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断罪の日 ~咎~  作者: 葵 嵐雪
第二章 推理と真実
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第二章 その二

 えっと、まあ、確かに……可能性としてはそれが一番大きいけど……まさか、そんな事が……でも、もうそれを信じるしかないよね。

 沙希の言葉を聞いて思わず沈黙が立ち込める駐在所の中。それは誰もが沙希の言葉が信じられないという顔をしていたからだ。その中で鈴音は逸早く冷静さを取り戻すと、すぐに思考を切り替えてきた。

 確かに沙希の言っている事は正しい。それは玉虫に関する事は今まで何度も出てきた。でも私達は常識に捉われて玉虫の復活なんて非常識な事を信じる事が出来なかった。でも……それを信じれば全ての事が説明できるかもしれない。

 鈴音はそう決意すると駐在所の中にいる全員に向かって言葉を発した。

「沙希が私の言葉を信じてくれたように、私も沙希の言葉を信じようと思います。つまり、私達の敵は玉虫。玉虫が復活したからこそ、今のような非常識な現象が起こっているんだと思います。信じられない事だと思いますが、それが一番説明が付く事だと思います。どうでしょう?」

 鈴音は吉田と千坂にも意見を求めた。それは二人とも信じられないといった顔をしているからだ。確かにいきなり事件の黒幕は神として祀られている玉虫だと言われても信じる事が出来ないだろう。

 けれども実際には鈴音達の元に玉虫に関する情報はかなり集まっている。だからこそ鈴音と沙希はそう信じる事が出来たのだが、吉田と千坂はやっぱり未だに信じられないようだ。そんな二人に向かって鈴音は次のような事を告げた。

「千坂さん、源三郎さんは私に今の事態を打破する鍵が揃っていると言ったんですよね」

 いきなり千坂は尋ねられてビックリするが、すぐに首を縦に振ってきた。それを見た鈴音は話を続ける。

「つまり源三郎さんも村長さんも知っていたんですよ。玉虫が復活する事を、でも源三郎さんは信じられなかったんでしょうね。だからあんな武器を持ち出しいて、玉虫の呪いが発動した時点でやっと村長さんが玉虫の存在を信じたように、源三郎さんも玉虫の存在を信じたんだと思います」

「つまり犯人は人間だと思って持ち出した兵器が、逆に使われる事になって源三郎は悔しい思いをしてるってわけね」

 そんな皮肉を言ってくる沙希に鈴音は呆れたように笑い掛けた。確かにその通りなのは間違いないのだから。

 源三郎は犯人が自分を狙っていると思ったからこそ、あれだけの武器を用意した。それがまさか自分達の手で村人を攻撃する事になるとは源三郎は思ってもみなかった事だろう。だが現実は残酷であり、今の羽入家では羽入家の血筋が使用人達を虐殺しているは確かな事だった。

 その事実は千坂が一番良く分かってる。なにしろその惨状を目の前で見てきたのだから。だからと言って、その原因が全て玉虫にあるとは信じられなかった。それは吉田も同じだからこそ鈴音に尋ねてきた。

「鈴音さんの言い分は分かりました。けど、それを証明する手段がありません。それも確かな事です」

 吉田としては証拠が無い限りは信じる事が出来ないのだろう。鈴音も吉田がそう来ると思っていたからこそ、すぐに答えを返してきた。

「ええ、その通りです。だから、これからその事を証明する為に一旦桐生家に行きませんか?」

「何故です?」

 どうやったらそんな結論が出てくるのか分からない吉田は首を傾げるばかりだ。そんな吉田に鈴音は誤魔化すような笑みを浮かべながら話を続けてきた。

「全てのヒントは桐生家にあるんです。姉さんが残してきたノート、それに村長が残してくれた刀。それからこの村に来て私達が集めた情報。その全てが桐生家にあるんです。だからそれら全てをヒントに玉虫が復活した事が証明できれば、証拠なんていらないですよね」

