外に通じさせないだけなら今の技術でも可能だろう。それは村を囲むように電波の妨害装置を設置して起動させれば良いだけなのだから。けれども電話は違う。電話機と電話局を繋いでいる電話線を全て切り落とさない限りは電話と電話局にある電話交換機を遮断する方法なんて無いからだ。
まあ、電話局がストライキでも起こして全ての電話を通じないようにしてるなら、そんな事も可能だが、こんなタイミングで電話局がストライキを起こすとは思えないし、無線を使えないような装置を村を囲むように設置するのもかなり手間の掛かる作業だ。その二つが同時に起きるとは思えない。
だからこそ、不可思議な力で村が閉鎖されており、村の外へ繋がっている物、繋がろうとしている物を邪魔していると考えた方が今の状況では理屈に合うだろう。
つまり鈴音は村の中では無線機が使えるという事実で、村が閉鎖されている事を証明する一つにしてしまったのだ。だからこそ、そんな非常識な証明に吉田はタバコを乱暴に揉み消すと、再び溜息を付いたのだ。
そんな千坂とは正反対に千坂はすんなりと鈴音の証明を受け入れたように頷いている。なにしろ千坂は羽入家の血筋が狂ったところを目撃してる。だから今になって非常識の一つが証明されても納得するのに時間は要らなかったようだ。
鈴音がそんな説明をしているうちに沙希がノートにまとめ終わったのだろう。吉田に次に行くように促すと、吉田は再びタバコを取り出すと火を付けてから次の議題に取り掛かった。
「それでは次に、我々が目撃……というよりは遭遇した見えない壁について整理してみましょうか」
「私は実際には見ていないのですが、破壊する事も不可能だったんですよね?」
千坂がそんな事を尋ねてくると鈴音は頷いて見せた。そして実際に見えない壁を斬り付けた刀までも千坂に見せて、これでも見えない壁が欠けるどころか傷一つ付かなかった事を説明した。
千坂は鈴音から刀を渡してもらって刀を見てみるが、感心したような声を上げるのと同時に刀について話し始めた。
「この刀……鉄製ですよね。鋼鉄の刃は付いてないですけど、鉄だけで作られているのは確かですよね」
「へぇ~、千坂さん刀にも詳しいのですね」
「いえ、源三郎様が好きだったもので、私もよく源三郎様から刀自慢としていろいろと教わっただけです」
そんな事を千坂が言い出してきたので、鈴音は次に源三郎に会った時は一緒に刀に付いて話そうかなとか思っていると静音の事を思い出した。もしかしたら静音も同じように源三郎と刀について語り合ったのかもしれないと思うと、その光景を思い描くだけで微笑ましくなった。
そんな時に吉田は大げさに咳払いをする。どうやら吉田としては話を進めたいようだ。それに気が付いた千坂は刀を鈴音に返すと、鈴音は刀を鞘に収めて傍らに置いて吉田の話に耳を傾ける事にした。
「確かにその刀で見えない壁に斬り付けたのですが、傷一つ付かなかった事は事実です。それに見えない壁に車が猛スピードで突っ込んでいった現場も我々は目撃していますから、今から見えない壁を破壊しようと思うのは無駄でしょうね」
そんな話を聞いた千坂は何かを思い出したかのように吉田に尋ねた。
「その見えない壁に突っ込んでいった車の車種は分かりますか?」
いきなりそんな事を尋ねてきたので鈴音は首を傾げるばかりだ。どうやら何で千坂がそんな事を尋ねるのかが不思議だったのだろう。それは吉田も同じだ、なんでそんな事を聞くのだと視線で訴えかけると千坂から事情を話し始めた。
「先程も申しましたけど、無線で村の者には連絡が付いたんです。それで、そのウチの一人に村の外に行って様子を見て来るのと同時に平坂に連絡を付けるように言い付けたんです。もしかしたら、その炎上していた車は羽入家の者が乗っていた車かもしれません」
そんな事を言った千坂の顔が暗くなる。もしそうだとしたら自分の命令でその人物を殺してしまったのと同じだ。そんな千坂の気持ちを全員がすぐに分かったのだろう。だから誰も言葉を発する事が出来なかったが、鈴音は何とか千坂に向かって話しかけた。
「でも、炎が強すぎて車の車種までは分からなかったんですよ。思いっきり突っ込んだみたいで原型も留めてませんでしたからね。だから羽入家の車だと断定は出来ないと思いますよ」
必死になって千坂を励まそうとそんな言葉を口にする鈴音。そんな鈴音の言葉を聞いた千坂は口元に笑みを浮かべて見せると鈴音に優しい声ではっきりと言った。