「まあ、それは」

 鈴音の言葉に曖昧な返事をする吉田。確かに玉虫が黒幕だという真実自体が非常識だ。鈴音達はそんな非常識を証明しようというのだ。そこに物的証拠を求めるのは不可能に近いだろう。それが吉田にも分っているからこそ曖昧な返事しか出来なかった。

 そしてそんな吉田の返事を聞いた鈴音は笑みを浮かべていると沙希が横から口を出してきた。

「まあ、こんな事態になるとは思ってなかったから全部桐生家に忘れてきただけなんですけどね」

 うっ、沙希~、それを言っちゃうのはよそうよ~。そんな突っ込みを心の中で行い、拗ねたような視線を沙希に送る鈴音。一方の沙希はそんな鈴音の視線を無視するかのように吉田に話し掛けてきた。

「吉田さんもすでに分っているだけで受け入れられないだけです。悔しいですけど、羽入源三郎が言ったとおりに『現実を捨てて今を見る事』それが一番大事なんです。だからもう私達の常識が通じない事を受け入れるしかないんです」

 沙希にそんな説得をされた吉田はタバコに火を付けると、天を仰ぐように煙を吐き出した。

「確かにその通りですね。こんな非常識の中にいるのですから私も現実を捨てて今を見るしかないようです。分かりました、とりあえずは桐生家に行って、これからどう動くべきかを考えましょう」

 吉田が決意したかのように、そんな発言をしたので鈴音は嬉しそうに頷くのと同時に千坂が真剣な表情で鈴音に向かってとんでもない事を言い出してきた。

「それなら私も同行します」

「えっ! でも千坂さん……そんな怪我をしている状態だと……」

 とてもじゃないが今の千坂に無理が出来る状態では無いと思えた鈴音はためらうかのようにそんな言葉を口にするが、千坂はそんな鈴音に反論するかのように強い口調で言葉を返してきた。

「私は源三郎様から、この命に代えても鈴音さんを守るように言い付かっております。それに今の状況を見て自分だけが休んでいる事なんて出来ません。どうか私も一緒に行動させてください」

 そう言って頭を下げた千坂に鈴音は慌ててしまった。確かに千坂は源三郎からそのような命令を受けているが、このような状況でも律儀にその命令を守ろうというのだから千坂の律儀さにも鈴音はどう対処して良いものか迷うばかりだ。

 それに千坂は大怪我とまでは行かないが負傷している事は確かだ。そんな千坂に危険かもしれない事に巻き込む訳にはいかない。だから鈴音は千坂の申し出を断ろうと必死で言い分を考えるが、意外な事に沙希が横から口を出してきた。

「いいんじゃない鈴音、本人が行きたいって言ってるんだから。こんな状況だから一蓮托生になっちゃうかもしれないけど。千坂さんもそれは覚悟の内でしょ。だからこれからも同行してもらえば」

「沙希?」

 まさか沙希からそのような言葉が出るとは思っていなかった鈴音は驚きながらも首を傾げた。そんな鈴音の肩に沙希は手を置くと鈴音の瞳をしっかりと見詰める。

「それは私も同じ。どんな事があっても鈴音から絶対に離れない。こんな状況だもの、もう私達は運命を共にするしかないわよ。それに鈴音が嫌だと言っても私は鈴音に付いて行くわよ。それは静音さんとの約束であり、私が決めた覚悟だもの」

「……沙希」

 そんな事を言って来た沙希に鈴音は千坂の気持ちが分かったような気がした。千坂も沙希も同じなのだ。根源はまったく違うものだが、今の状況で運命を共にしたいという気持ちは二人とも同じなのだ。それぐらい二人とも自分の命を鈴音に預けているのだから。

 そんな二人の気持ちに気付かされた鈴音は千坂にダメだとは言えなくなってしまった。だから千坂に最低限の事だけを告げる事にした。

「千坂さん、無理だけはしないでくださいね」

 今の鈴音に言える精一杯の言葉だ。けれども千坂はそんな鈴音の言葉すらも否定するかのような発言を堂々としてのける。

「いえ、一度鈴音さんを守れと言われたからには、どんな無理をしても鈴音さんを守り、鈴音さんの命令に従います。源三郎様もそれを願っていると思いますから」

 そのようなとんでもない発言をする千坂に鈴音はもう溜息しか出なかった。確かに千坂は源三郎から鈴音を命に代えても守れと命令されている。千坂はそんな命令を今になっても律儀に守ろうとしているのだ。

 それだけではない。こんな状態だ、村で一番貢献したいのは源三郎だろう。だがその源三郎は玉虫の呪いに抵抗するだけで精一杯だ。だから誰も殺す事無く、苦しんでいるのだろう。源三郎の本心は鈴音と協力して村を守りたいはずだ。けれどもそれが出来ない、だからこそ千坂に自分の代わりに鈴音を守り、協力して欲しいと願っている。少なくとも千坂はそう思っているようだ。

 その考えも分からなくは無いが、鈴音としてはそこまでしてもらうのは気が引けるのは確かだ。確かに羽入家には静音の事で負い目があるのかもしれない。だからと言って鈴音にここまでしてもらう義理も無いのだが、源三郎と千坂がそう願っているのだからしょうがないと鈴音は千坂の申し出にもう答える事無く、首を縦に振るだけだった。

「なら、話は決まりましたね。事態は一刻を争うようですから、早速出発する事にしましょう」

 話がまとまったのを見届けた吉田がそんな事を言い出してきた。確かに駐在所でこのまま話を続けても無駄だろう。そんな事をするぐらいなら一刻も早く桐生家に戻って玉虫に関する事を調べた方が時間を有効に使える。

 だから吉田の発言に鈴音を始め、沙希と千坂も首を縦に振るのだった。そして吉田は金井に次の命令を出すのだった。

 それは羽入家の血筋が村に出てきた時の為に出来るだけの住人を安全な場所に避難させる事。この村ではすでに安全なところは無いと思えるが、駐在所は羽入家から離れており、何か有った時のための避難場所にもなっている。

 それに頼りないがそれなりの武器を隠し持っていた。それは羽入家が何かをした時に対抗するために以前から吉田が用意していたものだが、実際にこのような形で使う事になるとは思ってもみなかっただろおう。

 だから吉田は金井にそれだけの命令を出すと鈴音達に少し待ってくれと告げると、外に出て行ってしまった。どうやら吉田は万が一の時に準備をしに出かけたのだろう。その間にも鈴音は千坂に確認する。

「千坂さん、こんな事を聞くのはあれですけど……もし羽入家の血筋に出会った時に対抗できる武器は持ってますか?」

 確かにこれから村に出てくるであろう羽入家の血筋と出会った時のために武器となる物は持っておいた方が良いのは確かだ。そして千坂はそんな鈴音の言葉を聞いて懐から拳銃と短刀を取り出して見せた。

 両方とも血が付いており、ここに来るまでに使用した事は明らかだった。

「銃弾はまだ予備があるから大丈夫です。こっちのドスも充分に使えますよ」

 そんな事を言って笑みを浮かべる千坂。どうやら千坂は充分に羽入家の血筋と出会っても戦えるとアピールしたかったようだ。そんな千坂のアピールに気が付く事無く、千坂が羽入家の血筋と出会っても大丈夫だと笑みを浮かべる鈴音。その隣で沙希が驚きを通り越して呆れたように鈴音を見ていた。

 鈴音、この使用済みの道具はどう見ても人に向かって使用された物なのよ。よくそれを見て笑ってられるわね。まあ……鈴音だからしょうがないか。そんな感想を抱く沙希。

 実際には沙希の思った通りなのだが、千坂は羽入家を脱出する際に、これらの道具を使用して羽入家の血筋に傷を負わせて自分を追って来れないようにしたのだ。いくら玉虫の呪いで狂っていると言っても羽入家に仕えている千坂には羽入家の血筋を殺す事なんて出来なかった。