「いえ、いいんです。もし羽入家の車であっても、その車のおかげで鈴音さん達が難を逃れたのなら、それは充分に意味が有る事だと思います」
「千坂さん……」
鈴音は思わずありがとうと口に出してしまいそうになってしまったが、実際に羽入家の車だったとしたら、やっぱりありがとうと口にするのはおかしいだろう。実際にあの事故で人が死んでいるのは確かな事なのだから。
けれども、そのおかげで鈴音達が見えない壁に気が付いたのも事実である。この場合はどんな風に言葉にして良いのか鈴音は迷うばかりだが、沙希がもういいでしょ、という感じでシャーペンをテーブルに叩いてきたので、鈴音は思考を戻して、再び顔を正面に戻す。
そして再び会議が再開される準備が整うと吉田が進行させるように話し始めた。
「とにかく、その見えない壁の所為で我々が来界村から出れない事は確かな事です。破壊が不可能ならと、私達も見えない壁がどのぐらい続いているのかを調べてみましたが、横幅も高さも調べきれないぐらいの大きさなのは確かです」
確かに沙希と吉田は見えない壁がどこまで続いているのを確かめた。見えない壁は道にだけ存在しているのでは無い。深い森の中、そして崖の上にまで見えない壁は存在していた。だから見えない壁を迂回する事も乗り越える事も不可能だと考えていいだろう。
なにより乗り越えるしても、この人数ではどうする事も出来ない。たとえはしご車のような物を持ち出したとしても、果たして乗り越える事が出来るかも疑問である。なにしろあの見えない壁は森の奥深く、山の深くまで続いているほどだ。高さもそれなりの高さがあっても不思議ではない。
「そうなると……私達は完全に閉じ込められたと考えた方が賢明ですね」
千坂がそんな事を言って来たので、吉田は呆れながらも頷いた。まさか千坂がこんなにも簡単に非常識な事態を受け入れるとは思いもしなかった事だからだ。けれども千坂にしてみれば羽入家の血筋が殺戮を繰り返している非常識を前にしてみれば、その程度の事は驚く事ではないのだろう。
そして、これまでの事をノートに書き止めていた沙希が口を開いてきた。
「こうして整理してみると……自分達が閉じ込められた事が良く分かりますね。まるで刑務所の囚人になった気分です」
「まったくですな。本来なら私が刑務所に送る立場なのに、それが逆にこのような気分を味わう事になるとは思ってもいませんでしたよ」
沙希の言葉に冗談交じりに答える吉田。もう吉田としても非常識すぎる事態に冗談でも言わないと受け入れる事が出来ないのだろう。
そんな吉田が一息付くかのようにお茶をすすると、沙希も同じように一息付く。それはこれから話し合うことが一番重要な事だから、その前に少し休憩でもしようというのだろう。鈴音と千坂もそれに気付いたのだろう。お茶をすすって少しの間だけ外に視線を向けて頭を空っぽにして休めるのだった。
「さて、そろそろ再開しますか」
鈴音達が休憩を入れてから数分後に吉田がそんな事を言い出してきたので、鈴音と千坂は視線を戻し、沙希もシャーペンを手に取る。そして吉田は真剣な面持ちで次なる議題を持ち出してきた。
「では……次は羽入家の血筋による殺戮ですね。非礼は承知していますが、千坂さんの意見を真っ先に聞きたいのですが」
吉田はすぐに千坂の意見を求めた。それは吉田が千坂を嫌って意見を求めたのではない。なにしろ鈴音達は羽入家の血筋が殺戮を行っている場面に遭遇していない。実際に見ていないからこそ、実際に見ている千坂の意見を求めたのだ。
千坂も吉田が何を期待しているのかが分っているようで、頷くと自分の考えを話し始めた。
「はっきり言って……私にも何が何だか分かりません。どうしてこうなったのか、何でこうなったかは検討も付きません。ただ、今になって思えば……羽入家の血を引いた方々には特殊な力が宿っているように思えました」
「特殊な力?」
またしてもいきなり非常識な言葉が出てきたので吉田は顔をしかめるが、千坂は真剣な顔で話し続ける。その事から言っても決して嘘や誤解などは無く、千坂が思った事を真剣に述べているようだ。
「先程、私が羽入家を脱出する際に使った武器を見せましたよね」