 だから拳銃は脚を中心に狙って追ってこれないようにしたが、短刀は自分の命を守るためにしかたなく使用したようだ。けれども羽入家の血筋を殺す事は無かった。正確には殺せなかったというのが正解だろう。

 どんな力が掛かっているかは分からないが、羽入家の血筋は一定の傷を負っても時間が経てば回復するようだ。だから短刀には血の跡が付いているし、拳銃にも間近で発砲したのだろう。返り血が付いていた。

 千坂は拳銃の返り血を綺麗に拭き取って、いつでも使える状態にする。なにしろ血が固まって肝心な時に使い物にならなければ意味が無い。拳銃というのも意外と繊細に出来ており、血が固まって肝心な箇所が一箇所でも動かなくなると撃てなくなる物なのだ。だからこそ千坂は念入りに拳銃を綺麗に整備した。

 そんな千坂の行動が終わると吉田が戻って来た。

「こっちの準備は終わりました。そちらは大丈夫ですか?」

「はい」

「いつでも」

「大丈夫です」

 鈴音と沙希を始め、すでに拳銃と短刀を懐に仕舞いこんだ千坂がそれぞれ吉田の言葉に答える。それぞれの答えを聞いた吉田は頷くと、行きましょうと言って全員を車に乗るように促す。

 真っ先に席を立って車に向かう沙希。千坂も立ち上がるが傷が痛むのか脇腹を押さえる、そんな千坂を気遣いながらも鈴音は千坂と共に車に向かった。そして吉田は最後に金井に向かって後は頼むと告げると、金井は敬礼で返事をしてきたので吉田は頷くと駐在所の扉を閉めて車へと向かった。

 車にはすでに鈴音達が乗り込んでいた。千坂を気遣ってか、沙希は珍しく助手席に座っており、鈴音と千坂は後部座席にゆったりと座っていた。さすがに怪我を負った千坂に狭い思いをさせるわけには行かないと沙希は判断したのだろう。

 そんな判断を下した沙希は少しだけ、誰にも気付かれないように軽く笑った。まさか沙希も羽入家の使いである千坂に気を使う時が来るとは思ってもみなかったからだ。それだけ沙希と羽入家は犬猿の仲であり、敵対心を抱いていたのだが、それが今では羽入家の千坂に気を使っている自分がおかしかったようだ。

 そんな車内に吉田が乗り込んでくると早速エンジンを回転させて車を出発させるのだった。



「あっ!」

 車が出発してそんなに時間が経たない内に鈴音は何かを思い出したかのように声を上げた。何事かと後部座席に振り返る沙希に向かって鈴音は困ったように告げるのだった。

「そういえば美咲ちゃんの事をすっかり忘れてたよ。戻ったら琴菜さんに何て言おう」

 困ったようにそんな言葉を沙希に告げる鈴音。そんな鈴音の言葉を聞いた沙希は座り直して前方に視線を向けると溜息を付いて鈴音に告げるのだった。

「鈴音……言い訳は任せた」

「沙希に丸投げされたっ!」

 どうやら沙希も今の事態に翻弄されるばかりで美咲の事をすっかり忘れていたようだ。だからこそ鈴音と視線を合わせないままに、そんな言葉を投げ掛けるのだった。そしてそんな言葉を投げ掛けられた鈴音はすがるように前に座っている沙希の座席にしがみ付いてくるのだった。

「沙希~、どうしよう。なんて琴菜さんに言えば良い?」

 困ったようにそんな事を言ってくる鈴音に対して沙希は冷たく突き放す。

「……しょうがないわね、介錯だけはしてあげるわよ」

「責任を取って切腹しろとっ!」

「それ以外に責任の取り方が無いでしょう。けひょんである鈴音にはもうそうして責任を取るしかないのよ」

「だから勝手に責任の取り方を決めないで、それからいい加減にけひょんはよしてよね。沙希のむっちゃり───っ!」

「むっちゃりって何よ?」

「ムッツリちゃっかりの略だよ」

「変な言葉をいきなり作るなっ!」

 いつの間にか漫才と化している鈴音と沙希の会話に吉田と千坂は呆れたように乾いた笑いしか出てこなかった。そんな二人に気付かないままに、鈴音と沙希の漫才は続いたりもする。

「そもそも、そのムッツリちゃっかりはどこから出てきたのよっ!」

「え~、普段の沙希はいつもそうだよ~」

「人の性格を勝手に変えるな」

「変えてないよ~、沙希が自分の性格に気付いてないだけだよ」

「……鈴音」

「ん~、なに~」

「とりあえず思いっきり殴るから顔を出せ」

「沙希が暴力的になったっ!」

「鈴音が怒らせてるだけでしょっ!」

「ごめんね、姉さん。沙希はすっかり家庭内暴力を振るう子になってしまいました」

 そんな鈴音の言葉に沙希は思いっきり溜息を付いて見せると呆れた顔で反撃に出る。

「だからいちいち静音さんに報告しない。それから何度も言うようだけど私が鈴音の保護者なのよ」

「だからなんで沙希が私の保護者になるわけ~」

「それは鈴音がけひょんだからに決まってるじゃない」

「だからけひょんは止めてっ!」

 鈴音がそんな突っ込みをした時だった。いい加減に耐えかねたのだろう。吉田はワザとらしく咳をして二人の漫才を止める。そしてやっと自分達の会話が恥かしいものだと気付いた二人は顔を赤くして黙り込む。

 そんな中で鈴音は隣に座っている千坂を横目で見てみると、まるで笑いを堪えているかのように視線を外に向けていた。どうやら千坂にとっては二人の漫才が相当ツボだったらしい。そんな千坂の笑いを止めるかのように吉田は再び大げさな咳をすると、やっと車内は通常の状態へと戻ったのだった。

 そして吉田はこのまま二人には任せておけないと思ったのだろう。こんな事を言い出してきた。

「とりあえず、桐生のお嬢さんに関しては私から説明する事にしておきます。まあ、状況が状況ですからね。とりあえず桐生家の奥さんには安心させるような事を言っておきますからお二人は心配せずに私に任せてください」

『よろしくお願いします』

 吉田の言葉に声を揃えてお礼を言う鈴音と沙希だった。そしてやっと話が終わったところで千坂が美咲に関して聞いて来たので鈴音達はその事に答えるのだった。

 あ~、そういえば千坂さんには美咲ちゃんの事は話してなかったっけか。さっきも状況を説明するだけで終わったからな~。千坂さんが私達が桐生家を後にした理由を知らなかったんだよね~。そんな事を思った鈴音は今朝の出来事から千坂に説明するのだった。

「なるほど、だから鈴音さん達は桐生家に居なかったんですね」

「千坂さん、一回桐生家に行ったんですか?」

「ええ、まずは鈴音さんに会うことが一番良いと思いましたから。そしたら桐生家のお嬢さんを探しに出かけたと答えられたので、鈴音さん達が一番頼りそうな駐在所に行ったわけですよ」

「えっ、でも、その怪我で桐生家を飛び出してきたんですか?」

 まさか琴菜が血まみれの千坂を見て放っておくはずが無いと鈴音は思ったが、それ以上に千坂が急いで桐生家を後にしてしまった為に琴菜が千坂に応急手当をするだけの時間は無かったようだ。

 そこで千坂が駐在所に付いてみると、そこにも鈴音はおらずに平坂に向かったと聞かされたので、平坂なら安心だと千坂は素直に金井から応急手当を受けたというわけだ。そしてそこに絶望を目の当たりにした鈴音達が丁度良く戻って来たという事らしい。