その言葉に鈴音と沙希が頷いて吉田が首を傾げる。吉田が準備をしている時に見せてもらったと沙希がフォローすると吉田が納得したように頷いた。それは沙希がどんな武器を使用したかまで詳細に話したからだ。
千坂が羽入家を脱出する際に使用した武器は二つ。拳銃と短刀だ。どちらも攻撃箇所によっては致命傷を与える事が出来るが、源三郎の腹心として羽入家に仕えている千坂にとって、羽入家の血筋を殺す事なんて、その時は絶対にしてはいけない事だと思ったからこそ、致命傷になるところは避けて攻撃を加えながら逃げてきたのだが、どうやら千坂が攻撃をした時に思ったことがあるようだ。
「私は右手に拳銃を左手に短刀を持ちながら羽入家を脱出しようとしました。当然、暴走した方々が私の前にも現れました。その時に私は必ず足を狙って発砲しましたし、足に短刀を突き立てました。そうすれば死なないものの、追っては来れないだろうと判断したからです。ですが、羽入家は広いですから。それに何か有った時の為に外敵の侵入を拒むように分かり辛い構造になっております」
そこには何度も頷いてみせる鈴音。何度も頷いたのは鈴音も何度か羽入家に行ってはいるが、未だに誰かの案内が無いと目的の部屋に辿り着けないという事があるからだ。それだけ羽入家の構造は複雑であり、始めて入れば迷子になる事は確実な作りになっている。だからこそ外敵を拒む事が出来て、敵を逃さずに捕らえる事が出来るのだ。
羽入家に住んでいる者なら全ての構造を理解しているから迷子になる事は無いが、鈴音のように何度か足を運んだだけなら確実に迷子になるだろう。それだけ複雑な作りになっている羽入家から脱出するのだ。千坂も相当困難を極めただろう。
そして、そこには更に千坂を驚かせる事態が発生したようだ。
「そのため、私も羽入家から脱出するのには時間が掛かりました。それになるべく暴走した方々に出くわさないように遠回りの道を選びましたから、かなり時間が掛かったでしょう。そこで私は目撃する事になりました。先程、私が追って来れないように攻撃した方々が他の使用人を殺しているのを」
「でも、千坂さんはその人達に怪我を負わせたんでしょ。それなのに、もう動けるようになっていたって事ですか?」
鈴音がそんな風に尋ねると千坂は真剣な面持ちで頷いた。そして更に千坂の話は続く。
「その時は見付からないように物陰から見ていたのですが、その方々は確かに私が先程怪我を負わせた方々でした。その証拠に怪我を負わせた部分の服が破れていたのですが、怪我はまるで完治したかのように傷跡すら残っていないように見受けられました」
「なるほど、それが特殊な力ですか」
吉田が納得したかのようにそんな言葉を口にするとタバコに火を付けた。またしても厄介な事が判明したのである。タバコの本数が増えてもしかたないだろう。
その間にもノートに書きとめ終わったのだろう。沙希が千坂に向かって質問をしてきた。
「さっき、傷跡すら残っていないようだと言ってましたけど。しっかりと確認できたのですか?」
そんな質問に千坂は首を横に振った。それはそうだ、殺戮の始まった羽入家は混乱が更に増して混乱の坩堝と化した状態だ。そんな状況ではっきりと確認する時間は取れなかっただろう。けれども千坂も伊達に修羅場を潜って来た訳ではないようだ。
「確かに全てをしっかりと確認した訳ではありません。私が確認したのは二人ぐらいです。そのお二人には私が付けた傷はすっかり消えており、服の破れから見える微かな部分で傷跡すら残ってないと判断しただけです」
「けど、羽入家から脱出した事だけでも奇跡的なんだから、それ以上は確認する余裕なんて無かったと思うよ」
鈴音が千坂を庇うようなフォローを入れてくる。確かにこれから羽入家の血筋は確実に適となるだろう。だからと言ってここで千坂を責めても何の解決にならない事は鈴音を始め二人も分っている事だ。
けれども今まで敵対していた事からやっぱり千坂に質問をする時はキツクなってしまうのだろう。だから鈴音は千坂を庇うように沙希をなだめるような事を言ったのだ。
そんな鈴音の言葉を聞いて沙希は大きく息を吐いた。どうやら自分でも冷静さが欠けていたと認識したらしい。そんな沙希に一安心する鈴音。だが沙希に代わって今度は吉田が口を開いてきた。
「つまり特殊な力とは、怪我を短時間で完治させる力と考えて良いのですか?」
「ええ、少なくとも私はそう思ってます」
「分かりました」