 う~ん、確かに異常事態なのは確かだけど、そこまでして私を探してたなんて。なにもそこまで無理をしなくても良かったのに。そんな事を思ってしまった鈴音。それだけ千坂が鈴音を守るという命令を律儀に守っているだけでなく、千坂自身も鈴音を守り、源三郎の伝言を伝えるという使命が大きかったのだろうという千坂の気持ちを汲み取るのだった。

 けれども結果的には鈴音と出会う事が出来たのだから、千坂の使命は半分だけ果たされたというべきだろう。残りの半分はもちろん鈴音の手足となって今の事態を解決する事にある。そうすれば源三郎も苦しむ事が無くなるのだから。

「あっ、そうでした」

 そんな千坂が何かを思い出したかのように声を上げるのだった。そのため車内は自然と全員が千坂の言葉に耳を傾ける。そんな千坂がとんでもない事を言い出すのだった。

「すっかり忘れてましたけど、源三郎様の言葉がまだ残ってました」

「それって、鈴音への伝言ですか?」

 沙希が尋ねると千坂は首を横に振った。どうやらそうでは無いらしい。別の意味で千坂に言った言葉だけれども千坂は全員にも、その事を伝えた方が良いと思ったからこそ、思い出してすぐに声を上げたのだ。

 そんな千坂に鈴音は首を傾げながら尋ねる。

「じゃあ源三郎さんは何て言ってたんですか?」

 そんな鈴音の言葉に千坂は少し戸惑ったような顔を見せた。確かにこの事は伝えるべき琴菜のだろうけど、それが何を意味しているかは千坂にも分からないからだ。そんな千坂が少し困惑気味に鈴音達に伝える。

「源三郎様は意外な事に……『七海お嬢様には気を許すな、気をつけろ』と、そんな事を仰ったんです」

「なんで七海ちゃんだけが指名されるんだろう?」

 そんな言葉を口にしながら鈴音は源三郎が放った言葉の意味を考える。七海ちゃんも羽入家の血筋だよね。だったら玉虫の呪いで狂気に捕らわれてもおかしくは無いよね。それなのに七海ちゃんだけに気をつけろって……どういう事だろう?

 確かに七海も羽入家の血を引いている羽入家の血筋である。だから他の羽入家の血筋と一緒に呪いによって殺戮を繰り返していてもおかしくは無いのだが、源三郎の言い方ではまるで七海だけが特別扱いを受けているように鈴音は思えた。

 だからと言って、このまま考えても結論は出ないだろうと鈴音はその時の状況を詳しく話してくれるように千坂に尋ねるが、千坂は困ったような表情で返答してきた。

「それが……羽入家はあのような惨状ですから。私も脱出する事を最優先にして、源三郎様は私が部屋を出ようとした時に最後に仰った言葉ですから。私もそれ以上は詳しく聞いては無いのですよ。今の羽入家は戦場と一緒ですから、脱出を優先させるためには、その場をすぐに離れないといけなかったのです」

「それじゃあ、しょうがないですよね」

 そんな言葉を返す鈴音はそれでも源三郎の言葉を考えてみる事にした。

 う~ん、やっぱり七海ちゃんには何かあるのかな? そういえば、一昨日だったかな、七海ちゃんは楽しそうに自分の願いが叶うとか嬉しそうに言ってたっけ。そんな七海ちゃんに気をつけろって……源三郎さんはどんな心境でそんな言葉を言ったんだろう。

 どんなに考えても結論が出ないどころか、源三郎の心境までをも考えてみる鈴音だが、やっぱり結論らしい結論が出る事が無く頭を抱えるばかりだった。

 そんな鈴音とは対称的に沙希は鋭い視線を前方に向けながら七海付いて考えて。

 羽入七海……最初に会った時から気に食わなかった相手だけど、ここに来ても更にその名前が出てくるなんて。やっぱり七海にだけは気を許しちゃいけなかったのかな。あまりにも鈴音が親しくしてたから、私もすっかり警戒心を解いちゃったけど……やっぱり七海には何かがある。