吉田の質問はそれだけに終わって、吉田は何かを考えるかのようにタバコの煙を吸い込む。そんな吉田を見て鈴音はさすがは警察官と思ってしまった。確かに吉田も羽入家に対して敵対心を抱いていた一人だ。けれども今はしっかりとそんな敵対心を捨てて千坂の証言を確認するかのような質問に留めた。そこが沙希と違うところだろうと鈴音は感心するのと同時に沙希にいやらしい視線を送る。
そんな視線を感じた沙希は慌てて鈴音から顔を逸らす。沙希は冷静さを失って千坂を問い詰めるような質問をしたが、吉田はしっかりと自分の立場をわきまえて証言の確認だけに留めた。つまり沙希は吉田に比べればかなり冷静さを失っていたんだと、鈴音は沙希に意地悪するためにそんな視線を送ったのだが、そんな事は沙希も自覚しており照れるように顔を逸らす事が出来なかった。
そんな二人の行動に千坂はどうして良いものかと苦笑するばかりだ。
そして沙希は誤魔化すかのように再びノートに視線を向かわせると言葉を口にした。
「と、とりあえず現状整理はこんなところですかね」
つまり沙希としては状況整理を終わりにして、次に進んでも良いのかと吉田に質問したのと同じだが、吉田はすっかり短くなったタバコを揉み消すと首を横に振ってきた。
「いえ、もう少し千坂さんに尋ねたい事があります」
「なんですか?」
これ以上は尋ねられる事は無いと思っていた千坂だが、吉田には確認した事があるのだろう。その事を率直に尋ねてきた。
「ここに来る途中で羽入家の方に目を向けてみたんですけど、明らかに火事になっている場所がありましたよね。暴走した羽入家の血筋は銃弾だけでなく、手榴弾のような爆発物を使ってくるのでしょうか?」
そんな質問をした吉田。もちろん吉田なりに理由があっての質問だ。これから鈴音達は対策を立てて、今の現状を打破するために桐生家を出て、羽入家の血筋が横行している村を駆け回る事になるかもしれない。その時の為に羽入家の血筋が使用してくる武器をしっかりと確認しておきたかったのだ。
そんな吉田の意図に気付かないままに、千坂は素直に自分が思った事を口にする。
「いいえ、暴走した方々は必ず銃器と刃物しか持っていませんでした。火事になったのは、暴走した方々に抵抗しようとした使用人が使った武器による物でしょう。確かに手榴弾なんかもありますけど、火炎放射器も準備してましたから。そういう武器で抵抗したんだと思います」
そんな千坂の言葉に吉田と鈴音は考えるような仕草を見せた。どうやら二人とも同じ事を考えたようだ。
それは千坂の事で証明されているように銃弾や刃物での傷は短時間で回復してしまう。千坂は致命傷になるところを避けたけど、中には確実に致命傷になる部分を狙って反撃する使用人もいただろう。
けれども、それでも羽入家の血筋を殺す事は出来なかった。そうなると次に持ち出してきたのが手榴弾やロケットランチャーのような爆発して吹き飛ばす武器だ。更に火炎放射器でそのまま火葬でもしようとしたのかもしれない。だからこそ羽入家では火事が起こったのだろう。
鈴音はそこまで考えると何かを思い出したように声を上げたので、視線が鈴音へと集まった。
「そういえば源三郎さんは大丈夫なんですかね。羽入家が火事になったら今の源三郎さんは逃げれないんじゃないかな?」
そんな疑問を口にする鈴音に吉田と沙希は呆れたような視線で返してきた。今は源三郎一人を心配している時ではない事は鈴音も分っているが、やっぱり鈴音は源三郎を心配せずにはいられなかったみたいで、そんな鈴音の気遣いに千坂は口元に微笑を作りながら鈴音の質問に答えてきた。
「それなら大丈夫でしょう。先程も言ったとおりに羽入家の構造は複雑になっております。私が確認してきた火事の場所は、羽入家の一角であり。そこが全焼しても他の箇所に燃え移らないような作りなってますので、源三郎様のところまで火が回る事は無いでしょう」
「そっか、ならよかった」
鈴音が安心したように軽く息を吐いたので千坂は更に口元に微笑を浮かべる。鈴音がそこまで源三郎を心配してくれた事に千坂は喜びを感じたようだ。それはそうだろう、なにしろ源三郎は千坂の恩人であり、仕えるべき君主である。そんな人物を関係が薄い鈴音が心配してくれたのだから、千坂がそんな鈴音の心に嬉しさを感じても不思議は無かった。
そんな二人を見て沙希は半分は呆れて、半分は微笑んだような顔で見詰めるが、どうやら吉田には確認すべき事があるのだろう。ワザと大きく咳払いすると視線を自分に集めた。そんな吉田が思った疑問をそのまま口にする。
「一つ疑問に思ったのですけど。暴走した羽入家の血筋はどうして爆発するような武器を使用しないんでしょうね。もし村人を皆殺しにする事が目的なら民家にバズーカなりロケットランチャーなりを打ち込んだ方が早いでしょう」
確かに吉田が言ったとおりにすれば一発で何人もの人を殺す事が出来る。けれども暴走した羽入家が使っている武器は銃器と刃物に限られている。吉田はそこに疑問を感じたようで、部屋に一時の静寂が訪れる。どうやら全員で吉田の疑問を考えているようだ。
そして真っ先に嫌な答えが浮かんだ鈴音が静寂を破る。
「もしかしたら……死体を確認するためじゃないかな?」
「鈴音、どういう事?」
沙希が尋ねると鈴音もこんな事は言いたくないと顔に出しながらも、はっきりとした口調で自分の出した答えを口にする。
「爆発する武器を使ったら確かに一気に殺せるかもしれないけど、確実に殺した事を確認できないじゃない。もしかしたら爆発に紛れて逃げる可能性があるでしょ。でも……武器が銃器と刃物だけなら殺した事を確認できる」
そんな鈴音の言葉を聞いた吉田は疲れたように溜息を付いた。それは鈴音が考え付いた事がどれだけ残酷であり、どれだけ惨い事か分かったからだ。それは沙希と吉田も同じで言葉も出ないようだ。
そんな中で吉田から口を開いてきた。
「そうですね、そう考えれば確かに納得が行きますね。ですが……」
吉田は最後まで言葉を口にする事はしなかった。もし口にしてしまえば一気に疲れてしまって嫌になってくると分っているからだ。
それだけ暴走した羽入家の血筋が行っている事が情け容赦の無い惨い事だと、その場にいる全員が感じ取っていた。
つまり暴走した羽入家の血筋は死体を確認する事で確実に村人を死に追いやっていく。つまり死体を数えながら村人を確実に殺して行っているのだ。だからこそ死体が確認出来なくなるような武器を使用せずに、武器を選んでいる。しっかりと死体が残るように、そして確実に村人全てを殺した事を確認するように。そのために羽入家の血筋が使う武器は限定されているのだ。
要するに暴走した羽入家の血筋は一人たりとも生かすような事はしないと、その事実だけでしっかりと分かったからこそ、その場にいる全員が沈んだように言葉を発する事が無くなったのだ。
確かに羽入家の血筋が村人全てを殺そうとしていると推測はしてみたものの、それを実感させるような事実が沸きあがってきたのだから。その推測は現実味を増して鈴音達に羽入家の血筋が行っている事がどれだけ惨い事かを実感させる結果となったのだ。
けれどもいつまでも沈んではいられないと吉田は意外な事を言い出す。
「とりあえず、一旦休憩にしましょう。皆さん一度頭の中を空っぽにして、それから次の話に移りましょう」
さすがというべきだろう。吉田はこんな時にどうすれば良いかは経験で悟っているようだ。一旦休憩して頭を空っぽにする事で気分転換が出来る。だからこそ次にどれだけ酷い真実が出てこようとも受け止める事が出来る。吉田も伊達に警察官をやっている訳ではないのだ。
そんな吉田の言葉に全員が頷くと休憩となり、それぞれ思い思いの方法で休むのだった。
はい、そんな訳で第二章の第三話をお送りしました~。
というか、今回は現状整理だけで終わりましたね。まあ、そうしないと話が複雑すぎて、読者の方に理解できないだろうと判断したから現状整理に走ったのですけど……まさか丸々一話を使うとは思っていなかった。
いやね、当初の予定としては鈴音の推理を入れ交じながら話を進めようとしたんですけどね。それだとなんか、理解できない文章になりかねないと思ったので、今回は現状整理だけで終わらせてもらいました。
……というか、現状整理だけでも凄い物がありますよね。……まあ、書いている私が言うのもなんですけど。実はそれについては……断罪の日はあるテーマに沿って書いているからです。そのテーマとは……次回に発表しま~す。
そんな訳で今回は締めますね。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、いい加減に疲れたっ! と叫んでみた葵夢幻でした。