 そんな事を考える沙希。どうやら沙希は七海には何かしらの秘密があって、その秘密が今回の事に深く関わっているのでは無いのかと沙希は思っているようだ。

 なんにしても源三郎が七海に関して言葉を残した事には変わりない。その真意がなんであるにしろ、七海にはより一層注意をしなければいけないのでは無いのかと沙希は鈴音に警告して鈴音も頷いてきた。

 どうやら鈴音も源三郎がそんな言葉を残したのに引っ掛かりを感じているのは確かなようだ。けどそれが何なのかは分からない鈴音は頭を悩ますばかりだった。

 そんな話をしているうちに車は桐生家へと到着した。

 静寂が支配している村では家の中まで車の音が聞こえたのだろう。鈴音達が車から降りるのと同時に玄関の扉が開いて琴菜が心配そうな顔で出てきた。そんな琴菜に真っ先に吉田が近づくと事情を説明する。

 もちろん鈴音達が推理した推論や非常識な現象を省いた嘘だけの事情だ。吉田は琴菜を安心させるために美咲は警察官が数人係りで探していると説明し、二重遭難の恐れがあるから決して家から出ない事を説明した。それから吉田は非常事態であると言い出して、村の現象は警察が総力を上げて調査中だから、警察の者か鈴音達以外が訪れても決して玄関の鍵を開けてはいけないと付け加える。

 それは羽入家の血筋が村に出てきた時の事を考えてだ。誰かが来たからと言って、すぐに玄関の鍵を開けると羽入家の血筋に殺さねかねない。だからこそ鍵だけでも掛けておけば気休み程度だが琴菜を守る事が出来る。吉田はそう考えたからこそ琴菜にそんな言葉を付け加えた。

 そして最後に村に起きている現象を解く鍵は鈴音さんが持っている事を説明した。それは鈴音達が帰ってきた事の説明だ。未だに美咲が見つかっていない中で鈴音達だけが帰ってきたのでは鈴音達の面目が丸潰れだろう。そんな配慮をした吉田がそんな説明を琴菜にしたのだ。

 そしてこれから村を襲っている現象を解明するために桐生家の一室を借りて会議をしたいと告げると琴菜は困惑しながらも頷いた。まさか村を襲っている原因を解く鍵を鈴音が持っているとは琴菜も思ってもみなかった事だろうし、その事で桐生家で会議が開かれるなどとは琴菜には思いもよらなかった事だ。

 それから会議には捜査秘密も秘められているため、会議が開かれている一室には近づかないでくれと琴菜の了承を得た。さすがにこれから玉虫に対抗するための話し合いをするのだから、そんな話を琴菜に聞かれるわけにはいかないのだろう。

 それに琴菜は静音の失踪直後に心神喪失のような体験をしている。そのうえ今の現象が玉虫が復活したためと聞かされれば、今度はどんな体調不良を起こしても不思議は無かった。だからこそ琴菜を遠ざけるために吉田はわざわざそんな説明を細かく琴菜に説明して、琴菜も全て了承したかのように頷くと鈴音達は桐生家に足を踏み入れた。

 それから吉田は琴菜に念を押すように近づかないようにいうと鈴音達と一緒に鈴音達が泊めてもらっている部屋へと向かっていった。

 部屋に入るなり、真っ先に鈴音の荷物を荒らすように静音のノートを探す沙希。鈴音は千坂を気遣いながらゆっくりと座らせると沙希と一緒に静音のノートを探し、ついでに水夏霞から購入した本、そして村長の遺品である御神刀の模造刀も一緒に取り出してテーブルの上に並べた。

 それから沙希はちょっと待ってくださいと告げると部屋を後にした。そんな沙希に鈴音は首を傾げると吉田と千坂を見る。そして二人とも首を横に振った。どうやら二人とも沙希が出て行った原因が分からないようだ。

 そして数分もしないうちに沙希が戻ってくると、その手にはお茶を乗せたお盆があった。琴菜の事だからお茶の差し入れとして部屋に近づく恐れがあったので、沙希はそれをさせないために自らお茶を運んできたようだ。

 まあ、鈴音達も飲み物が無いまま話し合うのは辛いだろう。お茶でもあった方が話がスムーズに進むという物だ。

 そしてとりあえずはと、吉田はお茶で一息付き、千坂も同じようにお茶で喉を潤していた。その間に鈴音は静音のノートを開いていた。開いた場所は村長の遺言が書かれている部分である。源三郎の言葉から言って、まずはここから検討した方が良いと思ったからこそ、鈴音はこのページを選んだのだ。

 そして全員がテーブルに付くと吉田は静かに口を開いた。

「さて、それでは始めましょうか」

 その言葉に全員が頷く。こうして非常識な会議は開かれる事になったのだが、その間にも村を襲っている玉虫の脅威は拡大するばかりだ。鈴音達は焦る心を抑えながらも、全てを解明するために話し合いを始めるのだった。



 一方その頃、羽入家では……今までの騒音はすっかりと収まって今では時折銃声や断末魔が聞こえてくるだけだ。家中はすっかりと荒れており、障子や襖は破れるどころか倒れるように破壊されて、そこいら中に銃弾の後が残っている。そして床にはすでに息をしていない、血まみれの使用人達が所狭しと倒れていた。

 七海はそんな中をゆっくりと歩いていた。両手に拳銃を持った七海の身体は血まみれになっている。よっぽど近距離で発砲したのだろう。だから殺した相手の返り血でいつのも七海からは想像出来ない姿になっていた。

 そんな七海は血まみれの制服を着たまま、羽入家を歩き回る。もちろん、生き残っている者が居るかを探すためだ。そんな七海が何かに気付いたように立ち止まると口を開いた。

「どうやらこれで羽入家は終わりのようね。次は本命の村に行きましょうか……そお? これ以上探しても無駄だと思うけど。まあいいわ、あなたがそう言うならもう少し探してみましょう」

 それから七海は再び歩き始めた。それでも誰かと話すように口を開くのだった。

「そうそう、お爺様は未だに抵抗しているようね。さすが、というべきかしら。……大丈夫よ、たかが老人一人ぐらい居なくてもあなたの目的は達成できるわ。それよりも忘れてないでしょうね。私との約束を……そう、それならいいわ。このままあなたの目的を果たしてあげる」

 そんな独り言のような言葉を発する七海が突如として笑い出した。それからゆっくりと後ろを振り向く。

「それなら大丈夫よ、どうせ何も出来っこないわ。だから昨日はあれだけの情報を与えたんだもの。もちろん嘘と真実を混ぜてね。……それならそれで面白いじゃない。まあ、私達に抵抗できる訳無いでしょうけどね。そうでしょ……」

 そして七海は再び前を見て歩き出す。次なる標的を探しながら。







 はい、そんな訳で第二章の第二話をお送りしました~。

 そんな訳でいよいよ出てきましたね。七海が……まあ、七海は縁の時からいろいろと謎めいた存在でしたけどね、実は私が断罪の日では一番気にいっているキャラなのですよ。

 まあ、そんな七海が最後に誰かと会話してましたね。まあ、ここまで来て隠す必要も無いと思ったんですけど、まあ、次の展開を考えると今はまだ隠していた方が良いと思いますからね。

 そんな訳で、七海と話していたのは誰でしょう。……ふっふっふっ、実はまだ隠し球があったりして……と思わせといて直球だったりして……さあ、どっちかな。

 とまあ、いい加減に無駄に引っ張るのは止めにしましょう。その真実を知りたかったら次の話を読んでくださいな。という事で、今回は短いですけど、この辺で締めますね。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、何か……目の奥が痛いと呟いてみる葵夢幻でした。

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